地図が示すもの
動画を見終えたツェリンとスタンジンは、いまだ言葉が出せなかった。
ディスプレイを見つめたまま固まっていた。
短波でのやり取りで、敵のことは聞いていた。
だが、昨日まで平和だった周辺の村と、この天文台には、
敵の影すら見当たらなかったからだった。
それが、こんな衝撃的な映像で、まさか知るとは思ってもみなかった。
スタンジンは動画のタイムラインを戻し、画面に映りきらないサイズのドローンを見つめた。
少し戻していく。姿を現す前、霧の中に影がある状態で止める。
画角を確認しながら、影のサイズを推し量った。
「横幅・・・20メートルはあるよな・・・」
その言葉にツェリンが反応し、顔をモニターに近づけて尋ねる。
「だとすると、厚さは3メートルぐらいかな?」
「そうだな・・・3メートル前後・・・」
画面に向かって手を横に広げて比較し、何度か手を90度回転させて高さを見定めていく。
「でかいね・・・」
「ああ、でかい。これがプングク村の一部を壊滅させたのか?」
ツェリンはスタンジンからマウスを取ると、自分でタイムラインを動かした。
「多分、そうなんだろうね・・・あ、ここ・・・」
ツェリンが姿を現している状態で止め、モニターを指さす。
「レンズだな・・・これはメインカメラか? それにしちゃ小さいか・・・」
「レーザー兵器じゃない?」
「レーザーってなに?」
ペマが尋ねた。
二人はペマの存在を忘れていたのか、ビクッとなった。
「ああ、ペマ・・・びっくりさせないでくれ。」
「あたいはずっといたよ。
二人がモニターに食いついたまんまで暇だったんだよ。
で、レーザーってなんだよ?」
ペマは後ろの机に座り、足をプラプラさせながら尋ねた。
「レーザーっていうのは、光のビームで物を焼き切る兵器だよ。」
「焼き切る・・・?」
「ああ、光を細く収束させた熱線だな。当たったら、その光の熱量分、物体を焼く。」
その言葉にツェリンが村での肉の焼けた匂いを思い出す。
「そうだ・・・あの村の肉が焼けた匂い・・・そうか、レーザーか・・・」
スタンジンがツェリンに確認する。
「焼けた匂いとは?」
「プングク村で感じた匂いだよ。
火災で焼けた匂いじゃなかった・・・
焼けた匂いと血が混ざった匂い・・・
あれはレーザーだったんだ・・・」
「え?」
ペマの額に汗が噴き出る。
ツェリンが発した“焼き切る”という言葉が、ペマの記憶を揺り動かす。
あの日の光景がよみがえる。
~~~~~~~~~~~~
真っ暗な世界。目の前に無数に走る光。
スローモーションのように人間が逃げ惑う。
次々と村人が焼き刻まれ、崩れ落ちる人間の肉片。
死神と叫んだ初老の女性が、切り刻まれる。
ペマが転んだ先にあった頭を抱きかかえた。
抱きかかえた女性の目が見開き、ペマを見て言い放つ。
(あんたは死神だ!)
~~~~~~~~~~~~
ペマは叫びをあげた。
「わああああああああああああああっ!!」
その声にツェリンとスタンジンがビクリと体を震わせ、ペマを見る。
泣き叫ぶペマの肩をツェリンが抱きかかえる。
「ペマ! 落ち着いて!」
ツェリンの声は届かない。
ペマはボロボロと涙を流し、次の瞬間倒れ込んだ。
ツェリンはペマの体を抱きしめる。
「・・・多分・・・ペマはあの日・・・
あの村で、ドローンに焼かれる瞬間を見たんだ・・・
だから、あそこで意識を失っていたんだ・・・」
ツェリンの瞳は揺れ、溢れそうな涙が瞼の中でゆらゆらと揺れている。
抱きかかえたペマの頭を何度もなでた。
「きっと地獄のような瞬間だったんだろう・・・
・・・どれだけの悲しみを受け止めたんだろう・・・」
ツェリンは、ペマが座っていた机にそっと寝かせ、
額の汗をハンカチでふき取る。
ペマをじっと見つめ、何かを考えている。
そして、頭を大きく頷かせた。
「決めた!」
ツェリンがそう言うと、スタンジンがすぐに反応する。
「何を決めたんだ?」
「私もペマの旅に同行する。」
その言葉にスタンジンが慌てて尋ねる。
「いや・・・ちょっと待って・・・
そもそもペマは、どこに向かってるんだ?」
ツェリンが目を細め、右へ左へと目くばせしたあと、思い出す。
そして、ちょっと自分に笑ってしまいながら口に出した。
「・・・あ・・・そういや聞いてない。
最終的には月に届ける物って言っただけだ・・・あはは・・・」
スタンジンは、あきれ顔になる。
「まあ、わからんでもないけどな・・・
ペマをこの状態で、一人旅させるわけにはいかない・・・
よし、オレも同行しよう。」
スタンジンはそう言って両手をパンと叩いて組み、立ち上がる。
そのスタンジンをツェリンがあきれ顔で見た。
「何言ってんの?
あんた、馬乗れないでしょ?」
「・・・う、馬だったな・・・」
スタンジンは組んだ手をどこにも持って行けず、ごまかすようにペマの話題を振る。
「な、なあ・・・ペマをどうする?」
「どうするって?」
「いや、このまま出発するのか・・・
それとも、しばらく養生させるのかだよ。」
ツェリンはペマを寝かせている机の椅子に座り、
ペマの髪をなでながら考える。
「ペマの意識が戻るのを待って、本人に確認しよう。
今の体の状況を教えて、その上で本人が行くって言うなら出発する。」
なでる手を止め、ペマをじっと見てそう言った。
スタンジンは腕を組み、大きく息を吐いた。
そのあと、右腕の肘を曲げ、手を頬へと運ぶ。
少し目を伏せ、考えをまとめようとした。
「・・・オレは養生させたいんだが・・・
“行く”って言う理由を確認してからだな。
それを聞かないと、オレは賛成できん。」
ツェリンは上半身だけをねじってスタンジンを振り返る。
「まぁ、大人の感情ではそっちよね。
・・・私もできるなら精神を安定させたい。」
スタンジンは、頬を手でこすりながら、天井の丸い電球型の照明を見つめてつぶやく。
「しかし、旅の目的がこの動画を届けることなんだろ・・・?
そして、最終的には月だろ・・・?
どうやって・・・あ、レーザー通信か!!」
ツェリンもそれを聞いてハッとする。
「「アリ天文台!!」」
二人はお互いの顔を指さした。
「おいおい・・・本当にアリ天文台が目的地なら・・・
ここから直線距離でも100キロ弱はあるぞ・・・
月は、なんてことを義足の少女にやらせてるんだ・・・」
スタンジンは頭を数回手のひらで叩き、再び天井の照明を見上げた。
ツェリンはペマのショルダーバッグのチャックを開けて中を調べる。
「あった。」
手には地図があった。
その地図を机の上に広げる。
「目的地はやっぱりアリ天文台だわ。」
「この×はなんだ?」
地図に記されたルートをなぞりながら確認していく。
「多分、キャンプ予定地。1日の道程は約30キロね。
まあ、義足でも慣れてれば行ける距離。
この道程表を作った人は、ペマの負担を極力減らそうとしてる。
11~12日でアリ天文台に着く予定になってる。」
「ずいぶん遠回りしてるな。」
ツェリンは顔を上げ、スタンジンを見る。
「全部道路を歩かせようとしてるのよ。
道路じゃない所は、中国軍の仕掛けた地雷が残っている可能性があるから・・・
あと、道路は踏ん張らなくていいから楽なのよ、ここが。」
そう言って、自分の太ももの断端部を叩く。
スタンジンは危険な旅だということを認識し、手にじわりと汗をかく。
「な、なるほど・・・」
そんな時、机で寝ていたペマが声を出す。
「うっ・・・ううっ・・・」
二人はその声に振り返り、慌てて地図をペマのショルダーバッグへ戻した。
「ペマ、気が付いた?」
ペマに顔を近づけて確認する。
その声にペマがゆっくりと目を開け、パチパチと瞬きをして、跳ね起きる。
「あたい・・・また・・・?」
二人はその問いに頷いて答える。
ペマは左手で自分の顔を塞ぐ。
「こんなんで大丈夫かなあ~・・・」
ツェリンが尋ねる。
「もしかして、思い出した?」
ペマは泣きそうな顔になって頷く。
「全部思い出した・・・
あたいのせいで“村人が死んだ”って責められたこと・・・
唯一生き残ってた人に、そう言われて・・・
・・・手を緩めたことで、その人もドローンにやられた・・・」
ペマはうつむく。
ツェリンがペマの頭を優しく抱きしめる。
「ペマのせいじゃない。
あの村の人達は、私達が無線で知ったことを伝えたけど、
守ってくれなかったの・・・
あなたが来たことが理由じゃない。
いつかはそうなる運命だったの・・・」
「本当・・・?」
「本当だ!
何度も何度も村へ行って説明したんだ。
でも、見たこともない脅威を誰も信じなかったんだ。
だから、ペマのせいじゃない!」
ペマの目から涙があふれる。
二人のやさしさがうれしかった。
ペマは自分を監視しているドローンのことを知っている。
たとえ今の話が本当だとしても、ドローンに近い自分がきっかけであることは間違いない。
胸を例えようのない悲しみが締め付ける。
「泣かないでペマ。あなたは一人じゃない!
私があなたの旅についていくから!!」
ペマはその声に目を開き、ツェリンを見つめる。
「え・・・?」
ツェリンは抱きかかえていた手を放し、ペマの目線に合わせるように腰を折った。
「私も一緒に行くわ。アリ天文台!」
「どうして、それを・・・?」
「ごめんね・・・
あなたが倒れた後、バッグの地図を調べたの。」
ペマはショルダーバッグに目線を落とす。
「でもね・・・」
ツェリンの声に、ペマは再び顔を上げる。
「――地図を見たから一緒に行くって決めたわけじゃない。
あなたを一人にさせたくないの。だから一緒に行くの。」
ペマの胸を締め付けていたものが、少しだけ緩んだ。
心細い旅の細い道が、急に広くなった気がした。
(あ・・・)
ペマは頬に触れる。
涙が止まっていた。




