第5部 第41話 翡翠城の崩落――裏切りの狂宴
「……いいか、お前たちは軍を率いて、最短ルートで翡翠城へ走れ。……俺がここで囮になる。これは命令だ!!」
霊峰の麓、燃え盛る戦場。ルーニー・ハクザンの怒声が響いた。
二万の黒鋼騎士団という圧倒的武力。鍛え抜かれたアイリス、エヴァ、テイラーの奮戦をもってしても、数の暴力には抗えない。
「そんな……ルーニー様をお一人残してなど……っ!」
アイリスが血を吐くように叫ぶが、ルーニーは彼女を突き飛ばした。
「行けと言っているんだ! お前たちのその体は、こんなところで腐らせるために鍛えたんじゃない! ……俺は、必ず後で追いつく。……行けぇ!!」
ルーニーの気迫に押され、三人は涙を呑んで後退を開始した。
ルーニーはただ一人、迫りくる漆黒の波へと消えていく。その背中は、あまりにも小さく、そしてあまりにも雄大だった。
数刻後。
命からがら、ハクザン軍の本拠地である翡翠城へと辿り着いたアイリス、エヴァ、テイラー、そして疲弊しきった残存部隊。
だが、開かれた城門の先に待っていたのは、安らぎではなかった。
「……ようこそ、敗残兵の諸君。いや、お疲れ様と言うべきかな?」
城の玉座の間に鎮座していたのは、かつてルーニーの配下であったゴルザだった。その隣には、魔王軍の旗が掲げられている。
「……ゴルザ!? これはどういうことだ。なぜ魔王軍の旗がここに……!」
「ハハッ! 分からないか、アイリス? 魔王軍の主要幹部が次々と消えた今、この俺が魔王様から『第一幹部』の座を賜ったのだよ。ルーニーのような、家臣を甘やかす軟弱な男の時代は終わった」
その時、城門が重々しく開き、一人の男が崩れ落ちるように入ってきた。
ボロボロの鎧、血に染まった剣。ルーニー・ハクザンだ。死線を越え、ようやく家臣たちと合流した彼が見たのは、変わり果てた自分の城だった。
「……ゴルザ……貴様……」
「おっと、動くなよルーニー。……お前たちの周りを見ろ」
ゴルザの合図と共に、城内にいたハクザン軍の兵士たちが、一斉に武器を抜いた。だが、その矛先はゴルザではなく、ルーニーたちに向けられている。
彼らもまた魔族。強者に惹かれ、裏切りを厭わない種族の性が、ゴルザの甘い誘惑に屈していたのだ。
「……クソッ。裏切り……か。……俺が育てた兵たちが、俺に牙を剥くとはな……」
ルーニーは膝をつき、吐血した。アイリス、エヴァ、テイラーが彼を守るように円陣を組むが、周囲は数千の「かつての仲間」に包囲されている。逃げ場はない。
絶望が城内を支配する中、ルーニーは掠れた声で、静かに、しかし断固として告げた。
「……アイリス、エヴァ、テイラー。……お前たち……いや、お前ら全員に告ぐ。……ここはもう、俺たちの城じゃない。……散り散りになれ。……逃げろ。……生きて、生き延びて……俺を見捨てろ!!」
それは、最強を追い求めた狂王が、愛する家臣たちに贈った、あまりにも残酷で慈悲深い、最後にして唯一の「敗北の命令」だった。




