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〈サイレント・ワールド〉  作者: ブラックななこ


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6/7

人としての朝

ナジがユウの部屋のドアを叩く。


「おい! ユウ! 起きてるか?」


部屋からの返答はない。

しょうがなく、ナジはドアを開けた。


ユウはベッドに入ったままだが、起き上がってはいた。


「はっくし!!」


ユウはくしゃみをして、鼻をズズッ!とすすった。

その様子を見たナジが心配そうに尋ねる。


「どうした?」


「昨日、シャワー浴びて、温かい水に入ったまま寝ちゃって、水が冷たくなって・・・目が覚めて・・・」


初めてお湯につかったユウは、説明もたどたどしく、理由も分かっていない。

ナジはその説明でなんとなく理由が分かった。


「バカ! お湯は冷めるんだ。

ユウ、オマエ風邪ひいたんじゃないか?

とりあえず、予定変更して診療室に行くぞ。 起きろ!」


ナジが毛布を剥がすが、浴槽からそのまま寝たのだろう。

ユウは素っ裸だった。


その姿を見て呆れるナジ。


「あ~~、もう・・・」


棚から着替えを取り出すナジ。

そして、一番小さいSサイズを取り出し、ユウに着せる。

しかし、ユウにはSサイズでもブカブカだった。


「・・・・ユウ。 お前何歳なんだ?」


「日付とか・・・年代が・・・よくわからないけど・・・15歳・・・かな?」


「15? ウソだろ・・・?」


ユウの言った年齢はあっていた。

事実、世界が崩壊してしまってから、カレンダーや時計が共有されていない。

その為、今の日付を答えられる人間は人類圏以外だと、ほとんどいなかった。


「ほら、ドクターのとこに行くぞ!」


「ドクター?」


「・・・あー、めんどくせえ! いいから、ついて来い!!」


ナジはユウの腕をつかみ、部屋の外へと引っ張り出していく。


通路をバタバタ歩くナジ。

ユウは腕をつかまれたまま引っ張られている。


そして、“医務室”と書かれたドアを開ける。


「ドクター! ドクターいるか!?」


ナジは、目の前にかかるカーテンを勢いよくスライドさせる。

そのカーテンの向こうには、白衣の女性が机に向かって座っていた。


「ナジさん、入るときはノックをお願いします。」


白衣の女性が振り返る。


「あら? その男の子は?」


「ああ、こいつはユウ。 昨日、オレが保護してきた。」


「そういえば、誰か言ってたわね・・・で、この医務室に来たのは、その子の紹介?」


「ちがう。

コイツ、初めてお湯に入ったみたいで、湯舟でそのまま寝たようで・・・」


白衣の女性は“ああ~”って顔をする。


「とりあえず、そこに座らせて。」


ナジがユウを、白衣の女性の脇にある、座面が丸い椅子に座らせた。

女性は自分の座っている椅子を回転させ、ユウの方を向くと、ユウの目を指で開き、充血の度合いを確認する。


「ユウくん。

私は医者の“白崎澪”です。

食欲はあるかしら?」


「めちゃくちゃ、腹減ってます。」


「それはいいわね。

あとで一緒に食べようか。」


非接触型の体温計をユウの顔に向ける。


「熱はそれほど出てないわね。

これなら、薬飲んでひと眠りすればよくなると思うわ。

でも、外から来たって事だから、5種混合ワクチン打っとこうかしら。」


「ワクチン?」


ユウが尋ねた。


「この世界にはね、死神以外にもいろいろと危険な病気があるの。

今の“体つき”を見ると栄養が足らないみたいだし、免疫が弱ってる可能性が高いから、念のためよ。

とりあえず、そこのベッドに寝ようか。」


澪はユウを診察室のベッドに寝かせ、毛布を掛ける。

ワクチンを準備しながらナジに話しかけた。


「ナジさん、ユウくんは預かるわ。

今の症状を見る限り、ひと眠りすればよくなるわ。」


「任せて良いかい? ドクター」


「いいわよ。」


「調子よくなったら、みんなにユウを紹介してほしいんだけど・・・」


「お土産まってるわね。」


「・・・わかったよ。

じゃあ、よろしく!」


ナジと澪の間には、何かしら取り決めがあるような会話が交わされ、ナジは医務室から出て行った。


出ていくナジを見送ったあと、澪はベッドのそばに行き、横になっているユウを起こす。


「ユウくん、ちょっと起きてくれる。」


ユウは眠そうな目で、ゆっくりと上半身を起こした。


「まず、これ飲んでくれる。

熱を下げてくれるお薬と栄養剤よ。」


ユウは澪の手のひらからカプセルと錠剤をつまみ取り、顔の前でまじまじと見る。


「それを口に入れて、このお水と一緒に飲んで。」


ユウは澪に促されるように、口に入れて水で薬を飲みこんだ。


「次は注射、力を抜いてね。

ちょっとチクッとするだけよ。」


ユウはぎゅっと目をつむる。


――チクッ。


「はい! 終わり。」


「え? あれ?」


澪は微笑んで、針が刺さっていた所に保護パッドを貼った。


「もう横になって良いわよ。

ちょっと寝なさい。」


澪はユウが横になると、めくれた布団をかけ、頭をなでながら言った。

ユウはその優しい手の感触で、すぐに眠りに落ちていった。


――――――――――――――――


ユウが目を覚ますと、朝のけだるさや不調はすっかり消えていた。

ベッドから起き上がり、カーテンをシャッ!と開けると澪が振り返った。


「あら・・・体調よくなった?」


「はい・・・」


「意外と頑丈なのかしら・・・。

じゃあ・・・ナジさんに頼まれたから、この研究所内を案内しましょうか。」


澪が最初に連れて行ったのは、食堂だった。


そこには、8人で座れる広めのテーブルが6台ほど並び、奥には配膳口と思われる横に広いスペースがあった。

今の時間は誰もいない。

ただ、配膳口の奥の方で水の音がしている。

誰かがいるようだ。


「ここは?」


「食堂よ。

こっち来て。」


澪は手招きして、配膳口の方へとユウを導いた。


配膳口の奥では、誰かが大きな鍋を洗っているようだった。

水が流れる音と、金属が軽く触れ合うカンッという音が響いている。


「ガンさーん! ちょっといい!?」


澪が奥に声をかけると、今まで聞こえていた音が止み、厚手のビニール製のエプロンをかけた男が現れた。


男は背が高く、肩幅も広い。

浅黒い肌に、短く刈り込まれた黒髪。

腕には鍋を持ち上げる仕事で鍛えられた筋肉が浮き、エプロンの下からでも“働き者”だと分かる。

そして、どこか穏やかな目をしていた。


「澪先生か。

どうした?」


低く落ち着いた声。

ユウは思わず身を縮めた。

澪がユウの背中を軽く押す。


「紹介するわ。

この子はユウくん。

昨日ナジさんが保護してきた子よ。」


男はユウを見ると、少し目を細めた。


「ユ、ユウです!」


「オレは、この食堂で働いているガンバヤルだ。」


「ガンバヤル・・・さん」


「みんなはガンさんとかバヤルさんとか呼んでる。

ユウも好きな名前で呼んでいいぞ!」


「ガ・・・ン・・・さん」


「おう!

・・・で、紹介だけか?」


ガンバヤルは、ユウの呼びに答えた後、澪の方を再び見る。


「この子、まだ朝食食べてないのよ。

何か作ってくれない?

消化がいい奴をお願い。」


「おお、わかった。

座って待ってろ!」


ガンバヤルはそう言うと、奥へ戻っていった。


「じゃあ、私たちはそこのテーブルで待ってましょ。」


ユウは配膳口から一番近いテーブルに座った。

澪は食堂の脇で飲み物をカップに入れると、戻ってきた。


「はい、お水。」


ユウの前に水の入ったグラスを置くと、澪はユウの対面の椅子に座る。

そして、入れてきたコーヒーを美味しそうに飲んだ。

そのコーヒーが放つ香りが気になり、ジッと見るユウ。


「これ?

コーヒーって飲み物よ。

飲んでみる?」


ユウは細かく何度もうなずいた。


「どうぞ~。」


澪がニヤニヤとユウの方へカップを押し出す。

ユウはそれを手に取り、口に含むと苦々しい顔をする。


「ブラックコーヒーって言うの、美味しいでしょ?」


「苦いだけで、ぜんぜん美味しくないです!」


澪は体を乗り出しながら腕を伸ばし、カップを自分の方へ引き戻して再び口にする。


「ふふふ、美味しいのに・・・

やっぱり、子供には分からない味なのね。」


ユウは、澪が美味しそうに飲む姿を見て不思議そうにしている。


「できたぞ!」


ユウの後ろからガンバヤルがやってきて、ユウの前に皿が乗ったトレーを勢いよく置いた。


皿から、ふわりと湯気が立ちのぼり、ガンバヤルは腕を組むと満足げにうなずく。


「ほら、食え!

胃に優しいやつだ。」


トレーの皿には、柔らかそうなパンと、柔らかく煮込まれた白身魚と野菜のスープ煮が盛られていた。

透明なスープは黄金色に輝き、細かく刻まれた野菜が浮かんでいる。

香りは優しく、どこか懐かしい。


ユウは思わずゴクリと喉を鳴らした。


「こ、こ、、、これ・・・全部・・・?」


「そうだ、全部だ!


細すぎんだよ、お前。」


ガンバヤルはそう言って、ユウの頭を軽くポンと叩いた。

その手は大きくて温かい。


澪が微笑む。


「ガンさんの料理はね、研究所の生命線なの。

しっかり食べて体力つけなさい。」


ユウはスプーンを手に取り、そっとすくって口に運んだ。


――その瞬間、目が大きく開く。


「うまっ!」


次の瞬間から、ユウの手は止まらなくなった。

何かにとり憑かれたように、ガツガツとスプーンを動かし始める。


「お、おいユウ、落ち着けって!」


ガンバヤルが慌てて声をかけるが、ユウには届いていない。


1個だけだったパンは一瞬で消えた。

スープは勢いよく減っていき、野菜も魚もあっという間に消えていく。


「外じゃ、これが当たり前か・・・」


ガンバヤルが澪を見てポツリと言い、やれやれ・・・という感じで、二人とも苦笑いを浮かべてユウを見つめた。


その時だった。


「・・・っ! けほっ!・・・げほっ!!」


口にかき込んだ魚の身が大きすぎて喉に詰まり、ユウが苦しそうに胸を叩く。


「ユウくん! ほら、水!」


澪が素早くグラスを差し出す。

ユウはそれを両手でつかみ、ゴクゴクと飲み干した。


「ぷはっ・・・!」


ようやく呼吸が戻り、ユウは涙目で咳をしながら息を整える。


「誰も取らないのに、急いで食べるからよ・・・もう・・・」


ガンバヤルは大きくため息をつき、優しい声で言った。


「そんなに急がなくても、飯は逃げねぇよ。

これからは毎日、朝と晩2食えんだからな。」


ユウはその言葉に驚く。


「2食も!?」


「そうよ。

この研究所では朝と晩はここでみんな食事するわ。

ただ、ここに全員入れないから、部署によって時間が決まってるのよ。


ガンさんがいっぱい作って、そこの配膳口に並べるんで、自分で好きな量を取って食べるのよ。」


ユウは配膳口を見るが、その光景がまったく思い浮かばなかった。


「ユウくんの食事の時間帯はどうするのかしら?」


「さあな・・・オレは聞いてねえな・・・ナジに確認してみるか・・・」


「あ、この後、研究所の中を案内するから、その時聞いてみるわ。」


「そうか、頼んだ。」


ガンバヤルが、ユウの頭を軽くポンとたたく。


「オレは仕事に戻るから、ちゃんと噛んで食べろよ。」


ガンバヤルは口をガチガチと食む動きをさせる。

ユウはその動きを見て頷くと、今度はゆっくりと噛んで食べ始めた。


ガンバヤルはそれを確認すると、安心するかのように厨房へと戻っていった。


ユウが食べ終えると、澪が満足そうにうなずいた。


「私が住んでた日本では、食べ終えたら、“ごちそうさま。”って言うのよ。」


「“ごちそうさま”・・・」


「そう、食べ物に感謝を表すの。

食事は無からは絶対に生まれない。

色んな命を貰って食事になる。


植物の命、動物や魚たちの命を頂き、それをガンさんみたいな食事を作る人や運んでくれる人がいて初めて食事が出来上がるのよ。


だから、食べる前には手を合わせて“いただきます。”、食べ終えたら“ごちそうさま。”と感謝を表すのよ。」


澪が手を合わせる動作をしながら言うと、ユウは見様見真似で手を合わせる。


「ごちそうさま・・・」


それを見て、澪がほほ笑む。


「ふふふっ、コレからやってくれると嬉しいわ。」


「うん! やるよ!」


「食べ終わったら、トレーを持ってここへ返却するのがルール。

持ってきて!」


澪は立ち上がり、配膳口の一番端にある返却口へと移動した。


ユウはトレーを持ち、澪の後ろについて返却口へ向かう。

そして、トレーを置くと――


「ガンさん! ごちそうさま!! 美味しかったです!!」


澪がビックリする。

さっき教えたばかりの言葉を、ちゃんと理解して使っていることに驚いたのだ。


ガンバヤルも驚いていた。

こういう挨拶をするのは、ほとんどが日本人だけで、言われ慣れていなかったからだ。


「お、おう! ありがとよ!」


厨房の奥からガンバヤルの声が響く。


ユウは笑顔をこぼした。

胸の奥に、じんわりと暖かいものが広がった。


「ご飯も食べたし、次へ行くわよ!」


「はい。」


ユウは澪についていき、食堂を後にした。


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