その一歩、その一撃
―――10月12日 テイデ天文台
カーテンに囲まれた、真っ白な空間。
ときおり外からの風が入り、カーテンがゆっくりとたなびく。
ベッドの横に足を下ろし、座っている女性。
腰にはコルセットを巻き、ふーっ、と大きく息を吐いてはお腹をへこませるのを繰り返す。
ゆっくりと肩や首を動かし、ストレッチを続ける。
ベッドの手すりを両手で握り、緊張のせいか何度か握り直した。
女性の両サイドでは、看護師が息をのんで構えている。
腕の力を使い、そのまま垂直に立ち上がる。
腕はブルブルと震え、次第に両足が伸びていく。
「た、立てた・・・」
エレナは立てたことを実感していた。
だが、立った瞬間、頭がフラフラとする。
地面に立っているという実感が少し薄い。
エレナのよろめきに、両サイドの看護師が体を支えた。
あの死神の強襲から二十一日が経過していた。
動けない時間を過ごし、座る練習から始まり、腹筋を鍛えるための腹式呼吸、
こわばった全身の筋肉を少しずつほどいていった。
そして、ようやく――立つことができたのだ。
「まだ、立てただけだよ。足の筋肉も落ちてるから、歩く練習から。
でも、腰はひねっちゃダメだぞ。」
見ていたモラリスが、これからの方針を伝える。
「歩くだけで腰に響くはずだから、ゆっくりね。
転んだら、くっつき始めた骨がまたはがれるから注意して。
それと、絶対一人では歩かないこと。いいね?」
エレナはまだ先が長いことを教えられ、少し眉を寄せた。
「・・・はい。」
「失礼します。」
看護師が腰のコルセットをさらに締める。
「うっ。」
「座った状態で締めたコルセットは緩いですから。」
骨盤から胸の下まであるコルセットで、エレナの腰は一ミリも曲がらなくなった。
それを確認して、看護師が今日のリハビリ目標を設定する。
「じゃあ、今日のところは、トイレに行きましょうか?」
「え? トイレ?」
「これができれば、これからは自由にトイレに行けますよ。
それとも、今後もベッドでやりますか?」
その言葉に、これまで20日あまりの期間を思い出し、エレナは顔を真っ赤にする。
「じ、実に素晴らしいリハビリメニューです! 頑張ります!」
看護師は少し笑いながら答える。
「頑張りましょう。」
看護師が一人だけになる。
一緒に病室を出ると、廊下の冷たい空気を感じる。
「そうか・・・もう10月・・・」
病室はけが人のために暖房が強めに設定されていた。
廊下に出ると、標高の高い天文台に建物があることを思い出させる。
エレナは薄着だったので、少しブルッと体を震わせた。
「そ、そういえば、外の・・・
――集まっていた避難民の方の寒さ対策は・・・どうなってますか?」
寒さを感じたことで、避難民のことを気にかけて聞いた。
「避難民の方々は、集合しちゃいけないってことなので、
200~300人のグループに分かれて、標高の低いところまで移動しましたよ。」
エレナは寒さや死神への対策がなされていることに“ほっ”とした。
「そうですか・・・よかった。」
「さ、トイレに行きますよ。
今日は壁際の手すりを使って歩いてください。」
天文台のスタッフには、身障者や車いすのスタッフもおり、
天文台は全施設がバリアフリーに対応していた。
エレナは片手を手すり、もう片方の腕を看護師が、
もしもの時に対応できるように小脇に抱えた状態でトイレへと向かった。
―――
トイレからベッドに戻ってきたエレナ。
汗をかき、疲れ果て、息があがる。
足はジンジンとしびれている。
「と・・・トイレに行くだけで・・・こんなに疲れるなんて・・・」
「コルセットで息も浅いですからね。
大丈夫。すぐに慣れますよ。」
そう言って、看護師が肩をポンと叩いた。
「トイレ行きたくなったら、ボタンを押して呼んでください。」
そう言うとカーテンをスライドさせて出ていき、再びカーテンをシャッと閉めた。
エレナはベッドに腰かけ、真っ白なカーテンを見ながら思いを巡らせる。
(仕事復帰できるのは・・・一体、いつになるんだろう・・・?
通信室のみんな・・・どうしてるかな・・・)
風に揺れるカーテンが、エレナの心を映しているようだった。
―――シャックルトン基地
月面基地内の研究開発室。
月から得られる鉱物を使って“新たな合金を作れないか?”や、
新しい鉱物の発見など、NOBUNAGAの攻撃前までは、
そうした新技術のブレイクスルーを探す研究が行われていた。
その技術班のクルーたちが、あわただしく動いている。
レールガン暫定版の検証が行われていた。
「マーカス班長・・・本当にこんな物ぶっ飛ばす気ですか?」
ハワードがレールガンに装填される弾丸を持ち上げてつぶやいた。
「ん?」
マーカスは背もたれにもたれながら首を上にあげてハワードを見る。
「これ、もう砲弾ですよね?」
ハワードが持っている弾丸は、直径が200ミリを超えた(8インチ)だった。
手に持つ腕がプルプルと震えている。
「死神のボディを調べられない以上、大きめにするのが“良”だと考えてみました。
ただ、報告のあった30メートル級の母艦の迎撃を考えたら、少し考えを変えたいとも思っています。」
「どういう変更ですか?」
「先日の動画では、母艦は高度6000メートルとの観測でしたが、テイデの標高を考えると、3000メートルが限界なんじゃないかと思うんですよ。」
マーカスは片足を椅子の座面へ上げ、膝を抱えるようにして答えた。
ハワードは意味が分からず、すぐに問いかけた。
「なにが限界なんですか?」
「死神の耐衝撃限界です。」
「レールガンの?」
「いえ、自由落下での耐地表です。」
ハワードは目をパチパチさせる。
「つ、つまり・・・死神の母艦からの・・・
3000メートル以上での降下攻撃ができないと?」
「そういうことです。」
ハワードは、班長は“やっぱすごい”と感心して感嘆の声をだす。
「お・・・おお~~っ!」
そして、続けた。
「それで・・・変更はどういう?」
マーカスは率直に今の考えを答えた。
「母艦の迎撃には、3000メートル以上の・・・
約4000メートル上空の迎撃が可能な飛距離は出したいと思いまして。」
ハワードは持っていた弾丸を床に落とす。
ズン!という音が開発室の壁を伝う。
マーカスがハワードの足元を見て
「あぶないですよ・・・」
周囲にいた技術班のクルーが伝う音を追うように首を動かす。
「いや、この弾じゃ無理でしょ。」
「無理ですねー・・・そこが難しいんですよ。」
マーカスは遠い目をしながら答えた。
「じゃあ、どうするんです?」
「ん~~、今の段階で言えば・・・2種類のレールガンを作るしかないですね。」
マーカスは膝を抱えながら、手で顔をいろんな動作でなでつつ答えた。
「いやいや、2種類って無理ですよ!?
ウチの技術班の開発レベルを超えてます。」
ハワードの言葉に、マーカスは座っている椅子をクルリと回転させて睨みつける。
「それは・・・ハワード・・・今の地球に住む人達に、我々は8時間労働しかできませんって言うのか?」
マーカスの目にはクマがあった。
2日どころではなかった。
3日目でようやく寝れたが、頭の中で思考が巡り3時間で目を覚ました。
地球の人達の恐怖や絶望を知っているがゆえ、のんびりと寝ることを自分自身が許さなかった。
ハワードは、そのマーカスの鬼気迫る迫力に身じろぐ。
「い、いえ・・・そういう・・・わけでは・・・」
二人の間に沈黙が生まれた。
マーカスは答えを出さないハワードを睨み続けた。
そこに、技術班の一人がマーカスに声をかけてきた。
「テストの準備できました。」
その声にマーカスが反応する。だが、目線はハワードを睨んだままだ。
ハワードは耐え切れず、モニターへ向きを変えた。
ハワードの動きを見てマーカスも、目標が映るモニターへと目線を映した。
「よし、試射の準備始めろ。まずは各部のチェックをしたい。
電圧をレーザーモジュールでの発電1秒から。」
「了解。レーザーモジュール1秒を想定、設定します!」
開発室にキーン…という高周波の音が響き渡る。
コンデンサーへの電圧が上がっていく。
「発射!」
開発室を支配していた高周波の音が瞬時に消え、静寂が戻った。
直後、レールガンの先端から鋭い閃光が漏れる。
クレーターの壁は、激突の熱による白光を一瞬放った後、爆ぜるように砕け散った。
衝撃が月面を叩き、巻き上げられたレゴリスが、着弾地点の周りに霧が発生するよう白くモヤがかかった。
その振動は月面を伝い、基地までも静かに揺らした。
ズズン…という重い地鳴りが響き、施設がかすかにビリッと震わせた。
「映像解析。」
「はい。」
マーカスが指示を出すと、クルーが映像装置のコントローラーを使って解析を開始する。
「初速は150m/s レールには損傷なし。」
クルーが、試射の報告をする。
そんな時、基地内にアナウンスが響いた。
『こちら観測班。 先ほど震度3の地震波を感知。
どこかに隕石が落ちた模様。――現在データ分析中。』
マーカスは天井のスピーカーを見つめた。
「あ・・・」




