焦土の記憶
ドローンに襲われた村の火は、くすぶる程度へと落ち着いていた。
家々は崩れ落ち、煙だけが空へと昇っていく。
現れた3機のドローンは、いつの間にか姿を消していた。
日は傾き始め、影が東へと長く伸びていく。
ペマは失神して倒れていた。
左手には、女性の頭を抱えたままだった。
ジョーはおろおろとペマの周囲を行ったり来たりしていた。
動かそうと思い、襟元を咥えて引っ張るが、思ったようには動かせない。
すぐに夜が来る。
ジョーは何とかペマを防寒できる場所へ運びたかった。
鼻で、ペマが抱えている頭をはじく。
頭はコロコロと転がっていった。
その腕の中に自分の頭を入れて、体を寄せて温められるか試す。
だが、ジョーだけでは全身を覆うことができない。
そこにソナムが近寄ってくる。
空いている反対側に腹を見せるように寝ころんだ。
首を持ち上げ、前足を上げる。ジョーに「ここに入れろ」と言っているようだった。
ジョーは襟を咥え、ペマの体をソナムの近くまで何とか動かすことができた。
プンツォも荒い鼻息を一度吐き出すと、ソナムに首を重ねるように寝ころんだ。
ジョーは首を上げてプンツォを見つめる。
プンツォは流し目のようにジョーを見て、目を伏せた。
ジョーはプンツォの荷を器用に外してやった。
そして、自分もペマの体に摺り寄せた。
耕された農地だったことが幸いした。
固い道路では、こんなふうに体を寄せ合うことはできなかっただろう。
そして、夜がやってくる――
―――
高原の冷たい風が、一人と三頭に襲いかかった。
ペマはまだ目を覚まさなかった。
ジョーは一度ペマから離れ、何かないか探した。
焼かれた家々を回り、一軒の家の瓦礫の中からヤクの毛布を見つけ、
引っ張り出すと、ペマのもとへ走った。
ペマに毛布をかけ、再び体を寄り添わせた。
日が落ちて、どれほど時間が経っただろうか。
闇の中から足音が聞こえてきた。
ソナムとプンツォの耳がくるくると動き、ジョーが首を起こして足音の方をじっと見る。
ウウウウ…
ジョーは軽く唸った。
その唸り声に足音は気づいたようで、カチャカチャと金属音がし、
続いてマッチをこする音がした。
その光に照らされ、馬と、その横に立つ女性の姿が浮かび上がった。
女性はしゃがみ込み、バターランプにマッチの火を点けてガラスの囲いを閉めた。
火が大きくなり、辺りを照らす。
ランプを持ち上げ、周囲を確認する。
唸り続けるジョーの方へ灯りを向けた。
「煙が心配になって来てみれば・・・お前たち、主人を守っているのかい?」
女性が左右に体を揺らしながら近づいてくる。
ジョーはその動きを知っていた。唸るのをやめる。
クゥ〜ン…
「おや、足を心配してくれるのかい? オマエは優しい子だね」
そう言って座り込み、ジョーの頭を撫でた。
「このままじゃ、お前たちの主人はもたないよ。
うちへ連れて行こう。」
そう言うと、ジョーは寄り添っていた体を持ち上げ、場所を譲った。
女性は地面にランプを置き、毛布をめくってペマを抱え起こす。
「おっと、この子も手と足が・・・そうか・・・そういうことか・・・」
女性はジョーを見て、ニコリと笑いながら頭を撫でた。
毛布でペマを包み、ソナムの背に乗せて鞍に固定する。
「これで大丈夫だろう・・・」
そう言って、手についた土を払うようにパンパンと叩いた。
「君の荷もあるか・・・しかし、これどうやって外したんだ?」
女性はジョーが外したとは思っていない。
ジョーはしっぽを振ってアピールするが、気づいてもらえず、徐々にしっぽが下がる。
プンツォの背に荷を戻すと、自分の馬を口笛で呼ぶ。
女性の馬はポニーではなかった。
ソナムとプンツォを上から見下ろす。
その仕草にプンツォが鼻息を荒くし、足を鳴らした。
だが、その馬はプンツォのことなど気にせず、完全に無視していた。
女性は、ソナムの手綱を自分の馬の鞍に結ぶと、馬にまたがった。
「さあ、行こう! ここは焼かれた肉が匂って気持ち悪い。」
女性はジョーを見下ろす。
「オマエは、主人の様子を見ておいて。 何かあったら呼ぶんだよ。」
ウォン!
ジョーは一度吠えて、ソナムの横を歩いた。
女性はその動きを見て“ほう・・・”と感心する顔をした。
―――
焼かれた村を抜け、道路へ戻る。
女性は馬の頭を東へ向け、ゆっくりと歩を進めた。
道路脇には石組みの壁が続き、その影に、背の低いビニールトンネルが身を縮めるように並んでいる。
風が吹くたび、シートがバタバタと乾いた音を響かせた。
1時間ほど進むと、天文台の建物が見えてきた。
蹄の音に気づいた男性スタッフが、施設の中から姿を現す。
「ツェリン、村はどうだった?」
「悲惨だったよ。動いているのはこの子たちだけだった。」
ツェリンは馬にまたがったまま後ろを振り返る。
男性スタッフは体を斜めに傾け、後ろを覗き込んだ。
「ポニー2頭にマスティフ? おお~、デカいな。
ん? 背中に乗ってるのは・・・?」
ツェリンは馬から降り、ソナムのそばへ歩み寄る。
ペマを固定していた紐を丁寧に緩めていった。
「この子たちが守っていたんだ。 スタンジン、運んでくれるかい?」
ソナムから毛布にくるんだペマを抱き上げるように肩へ乗せる。
そこへスタンジンが寄ってきて、両手でしっかりと抱きかかえた。
「村の人間じゃないな・・・? どこへ?」
ペマをスタンジンに任せると、ツェリンはプンツォの荷を解き、地面へ下ろす。
「宿舎に空きがあるだろ? この荷も任せていいかい?」
「ああ、わかった。」
スタンジンは建物の方へ歩き出し、ジョーがその後をついていく。
ツェリンは自分の馬へと、体を横に揺らしながら歩み寄った。
「ノルブもお疲れさん。」
そう言って首元をこすってやると、ノルブは首を振ってこたえた。
手綱を引くと、つながるソナムとプンツォも足並みをそろえて厩舎へ入っていく。
厩舎は石を積み上げた建物で、隙間には泥が詰められ、分厚い壁が冷気を遮っていた。
ツェリンはそれぞれを馬房に入れ、ピッチフォークで藁を運んで飼い葉桶へ放り込む。
フォークの柄を地面に立て、ふ~~っ!と大きく息を吐いた。
作業用の手袋を外し、フォークを厩舎の入り口に立てかけ、手袋を棚の上へ投げる。
厩舎の壁のスイッチを切ると、内部は闇に包まれ、
小さな窓から月の明かりの筋が何本も伸びた。
「おやすみ。」
そう言って厩舎の開き扉を閉める。
蝶番が短く鳴り、最後にパタンと木製の音が響いた。
―――
ツェリンは宿舎の入り口に、スタンジンが待っていることに気づいた。
上着のポケットに両手を差し込み、肩をすぼめている。
「寒い所で待たなくてもいいのに・・・」
「女性の宿舎で、中では待てんだろ。」
「今は、そんな人数いないよ。」
ツェリンは宿舎の中へ入っていく。
スタンジンはその後に続いた。
「まあ、みんな家族が心配で戻ったからなあ・・・
残っているのは、世界情勢が気になる連中だけだな。」
「このご時世、天体観測してもねえ~
うちにはレーザー通信施設なんてないし・・・
他の天文台の役割とは違う・・・
閉鎖しても良いのかもしれないけど・・・」
「まあ、周りは農地があって、食料の心配もない。
襲ってこないんだから、安全は安全だろ?」
ツェリンの横に揺らしながら歩くテンポの音と、
スタンジンのトレッキングブーツのゴムの音が廊下に響く。
「でも、今日村が襲われた。」
「なんで突然村は襲われたんだ?」
「さあね・・・
いままで無視してきた村を今更攻撃してきた理由・・・
ずっと考えていたけど、わからないわ。」
「そこだ。」
後ろを歩いていたスタンジンが、ツェリンの横に手を伸ばして部屋を指さす。
ツェリンはドアをノックして開けた。
ジョーは床に伏せていたが、頭を持ち上げ、
しっぽを床にパタンパタンと打ち付ける。
「君のご主人はまだ目を覚まさないかい?」
そう言って、ベッドに寝ているペマの体を確認する。
義足が外されていないことに気づき、
ツェリンはベッドの脇に座ってズボンを脱がしていく。
そして、装具の固定具を外し、義足を外し、
断端袋を脱がせて皮膚を確認した。
スタンジンはケトルに水を入れてコンセントをつなぐ。
そして、ツェリンの横の椅子に座った。
「どこで拾ったんだ?」
「襲われた村の畑の中にいた。
周りは死体だらけだったけど、この子は無事だった。」
「動物が一緒だったからか?」
「その可能性が一番高いねぇ~~~」
ツェリンは指を組んで背伸びしながら答えた。
「短波放送だと、実例があるんだろ?」
「みたいだね・・・」
ケトルからパチン!とスイッチが切れる音が鳴る。
スタンジンが立ち上がり、ステンレス製の桶にお湯を注ぎ、
水を足して温度を確認する。
それをツェリンに渡すと、ポケットからタオルを取り出し、
お湯に浸して一度絞り、断端部をやさしく拭いていった。
「・・・かあ・・・さん・・・」
ペマは小さな寝言をつぶやき、涙を流した。
ツェリンはそれを見て、タオルで涙を拭きとる。
スタンジンはティーパックをマグカップに入れ、残ったお湯を注ぐ。
マグカップを両手に持って戻ると、片方をツェリンに渡した。
ツェリンはマグカップを両手で包み込むように持ち、
外で冷えた手を温める。
スタンジンはジョーのそばへ寄り、膝をついて腰を下ろし、
寝ころんでいるジョーをなでる。
ジョーはしっぽを床にパタンパタンと打ち付け、
その音が部屋に何度も響いた。
その音に反応するかのように、ペマが苦しむように寝言を言う。
「う・・・うう・・・ん・・・あ、あたいは死神じゃ・・・」
ジョーが頭を持ち上げる。二人もその声に反応した。
「うわあああーっ!!」
ペマは跳ね起きた。
二人と一匹は目を丸くして驚いた。
ベッドの隅に座っていたツェリンは、マグカップのお茶がこぼれたのか、
熱そうにタオルで慌てて拭いた。
ペマは今の状況が今一つ理解できなかった。
「あ、あれ? ここは・・・?」
ジョーが尻尾で床を叩く。
その音にペマが気づいて横を見る。
「ジョー!!」
すると、ジョーの床を叩く音のテンポが上がる。
「やっと、この子の名前がわかったね。 ジョーか、いい名前だ。」
ツェリンが笑いながらそう言うと、ペマはツェリンを見て、
もう一人のスタンジンを見た。
「あ、あなた方は? あたいはペマ。 ソナムは? プンツォは?」
「ペマ、あの馬たちは厩舎にいるよ。 私はツェリン、こっちの眼鏡はスタンジンだ。」
「あたいはどうしてここに? ここはどこ?」
「ここはアストロノミカル天文台の宿舎だよ。」
「あれ? その名前・・・どこかで・・・」
ペマは初老の女性の言葉を思い出した。
「あ、村のおばさんが言ってた天文台・・・」
「ねえ、ペマ? あなた、村の畑で倒れてたけど、何があったの?」
「え? 倒れてた・・・? あたいが・・・?」
「そう、夜の寒さの中、ジョーと馬の二頭が
あなたを寒さから守るように寄り添っていたわ。」
「え? どうしてそんな?」
「村人が殺されていたんだけど、どうやって殺されたのか覚えてる?
知ってたら教えて欲しいんだけど・・・」
「え? 村人が殺されてた・・・?」
ペマはかけられた毛布を見つめるが、何も思い出せなかった。
「殺したのは死神ドローンだったの?」
「し、死神・・・?」
ペマの目がグラグラと揺れ、大粒の涙があふれた。
その様子にツェリンとスタンジンが眉を細める。
「ペマ?」
ツェリンがペマの肩に手を添える。
「ああーーーーーーーーーっ!!」
ペマは突然大きな声を張り上げ、そのまま卒倒し、横の壁に頭をぶつけた。
ジョーが立ち上がってペマを睨む。
ツェリンは驚いて動けなくなった。
「お、おい!」
スタンジンが慌ててベッドの横に寄り、ペマの脈を調べる。
「みゃ・・・脈はある・・・呼吸も安定しているようだ・・・」
そして、ペマの体勢をベッドに戻した。
「ぴ・・・PTSD・・・
ペマ・・・あなた・・・一体何をみたの・・・?」
ツェリンは口元を押さえ、声が震えた。




