対立
居住区へ向かう通路。
ユウは山盛りのカートを押しながら、澪と楽しそうに話していた。
その頭上、壁の監視カメラが静かに二人を見下ろしている。
──うす暗い部屋。
複数のモニターが並び、その一つにユウと澪の姿が映っていた。
部屋には二人の会話がそのまま流れている。音は澪の胸ポケットに刺さっているボールペンが拾っているようだ。
「もう十分じゃないっすか? これ以上観察しても意味がないっすよ。」
「そうなんだが・・・ユウが本当に“東”から来たとなるとな・・・」
男の声は低く、重い。
モニターが切り替わり、今度はユウの部屋。
ベッドの上に荷物を移しながら、澪が片づけ方を説明している。
「じゃあ、この服を種類ごとに分けて棚に入れてみて。
私は医務室を見てくるから。戻ったら洗濯場に行きましょう。」
「わかりました。」
澪が部屋を出ていくと、ユウは一人で黙々と作業をしている。
「・・・ユウが南や西から来たって言うんなら、なんの問題もないんだけどな。」
その時、薄暗い部屋のドアが開いた。
「ナジさん!」
澪が勢いよく入ってくる。
その顔は怒りと悲しみが混ざっていた。
「私はもういやよ! あんないい子を・・・騙して監視するなんて!
なんで、こんなことさせるのよ!」
「・・・あ〜・・・」
ナジは気まずそうに頭をかいた。
どうやら、澪に案内役を頼んだのは、ユウの“正体”を探るためだったらしい。
「・・・ドクター、考えてみてくれよ。」
ナジはモニターに映るユウを指さす。
「東の外周は今、死神が群れてる。外周の防御力は限界ギリギリだ。
あそこは“大人でも帰ってこられない”場所なんだ。」
澪は唇を噛みしめ、震えるように小声でつぶやく。
「そんな事、知ってるわよ・・・私の知り合いが・・・どれだけ死んでると思ってるのよ・・・」
「ユウは15歳。ってことは、十五年以上前から“家族がいた”ってことだ。
東で、だぞ? あの地獄みたいな激戦区で、十年以上も家族で生き延びたって・・・そんなこと、現実的にあり得るか?」
澪は小さく首を振る。
「・・・でも、ユウは嘘をつくような子じゃないわ。」
「俺だってそう思いたいさ。だが、記憶を取り戻せばどうだ!? 誰もわからないだろ!!」
ナジは頭をかきむしる。
「オレだって信じたいよ・・・だがな・・・もし“外壁の外”から来たとしたら、もっとおかしいんだよ。」
澪の目が揺れる。
「外壁の外・・・?」
「そうだ。
東の外周は今、完全な戦闘地帯だ。
さらに外って事になると、死神の密度も桁違いだ。
そんな場所を、外からひとりで歩いて抜けてきたって? どう考えても無理がある。
人のように歩かなくても、死神の光学センサーに人間として引っかかるだろ!?
違うか!? この研究所にそれを否定できるヤツがいるのか!?」
ナジは深く息を吐き、話を続けた。
「だから、俺たちは確認しなきゃならないんだ。ユウが“何者なのか”。
敵じゃないのか。危険を連れてきてないのか。」
澪は拳を握りしめ、辛そうに震える声を発した。
「・・・ユウは・・・そんな子じゃない。」
「俺だって、そうであってほしい。
でも、願望だけで判断するわけにはいかないんだよ、ドクター。」
ナジの声は、どこか哀しげだった。
「ここには95人の所員がいる。
一部の“いい子そう”って印象だけで、全員を危険にさらすわけにはいかない。」
澪は視線を落とし、しばらく沈黙した。
やがて、絞り出すように言う。
「・・・それでも、私は・・・ユウを“疑うために”案内したんじゃないわ。」
ナジは澪を見つめ、静かにうなずいた。
「わかってる。
だからこそ、ドクターに頼んだんだ。」
澪は驚いたように顔を上げる。
「・・・え?」
「ユウが本当に危険な存在だと思っているなら、ドクターに近づけるなんて絶対にしない。
安全だと思ったからドクターに頼んだんだ。
でも、ユウには何かがあるような気がするんだよ・・・」
その時、ミナトが見かねて二人の会話に割り込んだ。
「澪先生、ユウの検査は行ったんすよね?」
「え?」
「精密検査っすよ。」
ミナトの問いに澪が冷静を取り戻し、検査結果を説明する。
「え? ああ、そうね。寝ている間にレントゲンや可能なかぎりスキャニングは行ったわ。」
「その結果はどうだったんすか?」
「特に目立った物は見つからなかったわ。普通の人間。
小学生や中学生と変わらない数値だったわ。」
ミナトはナジの方を見つめる。
「これが一番の回答じゃないっすか?
人間だという事が証明されている事を否定するんであれば・・・
オレ、ナジさんを軽蔑するっすよ。」
ミナトの鋭い視線に、ナジはついに折れた。
「あーっ! わかったよ。監視は終わりだ!」
ホッとする二人。
「だが、オレは・・・オレだけは、ユウへの疑惑は捨てないからな。」
冷静に考えて、二人はナジの主張は分かってはいる。
が、ユウへの感情がそれを上回っていた。
――――――――――――――――
ユウの部屋の前に立つと、澪は一度だけ深呼吸した。
胸の奥にはナジとのやり取りに対する怒りと、信じているとはいえ、どうしようもない不安が混ざり合っている。
「・・・よし。」
ドアのカギは開ける事ができない。
認証用の機器についているインターフォンのボタンを押した。
ピンポーン!という音がなり、室内に来客を伝える。
「はい!」
ユウの声が聞こえた。
澪はその声を聴くと、自分の中にある黒々とした大人の感情にユウへの気持ちが揺らいだ。
「ユウくん、戻ったわよー・・・開錠のボタン押してくれる?」
「開錠? これかな?」
ユウは室内にあるモニターのボタンを押す。
ドアがカチッ!と音をだし、開錠された。
声をかけながら中に入ると、ユウはベッドの上に座り、たたんだ服を丁寧に棚へしまっているところだった。
振り返ったユウは、ぱっと顔を明るくした。
「あ、澪さん! 片づけ、ほとんど終わりました!」
その笑顔は、疑いようもなく“普通の少年”のものだった。
澪の胸がぎゅっと締めつけられる。
「そ、そう。えらいわね・・・」
声が少し震えてしまい、澪は慌てて笑顔を作った。
「どうかしたんですか?」
澪の様子がおかしいことに気づくユウ。
「えっ?」
「なんか元気ないですね・・・医務室でなんかあったんですか?」
「え? 医務室?」
「医務室を見てくるって・・・」
澪は自分が医務室に行くと伝えたことを、完全に失念していた。
「あ、医務室とは違うのよ・・・ちょっとナジさんに宿題だされてね。
それで、そのことを考えてたのよ。」
「宿題ですか・・・」
澪は曖昧に笑い、話題を切り替えるように手を叩いた。
「そうだ、ランドリールームに行きましょう。私のハンカチはまだ取り出してないわ!」
「はい!」
澪はドアを開けて部屋を出た。
ユウは元気よく立ち上がり、澪の後ろに続く。
ランドリールームに着くと、澪はハンカチを入れた洗濯機の前に立ち、自分のIDカードをユウに見せる。
「使い方は、覚えてるよね?」
「覚えてます!」
「じゃあ、私のカードを見て。」
「・・・洗濯終了・・・取り出し可能・・・って表示されてますね。」
「そう! 洗濯するときにIDを登録したから、終了のメッセージがIDカードに届くの!
このメッセージが届いたら、ココに来て、IDカードを認証する。
認証することで、ドアが開けれるようになるから、本人以外は開けれず、盗難防止にもなるのよ。」
「へえ~」
澪は洗濯機の認証機器にIDカードを近づける。
“ピーッ!”と長い電子音が鳴り、
洗濯機のカギが“ガチャン!”と音を出して、
ドアがゆっくり少しだけ開いて止まる。
澪はそのドアを全部開け、中からハンカチを取り出す。
「これで、洗濯終了~!」
ハンカチからは少し香りがした。
「なんかいい匂い・・・」
「この洗濯機は自動で柔軟剤や芳香剤を入れてくれるの。
このIDカードに、そういう好みの情報をインプットしておくと、自動で使ってくれるのよ。
ユウくんのIDカードは情報が入ってないんで、
デフォルトの無味無臭の洗剤や柔軟剤が使われるわ。」
「認証ってすごいんですね。」
ユウが感心したように言うと、澪はハンカチを軽く振りながら笑った。
「便利でしょ?
ここでは、だいたい何でも“カード認証”が必要なの。
だから、IDカードは無くしちゃダメ。
さ、これでユウくんもいつでも洗濯できるわよ!
好みがあったら言ってね、登録してあげるからね。」
「お、お願いします!」
「さて、次に行きましょ。次はレクレーション室とフィットルーム。」
二人はランドリールームを出ると、廊下の空気が少しひんやりと感じられた。
――――――――――――――――
《レクレーション室》
《フィット》
二人はレクレーション室とフィットの前に来ていた。
この2つは対面するように配置された区画だ。
ここはオープンルームなので、透明なドア越しに中が見える。
ユウは目を丸くした。
「・・・レクレーション?」
「そう。ここは、みんなが自由に使える部屋よ。」
澪がドアを開けると、中は柔らかい照明に包まれていた。
壁際には本棚が並び、古い紙の本と電子端末が混ざって置かれている。
奥には大きなスクリーン。その前にはソファがいくつも並んでいた。
テーブルの上にはカードゲームやパズルが置かれている。
ユウは思わず息をのんだ。
「・・・なんか、すごい・・・」
「ふふ、外では見ないでしょ?
ここでは、仕事の後にみんなが集まって遊んだり、映画を見たりするの。」
ユウは部屋の中をゆっくり見渡した。
(・・・こんな場所、初めて見た)
澪はその表情を見て、胸の奥がまた少しだけ痛んだ。
「ユウくんも、時間があるときに来ていいのよ。
ここは“誰でも使っていい場所”だから。」
「・・・はい。」
ユウは小さくうなずいた。
「次は目の前にあるけど、フィットルーム。 体を動かす場所よ。」
透明なドアを開け、中へと入る。
中には見たことのない機械がずらりと並んでいた。
・ランニングマシン
・サイクリングマシン
・軽いウェイト
・ストレッチ用のマット
ユウは完全に固まった。
「・・・これ、全部・・・運動するやつですか?」
「そうよ。外では走るだけで危険だったでしょ?
ここでは安全に体を動かせるの。」
ユウはランニングマシンに近づき、恐る恐る手を置いた。
「・・・これ、勝手に動くんですか?」
「ふふ、勝手には動かないわ。
でも、使うときは気をつけてね。
最初は私かミナトくんが教えるから。」
ユウは真剣な顔でうなずいた。
「・・・なんか、すごい世界ですね。」
「そうね。
でも、ユウくんも“ここで暮らす人”なんだから、少しずつ慣れていけばいいの。」
澪は優しく言いながら、ユウの肩にそっと手を置いた。
「このフロアはこれで全部終わったわ。
ユウくんが行けるのはB3までだから、B3を見に行きましょうか。」
「はい。」
――――――――――――――――
エレベーターを使い、B3へと降りてきた。
エレベーターでは行先の階を押して、認証という手順で動作した。
澪はユウのIDカードではB4、B5へは動作しないことも実践して教えてあげた。
B3には、植物工場、物資工場、食料工場、養殖場、浄化室――
生産系の区画があり、ユウは一通り見学する事が出来た。
植物工場は、屋内で野菜を生産する工場で、環境を制御して植物の成長を促し、効率よく生産するための施設だった。
食用以外にも薬に使う植物も生産している。
物資工場は、すべてがオートメーション化されており、研究員に必要な物資を作る工場だった。
石鹸、衣料品、薬など多岐にわたり、24時間稼働している。
「そうそう、アマラが言ってた、小学生用の服はココで作られるのよ。
サイズのデータを機械に覚えさせれば自動で作ってくれるの。」
「また、小学生って・・・」
ブスッ!とするユウを見て、澪が笑う。
どうやら、気持ちは落ち着いた様子だった。
食料工場は、植物工場で生産される麦から小麦粉を作り、パンや麺などを生産していた。
肉は作れないが、大豆などを使った人工肉を3Dプリンターで生産していた。
養殖場は、魚類や虫を繁殖させる施設。
巨大なプールがあり、淡水魚を数種類、持続可能な循環型養殖を行っていた。
魚の排泄物を植物工場で利用するなど、循環型のシステムになっている。
澪の話だと、ナマズが一番効率が良いらしい。
工場は通路が5mほど上部にあり、その下に工場が広がっていた。
通路は透明なアクリル板で工場内とは隔離されており、上から製造状況を観察できるようになっている。
ほとんど人はおらず、ローカルネットワークのロボットが工場を管理していた。
ユウは次々と生産される品々を見て、目を輝かせ驚きを隠せなかった。
「す、すごいね。こんなの初めて見たよ。」
「でしょ? 昔はこんな工場が沢山あったのよ。
今は限定された物しか作れないけど・・・」
「限定?」
「うん。植物の種は小さいから、簡単に持ってこれるんで、どの場所でも変わらないぐらいのレベルなんだけど、生き物をここに持ってくることが厳しいでしょ。
だから、最低限のってこと。」
「そうなんだ・・・」
「もともとこの工場プラントは、宇宙で生活するために発達した技術だから、かなり精度が高く作られているのよ。」
「宇宙!? それ、もっと知りたいよ。」
ユウはその言葉に目を輝かせ、澪に顔を近づけた。
「え? ユウくん・・・宇宙に興味があるの?」
「すごく! 夜に見た満天の星空。
人があの中に行き来してたって聞いて、ワクワクしたよ。」
「へえ~、そんな事を教えてもらったんだ。
誰から聞いたの? ナジさん?」
「え? ナジさんじゃないよ・・・
えっと、誰だっけ・・・」
(あれが・・・シリウス。
そして、あっちが・・・ペテル・ギ・・ウ・・・)
ユウの頭の中に、何かがフラッシュバックした。
「うわああああ・・・っ!!」
ユウは頭を押さえて叫んだ。
その様子に澪は驚き、駆け寄る。
「ユウくん!! ど、どうしたの!?」
(・・・ユウ・・・大きくなったら・・・宇宙に・・・)
「あああああああぁぁぁぁ・・・!」
ユウはその場に倒れこみ、意識を失った。
床に崩れ落ちた瞬間、澪の心臓が跳ね上がる。
「ユウくん!!」
反応がない。
澪は膝をつき、ユウを仰向けに寝かせ、呼吸と脈拍を確認する。
呼吸は安定している。脈拍も乱れていない。
だが、意識がない。
澪はIDカードを操作し、医務室に連絡した。
「こちら医務室です。ドクター白崎、どうかしましたか?」
「B3の養殖場に、急いでストレッチャーを持ってきて!」
「わかりました。」
澪はユウの顔を見つめ、冷静に考えようとする。
(・・・発作?
・・・記憶障害?
・・・ナジさんは“親の事を聞いたら”って言ってたけど・・・
なにか、そこにヒントがあるのかも・・・)




