テイデ強襲
「キィーーーーーーーーーーーーーン・・・」
青空だけが広がっていた。
どこまでも、ただ青い。
耳鳴りがひどく、世界の音がすべて消えている。
(・・・いったい何が・・・私はなんで倒れている・・・?
・・・ああ・・・体が動かない・・・)
エレナの視界に、ディカプリオ所長とアンナが左右から入ってきた。
二人は何か叫んでいるが、耳鳴りのせいでまったく聞き取れない。
視界の下の方で、誰かが何かを持って投げるような動作を繰り返している。
ディカプリオは上の方に手を伸ばし、“来い! 来い!”と、自分の方へ引き寄せる動きをしていた。
アンナの顔が大きくなり、何かを叫ぶ。
だが、やはり何も聞こえなかった。
次々と別の人が視界の上を横切ったり、左右へ移動していく。
視界の下では、大勢が集まっているようだった。
ふっと視界が真っ暗になる。
(・・・疲れた・・・さむい・・・)
再び青空が映る。
アンナが口を押えて泣いていた。
胸に手を当て、何かを話している。
アンナは視界の下を、何度も何度も押している。
押すたびに、視界が上下に揺れた。
そのあと、視界の中央下へアンナの左手の親指と人差し指が近づき、何かをつまむようにはさむ。
その奥で、右手が何かをつかもうとして動いている。
アンナは大きく息を吸い込み、はさんだ指の向こう側へ顔が消えた。
もう一度、視界の下を何度も何度も押す。
そしてまた、指でつまみ、視界の中央下へ口が近づき、消えていく。
アンナの後ろから来た男が赤い箱を渡すと、アンナは視界の右へ消えた。
ディカプリオは視界の真下で、指をごそごそと動かし、手先がどんどん下へ消えていった。
続けてアンナが右から戻ってきて、ケーブルのついたシートを2枚、視界の外から取り出し、1枚を視界の下と左の方へ、体を乗り出しながら持っていった。
そして、両手を広げると、立ち上がり、一歩下がって何かを言った。
周囲の全員が、それに合わせて一歩下がった。
ドン!!
視界が大きく揺れた。
アンナが視界の右の方を見つめる。
再び悲痛な顔になり、涙を流す。
ディカプリオも同じように悲痛な表情をしていた。
アンナが右の方で手を動かし、周囲を見て何かを言い、また一歩下がる。
ドン!!
再び視界が大きく揺れた。
ザワザワと音がし始める。
アンナが右の方を見る。
「戻った・・・戻ったよぉぉ~~~!!」
アンナはくしゃくしゃな顔のまま、へたり込み泣き出した。
ディカプリオは目じりを手首でぬぐう。
「よかった・・・」
瓦礫の中にアンナはいた。
天文台の壁が砕かれ、そこら中に広がっている。
服の前は開けられ、ブラジャーも外され、乳房が見えていた。
胸の右側と脇の下に、10cmほどのシートが貼られている。
そのシートから伸びるケーブルは、AEDにつながっていた。
―― 9月20日 テイデ天文台 13時
エレナとマイクは、情報の発信放送を続けていた。
「エレナさん、今日の放送内容はいつも通りですか?」
マイクがエレナに聞く
「そうね。 新しい情報も月基地から来てないから、今はいつも通りの警告文かしら。」
マイクは頷き
「分かりました。次の放送も同じ文章ですね。」
手元にあるカンペをマイクは見る。
エレナは頷き、ベッドのある書庫へと入っていく
そんな時、マイクが月基地からの光通信を受信する。
「月基地からコンタクトです!
データ受信完了、解凍します。」
休憩しようとしていたエレナは、マイクのそばまでやってきていた。
そして、送られてきたデータを確認する。
送られてきたデータには、こう記されていた。
「NOBUNAGAの攻撃目標は、人間が集まる数でリスクが増える可能性がある。
集まるのは構わないが、集合体はできるだけ作ってはいけない。
キャンプ地も一か所にあつまらず、距離を離す必要がある。
至急、実行すべき案件。」
エレナは、部屋を飛び出し、天文台のエリアにつながっている登山道が見える窓を目指し走っていく。
その窓から外を見て、愕然とした。
登山道を大量の避難民が登ってきているのが見えた。
「大変だ。 ここが安全と放送を続けたせいで、ここが巨大なキャンプ地になってる・・・」
そんな時、登ってくる人波が爆ぜた。
♪~~♬~~♬~~~
土煙の中から、音楽のようなものが聞こえてくる。
「し、死神・・・」
エレナは、恐怖で廊下の壁までずり下がった。
ドォン!! ドン!!
「うわああっ! た、助けてえ~!」
窓の外から音が聞こえてくる。
何かが地面をたたく音、そして悲鳴・・・
「なんだ? なんの音だ?」
天文台のスタッフが、集まってきて窓をのぞき込む。
「おい、アレ! 死神か!? 登ってきている人波をつぶしてるぞ! 大変だ!!」
集まってきたスタッフが、窓を開け、逃げ惑う人々に大声で指示を始めた。
「こっちだ!! こっちへ逃げ込め!! 急げ!!」
「――!!」
その言葉にエレナが反応する。
「ダメ! こっちに呼んじゃダメ!!」
スタッフの一人が振り返り。
「なんで――」
次の瞬間窓際が下の方から上方へ爆音とともに爆ぜた。
ズッガアァーーーン!!
窓際にいたスタッフは、ちぎれ飛び、
窓際付近の天文台の床や壁が次々と吹き飛ぶ。
エレナも衝撃で上へと弾き飛ばされた。
糸の切れた操り人形のようにくるくると力なく回っている。
巻き上げられた土砂とコンクリートの塊が、エレナと一緒に宙へ舞い上がる。
やがて重力に引かれて落ちてくる。
ドカドカドカッ――!
ドサッ!
エレナは仰向けに背中から落ちた。
「うっ!」
息と一緒に短い声を漏らし、そのまま動くことはなかった。
―――
テイデ天文台に現れた死神は計3体。
1体は、下から登ってくる避難民へ落ちてきた死神だ。
その死神は登ってくる避難民を、山を下りながら、人間をつぶしまくった。
下りの死神の動きは異様に速かった。 頭、手足を収納し、山の斜面を転がるように落ちていく。
下から登ってくる避難民は、登山の疲れで下を向いて登っていると、悲鳴が聞こえて顔を上げた瞬間に目の前に死神がいた。
逃げる間もなく、つぶされていく・・・非情に・・・無残に・・・
2体目は、天文台の施設に降り注いだ死神だ。
その死神により、施設は直径10メートルのクレーターができ、その周辺は無残なほどに瓦礫と化していた。
2体目の死神は、その後、周りで逃げる人間を追いかけて天文台から離れていく。
死神は人間の多い方へと向かう。
避難民キャンプの方で人間をつぶしていくが、自分1体では足らないと判断。
3体目を呼び寄せた。
キャンプの中央へ落ちる3体目。
人間はただ逃げ惑うだけだった。
避難キャンプ地には死神の歌だけが、壊れたオルゴールのような旋律が響き渡った。
♬~~♪・♫~~~
激しい振動や音に驚いて、施設の正面玄関に出てきていたディカプリオは、その繰り広げられる光景を見てゾッとする。
「なんてことだ・・・」
結果的に死神のロジックの優先度が天文台を救った。
ゾロゾロと出てこようとする天文台のスタッフ達。
それに気づき、ディカプリオが止める。
「来るな、死神に気づかれるとこっちに来てしまう。」
この判断は正しかった。 この時代の死神は光学センサーと赤外線センサーを併用していたが、天文台のコンクリートは厚く、赤外線センサーの感知から逃れていた。
(月基地からの情報では、大声も出してはダメらしい。 しばらくは小声で話すように。)
そこにマイクが走ってくる。
「はあ・・・はあ・・・ディカプリオ所長・・・」
(マイクか。 死神に気づかれる可能性がある、小声でしゃべるようにしなさい。)
マイクは一度頷き、小声でしゃべった。
(エ、エレナさんが見当たりません・・・)
周囲がざわつく。
アンナがスタッフの中から一歩出てくる。
「マイク、あなたエレナとペア組んでたわよね?」
ディカプリオが、アンナに手の平をみせ制し、唇に人差し指を立てる。
再びマイクに向かい尋ねた。
(通信室は無事だっただろう?
それなのに見当たらないって、どういうことなんだい?)
(13時過ぎに月基地から連絡が来たんです・・・
内容は、人が集まりすぎると死神の出現率が上がると。
集まる場合は適度に距離をとらなくてはならない。
――そんな内容です。
その内容をエレナさんが読んで、部屋を飛び出していきました。)
アキヒコがその内容に共感して、手のこぶしを反対の手のひらに打ちつけた。
ディカプリオがアキヒコに尋ねた。
(なにか、わかるのですか?)
(ここに死神が来た理由です。
まさに月基地の予測が当たっています。
我々が、短波放送で流した、ここは安全という情報・・・
その情報で集まった避難民。
その数が増え続けた為、
死神にとって、狩場に育ったってことですよ。)
ディカプリオの顔に悔しさがあふれた。
(なんてことを・・・!!
ということは、エレナはそのことに気づいて・・・
アキヒコ、君ならどこを最初に確認する?)
(私なら、押し寄せてくる人間の量でしょうか?)
(下山口か・・・確認にいこう。)
通信室のメンバー、その他数人のスタッフがディカプリオについてきた。
他のスタッフは身をかがめ、向こうで暴れている死神をビデオに録画しながら観察していた。
(通信室は2階だ。2階から見て、下山口の方向はどの辺だ?)
ディカプリオがみんなに問う。
アンナが答える。
(1階の食堂の上付近ね・・・
私がその辺でタバコ吸いながら、登山者を見てたから、間違いないわ。)
玄関口で死神を見ていたので、階段を上り、廊下を進む。
その先に――
あの爆ぜたクレーターが現れた。
(――ここに死神がおちた・・・?)
ディカプリオの顔が真っ青になった。
その問いにアキヒコが答える。
(間違いないです。
・・・あの死神の大きさから考えると、約10トン・・・)
アキヒコは、口の中が乾くような気がした。
一度、つばを飲んでから説明した。
(――そして、空中を落下してきた場合、
時速500キロで落ちれば・・・これぐらいの威力になります。)
アキヒコは、その凄まじさに額に汗が滲んだ。
(・・・エ・・・エレナ・・・?)
ディカプリオがエレナの名を呼ぶアンナを見る。
アンナは口を押えて、ある方向を見ていた。
その方向をディカプリオが見ると、30mぐらい先にエレナらしき服装の女性が倒れていた。
ディカプリオは2階だというのに、瓦礫の溜まった1階部分に飛び降りる。
瓦礫で足を取られ、前のめりに倒れ、その次の瓦礫にぶつかって止まった。
すぐさま、ガバッと起き上がる。
額をこすったようで、血が滲んで流れてきた。
アンナは瓦礫にしがみつくように、1階へと降りていく。
顔は必死の形相だ。
エレナの元へと二人は急ぎ、両サイドにしゃがみこんだ。
続けて、若いマイクがやってくる。
足元が瓦礫に埋まっている事に気づき、エレナの上に載っている瓦礫をどかしていく。
エレナは薄目を開け、まったく動かない。
瞳孔は開き、後頭部から血が流れている。
ディカプリオがみんなを呼ぶ。
「早く、来い! 来るんだ!」
そう言って、強く手招きをする。
二人もエレナに乗っている瓦礫をどかす。
後から来たスタッフが瓦礫を一緒にどかしていく。
アンナはエレナに顔を近づけ叫んだ
「エレナ!」
その姿をみて、二人は小声では話せなかった。
ディカプリオは頸動脈に触れ、脈を確認する。
アンナはそれを見つめている。
ディカプリオは首を振った。
スタッフの一人が足元の瓦礫に躓き、前のめりに倒れ込みエレナの顔の上に覆いかぶさる。
「なにやってんの? 早くどきなさい!」
手をすりむき痛がっていたが、アンナの声ですぐにどけた。
「大丈夫です、エレナには当たってません。」
そう言って、血のにじんだ手を見せた。
それを見るとアンナは涙があふれてきた。
嗚咽を抑えるように口を押えると、力を振り絞るように自分の胸をつかみ叫ぶ。
「だれか! AED持ってきてよ!!」
アンナが叫ぶ。
♬~~♪~~・♪!!・・♪~~♫♬~~
このアンナの声を、死神は感知した。
潰す行為をやめ、ゆっくりと後ろを振り返る
眼に着いているレンズ内部が回転しながら奥へ引き込まれ、絞りの羽がゆっくりと小さくなる。
(・・・・・・・・・。)
光学では判断できなかった。
赤外線に切り替わる。
人数がカウントされる。
5、6、7、8、9.
死神は振り返った体を戻すとセンサーは目の前に広がる数値を表示する。
327と表示され、死神は再びキャンプでの蹂躙を再開した。
♪~~~~♪~~♫~~
ディカプリオがエレナのブラウスのボタンを開けていく。
アンナはブラジャーを外し、両の掌を胸に当て、体の重さも利用して力強く真下へ押し込む。
エレナの体はその力強さに首が上下に頷くような動きをする。
「1,2,3・・・・29,30!」
そして、左手でエレナの鼻をつまみ、右手で顎を動かし口を開かせる。
す~~~~~っ!!
大きく息を吸い、エレナの口の中へ息を吹き込む。
横目で胸が膨らんだ事を確認し、再び体を上げて胸を押しつぶす行為を繰り返す。
「エレナ! 逝っちゃだめ! 逝かないで!! お願い!!」
そして、再び息を吹き込んだ。
そこにアンナの後ろからアキヒコがやってくる。
「AEDだ。」
アンナは、そのAEDを急いで受け取り、自分の左側にセットしてふたを開ける。
キューン!
AEDのチャージ音が立ち上がる。そして、使い方を説明するメッセージが流れ始める。
「うるさい! そんな事、知ってるわよ!」
アンナは説明を聞かず、電極パッドを右胸と脇に張り付け、
パッドのコネクターをAEDにつなぐと両手を広げ。
「みんな下がって。」
AEDは分析を開始し、「電気ショックが必要です。 ボタンを押してください。」と冷たい声が流れる。
「早く!早く!早く!!」
信号音のカウントダウンが始まり、エレナの体が反るように動いた。
「どう?」
AEDが分析しているのを見る。
再び「電気ショックが必要です。 ボタンを押してください。」同じメッセージが流れた。
アンナの顔に焦りが浮かび、涙がボロボロとこぼれ落ちた。
ディカプリオはただ見つめて、悲痛な顔をしていた。
「お願い、お願い、お願い、お願い・・・」
アンナがボタンを押す。
「下がって!」
エレナの体が再び反る。
「・・・・・・・・」
その場に静寂が広がった。
AEDは心臓が正常なリズムに戻ったことを伝える。
真っ白だったエレナの顔は徐々に肌色へと戻っていく。
それをみたアンナは、耐えられないような顔をしてへたり込み、大粒の涙をこぼしながら泣いた。
「戻った・・・戻ったよぉぉ~~~!! うわ~~~~ん!!」
エレナの元に集まった通信室のメンバーと他のスタッフも泣いていた。
ディカプリオは立ち上がって、目じりを手首で拭った。
そして、ほっとした顔でつぶやいた
「ふぅ~・・・よかった・・・」
そう言って、自分の着ていた上着を脱ぎ、胸のはだけたエレナにかける。
♪~~~♪~~~~~♬~~♪~・・・♬・・・
そんな時だ、死神の歌う狂った音が次第に弱くなってくる。
・・・・・・♪。
同時に、地面を叩きつぶす音も一緒に止まった。
テイデ天文台に再び静寂が戻った。
「・・・・・・死神が・・・?」
誰かが言った。
アキヒコが続けて言う。
「止まったようですね・・・。」
テイデの長い長い地獄の1日は、ようやく終わりを告げた。
風の音だけが、砕けた瓦礫の上を通り過ぎていった。




