初めて見るもの・・・人の優しさ
食堂を出てきた二人。
澪は“さて、どうしようかしら?”という顔で首を傾げた。
「とりあえず、研究所内にどこに何があるかを覚えないとね。
医務室と食堂は近いから覚えてるでしょ?」
「そうですね・・・自分の部屋が・・・今日の朝、調子悪かったから・・・」
「そうね。
じゃあ、居住区から案内しましょう。」
二人は居住区の方へ歩き出す。
途中、壁に案内パネルが貼られている事にユウが気づいた。
澪は立ち止まり、パネルの文字をなぞる。
「地下ってね、どこも同じように見えるでしょ。
だから、こういう案内パネルがないと迷子になるのよ。
もし分からなくなったら、このパネルを見るといいわ。」
ユウは青いメッキのパネルをじっと見つめた。
彫り込まれた文字が光を反射して浮かび上がっている。
「すごいですね・・・こんなの初めて見ました。」
「外の世界は破壊し尽くされてるからね。
最適化の日の前は、案内板なんてどこにでもあったのよ。
人類圏の中は今でもそう。」
「そうなんだ!」
澪は再び歩き、説明を続ける。
「ここから先が居住区。
AからDまでのブロックがあって、それぞれ1から35まで部屋が並んでるの。
全部で140。
でも、今の所員はユウくんを含めて96人。」
「そんなにいるんだ・・・」
「ちなみにユウくんの部屋はCブロックの21。
ナジさんの部屋は17よ。」
「そうだった! 昨日の夜、2つ先って言ってました。」
「ここがCブロックの入り口。」
厚い自動ドアが両サイドへ静かに開く。
ユウは少し驚きながらも、初めて通った時よりは落ち着いていた。
「・・・まだ慣れないですけど、コレ! すごいです!」
「ふふ、すぐ慣れるわよ。
ブロックを自動ドアで区切っているのは、もしもの時の防壁にもなるの。」
自動ドアの先は1本の通路がまっすぐと伸び、両サイドに同じ形の扉が規則正しく並んでいる。
番号は右側から左へと交互に、右がC-1、左がC-2、再び右側がC-3・・・と続く。
やがてユウの部屋に着いた。
「ここがユウくんの部屋、C-21。
鍵はこのIDカード。
身分証だから、いつも首にかけててね。 あと、無くしたらダメよ。
ここにかざすと鍵が開くの。
ドアが閉まって5秒後に自動で施錠されるわ。」
澪はドアの横にある機器に実際にカードをかざして見せる。
カチン!と音がして鍵が開く。
ドアを一度開けて、再び閉める。
5秒後に再びカチン!と音がする。
澪が開けようとするが、鍵がかかっているのでドアは開かなかった。
「わかった?」
ユウは目を輝かせてうなずく。
「やってみる?」
「はい!」
ユウは何度も鍵を開け閉めし、澪は苦笑しながら見守った。
「・・・もういいんじゃない?」
声をかけると、ユウは名残惜しそうにカードを首にかけた。
澪は通路の奥を指さす。
「次はランドリールームよ。」
通路の突き当たりには「Laundry Room」の青いプレートが壁に貼られていた。
中には大型の全自動ドラム式洗濯機がずらりと並んでいた。
ユウは目を丸くして言葉を失う。
「・・・・・・・・。」
「やり方を教えるわね。」
澪はドラムを開け、持っていたハンカチを入れる。
「洗濯物を入れて、ドアを閉めて・・・ここにIDカードをかざす。」
IDカードを認識するとピッ!と音がなる。
すると、ガチャン!と鍵がかかり、ドラムがゆっくり回り始めた。
「ココ見て。」
澪はユウに自分のIDカードを見せる。
IDカードには小さな液晶が付いており、そこに“洗濯中 C-3”と表示されている。
「こっちも見て。」
澪は洗濯機の認証機器の下にある液晶を指さした。
そこには“白崎澪 使用中 25分後終了します。”と表示されていた。
「終わるとIDカードにメッセージが届くから、取りに来ればいいわ。
じゃあ、次へ行きましょう!」
そう言うと、澪はスタスタとランドリールームを出ていく。
ユウは“え?え?”という感じで洗濯機と澪を交互に見たが、離れていく澪を走って追いかけた。
――――――――――――――――
Cブロックの居住区のドアの前。
ドアは自動で開くが、澪は立ち止まったままだった。
「さて・・・次はどこを見せようかしら。」
ユウはまだ洗濯機の方を名残惜しそうに振り返っていた。
「・・・あれ、本当に全部やってくれるんですね・・・」
「そうよ。
ここでは“生活に労せず、研究できる。”が最優先なの。
外みたいに、水を探したり、火を起こしたり、そういう苦労はしなくていいの。」
澪は優しく言いながら、居住区のドアから出ていく。
「次は物資倉庫に行きましょう。
ユウくんの生活道具を用意しないとね。」
物資倉庫は居住区エリアの隣の区画だった。
澪がそれを説明する。
「基本、このフロアは居住に必要な物がそろっているフロアなのよ。
就寝する居住区から近い所に食堂と医務室、物資倉庫がそろっているのよ。
そして、フロアの中心にエレベーターがあるの。」
「エレベーター?」
「この研究所はこのフロアーから下に向かって階層があるのよ。
あ、先にエレベーターを教えるわ。」
澪は向かっていた方向を変えた。
割と近い場所にエレベーターがあった。
「ここがエレベーターホール。
全部でエレベーターが4基。」
そう言いながらエレベーターホールに入っていく。
そして、中央部分――エレベーターとエレベーターの間の壁のパネルを指さした。
「このパネルを見て。
このB2が、私達がいるフロアよ。」
パネルには階層ごとに刻まれていた。
B2:個室・物資倉庫・食堂・医務室・レクレーション室・フィット
B3:植物工場・物資工場・食料工場・養殖場・浄化室
B4:研究室A~D・作業室A~C・解析室
B5:オペレーションルーム・接続室
「ちなみにユウくんのIDカードでは、B4とB5には入れないわ。
あと、B3にも部署によっては入れない所があるわよ。」
ユウは書かれている文字は理解できたが、何をやっている部屋なのか分からなかった。
「オレはなんで入れない所があるの?」
「セキュリティよ。
無関係者や侵入者が重要な場所に入れないようになっているの。」
「?」
「まあ、ユウくんがそこへ入っても、役に立てないからって感じかな~。」
「・・・?」
首をかしげるユウ。
澪はかみ砕いてしゃべっているのだが、なかなか通じなかった。
「勉強して、仕事のお手伝いができるようになれば、入れるようになるんじゃないかしら?」
「勉強して、仕事覚えろって事ですね!」
「う、うん。
そうね! そんな感じ・・・」
澪は苦笑しながら、ユウの“素直すぎる理解”に肩をすくめた。
「まあ、そういうことにしておきましょう。
とにかく、今は行ける場所だけ覚えれば十分よ。」
そう言って、澪は歩き出した。
「じゃあ、物資倉庫に行きましょう。
ユウくんの生活に必要な物を揃えないとね。」
ユウは慌てて後を追いながら、まだ頭の中で“セキュリティ”という言葉を転がしていた。
「・・・なんか難しいですね。」
「大丈夫よ。
ユウくんはここに来たばかりなんだから、分からなくて当然。
少しずつ覚えていけばいいの。」
澪はそう言って、ユウの歩調に合わせるように少し速度を落とした。
「ここが物資倉庫よ。
ここに入るときもIDカードを認証させて・・・そうだ!
ユウくん、やってみる?」
ユウの顔がパッ!と明るくなる。
首から下げているIDカードを手に取り、ドアの横の機器に近づける。
ドアが開くと「おお~っ!」と声を上げた。
澪が声をかける。
「アマラさん、こんにちはー!
新人を連れてきましたよ。」
少し褐色の女性がカウンターからひょっこりと顔を出す。
アマラ・サンディ。
黒髪をざっくり束ねた、小柄で筋肉質な女性だ。
「澪センセー、ナジさんが保護したってのは、その子ー?」
「そうです。
今、研究所を案内中ですが、案内ついでに生活用品を揃えに来ました。」
「ユウくん、アマラだよー。
よろしくね。
ユウくんは小学生かな?」
「え? 15歳です・・・」
「あ、ごめんねー!
体が小さいから、アマラ勘違いしちゃったよー。」
(みんな同じような事いうな・・・そんなに体小さいかな・・・?)
小学生に間違われた事より、みんなが小さいとか細いとか言う事が気になった。
アマラが慌てて澪を見る。
「澪センセー、どうしよー、怒っちゃったよー。」
慌てるアマラを見て、苦笑する澪。
「ユウくん、コッチ!コッチ!」
「あ、はい。」
澪は倉庫内へとユウを導いた。
そして、カゴのついたカートを指さした。
「ユウくん、このカート、押してついてきて。」
「はい。」
ユウは一番手前のカートを引き出して、澪についていく。
倉庫内は2m程の高さの棚がずらっと並んでいた。
その棚には生活必需品が大量に置かれている。
澪はその中からシャンプーや石鹸などを取り出し、次々とカートに放り込む。
「ちょ、ちょっと・・・澪さん。
多い、多いよ・・・」
「いいの、いいの。
タダなんだから遠慮しないの。」
服飾コーナーで澪が振り返る。
「ねえ、ユウくん。
パンツ派?トランクス派?」
「は?」
「コレとコレ、どっちがいい?」
澪はパンツとトランクスを両手で持って、ユウに見せる。
「こっちの・・・トランクスってのは・・・履いたことないです・・・」
照れくさそうにそう言った。
「そっか~、そうなんだね。」
そう言うと、パンツを何着も放り込む。
「でも、困ったわね・・・服が全部大きいわ・・・
アマラに言って取り寄せてもらうしかないわね。」
カートは山もりになった。
「こんなもんかしら?
足らなかったら、またくればいいだけだから。」
いやいや・・・という顔をするユウ。
澪は出口へ向かう。
そのあとをついていくと、立ち止って両手を開く。
「そこで止まって。」
センサーが動き出し、カート内の商品の種類や数を計測していく。
計測したデータが表示されるモニターを見て、アマラはあきれ顔している。
「澪センセー、いっぱい持ってきたねー」
アマラの声は呆れつつも笑っていた。
澪は悪びれもせず、胸を張って言い返す。
「だって新人なんだもの。
最初くらい、全部そろえてあげないとでしょ?」
「そりゃそうだけどねー・・・量がねー・・・」
アマラはモニターを見ながら、肩をすくめた。
ユウはカートの山のような荷物を見て、ただただ圧倒される。
(・・・全部オレの・・・?)
外の世界では、なんにも持ってなかった。
石鹸なんて手に入るわけがない。
たまに破壊された瓦礠の中で、使われて小さな石鹸を見つける程度。
それを大事に使った。
服は破れても縫って、縫って、また縫って――
“必要なものが全部そろう”という感覚が、まだ理解できない。
アマラはユウの表情に気づき、やさしく言う。
「ユウくん、ここではねー、必要なものは全部支給されるのー。
だから、遠慮しなくていいんだよー。
生きるために必要なものを、ちゃんと持ってていい場所なんだよー。」
ユウはゆっくりとうなずいた。
「・・・ありがとうございます。」
アマラはにっこり笑い、カートの横に立つ。
「じゃ、登録するねー。
ユウくんのIDカードに記録しておくから、なくしても、また取りに来ればいいよ。」
澪が横から口を挟む。
「服は後で取り寄せてもらうわね。
サイズが合うのがないと困るし。」
「了解ー。
ユウくん、細いからねー。
子ども用のサイズで、工場に手配しておくよー。」
「こ、子ども・・・」
ユウはまた小さくショックを受けた顔をした。
澪は笑いをこらえながら肩を軽く叩く。
「気にしないの。
ちゃんと食べて寝てたら、すぐ大きくなるわよ。」
アマラも頷く。
「そうそう。
ガンさんのご飯食べてたら、すぐムキムキになるよー。」
「ムキムキは・・・ならなくていいです・・・」
ユウが小声で言うと、二人は声をそろえて笑った。
そんな時、澪のIDカードがピコン!と音を出した。
3人がそれに反応する。
澪はIDカードを手に取ると、カードを確認してからユウに見せる。
ユウは、カードに表示されたメッセージを読む。
「えっと・・・“洗濯が終了しました”って!」
「ちょうどタイミングよく洗濯が終わったみたいね。
部屋にそれを持っていってから、洗濯物を取りに行きましょう。」
「はい!」
ユウはカートの荷物を見て、“コレ、どうすんだ?”という顔をした。
それを見ていたアマラが笑って言った。
「そのままカートで部屋まで持ってっていいよー。
ただ、カートはココに戻してねー。
あ、戻すのは今日じゃなくてもいいよー。」
「あ、はい。
ありがとうございます。」
物資倉庫から出ていく澪とユウ。
ドアを通る際に振り返ると、アマラが笑って軽く手を振っていた。
そして、ドアが閉まって見えなくなった。




