死神と呼ばれた少女
―――10月13日
ペマの旅は4日目に入っていた。
山の麓を抜けながら回り込んできた道は、広い高原へと抜けた。
そこで3回目のキャンプを行った。
今はその高原を道沿いに進んでいる。
道の左手は、夏場は大きな川になって水が流れるのだろう。
今の季節は水は少ないが、長年の流れで広く深く削られていた。
ウォン!
ジョーが何かに気づいた。
ペマは道の先を見つめると、道の脇に大きめの何かが見えた。
近づいていくと、それが車だと分かった。
「こんな所に車が?」
ペマはソナムを速歩にした。
近くまで来ると、壊れた車だと分かった。
ソナムを止め、ペマは背から下りる。
近くへ歩いていき外観を確認すると、ボンネット付近に大きな穴があいている。
ガラスは全部割れていた。
燃え落ちたのだろう、内装は何も残っていない。
車は金属のフレームとパネル部分だけが残り、赤茶色に錆びていた。
ペマは中をのぞき込んで驚いた。
シートのクッションのバネに沈み込むように、人骨が残っていた。
ボンネットの穴を見る。
穴は中心から外側へとフレームやボンネットが歪んでいた。
「小型ドローンにやられたんだ・・・」
風が砂を運んでくる。
ペマは首に巻いた布を口元へと持ち上げた。
「ごめんね・・・何もできないけど・・・」
ペマはその人骨に向かって左手の指を少し丸めた。蓮の花のつぼみを模すように。
「オン・マニ・ペメ・フム」
(*蓮華の中にある宝珠よ、幸いなれ)
その手を、己の額、喉、そして胸へと順に押し当てる。
体と言葉と心のすべてを捧げる、彼女なりの深い合掌だった。
再びソナムの背に乗り、先を目指して進んでいく。
「僕たちのキャンプ地の外は、本当に残酷で過酷なんだ・・・」
ふと、ペマの脳裏にドローンが浮かんだ。
周りを見回して確認するが、その影はどこにも見当たらなかった。
―――
「ねえ、ジョー! あれ見て!」
ペマは道の先に集落の影を見つけ、指さした。
ジョーも砂が舞い飛ぶ中、見づらそうに先を見つめる。
今日の道程が4時間を過ぎた頃、遠くに村が見えてきた。
ペマはソナムを立ち止まらせ、地図を広げる。
ラダック東部の「プングク」と記されていた。
「プングク・・・結構大きな村なんだね・・・
ここから見た感じ、被害はないみたいだけど・・・?」
村の奥には大きな川が流れ、その水を水路へ流し、広大な農地が広がっていた。
ほとんどが農地のおかげで人口が密集しておらず、死神やドローンの攻撃は行われていないようだった。
ペマが村の入口に近づくと、農作業をしていた初老の女性が遠くから声をかけてきた。
「おお~~~~い!」
久しぶりの人の声にペマはうれしくなり、大きく手を振って挨拶する。
「こんにちはぁーー!!」
その声に反応して、他の農作業していた人たちも立ち上がり、ペマを見て声をかけてくる。
「あんた、どっから来たんだぁ~!?」
「ツォモリリでーーす!!」
「はあ? そんな遠くからかぁーー!?」
ペマとみんなの会話が高原の山でこだまする。
木々のない山は音を吸収せず、どこまでも渡っていった。
そんな時、稜線が陽炎のようにわずかに動いた。
一番近くの畑にいた初老の女性が近づいてくる。
ジョーが尻尾をブンブンと振って女性の匂いを嗅いだ。
「おおお、立派なマスティフだね~
名前は何て言うんだい?」
「ジョーです。」
「ジョー、いい名だ。」
女性はジョーの喉を掻き、逆の手で頭を撫でた。
ジョーはお座りしてしっぽを振る。
「おお、いい子だね。そうか、そうか、片腕のご主人を守ってるんだね。」
女性は大きくジョーの頭を撫でたあと、ペマを見て尋ねた。
「ツォモリリって本当なのかい?
その体での長旅は大変だろう?」
女性はペマのふくらみのない、だらんと落ちた服の腕を見て言った。
「はい。出発して今日で4日目です。
体は、まあ・・・今の所は大丈夫です。
ところで・・・ここってNOBUNAGAの攻撃はなかったんですか?」
ペマは村の見える範囲を見ながら聞いた。
「なんだい? そのノブナガってのは?」
「え? あ・・・そうか、知らないんだ・・・
そうか、そんな場所もあるんだなあ・・・」
ペマは安堵を覚え、目を伏せて笑った。
この地球上にまだこういう場所があると知れたことがうれしかった。
「それで、どこまで行くんだい?」
「アリ天文台です。」
「アリ天文台? そりゃどこの天文台だい?
そこの“アストロノミカル天文台”じゃなく?」
「あすとろのみかる?」
女性が道の先に見える山を指さす。
「あそこの山の頂上にある天文台だよ。」
ペマは地図を広げる。
確かに天文台は記されていた。
だが、アミットの記したルートはその天文台には向かわず、先を目指していた。
「行くのはここです。」
ペマは地図を左手でひっぱり、女性に目指す場所を見せる。
「あんた、ここは中国じゃないか・・・?
一体何しにそんなとこへ・・・?
おい! この子、中国に行こうとしてるよ。
みんな止めとくれ!」
女性はペマの服の裾をつかみ、周囲に大声で叫んだ。
「中国だって!? そりゃダメだ!!
国境はとても危険なんだぞ。」
畑で農作業していた人達がぞろぞろと集まってくる。
(そうか、この人達は中国軍が、NOBUNAGAの攻撃で
機能していないことを知らないんだ・・・)
ペマはあわてて今の国境の現状を説明した。
「今、国境は静かなんです。中国軍は撤退して、国境にはいないんですよ。」
「何言ってんだ。あいつらは悪魔だ。
世界を支配する為、自分達に有利な交渉を、
弱い立場の国に笑いながら提示するヤツラなんだ。」
ペマは必死に説明したが、NOBUNAGAの攻撃を受けていない世界は、
過去と同じ世界がいまだに営まれていた。
「違いま――」
ペマが説明しようとした最中、ジョーが低く唸った。
「どうしたんだい?」
女性はジョーに問いかける。
だが、ジョーはすでに周囲に警戒態勢を示していた。
ペマは周囲を見まわす。
7時の方向に、あの巨大なドローンが3機いた。
ものすごい速度で近づき、散開しながらレーザーを発射する。
次の瞬間、ペマに近寄ってきていた男が胸から上が弾け、その場に倒れ込んだ。
悲鳴と共に、人々の足が止まる。
その後、数本の光が降り注ぎ、人々が次々と焼かれ、崩れ落ちる。
農作業していた人達は、自分の家へ逃げようと走り出す。
だが、ドローンはそれを許さない。
次々と逃げ惑う人達を焼き切っていく。
その光は、冬を迎えるため農地に敷き詰められていた防寒用の草に引火した。
辺りは一気に炎に包まれていく。
熱波が風に乗ってペマ達を襲いかかる。
ペマ達は腕を顔にあてながら、ドローンの攻撃を見つめた。
ウマたちは頭をさげ、時折足をカツカツと鳴らす。
ジョーは近くを飛び交うドローンを警戒するように頭を振る。
初老の女性は、その光景におののいた。
「なんだ、これは・・・地獄の口が開いたのか!?」
助けに行こうと走り出そうとする女性を、ペマは腕をつかんで止めた。
「ダメです。ここにいてください。
動物たちと一緒にいれば、大丈夫なんです!!」
ペマは必死に腕をつかみ、片腕で力強く胸のあたりで抱きかかえる。
「ダメです。この子たちから離れないでっ!」
女は振りほどこうとするが、無理だった。
その場で立ち尽くし、見つめるほかなかった。
悲鳴と炎が村を包み込んでいく。
農作業をしていなかったとしても、家から外を見た人たちは、
当然のようにパニックに陥る。
もう、ここは天国ではなく地獄だった。
「ロブサン・・・タシ・・・チュンパ・・・」
ペマが止めていた女性が、誰かの名前を呼んで力なくうなだれた。
―――
数十分後、動くものはいなくなっていた。誰一人声を発しない。
炎上する農地と強い風が、辺りを地獄のように描き出していた。
そこに、ドローンの飛行音だけが響いている。
目を見開き、ドローンが巻き起こす光景を見つめていた初老の女性は、
振り返ってペマを見た。
目に涙を浮かべ、ガクガクと震えている。
「オマエは一体何者なんだい!?
平和だった私たちの村が、オマエが来て、あっという間に地獄に変わった。
オマエは死神だ! 死をもたらす死神だ!!」
その言葉に、ペマは力が抜けた。
必死につかんでいた腕がするりと抜ける。
放たれた女性は、ドローンに倒された村人たちへと走り寄った。
「あ・・・」
だが次の瞬間、強い光が体を横切り、女性はその場に崩れ落ちた。
そして村では、炎が風にあおられる音だけが残った。
―――
ペマは目の前に広がる光景と、女性が放った言葉がグルグルと頭を巡った。
「死神・・・?
ちがう・・・ドローンが・・・死神だよ・・・
あたいが・・・死神・・・?」
ペマの瞳が揺れ、大粒の涙が流れる。
ペマはソナムの背から降り、辺りに散らばった死体を見ながら、不格好に走り出した。
ジョーは心配そうに、すぐ近くを寄り添うように走る。
涙がとめどなくあふれた。
ペマが今まで経験したことのない涙だった。
逃げ出したい気持ちと、声にならない声が喉からあふれる。
義足は足をとられ、転げるように倒れ込んだ。
体を腕で起こすと、目の前に初老の女性の体があった。
その女性の頭部を抱きかかえる。
さっきまで会話していた事実が、今の現実を叩きつけてくる。
大粒の涙が次々とあふれてくる。
ペマの泣き叫ぶ声が、山々にこだました。
その声だけが世界に一つ、たった一つ、いつまでもいつまでもこだましていた。
ドローンだけが、その声を聞いていた。




