表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
N.M.― 起源分岐戦争  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/62

太陽光パネル

――― 2033年7月20日


月面基地は、巨大クレーターの影の中に沈んでいた。

太陽はすでにクレーターの縁に触れかけ、光は細い帯となって斜めに差し込み、基地全体を“灰色の薄闇”へと沈めていく。


だが――

その闇の向こう、約1.2キロ先のクレーター頂上だけは、まるで別世界だった。

そこに建つ予備バッテリーコンテナは、まだ太陽の直射を受けており、

金属外装が白く輝いている。まるで“灯台”のように、闇の中に浮かび上がっていた。


その少し離れた場所には、基地用の巨大な太陽光パネル群が、クレーターの縁に沿ってずらりと並んでいる。

パネルは、迫りくる夜に抗うように、残された太陽光を一分でも長く集めようと静かに輝いていた。


地平線の向こうから、夜の闇がじわじわと広がり始めている。

パネルの表面に反射する光だけが、時間の流れをわずかに遅らせているように見えた。

基地の中では、誰もがこの光が消える瞬間を恐れている。

太陽が完全に沈むまで、あとわずか――。

その一瞬一瞬が、基地の運命を左右するのだった。


―― エアロック


ブリーフィングを終えたクルーたちが、

エアロック前の狭い通路にぎっしりと集まっていた。

総勢16名。フォーマンセル4チーム。

今日の作業班を率いるのはレオンだ。

レオンが全員を見渡し、短く息を吸う。


「いいか、時間がない。

ケーブルを最短で接続し、パネルを生かし、基地のバッテリーに1ワットでも多く流す。

――それが今日の俺たちの任務だ。」


ミラーがすぐに続く。


「エアロックの容量の都合で、外に出られるのは二チームずつだ。

まず第1班と第2班。

この二つでケーブルを引きながら、基地側から伸ばしていく。

第3班と第4班は、1・2班が出たらすぐに加圧して続いてくれ。

遅れは許されない。」


レオンが再び前に出る。


「予備バッテリーコンテナまでは1.2キロ。

 しかも――上り坂だ。 足元には十分注意しろ。

第3班は倉庫から変換機を運ぶ。

第4班は砂塵の監視とバックアップだ。

どれも欠けたら終わりだ。頼むぞ。」


レオンが胸の前にこぶしを突き出す。

全員が同じようにこぶしを作り、ぶつけ合った。


その瞬間、サムが声を張り上げる。


「行くぞ! 地獄はもう味わったんだ。 こんなの、乗り越えて当然だろ!」


「おおーっ!」


1班と2班がぶつけたこぶしを上に振り上げ、エアロックへと入っていく。


―― エアロック前


エアロックが開く瞬間、月面の冷気が薄い霧のように流れ込み、

作業班全員のヘルメット越しに警告音が短く鳴り響いた。


(外気温、マイナス168度。 砂塵レベル、警戒域。)


ヘルメット内部のスピーカーが微かに震え、

フィリップの落ち着いた声が管制室から届く。


(こちら管制。 残り時間、111時間42分。 ――幸運を祈る。)


その言葉が終わると同時に、外扉が完全に開き、

灰色の光と静電気を帯びた砂塵が、ゆっくりと彼らを迎え入れた。


彼らの足元を月の砂塵が静かに舞い上がる。

誰もが無言のまま視線を交わし、これから始まる過酷な任務への覚悟をそれぞれの胸に刻んだ。

冷たい宇宙空間の静寂が、かえって彼らの決意を際立たせていた。


外作業していたクルー達が、管制室から指示を受けたのか、ケーブルのリールを持ってきてくれていた。

レオンが気づき、短く礼を言う。


「すまんな。」


(クルーA)

「重いぞ。 ・・・オレ達も手伝えればいいんだが・・・」


「お前達には、お前達のやるべき仕事がある。」


レオンはそう言って、相手の胸にトントンとこぶしをあてた。


レオンが1班と2班に指示する。


「我々一人一人が150mを担当する。

ケーブルはとにかく重い。 1/6だろうと気を付けろ。

持ち上げられても、ふらついたら終わりだからな。」


皆が分かったという顔をする。


ケーブルのリールを持ち上げて肩にかける。

地球なら直径5cm・150mのケーブルの重さは200キロ。

月では重さは1/6になり、約33キロ相当だ。


肩にのしかかる“押しつける力”は確かに軽い。

だが――質量は200キロのまま。

動かそうとした瞬間、地球と同じ慣性が全身に襲いかかる。


一歩踏み出しただけで、その質量が体を前へと“負荷をかけてくる”のが分かる。

サムが数歩歩いて、立ち止ってコンテナを見上げる。


「こりゃ、キツイぜ・・・ 明日は筋肉痛か?」


ケーブルを抱え、クレーターの斜面を登っていくクルー達


沈黙が逆につらかった。 何か話して気を紛らわしたい。

ミラーが一番に口を開いた。


「はあ・・・はあ・・・この作業・・・大昔の訓練と比べても、・・・今までで一番キツイな。」


リードが、ミラーの言葉に応じる。


「先は・・・まだ・・・長いですね・・・」


「はあ・・・はあ・・・・はあ・・・」


サムはもう言葉にならない。

それでも、なんとか無駄口を叩く。


「そもそも・・・地球で200キロとか・・・無理っしょ!

筋量・・・減らしてなくてよかった!」


「そういや・・・ここんとこ・・・トレーニング・・・出来てませんね・・・」


ミラーが“そういや”って顔で答えた。

レオンは苦しそうな顔をしてたが、ふっと笑って会話に入った。


「毎日寝る間を惜しんで・・・基地の復旧してたんだ・・・

逆に・・・これがトレーニングだと思えば・・・気が楽だ。」


レオンの突拍子もない言い方に、皆が笑う。


「ははは・・・違いねえ・・・!」


「休んだ分・・・トレーニング・・・頑張りましょう!


「・・・じゃあ・・・負荷を上げますかね・・・」


一番後ろを歩くレオンが、立ち止まって振り返り2班の様子をうかがう。

2班は基地から600mまでを担当するので、すでにリールを転がしてケーブルを敷設している。


その瞬間、ぎょっ!とした。


2班の4人が、

三人がかりでリールを押さえ込み、残りの一人が必死にケーブルのねじれを取っている。


斜面でリールが跳ねるたび、3人の体がぐらりと揺れた。


レオンが慌てて無線を開く。


「こちらレオン。 2班、応答してくれ。」


ミラー、リード、サムが立ち止まって振り返る。

無線に荒い声が流れ込む。


(はあ・・・はあ・・・なんだ?)


「上から見てるんだが、その人数で1リールなのか?」


(ああ・・・とてもじゃないが・・・1人じゃ無理だ・・・1人でも“転がす”だけならできるんだが・・・いったん走り出したら止められない・・・)


レオンは歯を食いしばった。


月ではケーブルの“重さ”は33キロでも、質量は200キロのまま。

しかも斜面。

リールは少しでも手を離せば暴走する。


「これだから、作業経験のない奴の・・・机上提案はダメなんだ・・・!」


怒りを抑えきれず、レオンは管制に回線を切り替えた。


「管制室! こちらレオン!! トラブルだ!!」


(どうした!?)


「ハワードのやつ、計算ミスってる!!

 ケーブル敷設は“1リールにつき4人”必要だ!!

今の人数じゃ・・・作業が進まない!!」


管制室ではフィリップとトーマスがハワードを見る。

ハワードは青ざめて首を振った。


「り、理論上は・・・一人でも・・・可能なはずですが・・・」


その答えに、トーマスが怒鳴り返す。


「現場が無理と言ってるんだ! 理論じゃない!!」


そこにレオンの無線が入る。


(今の編成じゃ無理だ!

 計算では6時間だったが・・・実際は“4倍”の24時間かかる!

24時間ぶっ通しで働けるわけがない!!)


フィリップが額の汗をぬぐいながら、まだ興奮が収まらないトーマスの肩を軽く叩いた。


「落ち着け・・・早く対策をとらんとならん。」


フィリップの言葉に我に返るトーマス。


「ふ~~~・・・。

今、1班と2班で8人。

これを4倍にすると32人が必要になります。

追加で14人・・・作業班を全部投入しても足りません。」


「ふむ・・・根本的な問題だな。」


フィリップは腕を組み、ゆっくりとハワードへ視線を向けた。


「ハワード、考えたお前が行くか?」


「い、行きたいのは・・・や、山々ですが・・・」


「反省してるなら、そこは“行く”って言うべきだろ。」


トーマスの語気が再び荒くなり、

ハワードは慌てて姿勢を正した。


「い、行きます! 行かせてください!!」


「よし、準備して行け!

砂塵の監視班――3班と交代だ。

立ちっぱなしだ。 疲れても手をぬくなよ。」


「りょ、了解です。」


そう言って、ハワードは管制室から出て行った。


「まだ足りません。」


「3班を2人にしてはどうだ?」


「そうですね。 運び出してしまえば、技術班でもチェックや接続は可能ですね。

ケン! 技術班に3班が変換機を所定場所に設置したら、4人行くように伝えろ!」


(ケン)

「了解。 伝えます。」


そこに再びレオンからコールサインが飛び込んでくる。


(1班は、リールを、敷設開始ポイントまで運びます。

つまり、750m、900m、1050m、1200mでリールを設置。

手の空いたクルーは2班の方へ戻り、

置き去りのリールを敷設ポイントまで運ぶを繰り返します。

あとは、そちらでうまい具合に人数を振り分けてください。 オーバー!)


「レオン。 了解だ。」


フィリップが短く返し、すぐに周囲へ指示を飛ばした。


「よし、1班はリールの前進。

2班は敷設に専念。

作業を終わらせた他のクルーを随時投入する。

3班は二名体制に縮小し、運び出した後は、全員敷設を手伝え。

あと、技術班から3名ぐらい変換機のチェックに行かせろ!」


トーマスが端末を操作しながら、眉をひそめる。


「・・・しかし、これでもギリギリです。

リールの数と距離を考えると、

“戻り組”のローテーションが詰まります。」


「詰まったら詰まったで、現場がまた何か考えるさ。」


フィリップは苦笑しつつも、声に焦りを滲ませた。


「今は動かすしかない。」


そこへ、レオンの声が再び無線に割り込む。


(フィリップ、補足だ。

斜面の角度がきつくなるのは650m付近だ。

2班の負荷が跳ね上がる。

戻り組は“そこ”に優先投入してくれ。 オーバー)


「了解した。」


フィリップは即座にトーマスへ視線を送る。


「650m地点に人を集中させろ。

あそこが崩れたら全体が止まる。」


「はい、すぐに。」


管制室の空気が一気に引き締まった。


――750m地点


最後尾を歩いていたレオンが担いでいたリールを、跳ねないように地面にそっと置く。


「オレは2班のリールに戻るからな! あとは頼む。」


3人目を歩いていたミラーが振り返り答えた。


「わかった。 オレもすぐいく。」


レオンはクレーターの斜面をはねながら走り降りていく。


「転ぶなよ。」


レオンは振り返らず、こぶしの親指を立てて答えた。

ミラーは前を向き


「急ぐぞ!!」


――150m地点


レオンが2班の置き去りにされたリールのところへたどり着くと、

ちょうど3班の二人が駆けつけていた。


「どっちの方が体力はある?」


二人は顔を見合わせ、一人が手を挙げる。

レオンは、手を挙げていない方を指さした。


「お前が300m地点まで。もう一人が450m。オレが600mだ。

300で下ろしたら、450までの間を手伝え。

1班のミラーが降りてくるはずだ。

合流して、その三人で450から300まで敷設していけ。

オレも運び終えたら戻る。」


言い終えるより早く、レオンはリールへ手を伸ばしていた。

3班の二人も慌てて置かれているリールに回り込む。


レオンはリールの縁を両手で押さえ、ゆっくりと持ち上げる。

低重力のせいで、慌てて持ち上げると、慣性がかかって危険だ。


「慌てて動くなよ。 リールの質量は200キロだ。

ふらつくだけで危ないぞ。」


「了解。」


3班の一人が慎重に持ち上げる。

だが体勢が悪く、ふらりと身体が流された。

もう一人が咄嗟に肩をつかんで支え、事なきを得る。


「やばい・・・今のでレオンの言った意味がわかった。」

「気を付けよう・・・」


二人がそう確認して、上りの道を確認すると、レオンはすでに50m以上先を歩いていた。

慌ててレオンを追うが、その差はどんどん開いていった。


――900m地点


1班の三人は900m地点に到達した。

ミラーがリールをそっと地面に置き、リードとサムも続いて荷を下ろす。


「はっ・・・はっ・・・あんまり休憩時間は・・・取れないぞ。」


ミラーが息を切らしながら言う。


「はあ・・・はあ・・・わかってますって・・・はあ・・・1分・・・1分だけ・・・」


サムが懇願するように言った。


「1分だけだぞ!」


リードはそう言い残し、来た道を飛ぶように走って戻っていく。

その背中を見送りながら、ミラーとサムは岩に腰を下ろした。

サムが背中を丸めたままつぶやく。


「レオンもミラーも、体力すげえなあ〜・・・」


「お前はトレーニングをさぼりすぎなんだよ。」


「え、そういうこと言いますか・・・?」


ミラーは苦笑し、肩をすくめた。


「オレは歳だ。 もう、宇宙生活の残り時間はないな・・・」


「そうか、リードは次の帰還船で、戻る予定でしたね。」


「ああ。 基地のシステムダウンで、

スケジュールがどうなるかわからんけどな・・・」


ミラーはゆっくりと立ち上がり、

遠くの地平線を見つめた。


「・・・地球との連絡か・・・」


地平線には、薄い砂塵がゆらゆらと漂っていた。

その上、真っ黒な空の中に、小さな青い星が静かに浮かんでいる。


まるで、遠くからこちらを見守っているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ