モンゴルキャンプ地
―― 9月16日 モンゴル平原
モンゴルのトール川には潤沢な水が流れ、その近隣には緑地が広がっていた。
モンゴルの風が草原を気持ちよさそうに抜けていく。
そんな場所に、奇跡のキャンプ地があった。
モンゴルにも7月1日のNOBUNAGAの攻撃は確かにあった。
だが、この地は工業が遅れていたため、生存者は多かった。
広大なモンゴルの土地から集まってきた避難民の数は10万人をすでに超えており、日々増え続けていた。
遊牧民と大量の家畜も集まってきており、川によって育まれる草原の恵みを得ることもできていた。
テントはモンゴル特有のゲルがいくつも集まり、広いゲルは家族全員が余裕で生活できるほどで、他のキャンプ地とは明らかに生活レベルが違っていた。
ゲルとゲルの間隔も広く取られ、自分の家の馬はゲルのそばに繋がれている。
そんなキャンプ地のあちこちで炊き出しが行われていた。
ゲルの脇で、小さなテントを広げ、大鍋に向かって煮込み料理を作っているコックの男“バト”。
そのゲルの中では、17歳の少年ガンバヤルが子供二人をあやしていた。
バトが少年の方を向いて呼ぶ。
「ガンバヤル! ちょっと手伝いなさい!」
「はい、父さん。
ほら、お前達はここで遊んでなさい。
僕は父さんを手伝わなきゃならないからね。」
ガンバヤルは父の横へ走っていく。
「何を手伝えば?」
「そこのジャガイモを剥いて、4つぐらいに切ってくれ。」
「はい。」
包丁を手に取り、段ボールの中に入っているジャガイモを取ると、皮をむき始めた。
すると、炊き出しのテントの前を通る男たちの会話が聞こえてくる。
「短波の放送聞いたか?」
「ああ、聞いた、聞いた。 世界中のキャンプ地に新型の死神が現れたって話だろ?」
「オレの爺さん、NOBUNAGAに乗っ取られた“死神自動車”にはねられて死んじまったんだよな・・・近所のおばさんとかも・・・
だから、昨日の短波のニュースが怖くてたまんないんだ。」
ガンバヤルは興味津々に聞き入る。
「うわあ、そりゃ酷いな。」
「なんか、たまに遠くの空にドローン飛んでる時あるだろ? あれ死神だよな?」
「そうだろ? 人が飛ばすドローンなんて、すぐ落とされるって話だぞ。」
「だよな~・・・・・・」
二人は遠くへ行ってしまい、声が聞き取れなくなった。
ガンバヤルはその二人の行方を体を乗り出して見つめている。
「ガンバヤル! 仕事さぼるんじゃない!」
バトが怒鳴った。
「あ、ごめんなさ~い。」
ガンバヤルはジャガイモの皮むきに戻った。
(死神って何だろう・・・? 小説に出てくる死神と同じような感じなのかな?)
ジャガイモを剥きながら、二人が話していた死神のことを考える。
よく読む本に出てくる死神の話と、二人の話を重ねて想像していた。
―――
「父さん、終わったよ。」
鍋から皿に注いでいた手を止め、バトが振り返った。
「ああ、ありがとう。そこに置いておけ。」
顎で場所を指示する。
「はい。」
ガンバヤルは、炊き出しの鍋が置かれた机の空きスペースにジャガイモの入ったボウルを置いた。
子供の面倒をみる為に、ゲルに戻ろうとする。
バトは炊き出しを配りながら声をかけた。
「あ、もう一つ頼む。 牧場行って、ミルク貰ってきてくれ。」
ガンバヤルは立ち止まり、父親の足元に置いてある底の深い鍋を手に取る。
「これでいい?」
「ん。」
ガンバヤルは、走ってゲルの間を抜けていく。
ゲルとゲルの間には避難民たちが親しげに集まり、あちこちで会話をしている。
その集まりを抜けると、モンゴルの広大な草原が広がっていた。
草原には柵が作られ、おびただしい数の家畜たちがいた。
羊、ヤギ、牛、馬、ラクダが柵によって分類されている。
ガンバヤルは鍋を抱え、柵の横を駆け抜けていく。
そして、牛たちのいる柵の中に馬に乗った女性の影を見つけると、柵をくぐり、その下へ駆け寄った。
「フスレンおばさん!」
牛を監視していたフスレンが振り返る。
「おや、バヤルじゃないか。どうしたんだい?」
フスレンは50代後半で、遊牧民らしい濃紺のデールを纏い、その上に既婚女性の証である袖なしの長い羽織、ウージを重ねていた。
「はっ・・・はっ・・・父さんが・・・ミルクを分けて欲しいって・・・」
ガンバヤルは、息を整えるように話した。
「バトが? ああ、炊き出し用だね。 鍋貸しな。」
ガンバヤルが鍋を渡すと、フスレンは牛乳のある場所へ馬を走らせる。
そして振り返りながら大声で言った。
「バヤルは、そこで待ってな!!」
ガンバヤルは足を止め、足元の草をちぎってまとめ、近くの牛にあげた。
牛がガンバヤルの手から“むしゃむしゃ”と草を食べていく。
「うまいか? いい乳出してくれよ。」
その時、ガンバヤルが何かに気づいた。
「・・・あれは・・・?」
広いモンゴルの遠くの空に、何かが浮いていた。
動かずに空中に止まっている。
ガンバヤルが目を細めてみる。
自然の中で育ち、文明機器の少ない環境で育った彼の視力は良かったが、それでも遠すぎた。
「なんだ?・・・アレ?」
じっと見つめ続けていると、30秒ほど経った頃、それは動き出して遠くへ消えた。
「飛んで行った・・・なんだったんだ?」
そこに、フスレンが戻って来る。 鍋から牛乳がこぼれないように、馬ではなく歩いて持ってきた。
「どうしたんだい? 空をジッと見て。」
ガンバヤルが振り返り、さっき見たものを指さして説明する。
「いや、空中に何かが浮いてて・・・それが、さっき向こうへ飛んで行ったんだよ。」
フスレンは鍋を足元に置き、嫌な顔をした。
「ああ、アイツ等か・・・」
「あいつら?」
そこへ、三人の男が馬に乗りラクダを連れて、柵の外をやってくる。
「母さん!」
フスレンとガンバヤルが振り返る。
「狩りに行ってくるよ!
おお、バヤル! バトは今日も炊き出しやってるのか?
たまには“酒持って、遊びに来い”って言っといてくれ。」
三人はバトと同じくらいの年齢で、話し方から子供の頃からの知り合いのようだった。
「あはは、わかりました。」
「アンタら、狩りに行くならラクダの数足らなくないかい!?」
「そんな長期では行かないよ。 じゃあな! バヤル!」
「はい! トヤさん、ガナさん、ビレグさんも無理しないでね!!」
「おお、あんがとさん!」
馬を走らせ、草原の広がる方へ消えて行った。
「・・・・・・。」
フスレンは息子たちを心配そうに見つめている。
「どうしたんです? 狩りはいつものことですよね?」
「ああ、そうだね。 あんたがみたアレが心配でね。」
「さっきの飛んでたってやつですか?」
「あれは死神だよ。」
「えっ?」
フスレンは息子たちが向かった方の空中に動く死神を見ている。
「いつもこっちを観察してるんだ。
ほら、あそこ、息子たちの狩りにもついてくる。」
フスレンが空を飛ぶ黒い物体を指さす。
ガンバヤルが見つめると、確かに黒い物体が3人の移動に合わせて動いてるのが分かった。
「・・・気持ち悪いですね。」
「そう思うだろ・・・?」
二人は息子たちが向かう方向を、しばらく黙ってみていた。
―――――
炊き出しを続けているバト。
炊き出しの順番を待っている列もまだまだ長かった。
そこへガンバヤルが、鍋を抱えて帰ってくる。
「父さん、貰ってきたよ。」
「そこに置いとけ。」
ガンバヤルは、鍋を置き、しばらく考え込んだ。
「どうした?」
バトが尋ねる。
「さっき、フスレンおばさんが、狩りに出かけた、トヤさん、ガナさん、ビレグさんについていく死神ってやつを気にしてて・・・」
バトが炊き出しを続けながら、尋ねる。
「――なんか言ってたか・・・?」
ガンバヤルは首を振る。
「ううん、ただ、気持ち悪いって・・・」
「そうか・・・」
そこに、順番待ちをしていた、モンゴル人ではない人種がやってくる。
「あ~、やっと順番が来た。 貰えるかい?」
バトは、その男を“じっ”と見る。
「・・・もちろん。 あんた、ロシアから?」
「ああ、そうだ。 モスクワから逃げてきた。
7月1日から、歩きっぱなしだよ・・・
今朝ここに着いたが、こんなキャンプ地があるとは思ってみなかった。」
その男の姿はボロボロで、何日も歩き続けてたどり着いたという感じだった。
「よく、生きてこれたな。 どうやってここまで来た?」
「?? NOBUNAGAがどこから見てるか分からないんで、昼間は隠れて、夜移動していた・・・」
「・・・ロシアは今どうなってるんだ?」
「生き残っているヤツラは結構いる。 だが、クレムリンは酷かった。」
「というと?」
「7月1日の暴走では、被害は酷かった。
だが、ラジオで言っているように、乗っ取られた機器が少なかったんで、意外と郊外では普通に生活できるような状態だったんだ。
だが、クレムリンには執拗にミサイル攻撃が行われたんだよ。
しかも、自分の国のミサイルで・・・
これは聞いた話なんだが、中央政権の連中の家もミサイルが降り注いだらしい・・・
ロシアはもうだめだ・・・」
「あんた、身内は?」
「ああ、妻と子供二人いる。 そこで休んでるよ。」
男は後ろを振り返りながらそう言った。
バトが見ると、女性は隣のゲルに寄りかかりながらへたり込んでおり、子供は泣いている。
「ガンバヤル!」
バトはガンバヤルを呼ぶ。
「なに?」
「この人と、この人の家族をウチに迎え入れろ。
あと、お湯を沸かして、体を拭けるように準備しろ。」
「はい、父さん。」
男はポカンとしている。
「あんたのゲルが準備できるまで、ウチで寝泊まりしな。」
男はその言葉に、涙があふれる。
「・・・ありが・・・とう・・・」
―――
モンゴルの平原に静かに太陽が沈んでいく。
そして、東から次第に夜が近づき、1時間もせずに星が天空に瞬き始めた。
夜になるとゲルは、中央の天幕からわずかに光を漏らしていた。
そのゲルの中は、まさに月基地のブリーフィングルームと化していた。
ゲルの入り口正面に三人、両脇に六人が座っている。
その中にバトとフスレンもいた。
「天文台の連絡によれば昨日、多数のキャンプ地が“新型の死神”によって攻撃されたらしい・・・」
「なんと? 被害状況は?」
「一日で二百万人以上殺されたと・・・」
「なんてことだ・・・」
報告を聞いているキャンプ地のリーダー、エルデネは中央に座り、黙って聞いていた。
「死神ドローンは相変わらず、我々のキャンプ地を監視しています。」
「このままでは、このキャンプ地も襲われるのではないか?」
「キャンプ地をいくつかに分けた方が良いのでは?」
「落ち着け。」
エルデネが口を開いた。
それまで口論していた者たちはピタリと黙り、エルデネを見る。
「このキャンプ地は、今この世界でNOBUNAGAから攻撃されない
奇跡のキャンプ地だそうだ。
理由は分からんが、今このキャンプ地を分けることは、逆に危険な気がする・・・
NOBUNAGAの監視は気になるが、今はこのままでいいと思う。
軍の方は何か言ってるのか?」
「馬で偵察に出てるようですが、特に監視しているドローンは近づかず、離れずを続けるだけで、ついてくるだけと・・・。」
「ふむ・・・とりあえず、天文台に伝えておけ。」
「わかりました。」
「誰か他に報告があるか?」
バトが手をあげる。
「バトか・・・炊き出しで何かわかったか?」
「今日、ロシアから来た人数が増えた。 今は秋だからいいが、これから冬にかけて増えると思う。」
ザワザワとする。
「北の友人だ。 皆、丁重に迎えろ。 いいな。」
「はい。」
―――
真っ暗なゲルの外。
ミーティングを終え、ぞろぞろと人が出てくる。
バトは出てきて、空を見上げる。
後からフスレンがゲルから出てくる。
「センチモードかい?」
「婆さんがセンチなんていうな。」
「まだ、婆さんじゃない!
入り口なだけだよ!」
「・・・トヤ達、狩りに出たんだって?」
「ああ、行かなくていいって言ったんだけどね。
さっきの話し合いでも出たけど、ヤツラがついていってる・・・」
「何も起きらなきゃいいが・・・」
二人は空に瞬く星を眺めて、三人の無事を祈った。
――――
次の日、トヤとガナが慌ててキャンプ地に戻ってきた。
馬に乗っているのは2人、だが馬は3頭。
ラクダの背には毛布に巻かれた何かが乗せられていた。
「ビレグがやられた!!」
トヤが叫んだ。
その声に人々が集まってくる。
ラクダの荷を下ろし、毛布を外すと、ビレグの亡骸があった。
「なにがあったんだ?」
誰かが訪ねた。
その問いにトヤが答える。
「わからん・・・
朝起きて、近くの小川に水を汲みに行ったら、小川のそばでビレグが死んでた・・・」
そこにフスレンがやってくる。
「・・・ビレグ?」
ビレグの亡骸をみて、口を押える。
あとからあとから悲しみが押し寄せ、涙があふれる。
跪き、ビレグの体を抱きしめ、嗚咽を漏らし泣き叫んだ。
「だから言ったんだ・・・狩りに行く・・・必要はないって・・・」
集まった人達は、ただそれを見つめるだけだった。
そこにバトが走ってやってくる。
後ろにはガンバヤルもついてきていた。
バトはトヤを見た。
トヤは首を振る。
バトは何も言わずフスレンに近づき、となりに膝をつくと肩を抱いた。
フスレンの泣き声が、まだ無傷だったモンゴルの平原に吹く風に乗ってどこまでも、どこまでも流れて行った。




