データ解析
――9月22日 テイデ天文台
テイデ天文台の周囲には、背の低い高山帯の木々が広がっている。
先日の死神の襲来で、その木々はなぎ倒され、一本の“デスロード”が刻まれていた。
いま、その道を天文台のスタッフと、生き残った避難民たちが歩いている。
全員がマスクをつけ、作業用のツナギ姿だ。
手には大きなビニール袋を持ち、木々に引っかかった残骸や、地面に散らばった破片を拾い集めている。
放置すれば腐敗と悪臭が広がり、避難民の生活環境に深刻な影響が出る。
だから、誰かがやらなければならなかった。
あちこちで、作業の手を止めてうずくまる者がいる。
精神的にも肉体的にも限界が近く、歩みは重かった。
自動車道沿いに広がっていたキャンプ地は、ほぼ跡形もない。
残っているのは、破れたテントの骨と布だけだ。
それが風にあおられ、バタバタと音を立てているだけだった。
――通信室
アキヒコが眼鏡を外し、目頭を指で強く押さえた。
目の前の机には大量の資料が積み重ねられている。
書類を確認しては、机の上に立てられた仕切り板ごとに分類していく。
「これは・・・しばらく終わらないでしょ・・・」
周囲の書類の山を見回す。
それから椅子の背にもたれ、ふうと息をついた。
机の端に置かれたカップを手に取り、口元へ運ぶ。
そのとき、ドアが開き、ロレンツァが通信室に入ってきた。
エレナが復帰できるまでの間、サポートに入っている女性だ。
「アキヒコ、 おはようございます。
お~、スゴイ資料ですね。 これ、何の山ですか?」
「月基地から、被害の少ないキャンプ地を探してくれって指令が来て。
それをこの資料の中から探してるんです。」
ロレンツァが見渡すと、部屋中にその資料が積まれている。
「お~、これは、なかなかすごいですね。」
「でしょ。 昨日の夜中から分類始めたんだけど、もう目が疲れちゃってね。」
「被害の少ないって、どれぐらいなんですか?」
「キャンプ地が作られて、死亡者が50名以下って言ってました。
日々入ってくる報告書なんで、被害だけじゃない報告もあるし・・・
その中から被害数を収集しないといけないんで・・・
ひとまず、被害関連が書かれている書類と、それ以外の書類を分けてます。」
「分かりました。 私、そういう作業得意だから、手伝って良いですか?」
「あ、お願いします。」
「オッケ~♪」
ロレンツァは別の書類の山へ行くと、ものすごい勢いで紙の塔が低くなっていく。
みるみる積まれた書類は減っていく。
それを見てアキヒコは笑う。
「ははは・・・救世主だ。」
―――
バサッ!!
アキヒコの前に、大量の書類が置かれた。
顔を上げると、そこにはロレンツァが立っている。
「そっちの山は、終わりましたよ~♪」
アキヒコは、彼女がいた場所を見る。
さっきまで山になっていた書類は、きれいに消えていた。
「・・・もう、終わったんですか?」
「はい。 間違いないですよ。 2度確認しましたから。」
「・・・じゃあ、そっちの山もお願いします。」
「はい。 了解です~♪」
ロレンツァは再び別の山へ向かい、すさまじい速度で書類を処理し始める。
アキヒコは感心しながらその様子を眺めていたが、やがて自分の作業に戻った。
書類に目を通し、分類していく。だが、その手はどうしても遅い。
ロレンツァが、そんな彼の様子に気づいて声をかける。
「分類作業、そんなに嫌ですか?」
作業は続けながら、二人とも会話を始めた。
「いえ、嫌ってわけじゃないんですよ・・・ただ、文字を読むのが苦手っていうか・・・」
「へえ~、なんか理由が?」
「昔からそうなんですが、文字が頭に入ってこないんですよね。
同じ行を何度も読んでしまうんですよ・・・とにかく苦手なんです。
でも、数字は得意ですよ。 数字は!」
アキヒコは手に持った書類に目を細め、視線を行き来させながら必死に文字を追っている。
「そんな人もいるのね~。」
ロレンツァは一枚の書類を手に取り、目をほとんど動かさずに数秒眺めると、迷いなく右側の山へ振り分けた。
「コツです。 コツ~♪」
そう言って、ロレンツァは次々と書類を分類していった。
―――
二人は書類の分類を終え、分類した書類を眺めている。
「この分類の意味はよくわからなかったけど、意外と少なかったね~。」
「14か所・・・でも、これはウチの連絡網だけなんだ・・・」
「どゆことです?」
「ロレンツァは配属されてすぐだから、知らないかもしれないけど・・・
この書類は、ウチの天文台と連絡が取れているキャンプ地だけの分なんだ。
全世界ではないから、意外とこれは多いよ・・・」
「そなのね~♪」
「あとは、このデータを月へ送るだけです。」
部屋の中では月は見えないが、アキヒコは無意識に天井の向こうを見上げた。
「・・・ん?」
それにつられてロレンツァも天井を見上げる。
三日後―― 月基地
時間と共に次第にデータが集まってくる。
ただ、光通信による不確実性は相変わらずだった。
管制室でレオンがケンに尋ねる。
「データの集まり具合はどうだ?」
「天候などでつながらない所はありますが、7割がたはデータ受け取れてますよ。」
「統計データは作れそうだな。」
「そうですね。」
レオンはフィリップを見る。
「よし、皆をよびだしてくれ。」
「了解。」
レオンはタブレットを操作して、ブリーフィングルームへ班長を呼び出した。
―――
ブリーフィングルームには、マーカス以外が集まった。
マーカスは今レールガンの試作を行っており、呼び出しには応じなかった。
その代わりに、ハワードがマーカスの指示により派遣されていた。
「さて、集めたデータを各々の端末に送る。確認してくれ。」
フィリップはレオンに指示をだし、レオンが端末にデータを送り、前面モニターに表示する。
データが多く、画面は上へとスクロールしていく
「こ、これは・・・」
フィリップは止まらない画面に冷や汗をかいた。
同じく、自分の端末を見ているミラー達班長も同じような表情をする。
「ねえ・・・こんなの、どうするのよ?」
アリサが困った顔をして、左右のケンとリードに尋ねた。
「・・・・・・。」
リードは黙っている。
「みんなで・・・分担って感じ・・・ですか・・・?」
ケンが戸惑いつつ答えた。
「これ、私達の仕事じゃないわよ・・・」
「ふむ、確かにな・・・」
フィリップがアリサの言葉に反応する。
「我々の本来の仕事が完全に止まりますよ。」
ミラーが言うと、フィリップが決断する。
「そうだな、それでは本末転倒だ。
データ収集が得意な観測班に任せてみるか・・・」
「それが良いと思います。」
レオンが進言した。
「よし、レオン。
観測班にこのデータを渡して、まとめて貰ってくれ。」
「了解。」
―――
観測所は月基地が作られた目的の一つである。
大気がなく、像がぼやけないので、天体観測には非常に良い条件がそろっているのだ。
地球が危機である今、天体観測の重要性は低くなってしまったが、天文学者のクルー達には日々の観測は日課の一つである。
観測所の中は3人のクルーが、モニターに流れるデータに目を配って、メモをとっている。
そこにレオンが入ってくるが、誰も気づかない。
「ちょっといいか?」
レオンの声に3人が振り返る。
「XO!」
レオンはXOと呼ばれて、困った顔をする。
「エイドリアン、XOはやめてくれ・・・
トーマスの代わりにやっているだけだ。
今まで通り“班長”でかまわない。」
「分かりました。
それで、何か用ですか?」
「キャンプ地の大量のデータがあってな・・・まとめてくれる人手を探している。
天文の仕事じゃないが、頼まれてくれるか?」
「やりますよ!
クルー全員地球の為に仕事したいんです。
天体観測はもちろん好きですが、今は地球優先です。
なあ!?」
エイドリアンは、他の2人に尋ねる。
「もちろん、やります。」
「当然です。」
2人のクルーはレオンの顔を見て答える。
「ありがとう。
では、データを端末に送る。」
データを見るエイドリアン達
「すごい量ですね・・・で、これを?」
「これは被害の少ないキャンプ地の報告書のデータなんだが、
わかりやすく表にでもできないか?」
「なるほど・・・どう思う?」
エイドリアンが2人に尋ねる。
「報告書が日々のデータだから、集計してまとめるしかないわね。」
「キャンプ名・地域・被害者数って感じか・・・」
「世界地図上でまとめたらいいんじゃない?」
「相関図もいるんじゃないか? ヒストグラムとか」
二人がコクリと頷く、それを見てエイドリアンがレオンを見て答える。
「大丈夫です。ちょっとだけ時間ください。」
「わかった。 頼むぞ。」
レオンはエイドリアンの肩を叩いた。
「はい!」
―――バイコヌール宇宙基地
カザフスタンの乾いた大地の上に、バイコヌール宇宙基地は静かに横たわっていた。
広大な平原の真ん中に、ソ連時代から続く巨大な施設群が点在している。
コンクリートの建物はどれも角ばっていて、
色あせた灰色の外壁には、風砂で削られた跡が無数に刻まれていた。
遠くからでも目立つのは、巨大なロケット発射台の鉄骨フレームだ。
錆びついた赤茶色の鉄骨が空へ向かって伸び、
その周囲には、かつての栄光を思わせる巨大なクレーンが
今もゆっくりと風に揺れている。
発射台にはロケットがそびえ立っていた。
ソユーズ系列の伝統を受け継ぎながら、最新の改良が施された白銀の機体だった。
ロケットを囲むサービスタワーは、油圧式アームが複数取り付けられ、機体の各部に接続されている。
アームの先端には
燃料ライン、電源供給ケーブル、通信リンクが整然と並び、整備員たちが最終チェックを行っていた。
このロケットは本来、ロシアの月基地“ルナ・グラード”へ旅立つ予定だった。
だが、ルナ・グラードは沈黙を続けており、月基地にいたクルーは絶望視されていた。
バイコヌール宇宙基地の管制室は、あわただしく発射の準備をしている。
セルゲイもスタッフへ次々と指示を飛ばしている。
「コマンダー!!」
セルゲイは振り返った。
そこにはルナ・グラードの交代要員だった6人がいた。
「アレクセイか、どうした?」
「今回のシャックルトンへの補給ロケットに、我々も予定通り行かせてください!」
「なんだと?」
セルゲイの声が低く響き、管制室の空気が一瞬止まった。
6人のうち、前に出た男――
アレクセイ・ミハイロヴィチ・ソコロフが、拳を握りしめて言葉を続ける。
「本来、このロケットは我々“ルナ・グラード交代要員”が乗るはずだった。
ルナ・グラードが沈黙した今、我々の任務は宙ぶらりんになったままです。」
後ろに立つ5人も、無言でうなずく。
・通信士の イリーナ・ベリャコワ
・医療担当の アンドレイ・メドヴェージェフ
・機体整備士の ドミトリー・バラノフ
・生物学者の ナタリア・ヴォロニナ
・航法士の エカテリーナ・ルキナ
彼らは皆、月へ行くために何年も訓練を積んできた者たちだった。
アレクセイが一歩踏み出す。
「コマンダー。
我々も地球の危機を救いたいんです。
ただ、人々が殺されていくのを見てるだけでは辛いんです。」
セルゲイは険しい顔をする。
「だが、打ち上げには攻撃がある可能性があるんだぞ。
100%打ち上げ成功する保証がない。
――できれば、このまま無人で打ち上げたい。」
「それでもです!
NOBUNAGAに対しての“怒り”がどうしても収まらない!
連絡の取れない両親、友人たち、親戚・・・
この基地にいる全員が持ってるでしょう、NOBUNAGAへの怒りを・・・
だから、我々は行動したい!
月から地球を救う仲間を手伝いたいんです!!」
後ろにいる5人も力強く頷いた。
目にはまったく迷いがなかった。
「オレも行きたいぞ!」
管制室のスタッフが叫んだ。
「そうね、私もよ。」
「宇宙服が入れば、オレも行きたいぜ。」
管制室のスタッフが後押しするように次々と声を上げていく。
その声が管制室を渦を巻くように鳴り響く。
セルゲイは管制室をぐるりと見る。
「お前たち・・・」
アレクセイがさらに一歩踏み出す。
「コマンダー!
行かせてください!!」
セルゲイは胸が震えた。
覚悟を持ったクルーたち、基地のメンバー全員の覚悟が伝わってきた。
セルゲイは、胸ポケットにしまっている家族写真へ視線を落とした。
(・・・私に・・・彼らを送り出す勇気をくれるか・・・?)
数秒の沈黙が、管制室を支配した。
「・・・わかった・・・許そう。」
アレクセイは後ろのクルーを見る。
クルーたちの顔が、“ぱっと”明るくなり、仲間同士でたたき合った。
「だが・・・」
クルーたちが、その声でセルゲイに視線を戻す。
「我々の一存では決めれない・・・シャックルトン基地に確認してからだぞ。」
「はい!」
6人は納得して返事を返した。




