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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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痛み

――― 9月21日 テイデ天文台


少しだけ開けられた窓から山の風が入り込み、ブラインドをビリビリとかすかに鳴らす。

机には白衣の男が、何かの作業をしている。


壁際に配置された棚には、ラベルの貼られた小瓶がずらりと並び、薬が保管されている。

他に保管用の冷蔵庫がある。


部屋の奥にはカーテンで仕切られたスペースがある。


そちらでは看護師と思われる人たちが、複数あるカーテンの中へ入ったり出てきたりしながら、薬を取って忙しそうに動いている。


ベッドに寝かされているエレナ。

頭には落下で受けた裂傷を治療した包帯が巻かれている。


エレナの腰には幅広いコルセットが巻かれ、動かないように固定されていた。

膝の下には丸めたタオルが置かれ、脚はわずかに持ち上がっている。

仰向けの姿勢のまま、体はほとんど動かされていない。


ベッドの脇では、心電図が一定のリズムで電子音を刻んでいた。

看護師がそのモニターを確認している。


エレナが、かすかにまぶたを震わせる。

数度の瞬きのあと、ゆっくりと半目を開き、視線を左右に動かした。


ベッドの頭側にいた看護師が気づき、回り込んで顔をのぞき込む。


「Dr.モラレス! エレナが目を覚ましました!」


「わかった。」

カーテンの向こうから声がした。


「君、所長に連絡入れて。エレナが目を覚ましたって。」


――カーテンが開いて、モラレスが入ってきた。


モラレスはエレナの瞼をそっと広げ、持っていたライトペンで瞳孔の反応をみる。


「名前は言えるかい?」


「――エレナ・・・ロペス・・・」


「いいね。エレナが働いている場所は?」


「・・・テイデ天文台。」


徐々に意識がはっきりしてくる。


「いいね。ここは医務室だよ。何があったか覚えてるかい?」


「―――!!」


エレナは死神の事を思い出し、動こうとした瞬間、腰に激痛が走り、唸り声をあげた。


「おっと、動かないで――腰椎に小さい骨折が入ってるから、動くと痛いよ。」


「起きられますか?」


「今?」


エレナがコクリと頷く。


「骨折を考えたら、今は起き上がらない方がいいんだが・・・それでもかい?」


エレナが再び頷く。

モラレスは一つため息をもらして言った。


「いいかい、とっても痛いよ・・・

あと、エレナ。 君、全身打撲だから、それも痛いと思う。


ひねらないように、肘で起こす感じだ・・・今は手伝ってもらう方がいいね。

君、手伝ってあげて。」


「はい。」


看護師がベッドに膝を乗せ、頭の上から両肩をつかむ。

「どうぞ。」


掛け声に合わせてエレナは肘に力を入れるが、全身に激痛が走る。


「・・・っ!!」


サポートがいるのに起き上がれなかった。


「ほらね、今は打撲の痛みが弱まらないと、起きれないと思う。

このベッド、六十度ぐらいまでは起こせるから、しばらくは回復を待ちなさい。」


「はい・・・」


そこにアンナがやってくる。


「エレナ!!」


エレナが目を覚ました姿を見て、泣き出した。

そこにディカプリオがやってくる。


「おいおい、ここのみんなに迷惑かけるから、この前みたいに泣くんじゃないぞ。」


「だってぇ~・・・」


モラレスがエレナに話しかける。

「彼女が君を心肺蘇生させたんだよ。」


「心肺蘇生・・・?」


「君の心臓止まってたらしい。」

看護師がベッドのハンドルを回す。 徐々にベッドが腰のあたりから角度がついてくる。


「ツッ!」


角度が付くと、腰への負担がかかりエレナは痛みを訴えた。


「今はこれぐらいが良いね。 二十度ぐらいかな? 少しは話しやすいだろう。」


そう言って、モラレスはカーテンの外へと出て行った。

ディカプリオがそれを見て、追いかけて出て行った。


アンナは椅子を持ってきて、エレナの頭のそばに腰を下ろし、

顔の高さを合わせて話し始めた。


―――


アンナがしゃべっているが、エレナの耳には入ってこなかった。

アンナの声が遠く聞こえる。


エレナの様子に気づいたアンナがエレナの方へ顔を伸ばす。


「――どうかした?痛い?」


エレナはその問いに首を振ってうつむく。


「・・・違う・・・私達が・・・やってきた事って・・・正しかったのかなって・・・」


エレナの耳には、死神に襲われる避難民の声とつぶされる音がこびりついていた。

見てはいないのに、悲鳴がエレナの心を揺さぶり、涙があふれる。


あふれる涙を、肘の内側で何度もこすり取った。


「・・・あの人たちの声が・・・忘れられない・・・」


アンナは黙って聞いている。

かける言葉を持っていなかった。


少し落ち着いたのか、腕をおなかの上に置いた。

エレナの腕はアザと擦り傷だらけだった。


(ああ・・・きっと、これは罰なんだわ・・・)


エレナはゆっくりと、自分の腕にある傷を指先でなぞっていく。


「・・・・っ」


左の手首に、ぐるりと一周した火傷の跡のようなものがあることに気づく。


「・・・これ。」


アンナはうつむきながら言う。


「ごめんね・・・ブラジャーは気づいたんだけど、ブレスレットつけてるの気づかなくて・・・

一生残っちゃうかも・・・」


エレナはアンナのやさしさがうれしかった。


「・・・ううん、いいの。気にしないで。

だって、助けてくれたんでしょ?」


アンナは顔を上げてエレナを見る。

エレナは火傷を指でなぞる。


「これは生きてる証。アンナとの絆。」


そして、火傷がある左腕をアンナに伸ばして、手のひらを広げる。


「この火傷があるから、アンナに生きて会えた。

なんとなく夢みたいな光景があるのよ。」


「なに?」


「真っ青な空を眺めてたら、そこにアンナと所長がやってきて。

アンナがボロボロに泣いてるの。


なんで、泣いてるのかな~って夢みたいに見てたのよ・・・


ふふふ・・・みんな泣き始めて・・・。

所長が泣いてるの・・・初めて見た気がする。」


その話を聞いて、アンナがボロボロと涙を流した。

そして、エレナの差し出した手のひらを両手でつかむと、自分の額を乗せる。


「エレナ・・・生きててありがとう!」


「うん。」


白いカーテンに包まれて、二人は静かに生を感じていた。


―――


ディカプリオが戻ってくる


「・・・少し話せるかい。

負傷者の状態を、今確認してきたよ。」


アンナが一番心配していたことを、ディカプリオはよくわかっていた。

だから、他のベッドを回り、負傷していたスタッフの状態確認を行っていた。


ディカプリオも椅子を持ってきて腰かけた。


「・・・負傷者って多いんですか?」


エレナが確認する。


「重体の負傷者は君を含めて12人。 医務室では収容できないから会議室も使ってるよ。」


「スタッフの死者数は?」


「・・・・・・ゼロだよ。」


「そうですか、よかった・・・あの人たち無事だったんだ。」


「・・・・・・。」


ディカプリオとアンナは黙ったままだった。


「通信室は?」


「通信室は無事だよ。 エレナの代わりを今探しているところだ。」


「・・・私は外されるんですか?」


「ちがう、ちがう。 3人だとシフトが厳しいから、“誰かを入れないと”ってこと。

動けるようになったら、戻ってもらうよ。」


エレナはホッとした。


「月基地には?」


「今朝のウインドウで、テイデ天文台が襲われたことを報告した。

月基地の予測通りになったことで、先日の警告文は強く世界に放送されている。


それと・・・」


ディカプリオはポケットからタブレットを取り出し、

エレナの顔の高さにそっと傾けて見せた。


タブレットには、空中に巨大な影が映っている。

時折雲が流れ、姿が隠れて、シルエットが映る。

影は一定の速度で移動しており、望遠鏡が追いかけるたびに

映像が左右へ大きく流れるように揺れた。


「・・・これは?」


「もう少しだ。」


巨大な影から丸い物が落ちる。


「あっ!」


エレナがディカプリオを見る。


「死神だ!

観測チーム1班が見つけたんだ。

2体目が落ちてきた後、ちょうど観測しやすい位置にあった1班の施設が、小型望遠鏡で発見してくれたんだ。」


「すごい。」


「ああ、この発見は我々にとって死神の解明に絶対に役立つよ。

1班の解析によれば、大きさは三十メートルだそうだ。死神はこれに乗って移動している。」


「月には?」


「動画のサイズが大きくて、うちのウインドウでは送れなかった・・・ムチャーチョス天文台には高速レーザー機器があるんで、データを渡して頼んだところだよ。」


「そうですか・・・」


エレナは、自分たちが最初に見つけたはずの“何か”が、

別の施設の手柄になっていくような気がして、胸が少し沈んだ。


アンナとディカプリオは、エレナの気持ちをよく分かっていた。


アンナがそっと声をかける。


「エレナ、少し休みなさい。そして、早く復帰して。」


「そうね。それが一番よね。」


アンナの言葉で、エレナの気持ちは少し前を向いた。


――同日 月基地ブリーフィングルーム


マーカスが言った言葉に、ブリーフィングルームの空気が止まった。


「・・・レールガン?」


誰かが小さく繰り返した。


フィリップは腕を組みなおし、ゆっくりと息をはく。


「艦艇で運用中のあれか?」


「そうです。」


「あれを・・・運用できるのか?」


「できます。

死神に放ったレーザー兵器は、巡行ミサイル迎撃用を転用した兵器です。


数十秒蓄電すれば一発分のMJ級メガジュールエネルギーは確保できます。

レーザー用電源を束ねたうえで、コンデンサーを大量に使えば、

レールガンの電源に使うことができます。」


ブリーフィングルームがザワザワとうるさくなる。


「本当なのか?」

「そもそもレーザー砲がどれぐらいあるんだよ?」


レオンがその様子を見て言った。

「静かに! 発言は手を挙げてから頼む。」


ブリーフィングルームが静まる。


フィリップは眉をひそめ、考えている。


「・・・・・・。」


フィリップは即答せず、

自分のタブレットに表示されている、モロッコに現れた新型死神の映像を見つめていた。


ミラーが尋ねる。


「オレが知っているレールガンは、20MJは必要だったはずだが?」


マーカスは淡々と答える。


「それは、艦艇用で考えるからですよ。

艦艇用の用途は、遠距離から飛んでくるミサイルなどを迎撃するためのものですから、100~200キロ飛ばす必要があるために、初速が必要になります。


ですが、対死神で考えれば、そんな距離は不要でしょう?」


「なるほど・・・距離を飛ばさなければ、必要な加速エネルギーが下がるということか・・・」


フィリップが腕組みを解いて、頬をジョリジョリとなでている。


「え? どういうこと?」


アリサが左右を見ながら聞く。

リードがその問いに答える。


「レールガンは瞬間的な電圧をかけて、一気に撃ちだす砲台だ。


遠くへ飛ばすためには、それに合わせて“高い加速エネルギー”と“長い砲身”が必要になる。

だが、飛距離がいらなければ“加速エネルギー”が下がり、砲身も短くなる。」


マーカスが頷く。


「ええ。

反射装甲だろうが関係ありません。

質量×速度です。」


室内の空気がさらに張り詰めた。


ミラーが低く言う。


「つまり・・・鏡面だろうが、関係なくぶち抜ける。」


「理屈の上では。」


マーカスは慎重に言葉を選んだ。


「問題は――」


フィリップを見る。


「建設時間と照準系です。」


「どれぐらいかかる?」


「即席なら数週間。

既存のレーザー迎撃設備を流用すれば、最低限の実験装置は作れます。」


ざわめきが戻る。

フィリップは唇を噛んだ。


「数週間だと・・・その間にキャンプは何百も潰されるぞ。」


「ええ。」


マーカスは否定しなかった。


「だから並行して――

モンゴルを調べるべきです。」


フィリップが顔を上げる。


「・・・なぜだ。」


「唯一、十万人規模で生き残っている場所です。

そこには、死神が“狙わない条件”がある。」


レオンが続ける。


「兵器で追いつく前に、

敵の選別基準を知る方が早い。」


フィリップは長く息を吐いた。


「――二正面作戦だな。」


誰も反論しなかった。


「レールガンは研究開始。

モンゴルは最優先解析対象。」


フィリップは机に手をついた。


「人類は、次の一手を間違えられない。」


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