続く道
アミットが地図に記した、ハンレを抜けて、レケン・ヨクへ抜けるルートは、直線距離は10キロ強。
だが標高は4500メートルから5500メートルまで一気に上がり、そしてまた下る山越えルートだった。
その為、道路はくねくねと180度曲がっては、また180度曲がるという蛇行を繰り返して、急激な斜度を登っていくフォティ・ラ・ロードと呼ばれる道だった。
その道は、車一台が余裕で通れる幅があり、ところどころに車が交差するための、待ち合わせできるスペースがあった。
天文台を出た時は0度付近だった気温は、太陽が昇るとじりじりと服の表面を焼き、重ね着した服を強制的に脱がさせる。
ウマたちはゆっくりと歩を進める。
だが、高地に対応した馬たちは、車のエンジンよりも確かな一歩を進めていく。
辺りには、木はまったくない。
木が生える限界を超えたこのエリアでは、背の低い草か、岩と砂、あとは万年雪しかない世界だった。
ツェリンは、馬の背に揺られながら、ずっとドローンの視線に耐えていた。
つかず離れずの距離で空中に静止した点が、経験のないプレッシャーを与え続けていた。
「ペマ、アイツ・・・24時間こんな感じなのかい?」
イライラが募り、ペマに尋ねた。
「絶対じゃないけど、遠目には必ずいる感じだね。」
ツェリンは、あきれた顔で馬の背で姿勢を起こした。
「そりゃ、辛い・・・」
ツェリンは、もう、その視線に諦めるしかなかった。
続けて尋ねる。
「ねえ、ペマ・・・この旅のことなんだけど・・・」
「ん?」
ペマがその問いにツェリンを見る。
「そもそも、なんでペマが荷を運ぶことになったんだい?
いくら月が求めたとしても・・・
こんな危険で大変な任務・・・普通なら一般人はやらないだろ?
・・・軍人や男どもの仕事だ。
なんで、それをペマが・・・?」
ツェリンは眉をよせ、眉間にしわを寄せている。 怒っていた。
「命令なんてされてない。 あたいが行くって言ったんだ。」
その答えにツェリンは驚いた顔をする。
「えっ・・・なんで?」
「丁度、タイミングも悪かったんだ。
国境警備隊のみんなは避難キャンプを守らなきゃいけないって仕事がある。
その上、10月は遊牧民たちがヤクや羊を連れて、標高の低い場所へ移動する季節なんだ。だから、キャンプ地は荷物をまとめて移動するタイミングだったんだ・・・」
「いや、だからって・・・なんでペマが・・・?」
ペマは、心配するツェリンを見て、少し笑って目を伏せる。
「だって・・・絶対に失敗できないメモリーの運搬。
私には、ドローンと接触して、何もされなかった事実がある。
だったら、確実に運ぶには最適でしょ?」
そう言って、ペマは笑ってツェリンを見た。
「そ・・・・・・。」
ツェリンはそれ以上何も言えず、うつむき手綱を持つ手を見つめた。
ペマ自身の決意は誰の物でもないとわかった。
「でもね。この仕事受けてよかったことがあるんだ。」
ツェリンが顔を上げ、ペマを見た。
ペマは手綱を放し、左手を太陽へ向けた。
ペマの顔に影が落ちる。
それでも強烈な光でまぶしそうな顔をする。
「この旅が決まってから、足を失ってから乗ってなかった馬の練習を始めて・・・
世界が広がったんだ。
それまでは、義足で行ける距離。
狭い世界だけがあたいの世界。
それが、約一週間で、100キロ以上世界を観れたんだよ。
高地の大地はどこも同じ景色だけど、あたいはどこまでも行ける!」
左手で太陽をつかむ。
その手を胸へ当て、抱きしめるように語った。
「あたいは・・・知らなかった・・・
自分の可能性を・・・
望めば、見たことのない世界へだって行けるんだ!」
ペマは強い目でツェリンを見つめた。
ツェリンは目を伏せて笑った。
「わかった。
・・・もう何も言わないよ。」
目を開け、ドローンの方を見つめる。
この旅のきっかけが空に静止している。
(そうか・・・この旅はペマが生まれ変わるきっかけなんだね・・・
私もあったな・・・片足を失って、絶望し、生きる意味を見つけられなかった時期・・・
そうだった・・・私も、この子に救われたんだ・・・)
目線を自分の乗るノルブに戻し、その首をなでる。
顔を上げると、
苦労するように山を登る蛇行した道が、延々と続いていた。




