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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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28/61

絶望の淵から

パラナル天文台とのウインドウが閉じ、交信は不可能となった。

月基地は、次の通信可能施設を探すことになった。


フィリップがトーマスに指示する


「トーマス。 地球と光通信が可能な施設を、順番を付けてリスト化しろ。

ただし、人口密集地は除外。」


「了解です。」


ケンが、フィリップに伝える。


「次は・・・テイデ天文台のウインドウが開きます。」


「それはどこだ?」


「カナリア諸島・テネリフェ島です。

パラナルより東に位置しているので、地球の自転でこちら側に回り込んできました。」


フィリップは短く息を吐いた。


「ヨーロッパが近いな・・・。

チリとは違う情報が得られるかもしれん。」


ケンが、緊張した声で報告する。


「・・・ウインドウに入ります。

テイデ天文台、受信角度に入射。 リンク確立を試みます。」


フィリップは椅子から立ち上がり、

モニターに映る地球の位置を確認した。


「・・・頼むぞ。」


ケンが操作パネルに手を伸ばす。


「レーザー送信、開始します。」


細い赤い光が、月面の静寂を切り裂くように放たれた。

肉眼では見えないが、装置の振動がわずかに伝わってくる。

数秒の沈黙。


「・・・反応なし。」


フィリップは息を呑む。


「再送信。」


「はい、再送信・・・」


再び沈黙。

管制室の空気が張り詰めていく。


そのとき――


「・・・っ! 受信反応あり!

微弱ですが、確かに戻ってきています!」


ケンの声が震えた。

フィリップが前のめりになる。


「同期は取れるか?」


「試みます・・・

・・・同期信号、ロックしました! テイデ天文台、応答可能です!」


管制室に小さなざわめきが走る。


「スピーカーにつなげ!」


「はい!」


ノイズ混じりの音声が、スピーカーから流れ出した。


『・・・こちら・・・テイデ・・・天文台・・・

月基地・・・聞こえています・・・か・・・?』


フィリップは深く息を吸い、マイクに口を寄せた。


「こちら月基地シャックルトン。

司令官、フィリップ・アンダーソンだ。

テイデ天文台、応答を確認した。」


数秒の間を置いて、

今度ははっきりとした声が返ってきた。


『・・・月基地・・・本当に・・・生きていたのですね・・・』


声は女性だった。

疲れ切っているが、どこか安堵が滲んでいる。


『こちら、テイデ天文台・光学通信班の

“エレナ・ロペス”です。

あなた方と通信できるとは・・・奇跡です。』


フィリップは静かに答えた。


「エレナ、そちらの状況を教えてほしい。

パラナル天文台から、地球に起こったことは聞いている。」


『はい・・・。 では、我々が把握している範囲で。』


エレナは一度息を整えた。


『7月1日――約1か月ちょっと前です。

NOBUNAGAが旅客機を使って攻撃を仕掛け、

カナリア諸島の人口密集地は壊滅しました。』


フィリップの表情がわずかに動く。


『テネリフェ・ノルテ空港から飛び立った航空機は、

すべて近隣の街へ墜落しました。

燃料がほとんど残ったまま落ちたので・・・

爆炎は想像を絶するものでした。』


声が震える。


管制室内は、エレナの言葉で静まり返った。

誰も息をする音さえ立てなかった。


『我々の本部があったラ・クエスタも・・・跡形もありません。』


エレナの言葉が震え途切れる。 どれだけの惨状だったのかが伝わってきた。


フィリップは静かに問う。


「死神がそのあとやってきたのか?」


『いえ。航空機の攻撃だけです。

死神は都市部にしか現れていません。

我々のような島、観光地は死神が発生しません。』


少し間を置いて、エレナは続けた。


『共有情報なので確証はありませんが・・・

死神を製造している工場は、

“人類が作っていた製造工場ではないか”と推測されています。』


「製造工場・・・?」


『はい。

つまり工業産業が高い地域が、死神の発生率が高いと思われています。

NOBUNAGAが工場の自動化プログラムを書き換え、“自分の端末を増やしている”――

今、人類圏ではそう考えられています。』


フィリップが眉を寄せる。


「人類圏?」


エレナの声が少しだけ落ち着いた。


『ああ、そうですね。

人類圏とは、NOBUNAGAが接触できない人類世界を指す言葉として、

今、世界中で使われています。


現在、地球上の人類圏をつないでいるのは、

旧式のアナログ回線です。

現状、このアナログ回線はNOBUNAGAには傍受されません。


NOBUNAGAはデジタルの申し子ですから・・・

旧世代の技術を“認識できない”ようなんです。』


フィリップは静かにうなずいた。


「パラナル天文台からも聞いた。

アナログ通信だけが生き残っている、と。

そういう理由だったんだな・・・」


『はい。

昔の無線機を使った短波通信で、

世界中の生存者が断片的に情報をやり取りしています。

・・・それが、今の“人類圏”です。』


フィリップは目を細めて過去を思い出す。


短波とは遠くまで飛ばす電波だ。

電離層に反射して進む為、中継施設がなくても地球の裏側まで届くこともある電波だ。


「短波とは・・・教科書で習ったきりだ。

まさか、21世紀に、そんなものが主流になるとはな。

しかし、よく機材が残っていたものだ・・・」


エレナが続けた。


『今、人類に必要なのは“情報速度”です。

短波では、情報が遅すぎて不確実なんです。

ですが・・・あなた方、月面基地なら――

光通信で、世界をつなぐことができます。』


その言葉が発せられた瞬間、

管制室に電流が走ったような衝撃が広がった。


自分たちが――

人類をつなぐ唯一の通信手段になり得る。


先ほどまで家族の安否に怯えていたクルーたちの胸に、

別の感情が一気に押し寄せた。


鳥肌が立つほどの使命感。

背筋を貫くような緊張。

そして、わずかな希望。


月基地はただ生き延びるための場所ではない。

人類を救うために存在している。


その事実が、管制室の空気を一変させた。


フィリップが続けた。

答えは分かっている。

だが、確かめたかった。


「エレナ、君の言いたいことはよくわかった。

我々は、何を、すればいい?」


『全世界に伝えてください! 月基地が生きていることを!

そうすれば・・・ いえ、それだけで、情報の速度が変わります!

あなた方は、今の人類圏の希望になりえる存在です!!』


エレナの声は震えていた。

恐怖ではない。 切実な願いだった。


管制室の空気が、さらに張り詰める。


フィリップはゆっくりと息を吸い、クルーたちを見渡した。

誰もが彼を見ていた。 返事を待っていた。

“司令官としての言葉”を。


フィリップはマイクに口を寄せた。


「・・・分かった。

月基地が生きていることを、地球全域に知らせよう。

光通信が届く限り、我々は発信し続ける。」


エレナの息を呑む音が聞こえた。


『・・・ありがとうございます・・・!

あなた方が動いてくれれば・・・

世界中の生存者が、互いの存在を知ることができます。

短波では届かない距離でも・・・

月からなら、一瞬で伝わるんです・・・!』


フィリップは静かにうなずいた。


「エレナ、我々は知らなかった。 

我々が存在する意義をしめしてくれて、ありがとう。


今我々の使命は決まった。

ここから地球を支援する。 世界をつなぐために!

その役目を果たす!」


その言葉に、管制室のクルーたちの背筋が伸びた。


誰もが、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じていた。

恐怖でも、絶望でもない。


――使命。


エレナの声が、震えながらも力を帯びて返ってきた。


『・・・月基地が生きている。

その事実だけで・・・

どれだけの人が救われるか・・・

あなた方は、想像以上の存在なんです・・・!』


通信がわずかに揺れ、ウインドウの終わりが近づく。

フィリップは最後に言った。


「エレナ、我々は必ず動く。

次のウインドウで、詳細を詰めよう。」


『・・・はい。

こちらも準備しておきます。

どうか・・・どうか、無事で。』


通信が途切れ、静寂が戻った。


エレナの言葉は、ただの報告ではなかった。

それは、月基地という存在に“意味”を与える宣告だった。


エレナによって、月基地の存在価値が一気に上がった。


それまでクルーたちを支えていたのは、

“生き延びたい”という、ごく個人的で小さな希望だった。


だが今――

その希望は、まるで別の形に変わりつつあった。


自分たちが人類をつなぐ。

自分たちが世界を照らす唯一の光になる。


“我々は、選ばれたのかもしれない。”

子供の頃に見た映画やアニメのヒーロー。

その影が、誰の胸にもひっそりと灯っていた。


フィリップは制御室の全員を見て、鋭い声で告げた。


「これまでの地球との通信内容は秘匿する。

地球に起きたAIの暴走の内容は、

基地に混乱を引き起こす可能性がある。


共有するのは各班長まで。


今ここで知ったことはシークレット情報とする。

わかったか!」


その声は金属壁に反響し、基地全体に刻み込まれるようだった。

クルーたちは互いに顔を見合わせ、静かにうなずいた。


「了解!」

「了解です、コマンダー!」

「了解。」


その返答は、単なる服従ではない。

“この情報を背負う覚悟”の表明だった。


フィリップはゆっくりとうなずいた。


沈黙が落ちた。

だがそれは恐怖の沈黙ではない。

使命を共有した者たちの沈黙だった。


「ケン、トーマスがまとめた地球の施設へ、出来る限り我々の存在を伝えろ。

他の者は、NOBUNAGAに対抗しうる策を構築していく。

いいか――それが、自分の家族を守ることにつながる。」


「了解!」


月基地は、この後も継続して地球との交信を試みた。

沈黙していた施設はあった。

だが、応答した施設とは確かに情報を交わせた。


――まだ、地球は完全には死んでいない。

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