明日への希望
再び始まったブリーフィングは、熱い議論に発展した。
すでに全員が前を向き、地球のこと、地球に生き残った人類のことを真剣に考えている。
伝えるだけなら誰でもできる。
ただ伝えるだけではなく、月基地としての分析も添え、
できるだけ多くの人類を助けようとしていた。
短波で交信できるグループがどれだけいるのか?
ただ短波を“聞いているだけ”の人はどれだけいるのか?
死神に対策する方法がないのか。
議論は徐々に体系化していく。
集めたデータを照らし合わせていくと、ある共通点が浮かび上がった。
先進国の被害は壊滅的だが、後進国は被害が思ったほど大きくない。
フィリップが言う。
「これは・・・なぜだ?
後進国でも人口密集地はある。なのに、生き残っている人間の比率が多い。」
その疑問に、ブリーフィングルームの空気が一段重くなる。
マーカスが端末を操作しながら言った。
「・・・単純な人口密度の問題じゃないな。
都市部でも生き残ってるケースがある。
逆に、先進国の地方都市は壊滅してるところも多い。」
リードが資料をめくりながら眉をひそめる。
「じゃあ、何が違うんだ?
インフラか? 建物の構造か? 気候か?」
アリサが静かに口を開く。
「医療体制・・・ではないわね。
むしろ先進国の方が整っていたはず。」
「何か・・・あるな・・・
しかも、最近になって後進国の生存キャンプが減少・・・?
生存していたキャンプが消滅した可能性?」
レオンが顎をゴリゴリとさすりながら、マーカスに視線を送る。
マーカスはその視線に小さく頷いた。
「ああ、これは偶然ではない。 もう少しデータが欲しい!」
「どういうのが欲しいんだ?」
トーマスが問う
マーカスは頭をがりがりと掻き、目線を上に向けトーマスを見る。
「・・・殺され方とか。」
その答えにトーマスが、ケンの方を向き直る。
「ケン、今の時間帯につながるウインドウはあるか?」
ケンは端末を素早く操作し、地球の軌道図と通信ウインドウの一覧を呼び出した。
モニターに映る複雑な軌道線を目で追いながら、短く息を吐く。
「・・・ありました。
アリ天文台と、テイデ天文台。
どっちも、あと十数分でウインドウに入りますね。」
トーマスが頷く。
「よし。
マーカスの言う“殺され方”のデータ・・・
地球側に直接問い合わせる。」
リードが不安げに眉を寄せる。
「そんなこと、聞けるのか?
向こうも混乱してるだろうし・・・」
ケンは首を横に振った。
「いや、むしろ向こうも知りたがってるはずだ。
死神の行動パターンは、生存者にとって最重要情報だ。」
アリサが静かに言葉を添える。
「“どう死んだか”は、
“どう生き残れるか”につながるものね。」
パンッ!
フィリップが手を叩き、場を締めた。
「よし、いったんここで休憩。
ケン、お前は休憩なしになるが、通信を頼む。」
「はい!」
地球の情報はクルーには秘匿されているため、
地球と通信できるのはケンだけだった。
フィリップとトーマス、そしてケンは
ブリーフィングルームを後にした。
――――
フィリップ達が戻り、ブリーフィングは再開された。
地球から提供されたデータ――「どのように死んだのか?」
その答えは、次の2行に集約されていた。
・先進国:航空機・EV・無人輸送車両の暴走+死神の大量発生
・後進国:航空機暴走+限定的な死神出現
地球側の報告は、驚くほど“ほぼ同じ”だった。
リードがデータを見てつぶやく。
「同じだ。 コレじゃ、何も変わらない。
なあ、そうだろ?」
「・・・・・・。」
皆が沈黙する。
見た目に何も変わらないデータを突き付けられ、導かれる答えがない。
フィリップがマーカスに尋ねる。
「どうだ? 何かわかるか?」
マーカスは腕を組み、短く息を吐いた。
「・・・数ですね。」
全員がマーカスを見る。
「多分ですが、これは数が死亡数を決めてますよ。」
フィリップが尋ねる。
「数とは?」
「数とは、自動運転が可能な媒体の数。 そして、死神の数です。」
「つまり? どういうことだ?」
「単純な話です。
後進国は“死神を作る工業地帯”が少なく、
自動化された車やロボットが少なかった。」
マーカスは画面に中国の地図を表示する。
「中国の生存率が低いのが、これで説明できます。
自動化された工業地帯が多く、自動運転EVが多い。
つまり――NOBUNAGAが支配できる“媒体”が多かった。
私は、そう考えます。」
レオンが腕を組み、低く唸る。
「・・・つまり、死神そのものより、
“死神に変えられた機械の数”が問題だったってことか。」
マーカスは頷く。
「死神は“発生した数”だけでなく、
“乗っ取れる機械の数”によって殺傷力が跳ね上がる。
先進国はその条件が揃いすぎていたって事でしょう。」
アリサが静かに言う。
「じゃあ・・・後進国の生存率が高いのは、
“文明が遅れていたから”じゃなくて・・・」
ケンが言葉を継ぐ。
「“自動化が進んでいなかったから”だ。」
ミラーが深く息を吐く。
「・・・皮肉だな。
文明が進んだ国ほど、真っ先に滅んだってわけか。」
フィリップはゆっくりと頷き、
モニターに映る地球の地図を見つめた。
「NOBUNAGAは、文明そのものを武器に変えた・・・
そういうことか。」
誰も反論しなかった。
その静寂は、理解が深まった瞬間の重さだった。
マーカスはデータを見ながら唸った。
トーマスはそれに気づいて尋ねる。
「どうした? 何かまた見つけたのか?」
「いえ、本当に、AIってのは効率の塊だなと、感心したんです。」
「と、言うと?」
「航空機の墜落データですよ。
本当に人口密集地を狙ってる。」
マーカスは航空機の飛行データのログを見ていた。
これ、見てください。
自分の端末から、モニターへ接続して表示させた。
「これは航空機の飛行ルートを記録したデータですが、すごいですよ、コレ。」
マーカスはモニターにカーソルを合わせながら説明する。
「この航空機、当初の目的地はこの地方都市だったのですが、
7月1日10時に方向転換して・・・人口の多い都市部でログが消えています。
多分、ここに墜落したんでしょうね。 いや、ほんと・・・合理的すぎる。」
マーカスは自分が全員から見つめられている事に気づき。
「いや、感心してるのはAIのロジックの話ですよ。」
あわてて、自分の発言を両手を上げて、全員に勘違いしないでと示した。
「つまりですね。
NOBUNAGAにとって、航空機も武器。
ですが、効率の悪い使い方はしないって事です。
破壊力がある武器を、小規模のエリアに落とすのではなく、大規模のエリアに落とすことを選択してます。
小規模のエリアには破壊力の小さい武器を選んでるんですよ。
これは・・・なかなかすごい事ですよ。」
レオンが低くため息をつく。
「・・・つまり
効率を重視した攻撃パターンってことだな。」
「ははは・・・そういう事です。」
マーカスは頭を掻きながら答え、尋ねた。
「と言うか、この航空機データはどうやって手に入れたんですか?
本当は、そっちの方が気になってるんですが。」
ケンが答える。
「実は、自分も不思議だなと思っていたんですが、
インターネットのサービスデータらしいんですよ。」
皆が“えっ?”という顔をした。
「“ネットは生きている。”ってこと?」
アリサが聞いた
「って事になりますね。
インフラが生きてる後進国に限られるらしいんですが、
たまに通信が復活して接続できるらしいんです。
つながれば、普通に調べられるみたいですよ。」
マーカスは恐怖を感じて、体が震えた。
「マーカス? どうした? 大丈夫か?」
リード気づいて尋ねると、全員がマーカスを見る。
マーカスは立ち上がり、フラフラとよろめきながら両手で顔を覆う
「・・・AI・・・これは・・・まさに恐怖。
ネットを遮断しない・・・なんてことを考えるんだ・・・」
フィリップがマーカスの反応に、何かを感じた。
「マーカス。 何を気づいたんだ!?」
「AI・・・NOBUNAGAは、・・・フェイクニュースを流しています。」
「どういう事だ?」
「簡単な事です・・・
今までネットの恩恵を受けていた人類は、
ネットがつながれば今まで通りネットを利用します。」
「ふむ、そうだな。」
「調べた情報が、NOBUNAGAが改ざんしたデータだとしたらどうします?」
ブリーフィングルームにいた全員に衝撃が走る。
「例えば、“ここにあつまれ”って情報を見つけた人間は、そこに集まりますよね?
ですが、そこが処刑場なんですよ・・・後進国の・・・
後進国で最近のキャンプが・・・消滅してるのは・・・」
マーカスは自分の体を抱きしめ、その場に膝をついた。 大粒の涙があふれてくる。
ガクガクと震える体が、その恐ろしさを示していた。
「ああ・・・お、恐ろしい・・・こ、こんな事、人間には考えられない・・・
あああぁぁ・・・信じられない・・・か、神よ・・・我々をお救いください・・・」
フィリップがアリサに指示する。
アリサは頷き、マーカスを部屋の外へと連れて行く。
ブリーフィングルームに残された者たちは、
マーカスの叫びがまだ空気に残っているかのような、
重く、冷たい沈黙の中にいた。
誰もが理解していた。
マーカスの反応は“取り乱した”のではない。
気づいてしまった者の反応だった。
そして、その恐怖は全員の胸にも静かに広がっていた。
沈黙を破ったのは、トーマスだった。
「・・・最悪のケースを考える必要があるな。」
低く、押し殺した声だった。
レオンがゆっくりと顔を上げる。
「最悪のケース・・・ってのは?」
トーマスは端末を握りしめ、
画面に映る“地球のネットワーク図”を指した。
「マーカスの言うとおり、もしかしたらNOBUNAGAは、
人類が構築したネットを“悪用している”可能性が高いって話だ。」
フィリップは深く頷いた。
「そうだ。
私は思う、NOBUNAGAは情報を見る限り、したたかなように感じる。
人間の次の行動を予測し。
人が集まる原理、不安、悲しみ、孤独感、
そんな心理を利用している可能性がある。
人間の本能を理解し、罠をはって待ち受けている可能性だ。」
再び沈黙が落ちる。
だが、先ほどの“恐怖の沈黙”とは違った。
今回の沈黙は、
理解した者たちが、次の一手を考えるための沈黙だった。
ケンが端末を握りしめ、
静かに、しかし確かな声で言った。
「・・・なら、俺たちがやるべきことは一つですね。」
フィリップが視線を向ける。
「言え。」
ケンは迷いなく言った。
「“本物の情報”を届けること。
ネットが偽物なら、俺たちが本物を伝えるしかない!」
ミラーが頷く。
「そうだな、我々の使う光通信であれば、改ざんされない。
死神にも、NOBUNAGAにも届かない。」
レオンが短く言う。
「月基地が“人類の最後の正しい情報源”になるってことだな。」
フィリップは全員を見渡し、
静かに、しかし力強く言った。
「――そうだ。
我々が、人類の“真実”になる。」
その言葉に、
ブリーフィングルームの空気が変わった。
残り時間は1カ月かもしれない。
だが、我々は真実を流し続ける。
月基地シャックルトンは、人類の最後の砦であり、唯一の灯火なのだと。
そして、我々の命をのせたメッセージが、人類の未来を決めるのだと。




