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第6部 第1話 落日の王、黎明の納屋

雨が、傷口を叩く。

王国の国境沿い、荒れ果てた街道の岩陰に、一人の男が転がっていた。

ルーニー・ハクザン。かつて魔族領で「狂王」と恐れられ、最強の家臣たちを従えていた男の面影は、今の彼にはない。鎧は砕け、自慢の剣は折れ、全身はかつての仲間――裏切ったハクザン軍の刃によって刻まれた無数の傷で覆われていた。

(……クソッ。俺が……あいつらに『逃げろ』と言ったんだ……。……後悔は、してねぇ……)

意識が薄れゆく中、ルーニーは泥水を啜りながら、最期を覚悟した。

だが、その視界を遮るように、一人の影が降り立つ。

「……ルーニー様!!」

悲鳴のような叫びと共に、温かい感触がルーニーの体を抱き起こした。

エヴァだった。

かつての艶やかな肌は汚れ、細マッチョに鍛え抜かれた肉体も疲弊しきっている。だが、その瞳だけは、暗闇の中で激しく燃えていた。

「……エヴァ、か。……逃げろと言った、だろうが……」

「黙ってください! 二度と、私たちを捨てるような命令はなさらないでください!」

エヴァはルーニーを背負い、雨の中を必死に走り出した。辿り着いたのは、国境沿いの貧しい村の外れにある、打ち捨てられた小さな納屋だった。

「……ここなら、追っ手は来ないはずです。少しの間、我慢してください」

エヴァは震える手で薬草を擂り潰し、ルーニーの傷口に塗り込んでいく。

魔法を使い果たし、肉体も限界を超えているはずの彼女が、涙を流しながら、必死に主君の命を繋ぎ止めようとしている。

「(……ああっ、熱い……。ルーニー様の体温が、こんなに低いなんて……!)」

エヴァは自らの衣服を脱ぎ捨て、冷え切ったルーニーの体に、その鍛え上げられた熱い肉体を密着させた。

かつてはルーニーに「シゴかれる」ことに悦びを感じていた彼女。だが今、彼女が感じているのは、自分を救ってくれたこの男を、何としてでも死の淵から引き戻すという、狂気にも似た「愛」と「献身」だった。

「……死なせません。……貴方を王座に戻すまでは、私が、貴方の唯一の命の番人になりますわ」

雨音の響く納屋の中で、エヴァの体温だけが、ルーニーの止まりかけていた心臓を再び動かし始める。

王としての地位、軍隊、城。すべてを失った男の、泥の中から始まる「冒険者」としての再起の夜が明けていく。

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