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第1部 第11話  見えざる壁――ハクザンへの遠き道

帝国軍三千の侵攻が始まってから、一週間。

猛将バルカスは、本陣の天幕で苛立ちを爆発させていた。

「……また止まっただと!? 今度は何だ!」

「はっ。街道沿いの『クヌギの森』にて、小規模な伏兵が。矢を放つわけでもなく、ただ銅鑼を鳴らし、こちらの馬を怯えさせては霧の中に消えていくとのことです……」

ラインハルトが命じたのは、正面から戦わない「嫌がらせの軍略」だった。

ハクザンに至る道は、彼が私塾の子供たちと共に調べ上げ、地形の隅々まで熟知した「庭」である。

まず、帝国軍が必ず通る「ナガレの渡河」地点。ラインハルトは橋を落とすのではなく、上流のせきを密かに操作し、重装騎士が渡り始めた瞬間に膝下まで水位を上げさせ、足元を泥濘ぬかるみに変えた。

たかが数センチの水位上昇だが、重い鎧を着た騎士と馬にとって、それは進軍を半日遅らせるのに十分な「罠」となった。

さらに、街道の要所に配置された偽の陣地や、夜ごとの執拗な「夜襲の予感」をさせる松明の光。

「13歳の小僧が、これほどまでに姑息な真似を……!」

バルカスは焦っていた。本来なら三日で踏み潰せるはずの距離。だが、一歩進むごとに兵は神経をすり減らし、食糧の備蓄も想定より早く底をつき始めていた。

ラインハルトは、都ハクザンの物見櫓から遠くの土煙を静かに見つめていた。

「シオン、敵の様子は?」

「はい。バルカス将軍は激昂し、補給部隊を切り離して、先鋒の騎士団だけで一気にハクザンへ突入してくる構えです」

「ふむ。怒りは冷静さを奪い、焦りは陣形を乱す。……奴らが、最短距離である『あの街道』を選ばざるを得ない状況が整ったな」

ラインハルトは、執務室の机に広げられた、まだ誰も見たことのない「三重の柵」の図面を指でなぞった。

ハクザンの喉元まで、あと数マイル。

しかし、帝国軍にとってその数マイルは、今まで経験したどの行軍よりも絶望的な距離になることを、まだ誰も知らない。

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