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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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ドローン

世界は真っ白だった。

霧は濃く、覆いかぶさるようにペマとジョーを包み込んでいる。


足元ははっきりと見える。

だが、そこから先は白い膜が何重にも重なるように、

世界がゆっくりと白へ溶けていく。

視界は十五メートルほどしかなかった。


「今日の霧、すごいな・・・昨夜は相当冷え込んだんだ」


ペマは足元から霧の奥へ視線を巡らせた。

ペマとジョーの吐く息が、白く長く漂った。


そのとき、ジョーが右足側からペマの背後を回り込み、

左側の前方へと移動した。

ペマの進路が、自然と右へ押しやられる。


「ん?」


ジョーが塞いだ方向を見ると、

霧の中に、少し大きめの岩がぼんやりと浮かんでいた。


ペマはジョーの頭を撫でる。


ジョーは安全を確認すると、再びペマの右側へ戻った。


―――


ペマはジョーの背中にアミットからもらった地図を地面に広げ、

左手で磁石を持って方角を確かめる。


「・・・あっちだね」


磁石と地図で方向を確認し、地図を畳んでジョーの背中のリュックに差し込む。

再び歩き始めたそのとき――


遠くの方で、ブーン・・・と低い音が霧の向こうから響いた。

霧が音を吸い込むせいで、距離感がつかめない。


ジョーはピタリと止まり、霧の奥を睨むように見つめている。


「どうかした?」


ペマが声をかけると、ジョーは一度だけ振り返り、

大きくしっぽを振ってから、ゆっくりとペマの右側へ戻った。


まるで「まだ大丈夫」と伝えるように。


―――


キャンプを出て三時間ほどが経った。

霧はまだ濃いが、少しずつ視界が広がり始めている。


足元の草原はいつの間にか乾いた大地へと変わっていた。

歩くたびに、薄い氷を踏み割るようなバリバリという音が響く。


義足のペマは歩きづらそうで、たまに体勢を崩すと、

残った右腕でジョーの背中に腕を置いて耐えた。


一度立ち止まり、周囲をぐるりと見回す。

大地は緩やかだが確かに上へ上へと伸びている。


相変わらず、ブーン・・・と鈍い音が遠くで鳴っていた。


「この音なんだろうね・・・?」


ペマはここで初めて、その音の存在をはっきりと認識した。

風向きが変わり、霧の中を音がこちらへ運んできたのだ。


「・・・ドローン」


胸が一瞬跳ね、冷や汗が背中をつたう。

恐怖が足を速め、呼吸も荒くなる。


そのとき、ジョーがペマの腰のあたりを軽く噛んで歩みを止めた。

ペマの横に回り込み、まっすぐに彼女の目を見つめる。


ペマは服の胸元をつかみ、大きく息を吸って吐いた。


「よし・・・進もう」


自分自身に言い聞かせるように呟き、

ペマは再びしっかりと歩を進めた。


―――


斜面を登っていくにつれ、霧はさらに薄くなり、

霧に反射していた太陽の光も、少しずつ弱まっていった。


「はあ・・・はあ・・・こんなに歩いたの、足がまだある頃だよ。

はあ・・・昔はどんなに歩いても走っても平気だったのに・・・」


息を整えながら、ペマは耳を澄ます。


「・・・だんだん音、大きくなってる・・・ジョー、どう思う?

これ、ドローンなの?」


ジョーはペマの目をまっすぐに見つめた。

その真剣な眼差しが、答えを物語っている。


「・・・そうか。そうだよね。

そろそろなんだ・・・」


そのとき、遠くの霧がふわりと動いた。

風ではない。

霧そのものが、渦を巻くように揺れた。


ヴウウウゥ・・・!


ジョーがその方向をにらみ、低く唸る。


霧の渦は素早く動き、

ペマたちの周囲をぐるぐると回り始めた。


ジョーはその動きに合わせ、

ペマを守るように体を寄せながら位置を変える。


その瞬間、霧の向こうに黒い影が一瞬だけ見えた。


ペマは反射的に身構える。


渦はペマたちの正面で止まり、静止した。

ペマの鼓動は早鐘のように鳴り、耳の奥で響く。


音が次第に大きくなり、

霧の中に巨大なシルエットが浮かび上がる。

ドローンの吐き出す空気が大地に触れ、

四方へ霧を押し広げていく。


ジョーの唸り声が最高潮に達し、

低く、大きく吠えた。


ヴワン!!


その瞬間、ドローンが霧を割って姿を現した。

巨大だった。

二十メートル級の塊が、ペマたちの目の前に立ちはだかる。


ペマはその大きさに圧倒され、思わず尻餅をついた。

ジョーが一瞬だけ振り返るが、すぐにドローンへと視線を戻し、唸り続ける。


「こ、こんなに・・・大きいの?」


ドローンが発生させる風がペマに吹きつけ、髪が激しくなびく。

ペマは体勢を立て直し、立ち上がろうとした。


その動きにドローンが反応する。

まるで観察するように、ゆっくりと位置を変えた。


「え? なに?」


ペマは慌てて立とうとするが、義足が踏ん張れず再び倒れ込む。


ドローンのセンサーには、人間と犬が映っている。

ジョーが吠えるたび、画面下の波形が激しく跳ねる。

だが、ペマの動きは“人間の動き”として認識されなかった。


赤外線センサーへ切り替わる。

画面の中で、ペマの足は途中で途切れていた。


光学センサーに戻る。

片腕で体を持ち上げ、義足の膝で大地を踏みしめる。

義足に差し込んでいる断端部がきしむ。


「んんんんーっ!」


その痛みに耐えながら、左足を巻き込むように動かすペマが映る。


再び赤外線。

やはり、片足と片腕が“欠損”として映る。


「ジョー、手伝って!」


ペマが叫ぶと、ジョーは一度だけ振り返り、

すぐにドローンへ顔を戻しながら、ペマの左側へ後ずさった。


ペマは右腕をジョーの背に乗せ、右腕に力を入れ左足で地面を踏みしめた。

そして、立ち上がる。


ペマたちとドローンは向かい合ったまま、

ただ、重苦しい沈黙だけが流れた。


「こいつ・・・一体、何してんだ?」


ペマは恐怖を押し殺し、ドローンへ一歩踏み出した。


赤外線センサーで見ていたドローンは、

その動きを“人間”として判断できなかった。


次の瞬間、ドローンは上空へ向けて凄まじい勢いで飛び上がり、

霧の中へと消えた。


ペマは飛び去る方向を呆然と見つめる。


「な、なんだったんだ・・・」


ペマはジョーを見る。

ジョーはもう警戒を解き、しっぽを大きく振っていた。


「助かったんだね・・・?」


ジョーは一度だけ太く吠えた。

ペマはジョーに抱きつき、生き残ったことを噛みしめるように喜んだ。


だが――


世界は、

センサーが“誤認”したことを、

まだ理解していなかった。


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