困惑
澪はデスクに向かい、診断書を書いている。
時折、はあ・・・っとため息をつく。
(意識を失うほどのショック・・・
外傷も痙攣もない。 脳波も正常・・・原因が見えない)
ペン先が止まる。
(“宇宙”の話をした直後に倒れた・・・
興奮しすぎたわけじゃない。
あの反応は・・・何か、もっと深いところに触れたような・・・)
澪は眉間を押さえ、椅子にもたれた。
(何かを思い出した・・・? でも、ユウくんは何も言っていない。
ただ叫んで、倒れただけ・・・
中で何が起きたのかは、本人にしか分からない)
医務室の奥では、ユウが静かに眠っている。
モニターの電子音だけが一定のリズムで響いていた。
(・・・ナジさんは“親のことを聞いた時にパニックになった”って言ってたけど・・・
本当に、そこに何かがあるの・・・? それとも――)
胸の奥がざわつく。
一度、ペンを置く。
手を机に広げ、天を仰ぎ、ふ~!っと息を大きくはいた。
だが、イライラは止まらない。
指でトントン!と机をたたき始めた。
(・・・私たちが知らない“何か”が、ユウくんの中に?
・・・だめだ、判断材料が少なすぎる・・・)
医務室のドアが開き、ナジとミナトが入ってきた。
ドアの開く音に、反応して振り返る。
「ユウくん、倒れたって聞いたんすけど・・・」
ミナトが第一声を放った。
ナジは仕切られたカーテンへと近づき、カーテンとカーテンの隙間から顔を入れて、ユウを確認する。
ベッドに横たわり、毛布を掛けられたユウ。
ベッドの横のモニターには、心電図と脳波が流れている。
ナジはカーテンから頭を戻し、怪訝な顔をしながら頭をかいた。
「・・・目、覚ますのか?」
ナジの低い声が、医務室の静けさに沈んだ。
澪は椅子をクルリと回転させ、ナジとミナトに向き合い、淡々とした口調で答える。
「体には何の問題もない。 脳波も正常。 何もわからないわ・・・」
ミナトが不安そうに眉を寄せる。
「ショックで倒れたってことっすよね・・・?
でも、なんで“宇宙”の話で・・・」
「分からない。」
澪は首を振った。
「興奮しすぎたとかでもない。
あの反応は・・・
もっと深いところから来ていた・・・
精神的な物だと思う。」
ナジが腕を組み、視線を落とす。
「・・・記憶か。」
澪はナジを鋭く見た。
「わからないわ! 倒れた時に脳波を計測できたわけじゃないし・・・
ただ叫んで倒れただけ。
“何かを思い出したのか”なんて、誰にも分からない。」
「だからこそ、だろ。」
ナジは低く返す。
「東から来た15歳の少年が、倒れる程の錯乱を起こしたわけだよな。
何かあるって考えるだろ!」
ミナトが口を挟む。
「落ち着いてくださいよ。 大の大人が冷静になるっすよ!」
澪は小さく息を吐き、医者としての冷静な声で言う。
「・・・そうね、たしかに冷静じゃないわ。
全部、想像の話ばかり・・・
全然、論理的じゃない・・・。」
そんな時、ユウの寝ていたカーテンがシャッ!と開いた。
3人はそっちを振り返った。
「オレ、なんでこんな格好してるの? あと、うるさいんだけど・・・」
ユウは、薄緑の簡易検査衣を着せられていた。
「・・・ユウくん!」
澪が思わず立ち上がる。
その声に、ユウはまぶしそうに目を細めて笑う。
「・・・澪さん? ここ・・・医務室?」
ミナトがホッと胸をなでおろす。
「よかった・・・普通に起きてくれたっすね・・・」
ナジは腕を組んだまま、じっとユウを見つめていた。
その視線は鋭いが、どこか安堵も混ざっている。
「・・・気分はどうだ?」
ユウはぼんやりと天井を見上げ、自分の服をつまんで眉をひそめた。
「なんか・・・変な服着せられてるし・・・
中は裸だし・・・ちょっと寒い・・・かな・・・」
ユウはブルッ!と体を震わせる。
それをみた澪は、ベッドから毛布を持ってきてユウを包むと、給湯室へと入っていく。
そして、湯気が立っているマグカップを持ってくる。
「ここに座って! ほら、これ飲んで! 温まるわよ!」
澪は診察用の椅子の座面を叩き、ユウを座らせ、マグカップを差し出した。
ユウはマグカップを受け取り、口にする。
「甘い・・・美味しい・・・」
「ホットココアよ。」
ミナトが驚く。
「マジっすか? ユウくん、その飲み物は、ここでは作れないんっすよ。
超貴重品っす!・・・先生、オレも飲みたいっす!」
ミナトが手を上げ、澪にそう言う。
澪は一瞬の間を開けて首を振りながら答える。
「・・・ありえないわね。」
「っすよね~~・・・」
ミナトがガックリと肩を落とす。
そして、3人同時に笑いだした。
ユウはポカンとしている。
「え? なに?」
ナジがユウの耳元に口を近づける。
「お前の飲んでるソレは、めったに飲めない飲み物だから、ミナトが嫉妬してるんだ。 オレだって、何年も飲んだ事ないぞ。」
「えっ!?」
ユウは驚いて澪を見る。
澪はニコリとし、“気にしないで飲みなさい”とサインをだす。
ユウはココアを両手で包み込み、湯気をふうっと吹きながら、ゆっくり口に運んだ。
「・・・あったかいなあ・・・」
その表情は、いつもの無邪気な少年そのものだった。
澪がユウの前に行き、膝を折って目線を合わせる。
「ねえ、ユウくん。 倒れた時の事・・・覚えてる?」
ミナトが“えっ!?”って顔をして、あわててナジの方を見る。
ナジは手のひらをあげて、“大丈夫”と合図した。
「え? オレ・・・倒れたんですか?」
ユウは倒れた事を覚えていなかった。
「じゃあ、最後に話した事覚えてる?」
「え? 確か・・・澪さんが宇宙の話をして・・・
オレが星々を人が行き来してるって聞いたことがあるって言ったら、ナジさんから教えてもらったの?って聞かれて・・・
違うよって答えたんじゃなかったっけ?」
ミナトはハラハラとしている。
(大丈夫なんすか・・・? また錯乱状態になったら・・・)
ナジは腕を組み、その様子を観察している。
緊張しているのか汗がにじんだ。
何事もなかったように答えるユウに澪は思わず息をのんだ。
(・・・同じ流れ・・・同じ言葉・・・なのに、何も起きない・・・?)
澪の胸に、冷たい違和感が走る。
(発作の“引き金”は、会話そのものじゃなかった・・・?
じゃあ・・・あの時、ユウくんの中で何が・・・?)
ユウは首をかしげているだけで、苦しむ様子も、頭を押さえる気配もない。
まるで――倒れた瞬間だけ、別の何かが作用したかのように。
澪は無意識に唇を噛んだ。
(・・・これは、ただのショックじゃない。
“条件”が違う・・・?
それとも、あの瞬間だけ・・・
何かが重なった・・・?)
ナジが澪の表情に気づき、ユウに声をかけた。
「ユウ!」
ユウがナジの声に顔を上げる。
「ユウ・・・オレと出会った時さ・・・
オマエの両親について聞いたじゃないか?・・・覚えてるか?」
ユウは“え?”って感じでポカンとしていたが、ナジの質問に答える。
「覚えてるよ。
どっから来たんだ?って聞かれて、
あっちから来たって答えたら、親は?って聞かれたんだよね?」
「そうだ! オマエの親はどうしたんだ?」
「え? 殺されたよ。 死神に・・・
覚えてるよ・・・死神につぶされたんだ!!」
淡々としゃべるユウ。
ナジは口を手で押さえ、後ずさりした・・・
「なんてこった・・・」
ナジは後ずさりしながら、まるで胸の奥を殴られたような表情をしていた。
「・・・死神に・・・つぶされた・・・?」
その声は震えていた。
ミナトも目を見開き言葉を失っている。
一方で、澪はユウの顔をじっと見つめていた。
その目は驚きよりも、むしろ“確かめるような”色を帯びている。
「ユウくん・・・それ、本当に覚えてるの?」
ユウは迷いなくうなずいた。
しかし、何かがおかしいと澪は思っていた。
ユウの表情は無表情となり、目線はまっすぐに一点を見つめていた。
「うん。 だって・・・見たもん。
おっきなアイツがやってきて・・・光ってて・・・家が・・・つぶれて・・・」
言葉が震え、ユウはマグカップを握りしめた。
「・・・お父ちゃんとお母ちゃん、動かなくなって・・・ボク、逃げたんだ・・・おじちゃんや、おばちゃんが・・・逃げたから・・・一緒に走って・・・走って・・・」
その声は幼く、痛々しく、“作り物ではない”と誰もが直感した。
が、おかしいと3人は思っていた。
「ミナト、ユウを部屋に送ってやってくれないか?・・・」
ナジがそういうと、ミナトはコクリと頷き、ユウに着替えをさせて、医務室を出て行った。
「どう思った?」
ナジが澪に尋ねる。
「おかしいわね・・・あれほど錯乱した事を・・・何事もなく話してるし・・・」
「だよな。
父親と母親を覚えてる様子だった。
しかも、幼児化してなかったか?」
「かなり幼児化してたわね。
言葉が・・・今のユウの言葉じゃなかった・・・
両親を失った時期のせいかもしれないけど・・・」
「幼児期に親が殺されたってことか?」
「そうね・・・」
ナジは腕を組み、深く息を吐いた。
その表情は“疑い”と“混乱”が入り混じっている。
澪はゆっくり首を振る。
「・・・普通なら、あれだけ強烈な体験を語れば、何かしら反応が出るはずよ。
震えたり、呼吸が乱れたり・・・最悪、また倒れてもおかしくない。」
ナジは眉をひそめる。
「なのに・・・平然としてた。」
「ええ・・・」
澪の声は低く、慎重だった。
「ユウの言葉が本当だとしたら、ユウの家族は15年以上前に東にあったこと。
そして、何年か前に死神によって殺された事。
それ以降、一人で生きてきたという事・・・
マジでそんな事あり得んのか???」
澪は腕を組み、ゆっくりと首を振った。
「・・・あり得ないわね。
東の外周で“家族単位”で十五年以上生き延びるなんて。
ケーブルタイプの死神の密度、環境、食料・・・どれを取っても不可能に近い。」
ナジは苛立つように髪をかきむしった。
「だよな!? オレだってそう思ってる!
だから・・・ユウの話が本当なら・・・“何かがおかしい”んだよ!」
澪は静かに言葉を返す。
「でも、嘘をついているようには見えなかったわ。」
「そこが一番タチ悪いんだよ・・・!」
ナジは机に手をつき、深く息を吐いた。
「普通なら・・・親が死神に殺されたなんて話、思い出しただけで震えるはずだ。
なのに、あいつは・・・淡々と“昔の出来事”みたいに話した。」
澪は目を伏せる。
「・・・それは、ユウくんが“慣れていた”からじゃないかしら・・・」
ナジは顔を上げた。
「慣れてた・・・?」
「これは想像の話、
私は精神科が専門じゃないし、
自信なんてないから、適当に流してくれてもいいわ。」
澪がナジに目線を送る。
ナジはコクリとうなずいた。
「ユウくんは言ったわ。
“おじちゃんやおばちゃんが逃げて・・・”って、
最初から一人ではなかったのかもしれない。
でも、次第にみんな殺されて、一人っきりになった。
それから何年も一人だったかもしれない・・・
最初は辛かったと思う、悲しみが何度も襲う。
でも、ずっとそうしているわけにはいかない。
なぜなら生きていくには心を強くするしかない・・・
そうすると、人の記憶はなじんでいく。」
「なじむ?」
「記憶の封印ではないの・・・生物の生存方法かもしれない、原始から持っている物、記憶の上書き。 新しい記憶をどんどん入れていくと、過去の記憶は薄れ、記憶した引き出しを忘れてしまう。」
「ああ・・・なんとなくわかるな・・・オレも仲間が何人も死んだ、最初は悲しかったが、今はそれほどでもない・・・て、事は、ユウの親はずいぶん前に殺されたって事か・・・」
澪は“もう無理”って感じで自分の椅子にドカッ!と勢いよく座った。
「これで、“東から来たって謎”がなければ、悩まなくて良いんだけど・・・」
「ほんとにな・・・」




