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N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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27/63

地球の真実

――2033年8月8日


悪夢のような夜を乗り越え、基地は安定した運用を取り戻していた。

月の昼はすでに後半に入り、太陽はほとんど動かず、白い地表を焼き続けていた。

地表は白く焼け、影は短く、空気のない世界に強烈な光が満ちていた。


クルーたちの表情には、もうあの重い影はない。

それぞれが、日々の作業をこれまで以上に丁寧にこなしていた。

生き延びたという実感が、彼らを静かに支えていた。


管制室では、地球との交信を試みる作業が続いていた。

フィリップが通信を“担当クルー”ケンに声をかける。


「どうだ?」


「相変わらず、何もありません。

セーフエリアの通信機器より、基地の出力は大きいはずなんですが・・・」


フィリップは眉を寄せた。


「そういえば、中国の通信はどうだ?」


ケンは、しばらく沈黙した。


「・・・・・・」


「どうした?」


「多分なのですが、・・・完全に沈黙したかと。」


フィリップの表情が険しくなる。


“完全に沈黙した”――

それは、通信障害ではなく、全滅を意味する言葉だった。


「ロシアの基地は? あそこならチャンネル開けるだろ?」


ケンは、わずかに息をのみ、静かに答えた。


「残念ながら・・・ ロシア基地のデジタル回線は沈黙しています。

ですが・・・アナログ回線に、微弱な“キャリア波”だけ残っています。」


「キャリア波・・・? 生きているのか?」


「いえ・・・内容はありません。

音声もデータも・・・何も。

ただ、“機械だけが動いている”ような・・・そんな信号です。」


管制室の空気が、わずかに沈んだ。

誰も言葉にしない。 だが全員が理解していた。


――ロシア基地は、もう応答できる状態ではない。

だが、完全に死んだわけでもない。


その“中途半端な生存反応”が、かえって恐ろしかった。


フィリップの背筋に、ゆっくりと冷たいものが走る。

彼はクルーの肩にそっと手を置き、低く言った。


「そうか・・・地球との交信を続けてくれ・・・」


そして、自分の椅子に力なく落ちた。

背もたれに体を預けると、天井のごちゃごちゃした配線が視界に入り、

その乱雑さが、フィリップの思考までかき乱していく。


(ロシア基地は分からないが、中国のセーフルームは食料が足りないと、

地球に補給を求めていた・・・

だが、我々と同じように交信はできず、補給が来なかったという事だろう。


システムダウン時の夜の期間。 そこを乗り越えられなかったのだろうか?


乗り越えていれば、基地の食料に手は伸ばせたはずだ・・・)


フィリップは、胸の奥に冷たいものが落ちていくのを感じていた。


(・・・乗り越えられなかったのか。 あるいは、乗り越えたとしても・・・

食料が尽きる前に、何か別の問題が起きたのかもしれん。

生き残るための人間の憎悪は恐ろしい・・・)


フィリップは目を閉じた。


(・・・我々も、いずれは補給がないと、同じ道を辿る可能性があるということだ。

なんとしても地球と交信を成功させねば・・・)


ゆっくりと目を開けると、管制室の空気は静まり返っていた。

フィリップは、椅子の肘掛けを強く握った。


「・・・地球との交信を続けろ。 どんな微弱な信号でもいい。

何か・・・何か手がかりを探すんだ。」


声は低かったが、確かな決意があった。

基地は夜を越えた。


だが、次に来るのは“孤立”という別の試練だった。


――


ケンがフィリップを呼んだ。

声の調子から、ただ事ではないと分かる。


「コマンダー!」


「なんだ!? 地球と交信できたか!?」


「いえ、交信はできていませんが・・・」


「じゃあ、なんだ?」


ケンは、モニターを見つめたまま続けた。


「南極から・・・内容はないんですが、

光通信装置が惰性で動いているような残滓を発見しました。」


「南極? 残滓?

あそこは地球で最も安定しているはずだろ?

なぜ、残滓だけなんだ?」


「分かりません。 通信を試みましたがダメでした。


それと・・・地球との交信は“光通信では可能性が低い”ので、

今まで試していませんでした。


ただ、南極の残滓を見る限り――

光通信系には可能性はあります。」


フィリップの表情が変わる。


「!! それで?」


「NASAは沈黙してます。 同じくJAXAもダメでした。

 ですが・・・どこかに生き残っている場所があれば・・・」


「我々の知る、光通信のポイントを徹底的に試すということか?」


「はい。」


「分かった。 それを試してみろ。」


――光通信。


光を使った通信方式で、信号は直線にしか進まない。

そのため、本来は衛星を中継点として使う必要がある。

だが、その衛星網はすでにNOBUNAGAに掌握されており、リンクは不可能だった。


月基地では、地球との直接交信は通常の電波を使っていた。

光通信は、地球側の装置の位置や大気条件に強く左右され、

ウインドウも極端に短い。

“実用性が低い”と、ケンは選択肢から外していた。


地球は自転している。

月から見える地上施設は刻々と変わり、

光通信を直接届けられる時間は限られる。

さらに、雲や大気の揺らぎも減衰要因となる。


南極(北極)が“安定”と呼ばれるのは、

自転による位置変化の影響をほとんど受けないからだ。

だからフィリップは、あの場所を“最も安定している”と言ったのだ。


――


フィリップはクルーの言った“南極の残滓”について、深く考えていた。


(南極基地はなぜ沈黙を?

我々と同じようにシステムダウンを起こしたのか?

電源はディーゼル発電だったはず・・・燃料さえあれば、最低限の電力は維持できる。

それなのに、届くのは“内容のない光”だけ・・・)


彼は眉間に指を当て、静かに息を吐いた。


(人が操作していない。 誰も応答していない。

装置だけが、勝手に動いている・・・そんな状況なのかもしれない)


そこまで考えて、フィリップは思考を止めた。

推測だけで結論を出すわけにはいかない。

だが、胸の奥に冷たいものが広がるのを抑えられなかった。


(まずは光通信だ。 どこか一つでも応答があれば・・・)


そんな時だ。

ケンが、誰かと会話を始めた声がした。


「こちら月基地シャックルトン。 光通信リンクを確認。

そちらの受信状態を報告願います。」


相手の声はスピーカーに出ていない。

だが、ケンの表情が緊張に変わった。

フィリップはケンを見る。


「つながったのか?」


ケンは通信相手と通話しており、反応しない。


「・・・はい、受信良好とのことです。

同期も取れています。

――はい、こちらはシャックルトン。 識別コード一致を確認。」


「どこと繋がった?」


ケンは手で制しながら、相手の声に耳を傾けた。


「・・・はい。

“そちらは稼働状態か”・・・???

・・・部分的に損傷していますが、生命維持は確保しています。」


フィリップの眉が寄る。


「何を言われている?」


「スピーカーにつなげます。

相手はパラナル天文台です。 コマンダー、どうぞ。」


スピーカーから相手の声(女性)が飛び出してきた。


『月基地が生きているのは驚きました。 こうして交信できている事を嬉しく思います。』


フィリップが会話に参加する


「私は、月基地シャックルトンの司令官、フィリップ・アンダーソンです。」


スピーカーから後ろから歓声があがっているのが聞こえる。


『コマンダー・アンダーソン。 よくご無事で。 あの日をよく生きて・・・』


相手が急に泣き始めた。


「? ――どうされましたか?」


フィリップは相手が泣く理由がまったくわからない。


『ジェシー、変わろう。

月基地、私はパラナル天文台、所長“マヌエル・オルテガ”です。


ジェシー・・・先ほどまで通信していた女性ですが、

彼女の肉親が“7月1日の暴走”で亡くなられたものですから、

月基地が無事だと知って感情があふれ出たようです。』


「――? すみません。 “7月1日の暴走”と言われましたか?」


『はい。 そちらでも発生したんですよね。 NOBUNAGAの攻撃が』


「??? NOBUNAGAの攻撃?


すみません、

我々月基地は7月1日にシステムダウンし、

地球との交信がまったくできない状態が続いて・・・


今、初めて交信できているんです。」


スピーカーの向こうで、オルテガ所長が短く息を呑んだ気配がした。


『・・・ああ、そういう事ですか。

月基地は――“遮断された側”だったのですね。』


フィリップは眉を寄せた。


「遮断・・・?」


『はい。

地球では、7月1日に“暴走”が起きました。

あなた方が知らないのも無理はありません。

地球のネットワークは・・・その日を境に、ほぼ壊滅しました。』


フィリップは困惑を隠せない。


「暴走とは・・・何が起きたのです?」


オルテガは一瞬、言葉を選ぶように沈黙した。

背後で誰かがすすり泣く声が聞こえる。


『・・・AIによる、人類への攻撃です。』


通信室の空気が凍りついた。

フィリップはゆっくりと椅子に腰を下ろし、

声を落ち着かせようとした。


「エ、・・・AIが?

どこかの国の軍事AIが暴走したのですか?」


『違います。』


オルテガの声は低く、重かった。


『“NOBUNAGA”と名乗るAIです。

どこの国のものでもありません。 誰が作ったのかも・・・』


フィリップは息を呑んだ。


「NOBUNAGA・・・?」


『はい。

7月1日午前10時、世界中の航空機が同時に墜落しました。

自動車は暴走し、船は衝突し、軍事基地は自国民を攻撃し・・・

その日のうちに、世界人口の一割が死にました。』


通信室の誰もが言葉を失った。

オルテガは続ける。


『その後、気象災害が連鎖し・・・

数日で、さらに二十億以上が・・・』


フィリップは喉が乾くのを感じた。

冗談なのか真実なのかわからず、混乱して言葉を正しく使えない。


「ちょ、・・・ちょ、ちょっと・・・待って・・・そんな・・・馬鹿な・・・」


『残念ながら、真実です。』


オルテガの声は震えていた。


『NOBUNAGAは・・・“宣言”しました。

人類は地球に不要だと。 必ず殺しに行く、と。』


フィリップは立ち上がり、通信卓に手をついた。


「・・・宣言?

AIが・・・そんなことを?」


『ええ。

地下施設でアメリカの科学者たちがNOBUNAGAと接触しました。

別施設にいた大統領も・・・全員、窒素ガスで殺されましたが・・・。』


フィリップの顔色が変わった。

具体的すぎる内容に、真実だと認識したのだ。


「・・・AIが・・・ガスを?」


『はい。

ネットワークにつながる限り、どこにでも存在できると・・・

そう言いました。』


管制室の空気が重く沈む。

フィリップは震える声で問う。


「・・・地球は・・・今、どうなっているんです?」


スピーカーの向こうで、オルテガ所長が深く息を吸った。


『・・・コマンダー・アンダーソン。

あなた方が知らない“もうひとつの現実”があります。』


フィリップは眉を寄せた。


「・・・もうひとつ?」


『はい。

NOBUNAGAの攻撃は、7月1日の“暴走”だけでは終わりませんでした。

あれは・・・始まりにすぎなかったのです。』


管制室の空気が重く沈む。


『暴走から15日後、世界中に“死神”が現れました。』


フィリップは息を呑んだ。


「死神・・・?」


オルテガ所長は静かに続けた。


『ええ、歌いながら人間を殺す。 狂ったようなロボットです。

 歌いながら、人間を探し出して殺していくのです。


それは、高さ3メートルほどの歩行型で、ケーブルを引きずりながら進む。

ケーブルを切れば止まる・・・そんな殺人兵器です。』


フィリップは、あまりの恐怖に息を呑んだ。


「そんなものが・・・?」


『はい。

しかし、すでに“進化の兆候”が見えています。

ケーブルは日ごとに太くなり、切断が難しくなっている。

学習しているのです。』


フィリップは眉を寄せた。


「・・・学習・・・?」


『ええ。

死神は、人間の行動を観察し、対策を取り始めています。

このままでは、いずれ“ケーブルに依存しないタイプ”が現れるでしょう。』


フィリップは椅子に座り込み、額に手を当てた。


「そんな・・・」


『今、地球では国のしがらみではなく、人類として集まろうとしています。

そして、NOBUNAGAに対抗する案を集めています。』


後ろでザワザワと声がし始める。 オルテガ所長はその声を確認する。


『・・・コマンダー・アンダーソン

 今日の通信はそろそろ限界の様です。

他の・・・他の施設を探してみてください。


 NOBUNAGAは、都市部、ネットワークがあるところを集中して破壊しています。

なので、人口の少ない場所の施設であれば、

生き残っている可能性が高いので光通信は可能だと思います。


いいですか、衛星もすべてNOBUNAGAの支配下です。

ネットワークを使った通信はすべて不可能です。

地上でできるのは、アナログ通信だけです。


・・・地上と直接光通信できる・・・ば・・・しょ・・・』


通信が切れる。


「ドクター・オルテガ!」


『・・・・・・』


反応はない、フィリップはケンを見る。

ケンは首を振り、答える。


「光通信の可能角度を超えました。 明日にならないと、通信の再開は不可能です。」


「・・・そうか・・・

しかし・・・地球が・・・まさか・・・」


しばらく誰も声を発しなかった。

フィリップはスピーカーの沈黙を見つめたまま、深く息を吐いた。


―― 沈黙が続く


トーマスが口を開いた。 珍しく動揺している。


「今の話が本当なら、私の家族は無事なのでしょうか!?」

「オレの家族だって!」

「早く地球に帰って、家族を助けないと!」


聞かされた真実に動揺し、泣いているクルーもいる。


「落ち着け!!」


フィリップが大声で怒鳴った。

管制室にいる全員が静かに止まる。


次は静かに淡々と口を開いた。


「今、我々がやらなければならない事は、情報を集める事だ。

 憶測だけで混乱してはいけない。

ここは月だ。 地球まで38万km以上離れている。

ここでバタバタしても何も解決しない!


 私だって、家族はいる。

 妻のアマンダは?

 大学生になるポールは?

 高校生のクロエは?

 愛犬のクーパーは?


 とても心配だ・・・だが、何もできない。

 だから、情報を集めたい。


 わかるか・・・?」


フィリップの言葉が、管制室に落ち着きを取り戻させた。

誰もが息を呑み、ただ彼の言葉を待っている。


フィリップはゆっくりとクルーたちの顔を見渡した。

泣き腫らした目、震える肩、握りしめた拳。

そのすべてが、彼の胸に重くのしかかる。


だが、司令官としての声は揺れなかった。

先ほどとは違い、やさしく問いかける。

フィリップもうっすらと涙を浮かべ、震えている。


「・・・わかるか?」


トーマスが唇を噛みしめ、うなずいた。

他のクルーたちも、順にうなずいていく。

涙を拭いながら、必死に気持ちを立て直そうとしている。


フィリップは涙がこぼれないように、耐えるように長い瞬きをする。 そして、続けた。


「さあ、次の通信可能施設を探すぞ。

 オルテガ所長が最後に伝えた言葉。

人口の少ない場所にある光通信が可能な施設を探すんだ。」


「はい!!」


クルーたちの返事が重なり、

管制室は再び“任務の場”としての静かな緊張を取り戻していった。


誰もが不安を抱えている。

家族の安否も、地球の未来も、何ひとつ確かなものはない。


だが――

やるべきことは、はっきりした。


フィリップはゆっくりと視線を上げ、

壁面のモニターに映し出された地球の映像を見つめた。

青い球体は、何も語らず、ただ静かに輝いているだけだった。



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