第6部 第3話 ノーマンの再会――偽名の王と三つの影
「……これからは、ハルトだ。……ルーニー・ハクザンは、あの翡翠城で死んだと思わせておけ」
国境の納屋を後にする際、男はそう言い捨てた。
顔の半分を覆う不気味な痣。それを隠すための古びた布。かつての狂王は、その名を捨て、一人の流れの冒険者「ハルト」として、泥に塗れた地を這い始めた。
それから、半年。
季節が二度巡り、雪解け水が川を流れる頃。国境の街「ノーマン」の場末にある酒場に、三人の人物が別々の時間、別々の扉から足を踏み入れた。
一人は、深いフードを被り、腰に細剣を帯びた女。
一人は、農婦のような格好をしながらも、その服の下に岩をも砕く筋肉(細マッチョ)を隠した女。
そして最後の一人は、顔の半分を布で覆い、身の丈ほどもあるボロ布を纏った、異様な威圧感を放つ男。
酒場の片隅、薄暗いボックス席。三人が揃った瞬間、男――ハルトが低く声を漏らした。
「……状況を報告しろ。半年かけた成果をな」
「……ハルト様。まず、アイリス様についてですわ」
テイラーが、影の中から囁くように切り出した。
「彼女は王国軍の捕虜となった後、その『異常なまでの耐久力』を王立魔導研究所に目をつけられ、北の最果て、監獄要塞『アイアン・ガルド』に移送されたとの情報があります。……今もなお、過酷な人体実験(再教育)を耐え抜いているはずですわ」
エヴァが拳を握りしめ、言葉を継ぐ。
「……王国もまた、腐りきっていますわ。魔王軍のゴルザと密約を交わし、国境付近の村々を『生贄』として差し出している。……そして、私たちが探している『残り四つの魔人核』……その一つが、王都の地下にある聖教会の禁域に守護されているという噂を掴みました」
「……アイリスが人体実験、そして王都に魔人核か。……ハッ、反吐が出るほど、俺好みの地獄じゃねぇか」
ハルトは自嘲気味に笑った。
半年間、体内に埋め込んだ『核』は、彼の肉体を少しずつ、着実に蝕んでいた。顔の痣は以前よりも色が濃くなり、時折、血管がどす黒く脈打つ。
だが、その力は確実に「魔人」の領域へと近づいていた。
「……アイリスを救い出し、核を奪う。……そして、ゴルザと魔王の首をこの街まで引きずり回す。……準備はいいか?」
「「……御意、ハルト様」」
二人の家臣が、以前よりも鋭く、狂気に満ちた瞳で応える。
半年間の孤独な調査、差別、屈辱。それらすべては、この瞬間のためにあった。
「痣の冒険者ハルト」と、二人の狂犬。
王国の闇を切り裂く、復讐の進軍がいよいよ始まる。




