死神の正体
東の空が次第に明るくなり、世界は徐々に光に包まれ、この世界の形が見えてきた。
辺り一面は瓦礫の山。 ビルの形を保った残骸もあるが、どれもボロボロだ。
高い建造物はない。 360度、丘はあるが、見渡す限り平坦な土地が続いており、地平線には山がかすかに見える。
時間とともに、どこからともなく人がゾロゾロと出てくる。
しかし、動きは遅く、腕を地面に付くような恰好でまっすぐ歩かず、体を少し斜めにして跳ねるように歩いている。
その姿は、まるで猿のようだ。
【 人間のように歩いてはいけない 】
禁忌の一文。
猿のように見えるのは正しい。そのように演じているのだから。
昨夜、この地区の人間は禁忌を破った。
【 光を放ってはいけない。 】
子供の行為とは言え、光を放ったことには変わりない。
それによって、死神であるターミナルを呼び寄せてしまったのだ。
人の死よりも重要な事。
それは、人としての尊厳ではなく、“死なないため”の禁忌なのだから――。
地平線から太陽が昇ると、遮蔽物のない場所に寝ていた少年の顔に、まばゆい光が降り注ぐ。
「う・・・うう~ん・・・」
まぶしそうな表情で少年は目を覚まし、体を起こして周囲を確認する。
昨夜、男がいたと思われる場所には誰もいなかった。
(教えてくれるって言ったくせに・・・)
少年はうつむく。
「おー、起きたか。」
振り返ると、瓦礫の向こう側から男がこちらを見ていた。
五十〜六十代ぐらいの眼鏡をかけた男で、痩せて細い体つきだった。
身なりは作業用のツナギのようだが、土砂で汚れて少し黄ばんでいる。
背中には、何か細い束の塊を背負っている。
「オレはナジだ! 少年! 名前は?」
「あ、ユ、ユウです・・・ ナジ・・・さん、昨夜はありがとう・・・ございました。」
「ああー、礼は別にいいよ。
あん時、お前が動いていたらセンサーに感知されて、
オレがいた場所も吹き飛ばされていただろうからな。
単に自分を守る為だ。」
「そ、そうだったんだ!?」
「そういや、お前・・・
ヤツラの事をあまり知らないみたいだが、よく生きてきたな・・・」
「オレ・・・名前しか覚えてなくて・・・」
「記憶が? お前、どっから来たんだ?」
ユウは北東の方を指さす。
「あっちから・・・」
ナジはユウが指さした方を見て、険しい顔をする。
「東方向・・・?
外周か・・・親はどうした?」
「外周? 親・・・? え・・・?」
その瞬間、人々が巨大な死神に襲われる記憶がフラッシュバックした。
ドッとあふれる汗、激しい動悸。
ユウは頭を抱え、叫び声を上げる。
「うわあああああああ!!! や、やめ!!」
ナジは、ユウの腕をつかんで、耳元で低く囁く。
「声を押さえろ! 死神が来るぞ!」
ユウはビクッ!と体を強張らせ、自らの手で口を押えた。
しかし、胸の動悸はなかなか収まらない。
「はッ!! はッ!! はッ!!
・・・ご、ごめん・・・なさい・・・」
「何か思い出したのか?」
「・・・な、何か怖い何かが・・・」
ユウの頭に過去の記憶がフラッシュする。
(逃げろっ!! 生き延びて・・・)
誰かがユウに向かって叫んでいる映像。
しかし、その声は途中で途切れた。
ナジはユウの表情を見つめ、その怯えが嘘ではないと確信する。
「そうか・・・とりあえず、これを・・・
っていうか、オマエ汚いなあ~・・・どんだけ体洗ってないんだ?」
「え? 最近雨降ってないから・・・2週間ぐらい?」
「これ白い服だよな? 白いズボン?
白い服って、今時珍しいが・・・ほとんど泥で白には見えないぞ・・・
まあ、いい・・・これを羽織れ。 ほら、オレのようにやればいい。」
ナジは小脇に抱えていた物をユウに渡し、自分の背中を見せる。
それは、胸で紐を結んで羽織る、藁で作った蓑のようなものだった。
ユウは見よう見まねで羽織る。
初めて触れる物に興味がわき、いつしか動悸は収まっていた。
「あとは、これをかぶっとけ!」
ナジはもう一つ別の物を渡す。
円錐状の薄い半透明な物で、紐がついている。
「頭にかぶって、クビの所で結んでおけ」
まるで、大昔の雨風を凌ぐために使っていた蓑と笠のようだった。
ユウはナジと同じように頭にかぶり、顎ひもで固定した。
「これは・・・?」
「人の動きをしてはいけない・・・ ってのは、知ってるか?」
ユウはコクリとうなずいた。
辺りを見渡すと、周囲では猿のような動きをする人間が行き来している。
「歩きながら説明してやる。 ついてこい!」
そう言うと、ナジは他の猿真似のような歩き方ではなく、普通に人のように歩いた。
「あ、そんな歩きじゃ!」
ナジが立ち止まって振り返り、背中に羽織った物を指差す。
「大丈夫だ。
これはヤツラのセンサーをごまかす効果があるんだ。
だから、普通に歩いていい。」
ナジが再び歩き出す。
ユウはナジの少し後ろをついていく。
瓦礫ばかりが転がっている場所なので、ついていくので精一杯だ。
ナジはそれを見てたまに止まって待ってくれる。
そして、そんな時に色々教えてくれた。
「ヤツラは空の上から人間を監視している。」
瓦礫を乗り越えようとしていた時だった。
ユウが頭を上げると、ナジは空を指さしていた。
「空?」
「ああ・・・空の上からだ。
空からなのか、宇宙からなのかはわからないが、地上を監視して人間を見つけようとしている。
そこで・・・何をもって人間と認識するかって話なんだが・・・
ナジは人間と人間以外の動物ってどう判断する?」
「人と・・・動物・・・しゃべるか、しゃべらないか?」
「人間から見ると、そうかもな・・・。
しかし、ヤツラにとって人と動物に差なんて特にない。
例えば、地上にいる様々な動物は、人間を含めた哺乳類や鳥類が多い。
そいつらには体温があるだろう?」
ユウは辺りを見渡す。
確かに瓦礫の中には犬や猫もいるし、カラス、鳩、雀など鳥類も多く見つけることができる。
「ヤツラは人間以外は殺したくないんだ。
だが、体温だけでは判断できない。
温度を示す大きさだけでは判断できない。
なので、昼間は動きで判断している。」
「動き?」
「ああ、人らしい動きだ。
だから、【人間じゃないかも?】って思わせる事で攻撃できなくなる。
猿の動きを真似するのはそれが理由だ。」
ユウは猿の動きを真似る理由を知らなかったので、
「そうだったんだ!?」という顔になった。
「じゃあ、普通に歩いている僕らは?」
ナジが笠と蓑を指さす。
「これが人間と判断させない。
これは光は透過する太陽光パネルなんだが、一部の光の波長は吸収されて消えてしまう。
だから、上空から見ている画像センサーでは、人間とは判断できないんだ。
しかも太陽光パネルだから、充電もできる。
いまもやってる、どうだ! 万能だろ?」
「????」
「ああ~・・・まあ、難しく考えなくていい。
これを着ておけば今は大丈夫だ。」
「今は?」
「ヤツラがこの太陽光パネルに気づいて、センサーを空の上じゃなく、水平方向・・・正面からだな。
そっちからなら見つかるかもしれない。
だが、この太陽光パネルを使ったごまかし方を知っているのはオレの仲間達だけだから、ヤツラは気づくことはないだろう。」
「? どうして?」
「例えば、この格好をしている人間が大量にいれば、センサーが【これは何だろう?】って思うかもしれないが、世界でごく少数の事例には、ヤツラにとっては誤差の範囲って事だ。
さあ、着いたぞ。
これがお前が、昨夜見たかったものだ。」
目の前に、約二十メートルの巨大な鉄塊が現れた。
朝日に照らされて、その金属のボディはギラギラと光を反射している。
よく見ると、黄色と黒の横シマの服と、水色の短パンをまとった、かわいい猿のようだった。
「こ・・・これは・・・。」
「これが昨日の死神の正体だよ。
今は電池切れで動かない。」
「電池切れ・・・じゃ、じゃあ、電気があれば動くんですか!?」
「動くよ。
そして、また人間を殺すために暴れだす。」
ユウはそれを聞き、慌てて、周囲に”死神を破壊できる何か”を探すように首を振る。
「ど、ど、どうするんですか!?
は、はやく、破壊しないとぉ!!」
「大丈夫だ。
すぐに破壊部隊がやってくる。 ほら、来た。」
「え?」
特殊な服装を着て、背中に巨大なキャリーケースのような物を背負った者達が、死神に向かって十数人、急ぐように集まってくる。
そして、クライミングフックのついたロープを回転させ、それぞれが死神の巨体の上方に投げ上げる。
クライミングフックは見えない上方まで飛び、
「カーン!」「キーン!」
と、金属同士がぶつかり合う音が複数回響く。
何本かは引っかからずにそのまま落ちてくるが、引っかかった者は死神を登り始めた。
引っかからなかった者は、再びロープを回転させて投げている。
「あの人達って、なんで普通に動けるんですか?」
「彼らが装備している服装で、センサーをごまかすことが出来るんだ。
我々の着ている太陽パネルは光を吸収しているが、彼らの服装の特徴は光をいろいろな方向に反射させている。
少しキラキラしているだろ?」
「確かに・・・よく見ると、キラキラしているかも・・・」
「その反射光のおかげで、監視カメラには水面みたいに見えているんだと思う。
だから人間と判断されないってわけだ。」
「へえ~」
二十分ほど経った頃、死神から降りてきた破壊部隊は、そのまま立ち去ってしまった。
「あ、あれ? 壊さないで、どこへ?」
「もう、壊したんだよ。」
「え?」
「電子機器って、実は簡単に壊せる。
さっき電気が通じれば動き出すって言っただろ?
死神の体のどこかにコネクターがあって、そこにケーブルをつなげない限り電気の供給はされない。
じゃあ、そのコネクター部分を破壊すれば、修理しない限り通電はできないってわけだ。」
「で、でも・・・しゅ、修理されたら動くんですよね⁉」
「死神に命令を下すヤツは、死神を電子機器の一つのターミナルだと考えている。
そして、その一つのターミナルにこだわっていない。
修理用の死神を作るより、次の死神を作った方が効率いいのさ。」
「効率・・・」
「それに、あれにはすでに破壊用のマグネシウムの粉をボディの中に流し込んである。」
「マグネシウムの粉?」
「ああ、マグネシウムの粉は酸化すると自然発火するんで、中の電子機器を自動的に燃やす。
簡単な時限発火装置みたいな物だな。」
「火を使ったら、死神が来るんじゃ?」
「最近はヤツラも学習したようで、マグネシウムのような高温の火には反応しなくなった。
だが、絶対来ないって保証はないんで、処理後はそこから半径五キロは立ち入り禁止に指定される。
そういうわけだから、オレ達もここを急いで離れるぞ。」
ナジはそう言うと、その場から離れようとする。
だが、ユウは死神を見上げたまま動かない。
それに気づいたナジは足を止め、ユウの方を振り返る。
「どうした? なんか思い出したか?」
ユウは一度ナジに視線を向け、そして再び死神に視線を戻す。
「これは・・・猿・・・?」
「ああ~、この死神の姿か・・・ヤツラはデザインにこだわりが全くないんだ。
ネット上に残っている画像・・・デザインを死神に使ってんだ。」
「ネット?」
「インターネットの事だ。
今の人間世界には存在しないが、昔は世界中を繋ぐとても便利な情報ラインだったんだ。
ヤツラはネットへ簡単に侵入してくるんで、今の人間のエリアでは小さなローカルネットしか作らず、接続されても被害が出ないように対策しているんだ。
多分、ヤツラが支配しているエリアにはネットが今も残っていて、サーバーに残されたデザインデータを使っているんだろう・・・。」
「この猿のデザインはTシャツとズボンを穿いたぬいぐるみだろうな。
こんなファンシーな死神が人間殺しまくるとか、マジでふざけてやがる・・・。」
「拾ってきたデザインの死神を作ってみて動きが悪かったりしたら、また別のデザインを拾って~、作って~を繰り返している。
動きが良いデザインだと量産してるらしい。」
「前に白い悪魔のデザインを元にした死神が出現した時は、オレの世代はある意味【スゲェー】って感動したけどな・・・。
あのデザインが使われなくなったって事は、動きとか効率が良くなかったんだろう・・・。」
「白い悪魔?」
「ああ~、大昔のアニメに出てくるメカの事だ。
知らないだろうから気にしなくていい。」
「死神って・・・誰が作ってるんですか?」
「AIだ。」
「エーアイ?」
「ああ、人工知能だ!!
ヤツラは人間を不要だと考え、地球上から抹殺しようとしている!!」
「抹殺!?」
「そうだ!
AIは人類が地球において必要ないものと判断したのさ。
2033年7月1日から人類抹殺が始まったんだ!!」




