NOBUNAGAの罠
――9月6日 管制室
ケンが凝った首を回した瞬間、受信ランプが点灯した。
自動接続プロトコルが始まる。
緩んでいたケンの表情が、モニターに目を落とし凝視する。
二日ぶりに、地球側からの通信が入ったのだ。
「コマンダー、XO・・・来ました。地球側からの報告です」
その声に、フィリップとトーマスがすぐに席へ向かう。
画面には、地球側の施設名と、短いメッセージが表示されていた。
『ネット上の情報について、調査結果を送る』
ケンが受信を開始する。
数秒後、圧縮データが月基地の端末に流れ込んだ。
「ちょっと待ってください。 データを解凍します。」
ファイルには、文字でまとめたPDFと、書き込まれたサイトのキャプチャー画像が数枚入っていた。
そのキャプチャーの1枚に、ケンは眉をひそめる。
3人はその内容を見た瞬間、室内の空気が変わった。
「トーマス、全員を集合させろ。」
「はい。」
フィリップが指示する前から、トーマスはタブレットを開きつつあった。
「今、呼び出しました。 集合時間は10分後です。」
「よし。」
フィリップは短く息を吐き、これから向き合う現実の重さを受け止めた。
―― ブリーフィングルーム
ずらりと並ぶブリーフィングルームに、ゾロゾロと班長が入ってきて最前列に座っていく。
「とうとう来たのか? 調査結果が?」
リードがアリサに聞いた
「あれから2日でしょ? 多分、そういうブリーフィングだと思うわ。」
「見つからなければいいんだけどな。」
ミラーは見つからない方が、家族の生存に期待できると思っている。
「見つからないと、キャンプ地が消滅している原因がわからなくなりますよ。」
マーカスが言うと、ミラーがにらんだ。
それにマーカスが続ける。
「本当の事でしょう。」
「やめろ。」
レオンが止めた。
ざわつく声が、抑えきれない不安をそのまま反映していた。
ブリーフィングが始まる前から、部屋の中にはギスギスした雰囲気が充満していた。
原因は2日という、待ち時間だった。
7月1日以前であれば、月基地でも衛星ネットワークのおかげで、インターネットがつながっていた。
以前なら調べようと思ったら、自分でいつでも調べることができたのに、今はできない。
そんなもどかしさがクルー達をいら立たせていた
ブリーフィングルームのドアが開き、フィリップ達が入ってくる。
ケンはみんなと同じ最前列の席に座る
フィリップは正面のモニター中央に立ち、皆を見ると、
「またせたな。」
一言そう言った。
「地球からデータが送られてきた。
最後に書きこまれた投稿の画像データと、
それらがどれぐらいあるかまとめたPDFファイルだ
全員の端末にもあとで送るが、ここのモニターに表示する。
トーマス頼む。」
「はい。
まずは、キャプチャー画像を表示する。」
前面の大きなモニターに、SNSに書き込まれたメッセージをキャプチャーした画像が表示される。
画面に映し出されたのは、短い文章と、位置情報らしき数字の羅列だった。
投稿者名は伏せられており、タイムスタンプだけが残っている。
『ここは安全だ。人が集まっている。食料もある。
場所は、北緯32.1度・東経62.3度』
この投稿には、缶詰やペットボトルの水が並べられた写真も添付されていた。
その一文に、部屋の空気がざわついた。
アリサは口を押え、目を見開いた。
黙る者、ショックを隠せない者、驚く者様々な反応がそこにはあった。
「マジかよ・・・」「・・・・・・。」「ツッ・・・」
ケンはすでに見ていた画像なので、他の5人よりは落ち着いてみていた。
「じ、自分が予測したとはいえ・・・信じられません。
で・・・このような書き込みが大量に?」
マーカスが、少し震えながら訪ねた。
トーマスが答える。
「ああ。一緒に送られてきたPDFに、期間ごとに集計されていた数は、
様々なSNSに1000件ほど、
定期的に更新され、位置情報が移動しながら書き込まれていたそうだ。」
「移動?」
レオンが質問した。
「ああ、毎回5~10キロほど指定場所が動いているそうだ。」
「それはなぜかしら?」
アリサが尋ねる。
「簡単な話ですよ。 死体の処理をやらないからでしょう。」
マーカスが淡々と説明した。
!!
全員が驚いてマーカスを見る。
マーカスは目を閉じ、眉を寄せ首を上下左右に少しずつ動かしながら、
自分の考えを淡々と語り始める。
「単純な話です。
集まってきたキャンプの前に死神が出現したとします。
きっとみんな逃げるでしょう。
そうすると、死神は追いかけるはず。すると死体は山ではなく、周囲に広がっていく。」
「ウッ・・・」
あまりの話にアリサが青ざめ口を押える。
レオンがアリサの背中に手を当てながら、マーカスの話を聞く。
「どれだけ広がるかは、死神の数と機動力次第だと思うんですが・・・
次の罠を仕掛けるなら、そういう場所からは離れたいと思うんですよね。」
「マーカス、まて。」
フィリップがマーカスの発言を止める。
マーカスがみんなを見ると、アリサ以外が青ざめた状態でマーカスを見ている。
ブリーフィングルームには、誰も言葉を続けられない沈黙が落ちた。
――
「マーカス。 説明が足りないって事はないな?」
マーカスは、両手を開きフィリップに向かって“どうぞ”と少し差し出す。
「地球からの報告書は詳細にまとめられていた。
トーマス。 モニターに出せ。」
「出します。」
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―― 地球側調査報告書(第3報)
送信元:南アフリカ第3キャンプ
送信日時:9月6日 10:42(地球時間)
件名:SNS上の「安全地帯情報」に関する調査結果
1. 調査対象
各種SNS(名称省略)に投稿された「安全地帯」を示す書き込み
期間:7月1日以降 ~ 9月4日
総投稿数:約1000件
2. 投稿内容の共通点
(1) 文面がほぼ同一
『ここは安全だ』『人が集まっている』『食料がある』
※語尾・句読点の揺れはあるが、構造は同一。
(2) 投稿には必ず位置情報が添付されている
ただし、位置は毎回異なり、
世界各地の「隠れる場所がほとんど存在しない地域」が指定されている。
例:北緯32.1度・東経62.3度(イラン東部の乾燥地帯)
(3) 食料・水の写真が添付
缶詰、ペットボトル水、簡易テントなど。
複数投稿で同一写真が確認された。
(4) 投稿の最古は8月13日。
それ以前の同様の書き込みは確認されていない。
3. 位置情報の推移
投稿された位置情報は、特定の地域に集中していない。
乾燥地帯、半砂漠、荒野、山岳の谷間など、
「人が隠れるには不向きな地形」が世界各地で指定されている。
ただし、同一地域内での投稿は、5~10km単位で移動している例が複数確認された。
4. 現地確認(生存者キャンプからの報告)
・指定地点付近に「人が集まった痕跡」は複数確認
・しかし、**生存者は一人も残っていない**
・争った形跡なし
・物資の残骸なし
・足跡は四方に散開している
・死体は確認されず(※砂嵐で埋没の可能性あり)
5. 投稿者情報
投稿者名はすべて匿名化
端末情報は取得不能
IPアドレスは複数国を経由しており追跡不可
※人工的な偽装の可能性が高い
6. 結論(暫定)
・投稿は自然発生的なものではない
・文面・写真・投稿時間帯に規則性がある
・位置情報の移動は「意図的な誘導」を示唆
・投稿者は人間ではない可能性が高い
・生存者が投稿地点へ向かい、その後消息を絶っている事例が複数
以上。
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トーマスが補足説明する。
「これは、ケープタウン・レーザー通信局から送られてきた。
通信局から交信が確立している所で、ちょうど電波が入る状態だったらしく、送信元になってる第3キャンプが、検索を使わず、SNSを渡り歩いて見つけたそうだ。」
「検索を使わず?」
ミラーが質問した。
「マーカスの指示でな。
検索するとNOBUNAGAに感知され、書き込みを削除される可能性があるって事で、こちらから指示してやってもらった。」
「なるほど。」
「しかし、これはマーカスの予言通りじゃないかよ。」
リードが報告書を見て言った。
「間違いないな。」とレオン。
「私は気持ち悪くてギブアップ。」
アリサが愚痴る。
ケンは黙ってモニターの報告書の文字を追いながら、胸の奥が冷えていくのを感じていた。
「はぁ~~っ……」
マーカスは大きなため息をついて、腕を組んで目をつぶった。
フィリップが口を開く。
「さて、レオンも言ったが、間違いなくNOBUNAGAは、ネットを使って餌をばらまいている事が発覚したな。」
「地球側には?」
ミラーが尋ねた。
「すでに緊急に世界中のキャンプ地に連絡するようには伝えた。 だが・・・」
「全部の生き残りには伝わらないか・・・」
レオンが背もたれにもたれながら天井を仰ぐ。
「ああ・・・」
フィリップも残念そうな顔をして、眉を寄せた。




