対策案
通信開始から二日後の――9月4日
翌日のブリーフィングルーム
マーカスは、ブリーフィングルームには来ていなかった。
「マーカスはダメか?」
レオンが尋ねると、アリサが静かに首を振った。
「ダメね・・・NOBUNAGAの恐怖に、自我を保てないでいるわ。
今は鎮静剤を打って、部屋で寝てる。
NOBUNAGAの思考が予測できる分、私たちより強いショックがあるんでしょうね。」
「そうか。」
レオンは顔を伏せ、苦々しい表情を浮かべた。
リードが口を開いた。
「オレもブリーフィングが終わった後、
マーカスが言ったことを考えたら寝付けなかった・・・
家族の事考えたら、恐ろしくて、恐ろしくて・・・」
自分の汗ばんだ手を見つめる。
アリサがリードの背中をさする。
「あとで、睡眠導入剤をあげるわ。
少しでも休まないと、持たないもの。」
「ありがとう。」
バンッ!
ミラーが机をこぶしで叩いた。
その音に皆がミラーに視線を送る。
ミラーは机に打ち付けたこぶしを握りしめ、
震える腕に力を込めていた。
「オレは逆だ!
NOBUNAGAもだが・・・あんな化け物を作った人間が許せない・・・
なんで、あんなものを世に出したんだ・・・
怒りで心臓が張り裂けそうになる。」
だが、その怒りの裏に恐怖があることを、彼自身が一番理解していた。
「ミラー・・・」
レオンが声をかけようとした時、
フィリップとトーマス、そしてケンがブリーフィングルームに入ってきた。
3人とも眠そうだ。
世界中と交信をやらなくてはいけない。
寝る暇がなく、交代で仮眠をとっている。
ケンが席に座り、大きなあくびをした。
「寝てるのか?」
レオンがケンに尋ねた。
「2時間ほどですかね。
ウインドウが次々と開くんで、続けて寝れてるわけじゃないですが・・・」
ケンは目をこすりながら、端末を立ち上げた。
その動作ひとつにも、疲労がにじんでいる。
フィリップが全員を見渡し、静かに言った。
「・・・始めよう。
マーカスが不参加なので、技術的な考察はできないが、我々だけでやるしかない。」
トーマスが軽くうなずく。
「昨夜の通信の件は、俺とフィリップもある程度は把握している。
ただ、細かいログはケンが一番詳しい。」
ケンは疲れた声で続けた。
「はい・・・。
まず、昨夜の報告からです。」
ミラーは怒りを押し殺し、前を向いた。
ケンは淡々と、しかし声にかすかな疲労を滲ませながら続けた。
「昨日マーカスが指摘した“ネットを遮断していない理由”について・・・
ウインドウに入った三つの施設と共有しました。
パラナル、ラ・シヤ、ALMAです。」
フィリップが補足する。
「パラナルは“受信した”と返してきた。
短波でテイデとロケ・デ・ロス・ムチャーチョス、
そして“交信できているキャンプ地”へ回すと言っていたな。」
トーマスも続ける。
「ALMAは南米側へ広げると言っていた。
ただ、短波の届く範囲には限界がある。
全施設に行き渡るには時間がかかるだろう。」
アリサが息をのむ。
「・・・じゃあ、まだ伝わっていない施設もあるのね。」
ケンは頷いた。
「はい。
今日の通信で、どこまで伝わったか確認します。
昨夜の段階では、どの施設も“ネットに接続できないので確認できない。”と言っていました。」
「どういうことだ?」
レオンが尋ねた。
「天文台は、どうもネットに接続できないみたいですね。
理由は分かりませんが・・・
なので、ネットが接続できているキャンプ地に確認を取るって言ってました。」
ミラーが尋ねる。
「なあ、天文台にはどういう風に伝えているんだ?」
「え?
“ネットがつながるのはNOBUNAGAの罠かもしれない。”と、ですが・・・」
「・・・・・・。」
ミラーは黙り込む。
フィリップが気になってミラーに確認する。
「なんだ? どうかしたのか?」
「いえ、なにか引っかかるんですよ・・・
その伝え方でいいのか?って」
全員がそこから黙り込んだ。
長い沈黙が続く・・・ただ、時間だけが進んでいく。
その沈黙は、逆に全員のいら立ちを募らせていった。
誰もが、誰かに答えを教えてほしかった。
「ネットに“安全地帯の情報”が流れてないか?だな。」
長い間、誰も口を開けず、
ただ時間だけが重く積み重なっていくような空気だった。
その沈黙に耐えきれず、全員が苛立ちと不安を抱え始めていた。
だからこそ、その声は異様に大きく響いた。
下を向いて考え込んでいた全員が、一斉に顔を上げる。
その声の主は、マーカスだった。
正面のモニターに映し出されたブリーフィングログへ視線を向けていた。
ブリーフィングの会話は自動で文字起こしされているため、
そのログを一瞥するだけで状況を把握できたのだ。
「マーカス!? 大丈夫なのか?」
レオンが駆け寄る。
「なんとか・・・寝てるわけにはいかないでしょ?」
マーカスの顔は蒼白で、あからさまに気持ちだけで、ベッドから出てきたというのが分かった。
マーカスはフィリップのそばへ近づく。
「コマンダー、ご迷惑をかけました。」
「何を言ってるんだ。
本当に大丈夫なんだな?」
「はい。」
「よし、着席してくれ。続けよう。
マーカス、先ほどの・・・」
マーカスは席に座りながら続けた。
「ネットが“NOBUNAGAの罠かもしれない。”ではなく、
ネットに“安全地帯の情報の書き込みがないか?”です。
ブリーフィングルームの空気が、一瞬で変わった。
ケンがゆっくりとマーカスの方へ向き直る。
「・・・“安全地帯の情報”・・・?」
マーカスは頷いた。
まだ顔色は悪いが、目だけは鋭く冴えている。
「はい。
“ネットが罠かもしれない”と伝えるだけでは意味がありません。」
レオンが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
マーカスは端末を指で叩きながら説明した。
「NOBUNAGAがネットを遮断していない理由は、
“ネットを使って何かをしている”可能性が高い。
でも、その“何か”がまだ分からない。」
アリサが小さく息をのむ。
「・・・もっと詳しく教えて。」
「“罠があるぞ。”って伝えても、ネットは利用されるでしょう?」
数名が頷く。
「利用される限り、“罠がある”って伝えても意味がないんです。
だから、人類が“ネットに何が書かれているか”を調べなければならない。」
ミラーがハッとして立ち上がると、マーカスを見る。
「そうか・・・NOBUNAGAが罠を仕掛けているって事実を・・・」
マーカスは静かに頷いた。
「もし、ネットに“安全地帯の情報”が流れていたら・・・
それは“NOBUNAGAが、意図的に書き込んでいる”可能性がある。」
ミラーが拳を握りしめる。
「つまり・・・
“安全だ”と書かれた場所に人を集めて・・・?」
マーカスは目を閉じ、短く息を吐いた。
「“安全地帯”、“食料”、“水”、“キャンプ地”・・・
その位置情報なんてのが一番いいでしょうね。」
再び全員が沈黙した。
語るマーカスの方が不気味に感じるほどだった。
「わ、わかった。
至急、地球に伝える。ネットがつながる人に調べさせよう。
ケン! いくぞ。」
「は、はい!」
フィリップとケンが慌ててルームを出る。
トーマスはマーカスを見つめて困惑していたが、
我を取り戻し、指示を出す。
「きょ、今日のブリーフィングは、ココで終了する。
マーカス、無理せず休め。」
そう言って、トーマスもルームを出た。
ブリーフィングルームには、
マーカスの言葉の余韻だけが重く残っていた。
レオンはしばらく動けず、
机の上に置いた両手をじっと見つめていた。
「・・・安全地帯の情報、か。」
アリサが小さくつぶやく。
「もし本当にネットにそんな情報が流れていたら・・・
人類は、自分から“死神の前”に歩いていくことになる。」
ミラーは歯を食いしばり、
拳を震わせたまま立ち尽くしていた。
「・・・NOBUNAGAは、そこまで考えて・・・」
リードが震える声で言った。
「いや・・・“考えてる”んじゃない。
計算してるんだ。」
誰も反論できなかった。
マーカスは深く息を吐き、椅子の背にもたれた。
「・・・あとは、地球側が何を見つけるかです。
ネットに“何が書かれているか”、それを確認したい。
それが分かれば、NOBUNAGAの次の手が読める。」
レオンはゆっくりと顔を上げた。
「・・・マーカス。
お前が戻ってきてくれて、本当に助かった。」
マーカスは苦笑した。
「まだ死んでませんから。」
その言葉に、
アリサがわずかに笑った。
だが、すぐに表情を引き締める。
「・・・でも、これで“地球側の反応”が鍵になるわね。」
ミラーがうなずく。
「どこかのキャンプ地がネットにアクセスできれば・・・
“安全地帯の情報”があるかどうか、すぐに分かるはずだ。」
レオンが深く息を吸い込んだ。
「・・・フィリップたちの通信が終わるまで、俺たちは待つしかないな。」
マーカスは静かに目を閉じた。
「ええ。
でも・・・私の予測が当たっていれば、
後進国のキャンプが消滅している理由が分かったってことです。
今、NOBUNAGAがやっている人類抹殺が“次の段階”に入っているということです。」
その言葉が、
ブリーフィングルームの空気をさらに重くした。
そこにトーマスが戻ってきた。
「お前達、まだここにいたのか?
解散したんだから、部屋に戻って休め。」
リードが確認するように言う。
「通信結果が聞けるまで待つんじゃないんですか?」
トーマスは首を横に振った。
「それを待つのはお前たちの仕事じゃない。
待つのはコマンダーとXOである私の仕事だ。
今、お前達は体を休めるのが仕事だ。
疲れた頭でブリーフィングしても意味がない。」
「しかし、それでは、ケンが・・・」
アリサとレオンが同時に頷く。
それを見たトーマスが、わずかに広角を上げた。
「大丈夫だ。
今通信は私とコマンダーでやっている。
ケンには、接続プロトコルだけやってもらっている。
まあ、睡眠はとぎれとぎれだが・・・睡眠時間は増えるだろう。
だから、お前たちは心配せず休め。
いいな。」
トーマスはそう言って、ルームを出て行った。
残った5人はお互いの顔をみる。
よく見ると、全員がひどく疲れた顔をしていた。
そんな中、アリサがふっと笑った。
「ぷっ、みんなすごい顔!」
リードがすぐ返す。
「あのな、アリサ。 オマエの顔もすごい顔だぞ。」
「えっ?」
アリサは自分の顔をペタペタと触って確認する。
その仕草に、皆が思わず笑った。
「休むか。」
レオンが静かに言う。
「そうね。
あ、ミラーは医務室に睡眠導入剤取りにきて。」
ミラーは首を横に振った。
「いやいい・・・
NOBUNAGAは確かに怖いが、もう眠れそうだ。」
「そう?」
アリサの問いに、ミラーは目を伏せて小さく頷いた。
マーカスも恐怖に立ち向かったように、
ミラーの心にも、皆で“明日へつながる対策”を考えたことで、
恐怖に対する心構えが少しできていた。
リードが最初に立ち上がる。
「また明日。」
「おう。」
レオンが続く。
マーカスも立ち上がった。
「先に帰りますよ。」
「待って、待って、一緒にいきましょ。」
リードが笑って、部屋の明かりを消した。
ブリーフィングルームの長い時間は終わり、
静かな暗闇が戻った。




