旅立ち
―――10月9日
三日目。
同じ場所で、ペマはソナムに乗って練習を続けていた。
鞍が完成し、今日の練習は初日とは違い、速歩での訓練だった。
足を失うまではもともと馬に乗っていたこともあり、
馴れが経験に上書きされていく。
さらに、今まで使っていなかった義手も使うことにした。
フックがついているだけの簡素な義手だが、
手綱をひっかけるだけでもソナムの操作が格段に楽になった。
速歩を止め、常歩でラフルの方へと近づいていく。
「鞍はどうだ?」
鞍の改造した部分を、体を右に傾けて見る。
「いい感じ。 支えてくれるんで、バランス崩しても太ももで耐えられるよ。」
「そうか・・・よかった。
義手はやめたらどうだ? 慣れてないから絶対疲れるぞ。」
「そう思うんだけど、あると便利・・・疲れたら外して対応する。」
「そうか・・・これで、準備が出来たな。」
「だね。 明日には出発できるよ。」
ラフルは短く頷いた。
その一つの動きだけで、二人の覚悟が静かに固まった。
―――
ラフルは隊のテントへ向かった。
中に入ると、ほとんど片づけられ、荷物が積み上げられている。
その隙間に、椅子と小さなテーブルだけが残っていた。
入ってきたラフルに気づくアミット。
「準備は終わったか?」
ラフルはコクリと頷く。
「明日、出発させます。」
アミットはラフルの腕の付け根をポンポンと二度叩いた。
「そうか。見送ったら我々も引っ越しだ。
今日は上がって、ペマの準備を手伝ってやれ。」
「はい。」
ラフルは向きを変えてテントを出ていく。
アミットはその背中を目で追った。
「ずいぶん、成長したな・・・」
―――
夕日に染まるビスト家のテント。
ラフルが馬を引き連れ、家へ戻ってくる。
テント脇の馬小屋に入り、しばらくして出てくると、そのままテントへ入った。
「ただいま。」
明日の引っ越しに合わせて、ビスト家のテントの中も毛皮で覆われ、
紐でくくられた荷物がいくつか転がっている。
椅子とテーブルはそのまま置かれ、父親のドルジェが一人でチャンを飲んでいた。
ペマの無事を祈りながら、静かにその先を見つめている。
視線の先では、ペマとラーモが馬に積む荷をまとめていた。
14日分の食料やキャンプ用品を、できるだけ小さくまとめている。
ジョーはその横でひっくり返り、背中を床にごしごしこすりつけていた。
ラフルに気づき、ジョーは転がったまま体勢を戻した。
ペマも振り返る。
「おかえり! 今日は早いじゃん!」
「アミット隊長が早く帰って手伝ってやれってな・・・でも、もうやることないな・・・」
「もうほぼ終わりだよ。あとは水ぐらいかな?」
「ポニーの荷馬を借りてきたぞ。だが、あれはソナムみたいに利口じゃないな・・・」
「ソナムと比較するのはかわいそうだよw
名前は?」
「プンツォだ。」
「名前は頭良さそうじゃん!?」
家族の笑い声がテントの外まで聞こえてくる。
空には、ほぼ満月の月が煌々と浮かんでいた。
その光が、明日から向かう険しい道を静かに照らしているようにみえた。
―――
次の日の朝。
テントの入り口にドルジェとラーモが立ち、ラーモが前に立つペマの両肩に手を置いている。
ラフルはプンツォのパッセルの突起に荷物をひっかけ、両サイドに二つぶら下げていた。
プンツォは首を縦に振り、頭を左右にブンブンと振っている。
荷がグラグラと揺れ、ラフルはうまく腹帯を結べない。
それを見たジョーがプンツォに近づき、手綱を咥えて引く。
動きが止まり、腹帯を結ぶことができた。
「ありがとうな、ジョー」
その上に丸めたテントを乗せる。
後ろで見ていたペマに伝える。
「これ、明日からオマエが一人でやるんだぞ。
バランスが大事だから、重さが同じように荷物を作ってやれ。
どうしても同じぐらいに出来ない場合は、石などを入れて調整しろ。」
「うん、わかった。」
ラフルはプンツォの手綱をソナムの鞍の後ろにひっかける。
「準備できたぞ。」
「わかったあ~!」
ペマがソナムの方へ歩き出そうとしたとき、
後ろに立っていたラーモが肩をつかみ、ペマの向きを自分の方へ変える。
そして、覆いかぶさるようにペマを抱いた。
ペマは背中が反るほど、ラーモに強く抱かれている。
長い沈黙が続く。
「か、かあさん・・・」
「・・・体力があれば一緒に行ってやりたいんだけどねえ・・・」
「・・・・・・」
ペマはだらんとしていた腕をラーモの背中に回し、
静かに目を閉じてラーモの胸に顔を埋めた。
「・・・無事に戻っておいで。 待ってるから。」
「うん。」
ペマは顔を埋めたまま答えた。
ラーモは抱いていた腕をゆっくりと緩め、後ろに下がってまっすぐに立つ。
後ろのドルジェがペマに近づき、頭をなでる。
「無茶だけはするなよ・・・」
そう言って手を降ろした。
ペマはドルジェとラーモの顔を見て答える。
「――わかってる。 じゃあ、行ってくるよ。」
ペマはソナムを引いていくラフルを追いかける。
ジョーはペマを待ち、右手へ回り込み並走する。
ラーモは手を振ろうと、肩の高さまで肘を折って弱々しく上げた。
だが、止めたい気持ちが勝ち、指が伸びないまま、軽くこぶしを握って手を下ろした。
ドルジェがラーモの肩を抱くと、ラーモは頭を傾けてドルジェの肩に添え、
出発するペマを見送った。
「あんなに弱々しかった、あの子が・・・
こんな大変な旅をやらなきゃならないなんて・・・」
「ペマは強くなった。
昔のペマとは違うよ。」
「そうね・・・」
―――
キャンプ地の端に、アミットが待っていた。
「アミットのおっちゃん!」
ペマがアミットのそばへ駆け寄る。
「行くのか?」
「ああ。ちょっと行ってくるよ!」
ペマが進む方向を指して答える。
その力強さに、アミットの口元に笑みがこぼれた。
「ふふふ、ちょっとか・・・」
「見送りに来てくれたんですか?」
ソナムを引っ張っていたラフルが、二人のそばまでやって来る。
「ああ、これを渡そうと思ってな。」
アミットが、緯度と経度が出る携帯機器を差し出す。
「これは?」
アミットは地図を広げた。
地図にはアリ天文台までのルートが赤ペンで記されている。
マス目の線が引かれ、緯度と経度も書き込まれていた。
「この横のスイッチを入れると、GPS信号を受信して緯度と経度を出してくれる。
あと、磁石にもなる。地図と機器のN/Sの方向を合わせて、この数値と地図の数値で
ある程度位置が計算できる。」
「GPSって・・・?」
「GPSは、時間信号を出している衛星を捕まえて
受信時間のずれを計算して位置を調べる機器だ。
今でもなぜかGPSだけは使えるんだ。
NOBUNAGAのドローンもGPSを利用しているのかもしれんな。」
地図のルートにはバツ印も描かれていた。
ペマはそのバツ印を指さして尋ねる。
「この×は?」
「移動距離30kmの目安だ。
無理せず、この×のあたりで休憩していけば、計画通り11日前後でいける。」
アミットがペマを見る。
ペマもアミットの目を見て頷いた。
「いいか、日数は伸びてもかまわん。
無理にこのバツ印まで一日で移動しなくてもいい。
だが、このルートは守っていけ。
自動車が走れるルートを選んである。
絶対、道のない山越えはするなよ!」
アミットの言葉には迫力があった。
その圧に、ペマは言葉を絞り出して頷く。
「・・・・・・わ、わかった。」
ペマは地図を折り畳み、GPSの機器と一緒にショルダーバッグにしまう。
そして、ポンポンとショルダーバッグを叩いた。
「よし!」
そう言うと、ソナムのそばへ行き、鞍に乗った。
アミットは再びペマへ近づき、見上げながら東方向に手を伸ばして指示する。
「まずは東へ行け。車の道があるのは分かるな?」
ペマは頷く。
「道路に出たら、その道に沿って行け。
車が通れる道はなだらかだ。馬も疲れない。」
ペマはアミットの指す方向を睨んで答えた。
「分かった!」
アミットはペマの背中を叩き、二歩下がる。
ラフルが最後にやってくる。
「ペマ。お前が帰ってくる時は、キャンプ地はココにはないからな。
いつもの南斜面で待ってるぞ!」
ペマはラフルを見て答える。
「分かった! 南斜面で!」
ペマがアミットを見る。
「南斜面で!」
アミットも力強く言った。
ソナムに合図を出し、ペマたちは東方向へと進んでいった。
二人は、ペマの姿が見えなくなるまで見送った。




