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第1部 第10話  義星の誓いと、蠢く(うごめく)帝国

黒金の塔の跡地、その静かな木陰に、名もなき小さな石碑が立てられた。

ラインハルトは一人、その墓標の前に跪き、泥に汚れたミツナの遺品――あのボロボロのフードをそっと供えた。

「ミツナ……見ておれ。お前が夢見た、誰もが文字を知り、飢えることのない世界。私がこの地から必ず実現させてみせる」

かつて関ヶ原で三成と交わした約束を果たせなかった吉継の魂が、今、異世界の友へと新たな誓いを立てる。その瞳から迷いは消え、冷徹な「支配者」の光が宿った。

だが、感傷に浸る時間はなかった。

「忌み子」が父を廃し、弱冠13歳で辺境伯の座に就いたという報は、中央政府である王都を激震させた。

「あり得ん。エドワードが自らの意思で、幽閉していた息子に家督を譲るなど、正気の沙汰ではない。……暗殺か、あるいは毒か」

派遣されたのは、王都でも「冷血な猟犬」と恐れられる主席調査官・ヴァルガス。彼は数十人の精鋭を連れ、有無を言わさぬ勢いで辺境伯邸の広間に踏み込んだ。

「ラインハルト卿。貴殿の家督継承には、重大な疑念がある。前当主エドワード卿の『病』の真相、そしてこの短期間での権力委譲。すべてを精査させてもらう。……場合によっては、貴殿を反逆罪で王都へ連行することになるだろう」

ヴァルガスは、13歳の少年を子供扱いし、その威圧感で屈服させようとした。

しかし、上座に座るラインハルトは、眉一つ動かさずに冷淡な笑みを浮かべた。

「……不法侵入にしては、少々騒がしすぎるな、調査官。王国の法典、第107条を忘れたか? 『辺境伯領における家督の継承は、当主の署名ある書状を以て成立し、中央はこれに異議を唱える権利を有さない』。父上の署名は、すでにお前の手元にあるはずだが?」

「そ、それは……! 本人の意思かどうかが疑わしいと言っているのだ!」

ヴァルガスの怒鳴り声に対し、ラインハルトはシオンに命じて一束の書類を叩きつけさせた。

それは、過去数年分の領地経営の記録、そしてエドワードがいかに心身を病んでいたかを示す医師の診断書(もちろんラインハルトが偽造させた完璧なもの)、さらにエドワード本人が震える手で記した(恐怖で書かされた)退位宣言書だった。

「調査官。疑うのは勝手だが、この完璧な書類を否定するだけの『物証』を、お前は持っているのか? 感情論で辺境伯を断罪すれば、それは国王陛下への反逆、あるいは他貴族への宣戦布告と受け取られるが……その覚悟はあるか?」

ラインハルトの放つ、13歳とは思えぬ重厚な「王の風格」。

ヴァルガスは言葉に詰まった。目の前の少年は、単なる子供ではない。法を武器にし、一切の隙を見せない「完成された怪物」だった。

数日間に及ぶ執拗な調査でも、ラインハルトが事前に仕組んだ完璧な防壁を崩すことはできず、ヴァルガスは「……異常なし」と屈辱的な報告書を残して王都へ去るしかなかった。

だが、この「不自然なまでの静寂」は、最悪のタイミングで破られる。

中央の調査という「内憂」が終わった直後、さらなる「外患」が襲いかかったのだ。

「急報! 隣国・ガルア帝国軍、国境を突破! その数、精鋭騎士団三千!」

「三千か……」

報告を受けたラインハルトは、執務室の椅子に深く腰掛けた。

家臣たちは色めき立った。

「13歳の当主に何ができる! 降伏か、さもなくば撤退だ!」

絶望と混乱が広がる広間。そこへ、ラインハルトの冷徹な声が響く。

「騒ぐな。……敵の狙いは、当主交代による『統制の乱れ』だ。ならば、こちらがすべきことは一つ。……帝国がかつて経験したことのない『絶望的なまでの完璧な防衛陣』を見せつけてやることだ」

ラインハルトは立ち上がり、壁に掛けられた巨大な領地マップを指差した。

「シオン。お前は私塾の仲間たちと共に、後方の補給路の確保と、領民の避難誘導を徹底させろ。……戦場(前線)は、大人の仕事だ」

彼は、エドワードに忠誠を誓っていた騎士たちを呼び寄せた。

「お前たちに問う。13歳の子供に命を預けるのが怖いか? ……ならば、私の『策』を見ろ。この通りに動けば、三千の帝国軍は、一歩もこの街には踏み込めない」

ラインハルトが机に広げたのは、地形の起伏、風向き、そして伏兵の配置がミリ単位で計算された、かつての大谷吉継が最も得意とした山城・平城を組み合わせた複合防衛陣形の図面だった。

「これは……」

老練な騎士たちが絶句する。それは、この世界の戦術概念を数百年前進させるような、恐るべき軍略の結晶だった。

「行くぞ。……ミツナに見せる『理想の世界』。それを守り抜くのが、私の初陣だ」

13歳の少年辺境伯。

その初陣の火蓋が、今、切って落とされた。

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