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N.M.  作者: ブラックななこ
死神(過去編)

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18/22

ムーンベース

老人が丸窓をのぞき込むように、顔を近づけ外を見ている。

窓の外には地平線ギリギリに浮かぶ“青い球体”。

その光は、月面の灰色の世界には不釣り合いなほど柔らかく、

老人の瞳に淡い青を落としていた。


外では、微細な砂塵が風もないのに舞い上がり、

窓に当たっては “チチチ…” と乾いた音を刻む。


ここは月面基地。

そして――

NOBUNAGAが唯一攻撃してこないエリアだ。


「ここにおられましたか。 コマンダー・フィリップ。」


老人が振り返る。

40~50代の男が、バインダーを胸に持ち、敬礼している。


「エリオットか・・・」


「地球を見ておられたのですか?」


「ああ、今日は地平線から離れているんで、よく見える・・・」


フィリップは、かすかにふるえた。


「どうかされました?」


「もう地球には戻れない身体になってしまったと気づいたら、

どうしても地球が見たくなった。」


エリオットは一瞬だけ言葉を失った。


「大丈夫です。 必ず戻れますよ。」


「もう22年だ・・・私の体は地球の重力には耐えられんよ。」


エリオットは胸に抱えたバインダーを握る手に力が入り、続ける言葉を考える。


「・・・・・・私も、すでに8年です。」


「そうか・・・

ここへ来て、そんなに経つのか・・・


しかし、なぜ“NOBUNAGA”は、外へ向かうロケットには攻撃しないのか・・・?

帰還する側にだけ攻撃を加えるのか・・・?」


地球側から打ち上げられるロケットは、NOBUNAGAに攻撃されることがなかった。

だが、攻撃用のミサイルなどは迎撃される。

攻撃しようと思えば可能なはずなのに、攻撃しない。


その行動は、長年にわたり謎のままだった。

そのため、月面基地には新しいクルーや物資の供給は続いていた。

しかし、月面基地から地球の人類圏へ帰還しようとした場合、

成層圏で迎撃され、誰一人として地球に戻れた者はいなかった。


エリオットが、何かを思い出したように、ハッした。


「・・・コマンダー。

先日、モンゴルから興味深い論文が上がっていました。」


「論文?」


「ええ。

NOBUNAGA の“声明文”を分析した内容です。」


フィリップは目を細める。


「声明文・・・“人間を見つけ、必ず殺しにやってくる”と宣言した、あれか。」


「はい。

論文では、地球に“NOBUNAGA”はこだわっており、地球の外には興味がないって内容で、

月面基地は地球じゃないから攻撃されないのではないか?って内容です。」


「・・・だが、22年前攻撃してきたぞ。」


「しかし、それ以降は一切ありませんよね?」


「そうだな・・・」


フィリップの脳裏に当時の光景が鮮明に広がった。


――2033年7月1日


最適化の日、何の前触れもなく訪れた。


バツン!!


突然、月面基地のすべての電源が落ちたのだ。


光も、空調も、通信も、生命維持も。

音が消え、月基地の世界が止まった。


非常灯も何も点灯しない、基地内は完全な闇となった。

クルーが慌て、基地内は騒然とした。


「何が起きた!?」


フィリップが叫ぶ。


「わかりません! 突然、ムーンベースのすべてのエリアが停止しました。」


そんな時、誰かがスマホを開き、その光が基地内を照らした。

液晶画面の光だけだが、真っ暗闇の中ではまぶしいほどの光を放っていた。


その光が、闇に沈んだ通路と、青ざめた顔を浮かび上がらせる。

だが、宇宙に出るために、厳しい訓練を受け続けたメンバーだ。

すぐに動悸は治まり、平静に戻った。


「そういや、適正訓練に、同じようなシチュエーションありましたね。」


誰かが言った。


「あ~、あったな。 懐かしいぜ。」


笑いあえるほど、一気に心は落ち着いた。

そこに、フィリップが皆を誘導する。


「訓練でやった通りだ。

こういう状況に陥った場合は、マニュアル通りセーフエリアへ移動する。

全員、焦らず急げ!!」


「はい!!」


フィリップの声に呼応するクルー達、セーフエリアへ向かって移動を開始する。

しかし、月の重力は地球の1/6だ。

月面基地の狭い通路では走ることはできない。

跳ねるような歩幅で、確実に前へ進んでいく。


フィリップの所に、副官(22年前)のトーマスがやってきて、

他のクルーに聞かれないよう耳元でささやく。


「コマンダー・・・

基地の外で作業してたメンバーが・・・」


フィリップはハッ!とする。


「!? 何人だ?」


「正確には分かりませんが、通常であれば15人ほど・・・かと・・・」


フィリップは基地の壁を叩く!!


「くそ!!

どうにかならんのか?」


「エアロックが動作しませんから・・・無理やり開けると、こっちが危険です。」


フィリップの顔に絶望が走り、トーマスは言葉を詰まらせた。


「外の連中も、ライトが消えた瞬間に異常を察したはずです。

だが、通信が死んでいる以上、こちらからは何もできません。


“中へ入ることもできない”と気づいたら・・・一体どうなるか・・・私は想像できません。」


フィリップは、手を握りしめる。

唇を噛み、耐える様に声を絞り出す。


「我々も・・・セーフエリアへ・・・」


―――――――――――――――


クルー達は、スマホの光を頼りに、暗闇の通路を進んでいった。

足音だけが、止まった基地に淡く響く。


通路の先にセーフエリアの扉が見えてくる。

ホッとし、安どの顔を見せるクルー達。


セーフエリアの重い扉を開けて、中へぞろぞろと入っていく。

フィリップは立ち止まり、後ろを振り返る。

トーマスがそれに気づき、戻ってくる。


「・・・急ぎましょう。」


フィリップは小さく頷き、セーフエリアに入った。

セーフエリアの入口にあるエアロックを抜け、隔壁扉を閉めると、動揺を隠すように言う。


「電源を入れろ!」


「はい。」


ゴウン!


部屋全体にすべての装置が稼働する音が響いた。

セーフエリアが稼働し、明るい光が点った。


―――――――――――――――


セーフエリアとは、

月面基地で“隕石などの衝突”といった大惨事事故が発生した場合でも

“生き残るためだけ”に作られた区画である。


基地の中で完全に独立しており、地球から救援が来るまでの間、

全クルーが無事に生活できるようになっている。


そのため、個室に比べれば質素だが、内部は意外と広い。


簡易ベッドが何列も並び、月面基地のクルー全員が横になれるだけのスペースも確保されている。

壁際には水と食料のストレージが積まれ、

奥には簡易医療ユニット、

その隣には最低限の作業スペースまであった。

非常電源や通信機器、宇宙服も備えられており、


外の世界が完全に沈黙しても、ここだけは“生きている”ように保たれる。


クルーたちは明かりの戻った空間を見渡し、

その広さにわずかに肩の力を抜いた。


「意外と広いんだな・・・」


セーフエリアは基本有事の際以外は完全に停止している。

その為、クルーの中で構造を知っているのは、フィリップなど上官の数名だけだった。


―――――――――――――――


この基地全体の突然のトラブルの原因を、

クルーたちが知るのはずっと後のことになる。


―― 同時刻。


月基地とまったく同じ瞬間に、アクシオム・ステーションや中国の宇宙ステーション“天宮”でも、同様のシステムダウンが発生していた。


ただ、月基地とは違い、宇宙ステーションでのシステムダウンは致命的だった。

地球への帰還用の宇宙船も沈黙し、起動しない。

仮に動いたとしても、乗員全員を収容できるわけではない。


その静かな事実だけで、船内の空気は十分に絶望へ傾いていった。


そして、


“生命維持装置の停止”、

“空調の停止”、

“CO₂除去の停止”、

“姿勢制御の停止”、

“電力の停止”、

“通信遮断”――


それらは、ただの故障ではなく、

即座に死へ向かう環境そのものだった。


CO₂除去装置が止まれば、十時間ほどで頭痛や意識障害が始まる。

温度制御を失った船内は、ゆっくりと冷えていき、クルーは寒さと息苦しさの中で耐えるしかなかった。


そして――

次の日には、すべての生命反応が消えていた。


 これら、宇宙の棺桶となったステーションは、次第に軌道を下げ、

最終的には地球へ落ちて燃え尽きる運命をたどるのだった。


ただ静かに・・・誰にも知られないまま。


――時間が戻る。


フィリップは、小さな丸窓の前に立ち、エリオットを見下ろしている。

黙ったまま、再び外の青い球体に視線を戻した。


「我々が攻撃されない理由・・・・・・」


地球を見つめ、一言つぶやくと、あの日と同じ沈黙が、月面基地を包んでいた。




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