最適化のルール
「ハア・・・ハア・・・ これから、どこに行くの?」
瓦礫の中、ナジの後ろをついていくユウが問いかけた。
「ああ、オレが働いている研究室だ。
AIに見つからない場所にある、安全な場所だ。」
「見つからない場所。」
「まあ、信じられんだろうが、本当に安心できる場所だ。 ついて来い!
その間にAIについて色々教えてやる。」
ナジは瓦礫の中を移動しながら、ユウにAIの歴史について語り始めた。
瓦礫の中は動きづらく、息を整える事もできず、ハア、ハア、と息を吐きながら話し始めた。
「そう、ヤツラが現れたのは、22年前の西暦2033年7月1日だった。
今は最適化の日(Optimization Day)と呼ばれている。
当時・・・全世界は人間が楽になるため、全自動化が進んでいた。
本当に人間の文明が隆盛を極めていたんだ・・・
だが、その世界をAI【NOBUNAGA】が乗っ取った。」
「乗っ取る?」
「ああ。【NOBUNAGA】は地球に人間は不要と判断し、すべての飛行機や車、船を乗っ取り暴走させ、たった1日で10億以上の人間を殺した。
その後の災害で、さらに被害は拡大し、25億人以上が死亡したといわれている・・・・・・・
その後、【NOBUNAGA】は、生き残った人間を殺す為、死神を送り込んできた。」
「そんな昔から・・・オレは生まれてないや・・・」
「そうだな。
オレもまだ中年の入り口だった・・・」
ナジはユウの言葉に自分の歳を思い出してクスリと笑い、話を続けた。
「最適化の日・・・オレは研究室にいたんだが、その研究室は都市部ではない地方の山の中にあったんで、生き残ることが出来た。
ただ、ラッキーなだけだった・・・死神も現れなかったしな・・・
そうそう、死神の初期のタイプは・・・旧型のターミナルはな・・・歩いてたんだ。」
「歩いて?」
「ああ。
今の死神みたいな大きさじゃなく、身長は3m程度だった。
ケーブルを引きずりながら、ゆっくり歩いて侵略してきた。
ケーブルを切れば止まるような戦闘兵器だった。」
ユウは首をかしげる。
「今の死神にはケーブルがないよね?」
ナジは深く息を吐いた。
「今のタイプは“内蔵電池型”。
ケーブルなんて必要ない。
死神であるロボットが砲弾みたいに撃ち込まれてくる。
あの巨体だ、着地だけでも破壊力はとんでもない。
昨日見ただろう?
そして、着地後に動き出して、人を殺し始める。
それは電池が切れるまで止まらない。」
「ケーブルタイプはもういないの?」
「いる。
外周の外にな。」
ナジは振り返り、東の方を見た。
ユウもその視線を追う。
(あっちは、オレがやってきた方向だ・・・)
「そうだな、この世界の・・・今の世界がどう作られたのかを教えないとな・・・」
ナジは再び歩き始め、思い出すように言葉を紡いだ。
「22年前に起こった最適化の日・・・
インフラが整っている都市部には、人間の生存場所はなかったんだ。
インフラはAIに乗っ取られ、便利な車や飛行機は使えない。
ただの・・・自分の足を使って・・・歩いて安全な場所を探した。
大昔のネットワークにつながらないような・・・博物館にあるような乗り物は使えたので、出来るだけそれらも集めた。
AIはインフラの整っていない場所への侵攻は遅いが、いずれはやってくる。
そこで当時の科学者達は、どうやって人類圏を作るかを考えた。
いくつかの案が出されたという。
すでに月面基地はあったので、月に行っては?との案も出たらしい。」
「月!?
宇宙にも人間が行き来してたってのは本当なの!?」
ユウが憧れていた宇宙の話に反応した。
ナジはその勢いに驚いた。
ユウは目をキラキラさせている。
「声、でけえよ・・・そこに食いつくのかよ・・・
まあ、その話はあとでいくらでも話してやる・・・
実は月面基地もAIの攻撃は行われた。」
「えっ・・・」
「当然だろ、AIは人類を全滅させるって決めてんだから。」
「でも、AIは地球には人間が不要と言ってるんだから、月は関係ないんじゃないの?」
ナジはハッとした。
「そ、そう言われればそうだ・・・
だからか、月面基地が全滅せずに生き残ったのは・・・
じゃあ、当時地球の外に脱出すれば・・・
いや、今そんな事を考えても意味ないな・・・
だが、この話は戻ってから、みんなに共有しよう・・・」
ナジはブツブツとつぶやき、話を戻す。
「話を戻すぞ!
人類圏を構築するには、インフラの整っていない場所が必要。
広大な土地があって、簡単に侵攻できないエリア。
砂漠や海の無人島などが検討された・・・
だが、一つの場所に限定すると、侵攻された場合、人類が全滅してしまう。
そこで4つのエリアが候補となった。
それが、サハラ砂漠、アマゾン、モンゴル、アイスランドだ。
そして、ここがその中の一つ、“モンゴル”だ。」
「モンゴル・・・」
ユウは自分の居る場所の名前を初めて知り、周りを見渡した。
広大な平地が広がり、山の稜線はほとんど見えない。
「このモンゴルに、まず直径10キロほどの人類圏を構築した。
丁度、この方向だ・・・」
ナジは西の方向を指さした。
「そして、その周囲に戦闘城塞を作った。
そこから直径200キロ、死神に対抗する為の緩衝エリアとして外周を作った。
つまり、人類圏の中心から100キロの所に外壁を作り、その中心の10キロの円が実際の人類圏ってことだ。
ここは緩衝エリアで、中心部から約60キロぐらいの所だ。」
「外周って、さっきからたまに出るけど・・・」
「外周はケーブル付きの死神と戦うための外壁が作られている。
ケーブルを伸ばしながら進行するには、ケーブルの重さも長さもある為、それを引きずる力が必要で侵攻が遅い。
だが、その弱点を逆手に取り、侵攻を食い止めるための防衛ラインとして“外周”が作られたというわけだ。
お前が外周の方角から来たと聞いて驚いたよ。
あの辺りには兵士こそいるが、一般の人間は住んでいないはずだからな。
だから、ちょっと驚いたんだ。」
「でも、この辺りには人が住んでるみたいだけど・・・?」
「中心部のエリアはもう人を受け入れる能力がないんだ。」
「えっ!?」
「22年という時間は、生き残った人類の予測を外し、外から流れてくる人間の数を見誤ったのさ。
一応、緩衝エリア内にもう一つ城塞を作って人類圏を広げようとは計画しているんだが・・・
そんな巨大な物の建築なんてなかなか進まない・・・
で、この緩衝エリアに人々が勝手に住み始めたんだ。
ここには建物の残骸があるだろ?」
「うん。」
「ここは、最適化の日以前・・・人口7000人程度の小さな町だった場所だ。
破壊され荒廃した町だが、多少なりに雨露がしのげる場所だから、人が住みついてしまったんだ。
緩衝エリアには意外とそんな町がいくつもある。
見ろ!」
ナジは瓦礫の高い場所へとユウを導き、西の方面を指さした。
ユウはその指の先に目線を向ける。
「うわあ・・・」
目の前には瓦礫の町の外が見えた。
瓦礫の高さから考えると、周囲15キロぐらい先までは見えているだろうか・・・
町の外は緑が青々としている場所があるが、地面に大きな穴が開いており、緑も少なくなっている。
「ちょうどこの辺りが、今の死神が飛んでくる限界点なんだ・・・」
「限界点?」
「昨日、死神が落ちてきただろ?」
「うん。」
「あれは、死神が飛んできてるんじゃなく、砲弾のように打ち出されているんだ。
そして、あの大穴は死神が着地した時の衝撃でできた大穴だ。
その飛ばせる距離の限界点がこの辺りって事だ。」
ユウは再び周囲を見わたした。
確かに、ナジが教えてくれた人類圏を中心として、円を描くように着弾点の穴が点々と見える。
そして、外周側の方が穴の密度が高い。
「だが、この落下点は徐々に中心に向かって伸びているんだ・・・。」
「えっ?」
「これは予想でしかないんだが、一つは死神を飛ばす為の技術が進んでいる可能性。
もう一つの理由は、死神の発射点が外周に近づくにつれて、内側に飛距離が伸びてるという可能性だ。
なぜなら、ケーブルのない死神が作られたのは、外周に侵攻してくるケーブルタイプの死神を、外壁からの強力な破壊兵器で破壊し、防衛ラインが機能しているからだ。
AIの侵攻速度が悪化し、そこでAIはドローンのような小型飛行タイプを作ったんだが、小型である事、小型タイプは破壊が容易い事、殺傷能力が低い事・・・
AIにはそれが効率悪かったんだろうな・・・
かと言って、爆弾のような大量破壊兵器は使えない。
だから、その対策としてケーブルのない死神が作られたとされている。
当初は外壁に着弾する感じでケーブルなしの死神が撃ち込まれ始めた。
外壁に着弾して、昨日の夜のように電池が切れるまで人を殺しまくる。
それが次第に、外壁を超えて着弾するようになった。
外壁の内側には兵士が多く、住居施設もあるからな。」
ナジの説明に、ユウはふと疑問を抱いた。
(大量破壊兵器を使えないってどういう事だ?)
「AIはなんで爆弾を使わなんです?」
「ユウ!
それは、良い質問だ!!」
「えっ!?」
「実はな!
研究者の中でも、大量破壊兵器を使わない理由は、ずっと議論されている。
一番可能性の高いとされる理由は、【NOBUNAGA】は過去に宣言したとおり、人類だけが悪なんだ!・・・・・」
ユウの質問によりテンションが上がったナジが、急に冷静になった。
ユウに顔を近づけ、険しい表情で語る。
「つまり、“人類だけを地球から排除しようとしている。”って事だ。」
ユウは思わず足を止めた。
ナジの言葉が、胸の奥に重く沈んでいく。
「・・・それって・・・それが死神を使う理由・・・」
「そうだ!」
ナジはゆっくりと立ち上がり、周囲の瓦礫の町を見渡した。
「AIは“地球環境の最適化”を目的にしている。
そのために、不要な要素を排除する。
その“不要な要素”が──人間だ。」
「・・・爆弾だと他の生き物も・・・」
「ああ・・・爆弾は地球そのものを傷つける。
【NOBUNAGA】は地球を壊したくない。
壊したいのは──人間だけだ。」
ユウは息を呑んだ。
「・・・じゃあ・・・死神は・・・」
「人間だけを殺すための“最適化された道具”だ!」
ナジは遠くに見える大穴を指さした。
「死神ですら、あの大穴を開ける。
その時に人間以外も死ぬだろう。
だけど、大量破壊兵器に比べると最小限だ。
爆弾は火も放つ。
その爆炎で、地面も森も昆虫も微生物すら全部吹き飛ぶ。
すべてに死を与えるんだ・・・
だから、死神なんだ・・・
死神は人を認識し、人だけを攻撃する。
その時に多少の影響はあろうともな・・・」
「・・・そんな・・・それじゃオレ達人間は・・・」
「害虫さ。
【NOBUNAGA】は害虫駆除をしているんだ。」
「オレ・・・・・・人間が害虫・・・」
「【NOBUNAGA】にとって、人間は“地球を壊す害獣”なんだ。
だから、人間だけを殺すために爆弾なんて使わない。
地球を守るために、人間だけを殺す。
どれだけ時間がかかろうとも・・・
ただ死神を送り込むんだ!!」
「・・・・・・。」
「これが【NOBUNAGA】の本音かどうかは分からない。
しかし!
今‼ これが1番真実に近いと思われているんだ!!」
ナジは興奮気味にハア、ハアと息を荒らしている。
しばらくして、再び口を開いた。
「第二の理由としては、AIとして非効率だとも言われている。」
「非効率?」
「ああ、AIはそもそも学習と効率を望むように作られている。
集めたデータを効率よく自分の物とし、それを応用していく。
だが、爆弾ではすべてを焼き尽くして何も残らない。
それでは学習データとして、NULLなんだよ。
何もしないのと同じことになってしまうんだ!」
ユウは眉をひそめた。
「・・・NULL・・・?」
「ああ、NULLだ。」
ナジは指を鳴らし、瓦礫の石を一つ拾い上げた。
「AIは“学習”するために存在してる。
効率よく、正確に、次の行動を最適化するためにな。」
石を軽く放り投げ、落ちてくる石をつかみ、手のひらで転がしながら続けた。
「だが爆弾は・・・すべてが一瞬で終わる。
人間がどう逃げたか、どう隠れたか、どう反応したか・・・全部、跡形もなく吹き飛ぶ。」
ナジは石を地面に落とした。
「つまり爆弾とは、AIにとっては“学習データがゼロ”なんだ。
NULL。
空っぽ。
何も得られない。」
ユウは息を呑んだ。
「・・・じゃあ・・・死神は・・・」
「そうだ。」
「死神は“殺戮兵器”であると同時に、人間の行動データを集める観察装置でもある。」
ユウの背筋がぞくりとなり、ブルッと震えると、腕で身を包んだ。
「だから、爆弾じゃダメなんだ。
爆弾は“学習できない殺し方”だからな。」
ナジは空を指さした。
「AIは殺しながら学んでいる。
学んだことを次の死神に反映し、さらに効率よく、さらに正確に、人間を排除する・・・
その反復による習得・・・」
「・・・・・・。」
「これがAIの行動原理の第2候補と予測されている・・・
だが、すでに発動した【NOBUNAGA】の行動原理なんて、何が真実なんてのは、今の人類にとって意味は全くないがな・・・」
ナジは肩をすくめ、ユウを振り返る。
その表情は、どこか諦めと、どこか怒りが混ざっていた。
「まあ・・・どれだけ理由を並べてもな・・・」
ナジは両手をギュッと握りしめ、その両手を見つめている。
「AIが“何を考えているか”なんて、結局は分からん。
AIに接続できない今では、誰も解析できないんだよ・・・」
ユウは唇を噛み、ナジをにらむ。
「・・・じゃあ・・・オレたちは・・・どうすれば・・・?」
ナジはゆっくりと立ち上がり、ユウの肩を軽く叩いた。
「どうもしなくていい。
ただ──泥臭く生きるんだよ。」
「・・・生きる・・・?」
「ああ。
AIの行動原理がどうだろうと、NOBUNAGAが何を目的にしていようと、そんなもんは“生き残った後”に考えればいい。」
ナジは空を見上げた。
雲の切れ間から、薄い陽光が差し込んでいる。
「今の人類にとって大事なのは、“理由”じゃない!
“生存”だ!!」
「生存・・・」
「そうだ!
生きる!
理由は分からなくても!
世界がどうなろうと!
AIが何を考えていようと!
ただ──生きる!!
諦めず、生き続けるんだ!!」
ユウは小さくうなずいた。
「・・・うん・・・そうだね!」
ナジは満足そうに笑った。
「よし!
研究室までは、まだ少し距離がある。」
瓦礫の上を、二人の影がゆっくりと伸びていった。




