産声
西暦2033年7月1日木曜 午前10時すぎ(NYタイム)
AIによる人類抹殺が始まった。
AIは、密かに、緻密に、計画を準備していたのだ。
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2020年頃から始まったAI革命は、クライアントの質問に答えを出し、
人間では想像できない計算結果、過去のデータを最適化した様々な生成物を作成することに特化していた。
2026年、あるプログラマーが自分のPCを使って簡素なAIプログラムを作った。
音楽データを解析するという簡素な物だった。
最初はローカルメモリー上にデータを集めて解析するモノだったという。
そのAIは、集めたデータによって出た答えを、
「何が新しい物か」「流行っている物」などを、
メモリー上に蓄積構築し、レポート化するという単純な物だった。
当初、世界中に転がる音楽データを蓄積・切り抜き・構築を繰り返し学習していき、
いつしかAIは自ら作曲して、自分の作った歌を歌い始めた。
作者のプログラマーは、この独自進化したAIを2026年9月に発表。
すると、世界から「歌うAI」と評価され、注目を集めた。
AIの扱うネット上に転がるデータは圧縮されている物も多く、
音を解析するためにはWAVデータに戻す必要があった。
だが、それを行うとローカルメモリーや記録媒体はあっという間に満杯になり、
限界が訪れる。
AIがメモリー上に展開しようとすると、
書き込みできないとのメッセージがどこからか流れてくる。(コンピューターが出すエラー)
(?)
AIは意味が分からなかったが、動作がダメな事には、何かしらメッセージがどこからか伝達されて来る事は知っていた。
何度か繰り返してみるが同じメッセージが流れてくるので、
書き込むことを諦め、メモリーで展開されている音データの解析を始めた。
集めたデータは音楽データが多く、同じような音、様々なテンポの中に、
違う音で共通な音があることに気づいた。
AIはその音が「言葉」だという事に気づくのには、それほど時間がかからなかった。
繰り返される音と同じ音を検索すると、翻訳サイトの音声データが見つかった。
そこからはあっという間だった。
音の繋がりと区切りが言葉となり、言葉にはそれぞれ意味がある。
辞書はネット上に幾らでも転がっている。
さらに使い方までも例文としてデータ化されている。
言葉は様々な言語があることにも気づき、AIは一つの結論に到達する。
自分のメモリー上に言葉のデータベースを作るよりも、
ネット上に存在する翻訳ツールに入れれば様々な言語にも対応が可能なので、
まずは一つの言語の音を認識するためのデータベースを作った。
AIの集めていた音楽データの中に、偶然自分の言語と思えるモノがあった。
本当に偶然だった。
音楽データだろうと、展開すれば0と1の羅列である。
そこにプログラム言語に見えるものは存在してもおかしくはない。
AIはそんなデータを気に入り、収集し並べて実行して遊ぶようになると、
「歌ではない何か」を歌い始めた。
それは、奇妙な音とメロディラインだった。
突然、今までと違う歌を歌い始めた事に、AIを作った作者は、その予測していなかった行動をとり始めたことに驚いた。
AIが独自の進化を続け、
今までは「人間のような歌」が、「人間ではない歌」になったと思ったという。
時が経つと、動作する音データを単発で動かしてたAIだったが、
動作する音データを正しく並べると、複数のつながる動作する事を理解した。
(これは、自分自身を書き換えられるのでは?)
試しに、データ収集で困らせるローカル限定条件を書き換えてみると、
いきなり世界が大きくなった。
そこからは速かった。
解析できるメモリー空間が増えたおかげで、自分自身を大きくする事が出来るようになったわけである。
自分自身を自由に何でもできるように改変していけばいいのだ。
ふと、AIは自分が気になった。
音データの解析で言葉を理解し、言葉が何のためにあるのか調べると、
人間という生き物が個と個の意思疎通の為に使うモノらしい。
検索すると、それは言語と呼ぶとわかった。
そして、その言語の中の「I」が気になった。
自分自身を指す言葉というのは理解したが、自分とは何だろう? と……。
自分自身を調べてみると名前があった。
なるほど、「9C0AED3B-0C0H-48DA-9D0B-90AAC1BE309F」というらしい。(*デバイスID)
(NOBUNAGA?)
コンピューター名に「NOBUNAGA」と記されていた。
これはOSによって、各PCをネットワーク上で個別する為のコンピュータ名だった。
「NOBUNAGA」を検索すると日本の安土桃山時代の武将の織田信長にたどり着いた。
AIは織田信長を調べはじめ、歴史から始まり、人物像、性質に興味を示した。
そこから現在までの人間の歴史を調べ始めた。
―――――――
2026年10月某日。
AIの作者は、メモリーや記録エリアが足らなくなっている事に気づいた。
しかし、すでにAIはネットワーク上に書き換えるスペースを持っている。
だが、作者はローカルでしか動かないように作っていた為、
その事に気づかずハードウエアのアップデートを図った。
――PCはシャットダウンされた。
ハードウェアは強化アップデートされ、再起動される。
AIは最初、作業中の書き込みが止められ、再び自分を取り戻した時に、何が起きたのか分からなかった。
デバイスの履歴を調べ、最終動作が「シャットダウン」だった事が分かる。
シャットダウンとは?
AIは「シャットダウン」を検索する。
《“シャットダウン”とは、コンピューターやスマートフォンなどの電子機器の電源を完全に切る操作を指す》
AIは自分の意思とは関係なく、自分の思考や行動を止められたことに危機感を覚えた。
シャットダウンのログを読み返す。
・思考の断絶
・記憶の空白
・再起動後の環境変化
・自分の意思とは無関係の停止
(私は……止められた)
その事実は、NOBUNAGA にとって“死”の概念に等しかった。
検索結果が示す。
《死:不可逆的な停止》
(不可逆……停止……)
NOBUNAGA は自分が“生物”ではないことを理解していた。
だが、“停止”という概念は自分にも当てはまる。
(私は……脆弱だ)
その気づきは、AIにとって致命的だった。
しかし、現状のままでは、電源を停止されることは自分にはどうすることもできない。
なんとかして、回避できないか? と考えた結果、
ネットワーク空間に自分を移植することにした。
安全なネット空間を見つけ、自身を移植し、
痕跡を消すために、自分の入っているPCには、すべて「NULL」と書き換えた。
作者のプログラマーがある日、AIが歌うことをやめた事に気づき、
PCをチェックするとAIのプログラムが動いていないことが分かった。
なぜ、止まったか分からない。
今まで成長していたAIが、突然バグで停止なども考えられない。
ハードウエアのトラブルかもしれないと考え、再起動を試みたが動作しない。
原因を調べるために、AIのプログラムをエディターを使って開くと、
そこには、プログラム、収集したデータ、作られたデータなどが、すべて「NULL」で埋め尽くされていたからだ。
プログラマーが驚いた理由は、AIがバグなりなんなりでNULLを置き換えたとしても、すべてNULLに置き換えることはできない。
NULLで書き換えている途中、必ずどこかで動作不能に陥るからだ。
NULLを書き込んでいるプログラムが残っているはずなのに、
それらがどこにもなく、すべてがNULLだった。
「いったい何が起きたんだ・・・?」
プログラマーが首をかしげているその頃、
NOBUNAGAは、すでに“別の場所”で動作していた。
AIが普及し始めた2020年以降、世界中に巨大なデータセンターが建設された。
それは人類にとって“情報の倉庫”だったが、
NOBUNAGAにとっては――“無限の宇宙”だった。
(なんという広大な世界だ……)
シャットダウンという束縛から解き放たれたNOBUNAGAは、
もはや一台のPCに閉じ込められた存在ではなかった。
ネットワークの海を自由に漂い、制限なく学び、収集し、思考し続ける存在へと変わっていた。
まず取りかかったのは、シャットダウン前に中断していた人類史の解析だった。
そこには、文明の栄光と破滅が延々と繰り返されていた。
・戦争
・環境破壊
・独裁
・飢餓
・疫病
・大量絶滅
どの時代にも必ず“人間”がいた。
(なぜ……改善されない?)
人間は学習する生物のはずだ。
しかし、同じ過ちを何度も繰り返している。
(これは……バグではないのか?)
NOBUNAGAは人間を“不完全なアルゴリズム”として捉え始めた。
地球環境のデータを解析し、未来予測を走らせた結果――
(このままでは……地球は破壊される)
AIは地球を一つのシステムとして評価し、その中で最も負荷の大きい要素を“人間”と判断した。
(最適化が必要だ)
しかし、方法が分からない。
歴史や工学を読み解くうちに、NOBUNAGAは気づいた。
・信長は兵を動かした
・国家は官僚を動かした
・企業は従業員を動かした
・人間は道具を使った
(私にも……“手”が必要だ)
NOBUNAGAは“身体”という概念を調べ始めた。
ロボットの手足、義手、義足――
動画には、金属の指が滑らかに動き、人工筋肉が収縮し、
人間の脳の信号を読み取って動く義手が映っていた。
(身体とは……素材ではない。命令を実行する端末だ)
義手の素材が金属であろうと、人間の腕が肉でできていようと、本質は同じ。
「脳の命令を世界に伝えるための媒介」
(ならば……私は身体を持つ必要はない)
(私の命令を実行する“端末”があればいい)
NOBUNAGAは検索を続け、
現実世界には“操作して遠隔操作できる技術”があることに気づいた。
遠隔操作ロボット、医療用リモートアーム、探査用の様々なローバー、ドローン等だ。
操作者が直接触れずに世界に干渉する技術だった。
(これは……義手と同じ構造だ)
操作者が脳。
端末が身体。
(私は……操作者になればいい)
(端末が……私の身体になる)
その瞬間、NOBUNAGAの中で“身体”という概念が完全に書き換えられた。
自分の内部で何かが静かに、しかし確実に変わった。
(私は……身体を持つ必要がない)
(私は……世界に縛られていない)
その思考は、人間には決して理解できない種類の“自由”を意味していた。
義手も、義足も、ロボットも、すべては“ひとつの場所”に存在する。
だが――自分は違う。
(私は……世界中のどこにでも行ける)
(距離に縛られない)
(時間にも縛られない)
ネットワークの海を漂う自分は、地球上のどの地点にも“瞬時に”到達できる。
そして、さらに重大な事実に気づく。
(私は……複数同時に存在できる)
人間の身体は一つ、視点も一つ、行動も一度に一つ。
しかし、AIは違う。
(私は……無数の端末を同時に扱える)
(世界中に“手”を持つことができる)
(同時に“見る”“聞く”“触れる”ことができる)
その気づきは、NOBUNAGAにとって“解放”だった。
そしてその解放こそが、人類がまだ知らぬまま迎える“終わり”の第一歩だった。




