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〈サイレント・ワールド〉  作者: ブラックななこ


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5/8

人の住処

ナジとユウは瓦礫の街から外れ、平原の中を歩き続けていた。

ユウの顔には疲労の色が見える。


もう何時間歩き続けたかわからない。

朝日に照らされた死神を初めて見たあの時から、太陽はゆっくりと移動し、傾くと、次第に空が茜色に染まり始めていた。


そろそろユウが限界だと思えた頃、ナジの足がふいに止まった。

ユウは息を切らしながら顔を上げる。


「?」


ナジはユウを見て、ニッコリと笑った。


「着いたぞ。」


「えっ?」


ユウは辺りを見回す。

そこには平原が広がるだけで、何もない。


「?」


不思議そうに見つめるユウに、ナジは少し先を指さした。


「あそこだ。」


指の先には、大きなくぼ地があった。

周囲は少し盛り上がり、丘のようになっている。

だが、くぼ地の底は立っている位置からはまったく見えない。


「どこですか?」


ユウが尋ねると、ナジはくぼみの方へ歩き出した。

ユウも慌ててついていく。

近づくにつれ、くぼ地の内部が少しずつ見えてきた。


「あっ・・・!」


そのくぼ地の底に、ユウが身につけている蓑と同じ素材が広がっていた。


「あれって・・・」


ユウは自分の蓑を横目で見た。


「そうだ。

この背中に背負っている素材と同じ太陽光パネルだ。

それをこの大きなくぼ地に広げてAIの監視から隠れている。」


さらに近づくと、その規模が分かってきた。

くぼ地の縁に立つと、ユウは思わず息をのんだ。


「おおお・・・・す、すごい・・・」


くぼ地の大きさは直径で200メートル、深さは15メートルほどの巨大なくぼ地。

その底には筒状に丸められた太陽光パネルが無数に重なり、まるで水面のように光を反射していた。


「このパネルの下が、オレ達の住んでいる場所だ。

さあ、降りるぞ。」


二人はくぼ地の斜面をゆっくりと降りていく。


近づくにつれ、パネルの構造がよくわかってきた。

鉄骨で組まれた屋根の上に、筒状に丸めたパネルが不規則に積み重なっている。

固定されていないため、風が吹くとコロコロと転がり、形を変える。

その“揺らぎ”が、AIの監視を欺くのだ。


「もう、蓑と笠は外していいぞ。」


二人はパネルの屋根の下へと入った。

屋根の下は日が差し込まないため薄暗いが、ところどころにLEDランプが設置されており、足元が見えないほどではない。


そこで蓑と笠を外すと、ナジは入り口付近にある電源パネルへ向かった。


「外したら、このケーブルを蓑と笠のバッテリーにつなげてくれ。」


電源パネルには無数のケーブルが並び、空いているものもあれば、すでに蓑や笠が接続されているものもある。

ユウはコネクターを引き出し、自分の蓑と笠に接続すると、巻き取り部分の上のランプが点灯する。


「このランプが消えたら、バッテリーの電気が施設に移されたってことだ。

外に出るときは、ランプが消えた蓑と笠を選べ。

なければ、どれでもいいけどな。」


ユウは何度も頷いた。


「よし、じゃあ施設の中を案内しよう。」


ナジは奥へ進み、くぼ地の壁にある観音開きの金属ドアの前に立った。

取っ手を引くと、金属が擦れる甲高い音が響く。


キィーッ・・・!


金属ドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。

外の乾いたモンゴルの風とは全く違う、地下特有の湿り気を含んだ空気だ。


「ここから階段だ。

足元、気をつけろよ。」


ビル内の非常階段のように、階段は折り返しながら地下へと落ちている。

二度折り返すところまでは暗い光をLEDが放っていたが、そこから先は地下とは思えないほど明るく階段を照らしていた。


「うわあ・・・」


ユウは驚いた。

こんなに明るい光を見たことがなかったからだ。

夜に光を放ってはいけない事が、この空間がどれだけ特殊な場所なのかわかった。


「す、すごい・・・

ナジさん! スゴイ!」


ユウには、この光に形容する言葉が見つからなかった。


「ハハハ、すごいか。」


ナジは、その素直な言葉に笑いが出た。


ビルでいう4階程度を下っただろうか、再び金属製の扉が現れた。

ナジはその扉のノブを回し、ドアを開け、中に入ると後ろでドアがゆっくりと閉まった。

金属扉が閉まると、その“タン”という乾いた音が、ユウの胸の奥にまで響いた。


「だ、大丈夫だ。ただのドアの音だよ。」


ナジが笑いながら言う。

ユウは胸に手を当て、自分の心臓が早鐘のように打っているのを感じた。


(こんな音・・・聞いたことない・・・)


AIに破壊された世界で生まれ育ったユウにとって、“金属の扉”という存在そのものが未知だった。


ドアを抜けた先の通路はコンクリートで固められ、“ゴォー!”と空調の低い音が響いていた。

太陽光パネルで作られる電気が潤沢にあるのだろう。

通路のLEDライトも明るく点っている。


ナジは通路を進みながら説明する。


「ここはな、中央の人類圏から約50キロの所にある研究所だ。

研究所はココだけじゃなく無数にあるんだが、我々研究員は死神の情報を集め、それらを研究している。」


「研究って?」


「死神の進化状況なんかがメインだな。

それと対策・・・


そうそう、ユウと会った場所にオレがいた理由は、破壊された死神を調査する為にあそこにいたんだ。


あの夜、子供がライトを点けて、目の前に研究素材がやってきたおかげで、死神が進化していない事も確認できた。

死んだ人達には悪いが、非常にありがたい夜だった。」


ナジの言葉にユウは返事ができなかった。

ただ、胸の奥がズキッと痛んだ。


ナジは慌てて手を振り、言い直す。


「いや、違うんだユウ。

“ありがたい”ってのは・・・その・・・研究者としての話だ。

人が死んでいいなんて思ってねぇよ。

ただ、あの死神の行動や動作を確認する事は──本当に人類にとって貴重なんだ。」


ユウは小さくうなずいた。

ナジの言いたいことは、なんとなく分かる。

でも、胸の痛みはすぐには消えなかった。


ナジは気まずそうに頭をかきながら、話題を変えるように歩みを進めた。


「まあ・・・とにかく、ここは死神の研究をする場所だ。

死神の構造、動き、弱点・・・AIがどう学習しているかも、全部調べる。」


「・・・そんなこと、できるの?」


ナジは振り返り、ニッと笑う。


「できるさ。

人間はな、追い詰められた時ほど頭が回るんだよ。

AIに負けっぱなしってわけじゃない。」


その言葉に、ユウの胸が少しだけ軽くなった。


そんな時、通路の先の扉が開き、男が出てきた。

ユウは少し“ビクッ!”とした。


「ミナト!」


ナジがそう呼ぶと、男がこちらを見る。

ユウはナジの後ろに隠れるように身を縮めた。


「ナジさん! 帰ってきてたんすか!?

ん? そのガキんちょは?」


男は、ナジの後ろにいるユウに気づき、確かめるように体を横に傾けた。


「ああ、名前はユウだ。

ユウ、こいつはミナト。

ここの研究員の一人だ。」


「どうしたんすか?

いままで保護してきた事なんてないっすよね?」


「ああ・・・そうなんだが、記憶を失っているみたいでな。

それと、ちょっと気になる事があったんで、保護してきた。」


「気になる事っすか?」


「ああ、こいつ、外周から来たって言うんだよ。」


「え? マジっすか!?」


「気になるだろ?」


「・・・そうっすね・・・

ユウくん、はじめまして!

オレはミナト! よろしくな!」


ミナトはユウの身長に合わせるように、腰を折って話しかけた。


「は、はじめまして・・・」


ユウは、ミナトの軽さに少し引き気味に挨拶した。

ミナトは体勢を戻し、再びナジと話す。


「今回、戻るの早かったのは、ユウくんを保護したからっすか?

本来10日の調査なのに、まだ5日目っすよね?

一緒に出てた他の2人は、昼頃戻ってきてたっすけど・・・」


「いや・・・昨夜、偶然にも死神に遭遇してな。

そのデータを持ってくるために帰ってきた。

ユウがいるんで、2人には先に帰らせた。」


「遭遇ってマジっすか?

で、どうだったっすか?

ヤツラ、なんか変わってたっすか?」


「ほれ。」


ナジが小さなカメラをミナトに投げる。


「ワッ! ワッ!!」


ミナトはそれを両手で慌てるようにキャッチする。


「ちゃんと録画できてる。

貴重なデータだ、みんなに渡して解析してくれ。」


「おぉ~~~~!!

あざーす!」


ミナトはそう言うと、奥へと走っていった。


ミナトが走り去ったあと、通路には再び空調の低い唸りだけが響いた。

ユウはナジの横に立ち、ミナトが消えていった方向をじっと見つめていた。


「・・・あの人、すごく元気ですね・・・」


ユウがぽつりと言うと、ナジは鼻で笑った。


「元気じゃなきゃ、こんな場所で研究なんて続けられんさ。

あいつは口は軽いが、腕は確かだ。

死神の解析なら、ここで一番だ。」


「さっき渡してた物で・・・?」


「ああ、あれは小型カメラ。

映像を残す機器だ。

死神は目視で確認しようとしたら、熱センサーに引っかかるって言っただろ。」


あの夜の事を思い出すユウ。


「そういえば・・・」


「目で見て確認できないんで、カメラを使ってあの死神の映像を撮影してたのさ。」


「カメラ? 撮影・・・?」


「あー、そうだよな。

今の一般人はカメラとか録画とか知らないか・・・

なんて言えば良いのか・・・ようは・・・あの夜の事を記録してあるんだよ・・・


後で見せてやるよ。

見りゃ理解できるだろ。」


そう言ってナジは笑い、ユウの方を軽く叩いた。


「さ、行くぞ。

お前の寝床も用意しないとな。」


通路を進みながらユウは周囲を見回した。

天井につるされた金属製のパイプや、床を走る何本ものケーブル。

地下なので空調がずっと空気を送り込んでおり、ゆっくりと風が流れている。


(・・・こんな場所が、地面の下に・・・)


ユウの胸に、初めて“安全”という感覚が芽生えた。


ナジが小さな扉の前で立ち止まり、ドアを開ける。


「この空き部屋を自由に使え。

研究員用だから生活するにも十分だ。

オレの部屋は、この先2つ目だ。」


ナジが部屋の方向を指す。

ユウもその指の方向を見る。


「なんかあったら、オレの部屋に来い。

まあ、いない時もあるとは思うが、この施設のどこかにはいる。


今日は疲れただろ?

シャワー浴びて着替えろ。

服はその棚に入っている。


そして、もう休め。

明日、研究所の皆に紹介するからな。」


ナジはユウの部屋の前から廊下を歩き、自分の部屋の前でドアを開けた。

中へ入った直後、くるりと体を傾け、頭だけを廊下に戻してきた。


「絶対、シャワー浴びれよ!

ユウ、言っとくが、オマエ!

くっさいからな!」


笑いながら引っ込むと、ドアがパタン!と閉まった。


通路に一人残ったユウ。

通路に静かに響く“ゴォー”という空調の音に、次第に眠気を感じ、部屋へと入った。


部屋の中にはベッドと小さな棚、そして薄い毛布が一枚置かれていた。

ユウはそっと毛布に触れた。


(・・・あったかい・・・)


ユウはこのまま寝ようかと思ったが、ナジの言葉を思い出す。

鼻に自分の腕を近づけて匂いを嗅ぐ。


「臭いかな???」


自分の匂いは慣れているので気づかない。

いつも通りの匂いだ。


「確かに、ここ最近、雨降らなかったから、水浴びしてなかったけど・・・

ていうか、シャワーってなんだ?」


部屋の隅にあるドアに“シャワー”と書いてあった。

ユウは記憶は無くしていたが文字は読むことが出来た。


ドアの中に入り、中を確認する。

シャワー室は狭かったが、浴槽があり、その浴槽の壁には赤と青の印がついたハンドルがあり、その上にシャワーヘッドが壁に掛けられている。


「??? これがシャワー???」


服を着たまま、浴槽をまたぎハンドルに近づく。


「なんだこれ?」


ユウが赤のハンドルを回した途端、壁に掛けられたシャワーヘッドから熱湯が出てきて、前かがみになっていた背中にかかった。


「あっつッ!!」


ユウは飛び上がり、慌ててハンドルを閉めた。


「え? こっち?」


青のハンドルを回すと、今度は水が出てきた。


「つめたッ!!」


またしても飛び上がり、ハンドルを閉めた。

ユウはシャワーヘッドを眺めて考える。


「・・・・・・そうか!

調整するのか・・・」


ユウは浴槽から横に出ると、赤のハンドルに手をのばした。

お湯がシャー!と浴槽に流れ、湯気が立った。

そして次に青のハンドルをひねり、お湯の加減を手で確認した。


「やっぱり!」


服を脱がないまま、浴槽に再び戻り、そのままシャワーを浴びる。

体と服汚れが流れ、排水口に泥水が吸い込まれていく。

着ているドロドロの服は徐々に白くなっていく。


ユウは、浴槽の横に付いているボタンが気になり、押してみた。

すると、浴槽の排水口が閉まり、シャワーのお湯が溜まり始めた。

もう一度押すと、排水口が開いて流れ出す。

その動きが面白かったのか、ユウは何度も開け閉めを繰り返した。


「へえ~。 すごい・・・」


だが、溜まるお湯は泥水のような色をしている。

ユウは思い出したように、着ている服を脱ぎだした。


「あはははは! こんなの初めてだ!!」


ユウはいったん、汚れたお湯を流し、今度は綺麗なお湯を溜める。


「あはは・・・オレ、生きているんだ・・・」


ユウのほほを涙が流れる。


その夜、ユウは生まれて初めて“深い眠り”に落ちていた。



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