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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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ペマ・ビスト

テントの入口に立っていたのは、杖をついた少女だった。


右足の義足が、ストーブの光を受けて鈍く光っている。

右腕の肘から先はなく、代わりに布が巻かれていた。


「・・・あたいが行こうか?」


そう言った彼女は、ペマ・ビスト。ラフルの妹だ。

彼女は隊のメンバーではなく、兄ラフルに帯同している避難民の一人だった。

五年前、中国軍が仕掛けた地雷を踏み、右足の膝から下と右腕の肘から先を失った。


その言葉に、先ほどまでストーブの前でくつろいでいた隊員たちの表情が一変する。

空気が一気に張りつめた。


「な、なにを言ってるんだ・・・わかってるのか!?」


ラフルは、妹の言葉に錯乱したような勢いで叫んだ。


「アニキさぁ・・・あんな大声で会議してたら、テントの外まで丸聞こえだったぜ。」


ラフルの顔が強張る。


「本気で言ってるのか・・・?」


ペマは迷いなく答える。


「ああ。あたいにぴったりな仕事じゃんかよ。」


アミットは眉間にしわを寄せた。

だが、声は静かで、押し殺したようだった。


「危険な仕事だ・・・わかっているのか?」


「もちろん!

あたいみたいな半端もんに、ちょうどいい仕事じゃん」


その言葉に、ラフルが叫ぶ。


「ダメだ!! ダメだ、ダメ!

この話はなしだ!! オレが許さん!!」


ラフルは周囲の視線からペマを隠すように、妹の前に立ちはだかった。


「お前が行くくらいなら、オレが行く!!」


ラフルはアミットをにらみつける。

アミットは分かってるって手のひらを見せた。


ペマは兄の背中に手を置いた。


「アニキ・・・アニキはこの隊の副隊長なんだよ。

もし、アニキが死んだらどうするんだよ?」


ラフルは妹をにらみ返して言う、声は震えている。


「オレはっ・・・兄として、拒否してるんだっ・・・」


ストーブの前にいた隊員が立ち上がった。

その顔は、涙をこらえるように歪んでいる。


「オレも許さない。民間人を危険に晒すなんて・・・

ペマ、あんたは・・・ダメだ。絶対ダメだ。

あんたが行くくらいなら・・・オレが行く」


「そうだ! オレでもいい!」

別の隊員も続いた。


テント内が静まり返った。

その静まりが、この場においてペマという人間との関係性を明確に表していた。


「な、なにバカなこと言ってるのさ。

みんなはここを守るんでしょ? あたいとは立場が違うんだよ。」


皆のやさしさが心に染み込む。

ペマは静かに話を続けた。


「この5年・・・あたいは自分に失望して生きてきた。

みんなに守られて、ただ生きているだけ・・・」


声が震え、涙が頬を伝う。


「ハッキリ言って、生き延びた意味が分からなかった。


NOBUNAGAが現れて、さらに守られる側になった・・・

この避難民キャンプに来て、あたいはその避難民にすら守られる側・・・」


アミットもラフルも、隊員たちも、誰一人として目をそらせなかった。


「みじめだからなんかじゃない!

ただ、自分の命の価値が見えないんだ!!」


ペマは胸に手を当て、叫ぶように続けた。


「生きてていいって証明が欲しい!

手足を失って、生き延びた意味が・・・あたいは欲しいんだ!!」


そして、静かに息を吸う。


「もし・・・あたいの命がみんなのためになるなら、

喜んでこの命、差し出すよ!」


ペマはもう泣いていない。


誰も、もうペマを止められなかった。

彼女が抱えてきた痛みと覚悟は、軽い言葉で揺らぐものではない。


ラフルはこぶしを握り締め、耐えるようにペマを見つめ震えている。

テント内の隊員たちも歯を食いしばっている。


アミットは、小さな頃からペマを知っていた。

彼女の辛さは分かっていたつもりだったが、

その奥にある“重さ”を理解していなかった。


その思いを知り、自分の浅はかさにこぶしを強く握り、

耐えきれない思いが、その表情に滲んだ。

アミットはペマの前に歩み寄り、ペマの目をじっと見て、絞り出すように言った。


「・・・ペマ・・・すまない・・・やってくれるか?」


その声は震えていた。


「アミのおっちゃん! “すまない”なんて言うな!

もちろんやってやるよ!!」


ペマは持っている杖を右の脇に挟み、アミットの肩を力強く叩いた。

そして、ペマは口笛を吹く。


次の瞬間、テントの入口から超大型犬が飛び込んできた。

その犬はペマの周りを一周まわり、義足の横に寄り添うと、静かに彼女を見上げる。


覚悟を語るように、ペマはその頭を軽く撫でた。


「ジョー・・・行けるね」


その超大型犬はチベタン・マスティフ。

ジョーは特に大きく、体重は90キロを超える。

ペマの言葉に応えるように、しっぽを大きく何度も振った。


ペマはジョーに向き合うと頭に額を寄せ、低くつぶやいた。


「ありがとう・・・死ぬ時は一緒だよ。」


そして、両腕で首を抱きしめた。


―――


次の日、朝日が高地の湖をゆっくりと温めていく。

この標高は宇宙が近く、夜の晴れた空は地上の熱を奪い尽くし、

気温は一気に氷点下へ落ち込む。


そして、冷え切った大地と湖面に朝日が触れた瞬間、

温度差が生まれ、辺りは真っ白な霧に包まれた。


ペマは朝日が差し込む頃には、すでに準備を整えていた。

ラフルはすぐそばの“石組みの囲い”に腰を下ろし、黙って妹の背中を見つめているだけだった。


口を開けば、否定の言葉しか出ないのが分かっていた。


霧の中からアミットが姿を現す。

表情は硬い。まだ気持ちの整理がついていないのだろう。


「アミのおっちゃん! 来てくれたんだ」


ペマは手を振って合図した。


アミットは近づくと、折り畳んだ地図を差し出す。


「これは?」

ペマが尋ねる。


「NOBUNAGAのドローンが出現するエリアだ・・・

いいか、ペマ・・・オレは・・・できれば近づいてほしくない。


ひとまず、軽い調査だけでやめてほしい・・・」


アミットの願いは痛いほど分かっていた。

ペマは明るく返す。


「わかった」


荷物をリュックに詰め込み、ジョーの背中に括りつける。

ジョーの頭をクシャクシャと撫でて立ち上がると、少しよろけた。

だが、ジョーがすぐに身体を寄せて支えた。


ペマは二人を見て、笑った。


「行ってくるね」


そう言って、霧の中へと消えていく。


アミットとラフルは、見えなくなった後もじっと霧を見つめ続けた。


「よく耐えたな」


アミットが静かに言う。


ラフルは霧を見つめたまま、低く答えた。


「あいつが右足と右手を失ったあと、半年ほどふさぎ込んだことがある。

部屋から出ず、ずっとベッドで・・・すすり泣く声が聞こえていた。


オレは何もできなかった。声をかけても返事もしない。

家にずっといる母ですら、ペマを立ち直らせることができなかった」


アミットは一度目を伏せ、横で話すラフルを見下ろした。


「ある日、父が親戚の家からジョーを貰ってきて・・・

『この子の面倒を見なさい。私たちは何もしない。

お前が世話をしないと、この子は死ぬよ』って、

ペマの部屋に置いていったんだ・・・」


ラフルは続ける。


「最初は何もしなかった。

でも、次第に元気がなくなるジョーを見ていられなくなって、

部屋から這いながら出てきた。

『この子を助けて!』って・・・」


ラフルは小さく息を吐く。


「それからだよ。

ふさぎ込んでたのが嘘みたいに、ジョーの世話をして、一緒に遊んで、笑って・・・

あそこまで回復した。


家族全員、それだけで十分だったんだ。

このまま楽しく生きてくれればよかった。


でも・・・そのペマが“自分は役立たず”なんて思ってたなんて、知らなかった・・・」


ラフルの瞳が揺れる。


「オレは何も分かってなかった・・・

そんなオレが、どうしてペマを止められようか・・・」


アミットはラフルの肩に手を置き、

霧の中へ消えていったペマの方を見つめ続けた。

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