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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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紐解き

ペマはその場に立ち尽くしていた。

ジョーはペマの様子が気になって仕方がないのか、

彼女の周りを落ち着きなくウロウロしている。


自分たちの周囲を何度も旋回し、

何もせずに飛び去ったあのドローン。

その不可解な動きが、ペマの胸に深く残っていた。


「アイツ・・・絶対、何かを観察してた・・・

何を見てたんだ?」


ラフルの話では、

“動物と一緒にいると攻撃しない可能性を調べている”

ということになっていた。


だが――


「あの動きは、絶対それだけじゃない・・・」


ペマの左手は震え、

ジョーの首筋をぎゅっとつかんでいた。

ジョーはペマに体を寄せ、守るように寄り添う。


ペマは、まだ霧が漂う世界をまっすぐに見据え、

強く息を吸い込んだ。


「帰ろう!!」


―――


ラフルはテントの中で、落ち着きがまったくなかった。

ペマのことが心配で、胸の奥がざわついている。


手にしたペンの柄で、ノートをコツコツと叩く。

そのリズムは、彼の焦りそのものだった。


頬杖をつき、視線はずっと下へ落ちたまま動かない。


そんな時、外から誰かの声が聞こえた。


「ペマが戻ってきたぞ!!」


ラフルとアミットは立ち上がり、テントの外へ飛び出すと、

ペマを見送った場所へと走った。


「どこだ!?」


隊員が指をさす。

湖の近くに広がる草原の向こうに、二つの影が見える。

出発した朝とは違い、空気はどこまでも澄み渡り、

傾いた太陽がペマとジョーの影を長く伸ばしていた。


二人の表情が安堵に変わる。


ペマはゆっくりだが、義足で草原を踏みしめながら進む。

ふたりに気づき、杖を振り上げて声をあげた。


「アニキー!! ただいまーっ!!」


その声が届いた瞬間、

ラフルは朝は流さなかった涙をこぼし、

腕で目を隠して後ろを向いた。

背中が震えている。


アミットはラフルを一度見て、

やさしい笑みを浮かべて目を伏せた。


ペマとジョーが二人のもとへやってくる。

アミットが迎え入れる。


「無事でよかった・・・」


ラフルはまだ後ろを向いたままだ。


「アニキ、どうしたんだ?」


ラフルは鼻を軽くすすり、

真っ赤な目でペマに向き合う。


「・・・おかえり。

父さんと母さんも首を長くして待ってるぞ。」


ペマはラフルの表情を見て、一度目を伏せ、笑った。


「アニキ、腹減ったよ!

こんなに歩いたの、足がある時以来だよ。

運動するとこんな腹減るんだな!!」


ペマはラフルの腕をパンパンと二度叩いた。


「ああ・・・そうだな・・・早く帰ろう。」


そう言って、ラフルはアミットを見る。

アミットは軽く手を“行け行け”と振った。


ラフルはその合図を確認し、歩みを早めた。


「・・・・・・・・・。」


アミットは帰っていく二人を見送りながら、

彼女のズボンの右膝に血がにじんでいるのに気づき、

眉間にしわを寄せ、拳を握った。


義足でこすれた皮膚がめくれたのだろう。

そのズボンのシミが示す意味に、アミットは悔しさを抑えられなかった。


普段の歩きなら問題はなかったはずだ。

恐怖や焦りが、いつもと違う動きを強いたのだ。


そんな場所へ、彼女を送り出さなければならなかった自分が許せなかった。


戻ってきたペマを見つけた隊員がアミットに近づく。


「・・・かないませんね・・・」


「ああ・・・」


隊員も気づいていた。

痛くて歩くのもつらいはずなのに、

笑って帰っていくペマを、黙って見つめていた。


――


チャンタン高原に夜が訪れ、

石で組まれた囲いの中では、羊たちが寒さに耐えるように寄り添い合いながら眠っている。


ヤクの毛で編んだ黒いテントが並ぶ中、

アミットとペマの住むテントから、ペマの大声が響いた。


「いてててててて・・・ぇ!!」


ペマはテントの隅のベッドに座らされ、

ズボンを脱がされて、簡素なパンツ姿だった。


「この子は、なんでこんなになるまで気づかないかね!!」


母親のラーモが、両手でペマの義足を外す。

断端部分に履いていた断端袋は、真っ赤に染まっていた。


ラーモが断端袋をそっと脱がす。

右足の断端は、皮膚が荒れ、赤く腫れ上がっている。


ジョーは心配そうにラーモの周りを行ったり来たりしている。


少し離れた場所では、ラフルが驚いた表情で固まっていた。


「しかも、今の今まで気づかないとか・・・馬鹿を通り越して大馬鹿だよ!!」


ラーモはお湯に布を浸し、絞って、ただれた足をそっと包んだ。


「・・・よく生きて戻ったね。お帰り。」


ラーモの声が震えた。

ペマはその心配を感じ取り、左手をラーモの手に重ねる。


「・・・ただいま。」


ラーモは黙ってペマの足に薬を塗り、ガーゼを張り付けた。


「しばらく義足なしだからね。」


そう言ってラーモは、血で汚れたズボンと義足を持っていく。


「え〜、それじゃ外に出れないじゃないかよ〜」


ペマは不満そうに左足をプラプラさせる。


「ジョーにまたがって運んでもらいな。」


ラーモが振り返らずに言った。


「ジョーには無理だよ〜。ねえ?ジョー。」


ペマがジョーを見ると、

ジョーはペマの頭より大きな顔を近づけ、ベロリと舐めた。

ペマの顔はよだれだらけになった。


「ジョー!てめえ!!」


そこへラフルが近づいてくる。

ペマが顔を上げると、神妙な面持ちのラフルが立っていた。


「すまなかった・・・ケガまでさせてたなんて・・・」


「謝ってばっかだなアニキは!気にすんなって!」


ペマは“そうだ!”という顔をすると、

自分のバッグをごそごそと探り始めた。

ジョーが鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。


「あった。」


今日の様子を撮影していた二つのカメラだ。

一つはペマのリュックの肩紐に、もう一つはジョーの首輪に取り付けられていた。


「夕方、アミットのおっちゃんに渡すの忘れてた。」


ペマはラフルに手渡す。


「すげえの映ってるぜ。

明日見たら、絶対びっくりするよ。」


「・・・・・・」


まだラフルは、ペマの足の傷を悔やんでいた。

ペマはその様子を見て、少し眉をしかめる。


「今日は疲れたから、もう寝るな。」


ベッドに横になると、ヤクの毛布をかぶって向こうを向いた。

ジョーはとことことベッドの横に来て丸くなる。


「・・・・・・」


うつむいたまま動かないラフルに、

ペマは毛布から左手を出し、“向こう行け”と手のひらで合図した。

ラフルはしぶしぶベッドを離れる。


ペマが小声でつぶやいた。


「――気にしすぎなんだよ・・・バカアニキ・・・」


――


次の日、ラフルが隊のテントにやってくる。

まだ昨日の夜のことを引きずっており、思いつめた表情のままだった。


テントの入口をくぐり、アミットに近づくとカメラを机に置いた。


「ペマが、昨日渡し忘れたそうです。

ペマが言うには、すごいのが映ってるって言ってました。」


「おお〜、すごい物って何だろうな・・・どうした?暗いな。」


ラフルは目を伏せ、手で顔をくしゃくしゃとなでながら口を開いた。


「・・・ペマ・・・足を怪我してました・・・

それを見て、ひどく後悔して・・・」


アミットはケガに気づいていたので、その気持ちはよく分かった。


「ラフル・・・

そのケガをペマは後悔するのか?」


ラフルは顔を向ける。


「つッ・・・あいつは・・・あいつは絶対後悔しません・・・」


そう言うと、再びうつむいた。


「そうだな・・・」


アミットは背もたれにもたれ、まっすぐに指を組む。


「――ペマにとって、そのケガは勲章だよ。

“生きてていい”って刻まれたケガなんだと私は思う。」


ラフルがはっとした顔を向ける。

ペマが“謝る自分のこと”をうざそうにした理由が、ようやく分かった。


ラフルはこぶしを強く握った。

その拳をアミットは見て思う。


(――もう、大丈夫そうだな。)


「じゃあ、我々がやることは決まっているだろう。」


「はい。 カメラチェックしましょう。」


「うむ。」


ラフルがカメラをモニターにケーブルで接続する。


「これは・・・ジョーに取り付けたカメラです。」


そう言って再生ボタンを押す。

首輪に付けた動画は、人とは違う動きでぐらぐらと揺れる。

二人は辛そうな顔になる。


「これは酔うな・・・後で飛ばしてみよう・・・」


ラフルはもう一台を接続して再生する。

テントにいた他の隊員も映像を観に集まってくる。


「これなら見れるな。早送りしてくれ。」


「はい。」


動画は、カメラの向きがあちらこちらに向けられる映像が何度も続くようになった。

アミットは気になり、ラフルに言った。


「おい、通常再生に切り替えろ。」


映像に音が入ってくる。

ジョーのうなり声、そしてブーンというドローンの音が重なる。


「この音・・・ドローンの音なのか? ボリューム上げろ!」


リモコンでモニターの音を上げる。


「あ、あそこ!」


ラフルが指さした先で、霧が渦を巻いている。


「動いているな・・・」


ジョーが吠える。

ボリュームを上げていたせいで、見ていた全員がビクッ!となった。


次の瞬間、巨大なドローンが現れる。

全員に衝撃が走った。


「うそでしょ・・・」

隊の誰かがつぶやく。


ペマがしりもちをつく。映像が上の方を向く。


「なんだ? 転んだのか?」


ジョーの唸り声が響く。

(こ、こんなに・・・大きいの?)


ペマの声が入る。

映像が激しく動く。

ドローンがゆっくりと左右に動き、こちらを見ている。


(え? なに?)


映像が地面の方を向く。

ガクガクと画面が揺れ、再びドローンが一瞬で画面に入ってくる。


「ペマ、何してるんだ? 逃げろ!」


ラフルが映像に向かって叫ぶ。


「転んでるんだ、無理だ・・・」


アミットがラフルに言う。


映像は再び地面の方を向く。

左手が映る。力いっぱい踏ん張っているのが分かった。

隊員がこぶしを握り、力が入る。


(ジョー、手伝って!)


画面の右側にジョーの足が上から入ってくる。

肘から先のない右手をひっかけ、立ち上がったのが分かった。


「おお〜〜っ!」


その場にいる全員が、すでに観客になっていた。


「なんだ? ドローンがずっと動かないぞ・・・」


アミットが口を押えて見入っている。

その静けさを裂くように、ペマの声が入った。


(こいつ・・・一体、何してんだ?)


画面が再び揺れ始める。

ペマの足音も聞こえる。


「お、おい、ペマ・・・何してんだ・・・」


ラフルは、ペマがドローンに近づいているのが分かり、恐怖する。


画面に、ドローンに触れようとするかのように左手が入っていく。


次の瞬間、ドローンが画面上へ飛んでいく。

カメラは少し上を向いたが、飛んだ先までは映っていなかった。


「もういい、止めろ。」


アミットはそう言うと、よろけるように机に手をつく。

顔は汗だくになっている。


「なんて物、見せられたんだ・・・」


「よく生きて帰ったな・・・」


後ろで見ていた隊員がつぶやく。

ラフルは体をブルッと震わせた。


「だれか、このことを天文台に報告しろ。」


「わかりました。報告文書は私がまとめてよろしいでしょうか?」


「見ていたんだ・・・わかるだろ?

必ず伝えることは、犬と出かけて無事に戻ったこと、

そしてドローンと数メートルの距離で遭遇だ。

あとは任せる。」


「了解です。」


そう言うと、隊員は無線機の前へ移動し、椅子に座った。

アミットも自分の椅子にドカッと倒れ込むように座る。


(なんであんな状態から生きて戻って来れたんだ?

ジョーがいたからなのか?

確かにジョーはペマを守るようにドローンに立ちはだかっていたが・・・)


アミットは立ち尽くしているラフルに気づく。


「・・・ラフル」


声をかけられ、ラフルはゆっくりと顔を上げた。

まだ映像の衝撃が抜けきらず、目の奥が揺れている。


「大丈夫か?」


アミットが椅子に座ったまま問いかける。

ラフルは一度息を吸い、震える声で答えた。


「・・・あれを見て・・・よく、あいつ・・・」


言葉が続かない。

アミットは静かにうなずいた。


「そうだな。よく生きて帰ってこれた。

だが、もう過去だ。

ペマは生きて戻っている。


・・・あとはオレ達の仕事だぞ。」


少しだけ、ラフルの目の揺れが収まった。


「そうですね・・・わかってます・・・ちょっと外の風に当たってきます。」


「ああ、ゆっくりでいいぞ。」


ラフルはテントをフラフラと外へ出て行った。

アミットは背もたれに体を預け、無線機の方を見る。


無線担当の隊員が、マイクに向かって報告を続けている。

無事に連絡は届いているようだった。


アミットはひとつ安心した。

だが、あの巨大なドローンの姿が目の奥に焼き付いて離れなかった。


(あんなのが来たら、ここは簡単に全滅だ・・・

対抗しうる武器すらない・・・

本当に動物によって守られているとしたら・・・)


アミットはそれ以上考えることをやめた。


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