人の住処
ナジとユウは瓦礫の街から外れ、平原の中を歩き続けていた。
ユウの顔には疲労の色が見える。
もう何時間歩き続けたかわからない。
朝日に照らされた死神を初めて見たあの時から、太陽はゆっくりと移動し、傾くと、次第に空が茜色に染まり始めていた。
そろそろユウが限界だと思えた頃、ナジの足がふいに止まった。
ユウは息を切らしながら顔を上げる。
「?」
ナジはユウを見て、ニッコリと笑った。
「着いたぞ。」
「えっ?」
ユウは辺りを見回す。
そこには平原が広がるだけで、何もない。
「?」
不思議そうに見つめるユウに、ナジは少し先を指さした。
「あそこだ。」
指の先には、大きなくぼ地があった。
周囲は少し盛り上がり、丘のようになっている。
だが、くぼ地の底は立っている位置からはまったく見えない。
「どこですか?」
ユウが尋ねると、ナジはくぼみの方へ歩き出した。
ユウも慌ててついていく。
近づくにつれ、くぼ地の内部が少しずつ見えてきた。
「あっ・・・!」
そのくぼ地の底に、ユウが身につけている蓑と同じ素材が広がっていた。
「あれって・・・」
ユウは自分の蓑を横目で見た。
「そうだ。
この背中に背負っている素材と同じ太陽光パネルだ。
それをこの大きなくぼ地に広げてAIの監視から隠れている。」
さらに近づくと、その規模が分かってきた。
くぼ地の縁に立つと、ユウは思わず息をのんだ。
「おおお・・・・す、すごい・・・」
くぼ地の大きさは直径で200メートル、深さは15メートルほどの巨大なくぼ地。
その底には筒状に丸められた太陽光パネルが無数に重なり、まるで水面のように光を反射していた。
「このパネルの下が、オレ達の住んでいる場所だ。
さあ、降りるぞ。」
二人はくぼ地の斜面をゆっくりと降りていく。
近づくにつれ、パネルの構造がよくわかってきた。
鉄骨で組まれた屋根の上に、筒状に丸めたパネルが不規則に積み重なっている。
固定されていないため、風が吹くとコロコロと転がり、形を変える。
その“揺らぎ”が、AIの監視を欺くのだ。
「もう、蓑と笠は外していいぞ。」
二人はパネルの屋根の下へと入った。
屋根の下は日が差し込まないため薄暗いが、ところどころにLEDランプが設置されており、足元が見えないほどではない。
そこで蓑と笠を外すと、ナジは入り口付近にある電源パネルへ向かった。
「外したら、このケーブルを蓑と笠のバッテリーにつなげてくれ。」
電源パネルには無数のケーブルが並び、空いているものもあれば、すでに蓑や笠が接続されているものもある。
ユウはコネクターを引き出し、自分の蓑と笠に接続すると、巻き取り部分の上のランプが点灯する。
「このランプが消えたら、バッテリーの電気が施設に移されたってことだ。
外に出るときは、ランプが消えた蓑と笠を選べ。
なければ、どれでもいいけどな。」
ユウは何度も頷いた。
「よし、じゃあ施設の中を案内しよう。」
ナジは奥へ進み、くぼ地の壁にある観音開きの金属ドアの前に立った。
取っ手を引くと、金属が擦れる甲高い音が響く。
キィーッ・・・!
金属ドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。
外の乾いたモンゴルの風とは全く違う、地下特有の湿り気を含んだ空気だ。
「ここから階段だ。
足元、気をつけろよ。」
ビル内の非常階段のように、階段は折り返しながら地下へと落ちている。
二度折り返すところまでは暗い光をLEDが放っていたが、そこから先は地下とは思えないほど明るく階段を照らしていた。
「うわあ・・・」
ユウは驚いた。
こんなに明るい光を見たことがなかったからだ。
夜に光を放ってはいけない事が、この空間がどれだけ特殊な場所なのかわかった。
「す、すごい・・・
ナジさん! スゴイ!」
ユウには、この光に形容する言葉が見つからなかった。
「ハハハ、すごいか。」
ナジは、その素直な言葉に笑いが出た。
ビルでいう4階程度を下っただろうか、再び金属製の扉が現れた。
ナジはその扉のノブを回し、ドアを開け、中に入ると後ろでドアがゆっくりと閉まった。
金属扉が閉まると、その“タン”という乾いた音が、ユウの胸の奥にまで響いた。
「だ、大丈夫だ。ただのドアの音だよ。」
ナジが笑いながら言う。
ユウは胸に手を当て、自分の心臓が早鐘のように打っているのを感じた。
(こんな音・・・聞いたことない・・・)
AIに破壊された世界で生まれ育ったユウにとって、“金属の扉”という存在そのものが未知だった。
ドアを抜けた先の通路はコンクリートで固められ、“ゴォー!”と空調の低い音が響いていた。
太陽光パネルで作られる電気が潤沢にあるのだろう。
通路のLEDライトも明るく点っている。
ナジは通路を進みながら説明する。
「ここはな、中央の人類圏から約50キロの所にある研究所だ。
研究所はココだけじゃなく無数にあるんだが、我々研究員は死神の情報を集め、それらを研究している。」
「研究って?」
「死神の進化状況なんかがメインだな。
それと対策・・・
そうそう、ユウと会った場所にオレがいた理由は、破壊された死神を調査する為にあそこにいたんだ。
あの夜、子供がライトを点けて、目の前に研究素材がやってきたおかげで、死神が進化していない事も確認できた。
死んだ人達には悪いが、非常にありがたい夜だった。」
ナジの言葉にユウは返事ができなかった。
ただ、胸の奥がズキッと痛んだ。
ナジは慌てて手を振り、言い直す。
「いや、違うんだユウ。
“ありがたい”ってのは・・・その・・・研究者としての話だ。
人が死んでいいなんて思ってねぇよ。
ただ、あの死神の行動や動作を確認する事は──本当に人類にとって貴重なんだ。」
ユウは小さくうなずいた。
ナジの言いたいことは、なんとなく分かる。
でも、胸の痛みはすぐには消えなかった。
ナジは気まずそうに頭をかきながら、話題を変えるように歩みを進めた。
「まあ・・・とにかく、ここは死神の研究をする場所だ。
死神の構造、動き、弱点・・・AIがどう学習しているかも、全部調べる。」
「・・・そんなこと、できるの?」
ナジは振り返り、ニッと笑う。
「できるさ。
人間はな、追い詰められた時ほど頭が回るんだよ。
AIに負けっぱなしってわけじゃない。」
その言葉に、ユウの胸が少しだけ軽くなった。
そんな時、通路の先の扉が開き、男が出てきた。
ユウは少し“ビクッ!”とした。
「ミナト!」
ナジがそう呼ぶと、男がこちらを見る。
ユウはナジの後ろに隠れるように身を縮めた。
「ナジさん! 帰ってきてたんすか!?
ん? そのガキんちょは?」
男は、ナジの後ろにいるユウに気づき、確かめるように体を横に傾けた。
「ああ、名前はユウだ。
ユウ、こいつはミナト。
ここの研究員の一人だ。」
「どうしたんすか?
いままで保護してきた事なんてないっすよね?」
「ああ・・・そうなんだが、記憶を失っているみたいでな。
それと、ちょっと気になる事があったんで、保護してきた。」
「気になる事っすか?」
「ああ、こいつ、外周から来たって言うんだよ。」
「え? マジっすか!?」
「気になるだろ?」
「・・・そうっすね・・・
ユウくん、はじめまして!
オレはミナト! よろしくな!」
ミナトはユウの身長に合わせるように、腰を折って話しかけた。
「は、はじめまして・・・」
ユウは、ミナトの軽さに少し引き気味に挨拶した。
ミナトは体勢を戻し、再びナジと話す。
「今回、戻るの早かったのは、ユウくんを保護したからっすか?
本来10日の調査なのに、まだ5日目っすよね?
一緒に出てた他の2人は、昼頃戻ってきてたっすけど・・・」
「いや・・・昨夜、偶然にも死神に遭遇してな。
そのデータを持ってくるために帰ってきた。
ユウがいるんで、2人には先に帰らせた。」
「遭遇ってマジっすか?
で、どうだったっすか?
ヤツラ、なんか変わってたっすか?」
「ほれ。」
ナジが小さなカメラをミナトに投げる。
「ワッ! ワッ!!」
ミナトはそれを両手で慌てるようにキャッチする。
「ちゃんと録画できてる。
貴重なデータだ、みんなに渡して解析してくれ。」
「おぉ~~~~!!
あざーす!」
ミナトはそう言うと、奥へと走っていった。
ミナトが走り去ったあと、通路には再び空調の低い唸りだけが響いた。
ユウはナジの横に立ち、ミナトが消えていった方向をじっと見つめていた。
「・・・あの人、すごく元気ですね・・・」
ユウがぽつりと言うと、ナジは鼻で笑った。
「元気じゃなきゃ、こんな場所で研究なんて続けられんさ。
あいつは口は軽いが、腕は確かだ。
死神の解析なら、ここで一番だ。」
「さっき渡してた物で・・・?」
「ああ、あれは小型カメラ。
映像を残す機器だ。
死神は目視で確認しようとしたら、熱センサーに引っかかるって言っただろ。」
あの夜の事を思い出すユウ。
「そういえば・・・」
「目で見て確認できないんで、カメラを使ってあの死神の映像を撮影してたのさ。」
「カメラ? 撮影・・・?」
「あー、そうだよな。
今の一般人はカメラとか録画とか知らないか・・・
なんて言えば良いのか・・・ようは・・・あの夜の事を記録してあるんだよ・・・
後で見せてやるよ。
見りゃ理解できるだろ。」
そう言ってナジは笑い、ユウの方を軽く叩いた。
「さ、行くぞ。
お前の寝床も用意しないとな。」
通路を進みながらユウは周囲を見回した。
天井につるされた金属製のパイプや、床を走る何本ものケーブル。
地下なので空調がずっと空気を送り込んでおり、ゆっくりと風が流れている。
(・・・こんな場所が、地面の下に・・・)
ユウの胸に、初めて“安全”という感覚が芽生えた。
ナジが小さな扉の前で立ち止まり、ドアを開ける。
「この空き部屋を自由に使え。
研究員用だから生活するにも十分だ。
オレの部屋は、この先2つ目だ。」
ナジが部屋の方向を指す。
ユウもその指の方向を見る。
「なんかあったら、オレの部屋に来い。
まあ、いない時もあるとは思うが、この施設のどこかにはいる。
今日は疲れただろ?
シャワー浴びて着替えろ。
服はその棚に入っている。
そして、もう休め。
明日、研究所の皆に紹介するからな。」
ナジはユウの部屋の前から廊下を歩き、自分の部屋の前でドアを開けた。
中へ入った直後、くるりと体を傾け、頭だけを廊下に戻してきた。
「絶対、シャワー浴びれよ!
ユウ、言っとくが、オマエ!
くっさいからな!」
笑いながら引っ込むと、ドアがパタン!と閉まった。
通路に一人残ったユウ。
通路に静かに響く“ゴォー”という空調の音に、次第に眠気を感じ、部屋へと入った。
部屋の中にはベッドと小さな棚、そして薄い毛布が一枚置かれていた。
ユウはそっと毛布に触れた。
(・・・あったかい・・・)
ユウはこのまま寝ようかと思ったが、ナジの言葉を思い出す。
鼻に自分の腕を近づけて匂いを嗅ぐ。
「臭いかな???」
自分の匂いは慣れているので気づかない。
いつも通りの匂いだ。
「確かに、ここ最近、雨降らなかったから、水浴びしてなかったけど・・・
ていうか、シャワーってなんだ?」
部屋の隅にあるドアに“シャワー”と書いてあった。
ユウは記憶は無くしていたが文字は読むことが出来た。
ドアの中に入り、中を確認する。
シャワー室は狭かったが、浴槽があり、その浴槽の壁には赤と青の印がついたハンドルがあり、その上にシャワーヘッドが壁に掛けられている。
「??? これがシャワー???」
服を着たまま、浴槽をまたぎハンドルに近づく。
「なんだこれ?」
ユウが赤のハンドルを回した途端、壁に掛けられたシャワーヘッドから熱湯が出てきて、前かがみになっていた背中にかかった。
「あっつッ!!」
ユウは飛び上がり、慌ててハンドルを閉めた。
「え? こっち?」
青のハンドルを回すと、今度は水が出てきた。
「つめたッ!!」
またしても飛び上がり、ハンドルを閉めた。
ユウはシャワーヘッドを眺めて考える。
「・・・・・・そうか!
調整するのか・・・」
ユウは浴槽から横に出ると、赤のハンドルに手をのばした。
お湯がシャー!と浴槽に流れ、湯気が立った。
そして次に青のハンドルをひねり、お湯の加減を手で確認した。
「やっぱり!」
服を脱がないまま、浴槽に再び戻り、そのままシャワーを浴びる。
体と服汚れが流れ、排水口に泥水が吸い込まれていく。
着ているドロドロの服は徐々に白くなっていく。
ユウは、浴槽の横に付いているボタンが気になり、押してみた。
すると、浴槽の排水口が閉まり、シャワーのお湯が溜まり始めた。
もう一度押すと、排水口が開いて流れ出す。
その動きが面白かったのか、ユウは何度も開け閉めを繰り返した。
「へえ~。 すごい・・・」
だが、溜まるお湯は泥水のような色をしている。
ユウは思い出したように、着ている服を脱ぎだした。
「あはははは! こんなの初めてだ!!」
ユウはいったん、汚れたお湯を流し、今度は綺麗なお湯を溜める。
「あはは・・・オレ、生きているんだ・・・」
ユウのほほを涙が流れる。
その夜、ユウは生まれて初めて“深い眠り”に落ちていた。




