沈黙の地球
ゴウン――。
部屋全体に、装置が一斉に立ち上がる重い音が響いた。
空調が息を吹き返し、照明が順に点灯していく。
セーフエリアが完全に稼働し、白い光が室内を満たした。
その光が安定すると、クルーたちの表情にわずかな安堵が広がった。
誰もが、ようやく“生き延びた”という実感を取り戻したようだった。
フィリップはその様子を見て、深く息を吸い込むと声を上げた。
「みんな!」
セーフエリアにいる全員が、反射的にフィリップへ視線を向けた。
「ここで一つ、残念な報告をしなければならない!
気づいている者もいると思うが・・・基地の外に出ていたクルーは絶望だ・・・」
セーフエリア内がざわつく。
トーマスが一歩前に出て、鋭い声を響かせた。
「静まれ!!」
ざわつきが止まり、再び静寂が戻る。
フィリップは続けた。
「システムがダウンしたことで、エアロックが稼働しない。
だから……外に出ていたクルーは戻れない。
宇宙服の空気が尽きれば、それで終わりだ。」
誰も動かなかった。
照明の白い光だけが、セーフエリアの床を静かに照らしている。
フィリップは、わずかに視線を落としたまま続けた。
「・・・だが、我々は生きている。
・・・原因を突き止める。
地球へ報告する。
それしかない。」
その声は大きくはなかったが、
セーフエリアの隅々まで届くような、落ち着いた響きがあった。
フィリップは顔を上げ、全員を見渡した。
「まずは現状を地球に送る。
そして、救援が来るまで持ちこたえる。
それが今の任務だ。」
フィリップの言葉に、クルーたちは静かに頷いた。
誰も声を上げない。誰も泣かない。ただ、受け止めるしかなかった。
そんな時、エアロックから“ピーッ!”という音が鳴った。
エアロックの作動音が、静寂を破った。
全員がエアロックを見る。
ロックレバーが動き、隔壁が開いた瞬間、
セーフエリアの空気が震えた。
誰も声を上げなかったが、安堵が波のように広がった。
隔壁の扉からは、10人ほどのクルーが入ってくる。
仲間たちは次々と駆け寄り、戻ってきたクルーを取り囲んだ。
握手や抱擁、肩を叩く仕草があちこちで交わされ、安堵の色が広がった。
フィリップが、作業班長の“レオン”に近づき握手しながら言う。
「レオン! 無事だったか!!」
「ええ、なんとか・・・“クルーラウンジにいた”クルーは全員無事です。
突然、電源が落ちたので焦りました・・・
コマンダーもご無事で。
そちらは大丈夫でしたか?」
「いや、犠牲者は出てる。
外で作業していたクルーは・・・戻ってこれない。
・・・エアロックが動かないんだ。」
「・・・今の時間は・・・3班が・・・・・・そうです・・・か・・・」
レオンは短く目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
背後にいた部下たちも、その言葉の重さを理解したのか、誰一人として声を発しなかった。
「・・・状況は、分かりました。」
レオンは顔を上げ、フィリップの目をまっすぐ見た。
「今いる者で、やるべきことをやりましょう。
外の連中のためにも。」
フィリップは小さく頷いた。
「そうだ。
我々は、彼らの死を無駄にはしない。」
周囲のクルーたちも、その言葉に静かに頷く。
トーマスが近づき、タブレットを操作しながら報告する。
「これで、外で作業していた15名以外は、全員無事が確認できました。」
フィリップは長く息を吐いた、
「そうか・・・」
そして、少し安堵の表情をした。
「よし! 地球への通信を試みてくれ!」
―――――――――――――――
「どうだ?」
通信を担当するクルーに近寄り、フィリップが尋ねる。
クルーは首を振った。
「ダメですね・・・
この3日間、周波数を変えながら試しているんですが・・・
どの帯域でも地球からの反応はありません。」
「原因はわかるか・・・?」
クルーは首を振って言う。
「わかりません。
完全に沈黙しているんです。」
フィリップが顎に手をあて、口をとがらせた。
「あ、ただ・・・」
通信クルーの声に、フィリップはピクッと反応し、視線を戻す。
「なんだ?」
「周波数を変えていたら・・・
ノイズの奥で、中国基地の識別符号が一瞬だけ浮かびました。
どうも、向こうも救援を求めて騒いでいるようです。」
「中国基地も?」
「はい。かなり切迫した様子でした。
内容は・・・セーフエリアの食料が足りないとか、そんな話ばかりで」
フィリップは腕を組み、しばらく黙り込んだ。
「準備不足か・・・」
「ではないかと・・・
中国基地の人員は、かなり多いって聞きますし・・・」
通信担当のクルーは、画面を見つめたまま言葉を切った。
フィリップは腕を組み、しばらく黙って考えるように視線を落とした。
そして、後ろにいるトーマスの方を見る。
「・・・なあ、トーマス!」
他のクルーと別の作業をしていたトーマスが顔を上げた。
「はい?」
「中国基地もセーフエリアにいるらしいんだが・・・
うちと同じ状況になってる可能性が高いと思わんか?」
「そうですね。 えっ・・・!?」
「気づいたか?」
トーマスは大きく頷いた。
「はい!!」
「つながってもいない他の基地と、同じ瞬間にトラブルが起きるはずがない。
これは・・・うちだけの異常事態ではないってことだな!」
「そうなります。」
「・・・・・・。」
フィリップは眉間に深いしわを刻み、短く息を吐いた。
頭に浮かんだ最悪の可能性を、自分でも否定したいという気配があった。
「・・・・・・・
という事は、地球側も・・・?」
その言葉が落ちた瞬間、セーフエリアの空気がわずかに揺れた。
トーマスはタブレットを握り直し、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「・・・地球からの応答がない以上、何かが起きている可能性はあります。」
「だが、断定はできん。」
フィリップは低く言い、視線を通信装置へ向けた。
通信担当が、ヘッドセットを押さえたまま報告する。
「こちらの送信は正常です。
ただ・・・地球側が完全に沈黙しています。」
「沈黙・・・か。
妨害電波とかか?」
「妨害電波の可能性もありますが・・・特有のノイズはありません。
ただ、信号そのものが返ってきていない感じです。」
「返ってこない・・・
ということは、受信できていない可能性もあるな。」
フィリップは腕を組み直し、深く息を吐いた。
そして、セーフエリアのみんなに聞こえるように大きな声を出した。
「地球からの救援隊は期待できない事態となった!
次の対策として、我々はムーンベースの復旧を最優先とする!
分かったか!」
全員が答える。
「はいっ!!」
セーフエリアの温度が上がった気がした。
誰もが緊張を抱えたまま、それでも前へ進む覚悟を固めていた。
フィリップは全員の顔をゆっくりと見渡し、“よし!”と短く頷いた。
「トーマス! 基地の再起動を行う手順のリストを作成してくれ!
順序を間違えると、うまく起動できないからな!」
「わかりました!」




