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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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63/69

「フォティ・ラ・ロード」。

道はいつしか舗装路から未舗装路へと変わっていた。

やがて岩と砂礫が積み重なるだけの道が続く。


終わりなきつづら折りを、馬たちはひたすら歩いていく。

180度のヘアピンカーブを曲がるたび、さっきまで歩いていた場所が、遥か足元へと遠ざかっていく。


谷底は、すでに白い雲の下に沈んでいた。


馬たちは一歩一歩、浮石を踏みしめる。

馬たちの鼻からは、薄い空気を求める呼気が白い霧となって吹き出している。


あと少しで道の頂上だ。 標高5400メートル。

峠を吹き抜ける乾いた強風が、一行の足取りを遅らせる。

ペマはソナムとプンツォに「頑張れ!」とかすれた声をかけ続けた。


プンツォはいつもの陽気な雰囲気はなく、まっすぐと道の先を見つめ、荒い鼻息を出しながら、足を前へと進める。

それを心配そうにジョーが振り返りつつ見つめる。


時折、ソナムが足を止め、大きく息を吸い込む。

その深呼吸で胸が膨らみ、鞍を通してペマの足へ伝わる。

ペマはその辛さを感じていた。


世界には風の音と、

馬たちの蹄が石をはじく「カチン」という高い音だけが、周りの斜面にこだまする。


そして、ついに最後のヘアピンを曲がり上がった。

道はもう登っていなかった。

山の斜面へ真横に伸びていた。


目の前の斜面の向こうから、奥の山の頂上が姿を現した。

ペマはソナムを止めて、振り返る。


息を吸うだけで胸が軋んだ。


足元から下へ下へと斜面が伸び、

二つの山の向こうには、暗いうちに通ったハンレ川が細く見えていた。

さらに、ハンレ川の上流方向にはアストロノミカル天文台が小さく見えた。


「す、すごい・・・」


ペマは目を丸くした。

世界の大きさを初めて実感した。


遠くにどこまでも山脈が連なり、

見たこともない空の色が広がっていた。


ゴウッ!!


そこに強い風が吹き荒れた。


「わわっ!」


ペマの髪と、ソナムのたてがみが激しく風になびいた。

ソナムは少しよろけ、ペマは左手でその首にしがみついた。

一瞬、ジョーが慌てて体を動かす。


「ペマ、気持ちは分かるがここは斜面に近い。

踏み外したら谷底だよ・・・先へ進もう。」


ツェリンが後ろから助言する。


「わかったぁ~!」


そう言って、ゆっくりと進ませた。


―――


少し進むと、視界が360度開けた。

平坦で広大な尾根が目の前に現れた。


道の頂上を示すオレンジ色のサインボードがあった。


「フォティ・ラ、18124フィート・・・」


「ペマ! 頂上だよ!」


ツェリンが馬を横に並べて、手を上げて待っている。

ペマは意味が分からず見つめる。

ツェリンは掲げた右手の手首を、左手で何度か叩く。

理解して、左手でツェリンの手を合わせた。


「いえーい!」


「ほら、あそこ・・・ラツェがあるよ。」


ツェリンが指さす先に、石を積み上げたラツェがあった。

棒から四方八方へ紐が伸び、そこに五色の祈祷旗が何枚もくくられていた。

強い風にあおられ、バチバチと音を立ててなびいている。


「祈祷旗なんて持ってきてないな・・・」


そう言うと、ペマはソナムから降りて、

ラツェに近づき、足元の石を拾い、ラツェに置いた。


ツェリンも石を積み上げ、目を閉じて祈った。


「ここまでの無事・・・感謝します。」


目を開けて、ペマを見る。


「さあ、ここから下り・・・はやく、こんな寒い所おさらばしよう!」


両手で肩を抱き、足をじたばたさせながら言った。


髪が激しく風になびく。

ペマも鼻水をすすって答えた。


「ズズッ!・・・そ、そうだね。」


―――


峠の頂きに広がる天空の荒野を抜け、フォティ・ラ・ロードの下りへと入る。

視界にはレケン・ヨクへと続く巨大な谷が目もくらむような深さで広がった。


道はインド軍が重機で斜面をえぐって作ったものだった。

急斜面を真横にえぐって作られた道で、左側にはむき出しの土壁が続いていた。

ヘアピンで方向を変え、えぐられた壁が逆側になった。


ジョーはヘアピンを曲がるたびに、崖側を歩き、もしもの時に備えている。


「・・・左、曲がるよ。」


ペマは手綱をわずかに引く。

ソナムは慣れた足取りで、道を曲がるが、ヘアピンは一気に高さを落とす。

途中、斜面が真下に見えると、ペマは「ひっ!」と体を反らせた。


ソナムはそんなペマの事情は知らぬまま、タタタッと向きを変えて、車道の外縁を歩く。

その瞬間、蹄で踏んだ浮石が「パラパラ」と音を立て、視界の端で真っ逆さまに虚空へと消えていった。

ジョーがその光景を、後ろをついてきながら谷底を見つめる。


ペマのこめかみに汗が流れる。

落ちれば助からない高さだった。


「ねえ、ソナム・・・わざとやってない?」


ソナムに尋ねると、ソナムは耳を回す。


(下りのテクニックを教えてあげる。)と言っているようだった。


ペマはえぐられた壁の上をふと見上げた。

頂上はもう遥か上だった。


「なんて所に道を作ったんだろう・・・ん?」


上の方で何かが砂煙を上げていた。


「ソナム止まって!」


ソナムを止めて、砂煙の正体を探る。


「あれはキアンだ。」


後ろのツェリンが言った。

ペマは一瞬後ろを見て、もう一度斜面を見る。


四足の馬のような姿が見えた。

茶色と白の毛並みのキアンだ。

斜面をものすごいスピードで飛び跳ねながら走っている。

彼らはこの希薄な空気の中を、まるで平地のように軽々と走っていた。


その斜面を蹴る衝撃で、石が転がり落ちてくる。

慌てて、えぐられた壁の方へとソナムを誘導し、壁にへばりついた。


石がガラガラと音をたて、先ほどまで立っていた位置に降り注ぐ。

そして、キアンの影が上からジャンプして、ペマたちを乗り越えて下っていった。


数頭は、路面に降り立ちこっちを見る。

足をカツカツと鳴らし、再び斜面へ降りていった。


ペマとツェリンは斜面を覗き込む。

キアンはもう数十メートル下を走っていた。


「いやあ~、野生動物はすごいねえ~・・・」


「ソナムも私を乗せてなかったら、あれできる?」


ソナムは耳を伏せた。

それを見てペマは笑った。


再び斜面を見る。キアンたちは下るのをやめ、隣の斜面を登っていた。


「ほんとすごい!」


―――


何度折り返しただろうか。

そんなことすら覚えていない。


だが、ついに道はまっすぐ斜面を下るようになり、下りも終わりを見せた。

道もまともに整備された道路に変わっていた。


分かれ道があり、黄色い案内板が見えた。


「コイル、15キロメートル・・・?」


ペマは地図を取り出して確認する。

アミットが指定しているキャンプ地がある場所だった。

ツェリンが地図を覗き込む。


「そこ、街だね・・・どうする?」


「ここにも集落があるね・・・レケン・ヨク・・・」


ペマの手が震える。

そして、空を見回す。


「ふう・・・」


ドローンは見当たらなかった。

ペマの様子を心配し、ツェリンが地図を指さす。


「このレケン・ヨクの手前で今日はキャンプしようか。

この道に沿って川も流れてるし、場所には丁度いいんじゃない?」


ペマは地図の道をたどっていく。


「この辺がいいかな・・・あと4キロぐらい。」


「いいんじゃない。」


「じゃあ、あと少し、みんな頑張って。」


―――


太陽は傾き、越えてきた峠の方へと次第に近づいていた。

山が急こう配なので、まだ4時過ぎなのに日没が近い。


キャンプ予定地に到着し、

ソナムの背の上で見回すと、川の周りには草が茂っている。


「うん、よさそうだ。

みんな、よく頑張ったね!」


ソナムから降りて、手綱を引きながら川べりへ近づいていく。

そして、二人は急ぐようにキャンプの準備に入る。


プンツォの荷をてきぱきと降ろす。

この旅を始めて、もう何度も行った動作だ。


そしてジョーにソナムとプンツォを任せ、

荷にぶら下がった小さなポリタンクを持って川へ近づく。

川の水はクリスタルのように澄み渡っていた。


「お~、ツォモリリの水みたいに綺麗だな~。」


それを、ポリタンクを川に沈め、タンクを水で満たした。

片足だけではなかなか辛い重さだった。

なんとか荷の所まで持ってきて、折りたたんだ木綿の布で、タンクの水を濾しながら鍋へと注ぐ。

真っ白な布は、瞬く間に茶褐色の細かな砂と、氷河が削り出した銀色の岩粉が溜まっていく。


ツェリンも馬から荷を下ろして荷ほどきする。

そして、慣れた手つきでテントを張っていく。


ペマはコロコロとしたヤクの糞を袋から取り出し、火を起こして鍋に火をかけた。

ツェリンは二つのテントを設営すると、ペマの所へとやってきた。


「ごめん、ペマ・・・私、用を足してくる。」


「はーい! いってらっしゃい。」


ペマはバター茶の用意中で、確認もせず適当にツェリンを送り出した。

ツェリンは川とは逆の山の斜面を登っていく。


火にかけた鍋の水がコポコポと泡立ち始める。

荷から出したバターの塊にナイフを立てようとした時だった。


フッと影が、ペマの座っている場所をものすごい速度で横切った。


音はない。


「えっ?」


ペマは太陽の方を振り返る。

稜線を見上げると、ドローンが静かに斜面に沿って高度を下げていた。


ペマはツェリンのノルブを探す。

だが、ノルブはソナムの隣で草を食んでいた。


背中に汗があふれ出る。

悪い予感がペマを襲う。


ツェリンが向かった斜面へ向かって叫んだ。


「ツェリーン! 逃げてぇー!」


ペマの悲痛な叫びがこだました。


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