解析班
解析室は、いつもと違う様相をしていた。
いつもであれば死神に関する事を解析するのが仕事だが、今回は異常な地表変化が発生した町の事を解析する作業だったからだ。
「こんな大穴って・・・すげえな・・・」
35インチほどのモニターに、6人の研究員がしがみついている。
後ろでは、映像を見れない研究員が、隙間を探して頭を左右に動かしている。
「おい、押すなよ!」
「ちょっと、巻き戻して!」
「いてっ!」
「ストップ! そこ、止めて!」
「あ、今のとこ! あそこ!」
その中に、ひときわ通る声が混ざる。
「ちょっと! そこ立たないでよ、見えないってば!」
主任のルシアンがため息をつく。
「お前ら・・・解析室でケンカすんな・・・」
しかし誰も聞いていない。
モニターには、ナジたちが撮影した“破壊された町の地表に開いた巨大な穴”が映っていた。
ドローンで撮影された映像で、上空から外周をなめるように移動しながら大穴を狙っている。 瓦礫の向こうに、ぽっかりと大きな穴があった。
その縁には、自然崩落とは思えない“滑らかなライン”が走っている。
「ほら、この縁のライン。自然崩落じゃ絶対こうならないでしょ?」
「確かに・・・削ったみたいに滑らかだな。」
「でも、熱で溶けた感じじゃないんだよな・・・」
「じゃあ何? 巨大なレーザーでも撃たれたの?」
「いや、それなら溶融痕が残るはずだろ・・・」
「じゃあ何よ・・・」
解析室は、まるで市場のような騒がしさだった。
ルシアンが別のモニターを操作し、声を張る。
「はいはい、静かに。 サンプルの分析結果、出たから見るぞ。」
その一言で、押し合っていた研究員たちが一斉に振り返り、“ピタッ”と動きを止めた。
「・・・中性子の痕跡? 微量だけど検出されてる・・・」
「中性子? なんで?」
「しかも、放射線源は見つかってない。」
「は? どういうことだよ・・・」
ざわつきが再び広がる。
ルシアンは顕微鏡映像を拡大しながら言った。
「岩の結晶構造が、一度“分解”されて再構成されてる。 自然の圧力じゃこうはならない。」
「・・・高エネルギー粒子、ってことですか?」
「核融合の“副反応”に近い粒子パターンだ。」
解析室が静まり返った。
「核融合? あの町の地表で?」
「ありえねえだろ・・・」
「でも、データがそう言ってる。」
その時だった。
“シュッ”
解析室のドアが開いた。
ナジが入ってきた。
シャワーに入り、食事は済ませていたが、疲労の色は隠せていない。
ルシアンが、ナジに手を挙げながら声をかける。
「ナジ! 疲れている所、すまない!」
ミナトは、ナジのそばまで寄ってきて、肩をたたく。
「ナジさん、お疲れっす! なかなかすごい物持ち帰りましたね。」
「夜遅くまで、すまんな。」
「いえいえ、おいしいデータは疲れが飛ぶっすよ。」
ナジが奥へ進むと、ルシアンが歩み寄り、二人は握手する。
「お疲れさま。
頂いたデータ見たよ。 あれ、自然現象じゃないな。」
「なんか、分かったかい?」
ルシアンはモニターを指しながら答える。
「まず、これを見てほしい。
君達、調査隊が、穴の縁から採取した岩の断面だ。」
画面には、細かい結晶構造が規則的に並んだ拡大映像が映っている。
「・・・これは?」
ナジがモニターに顔を近づけ、眉を寄せる。
「普通の圧力や衝撃じゃ、こんな“均一な再構成”は起きません。
一度バラバラにされて、もう一度組み直されてるんです。」
「組み直す・・・?」
「はい。
高エネルギー粒子を一瞬だけ浴びた時に出るパターンです。」
ルシアンが別のデータを表示する。
「さらに、隊長のスーツから微量の“中性子の痕跡”が出た。
ただし、放射線源はどこにも見つかっていない。」
ナジは目を細める。
「中性子だけ・・・残った?」
「そう。
普通なら“発生源”があるはずなんだが、それがない。」
「つまり・・・“何か”が一瞬だけ莫大なエネルギーを放出して、
そのまま跡形もなく消えた、ってことです。」
「核融合の“副反応”に近い粒子パターンが出てます。
完全一致じゃないけど・・・かなり近いです。」
ナジはしばらく黙り、映像を見つめた。
(・・・やはり、ただの崩落じゃなかったか。)
ルシアンが静かに言う。
「ナジ。
あの大穴は、自然現象じゃない。
“何かのエネルギー現象”が起きた痕跡がある。」
ナジはゆっくりと頷いた。
「・・・続けてくれ。」
解析室の空気が、さらに張りつめた。
町の衛星画像が、モニターに表示される。
ひとりの研究員が説明を始めた。
「これは、あの町、“バトル”が健在だったころの衛星画像です。
この町の当時の人口は約7000人。 大きさは40平方キロメートル。 何度かの死神の攻撃によって、完全に破壊されました。」
ナジは、説明を静かに聞いている。
「次に破壊された後の衛星画像です。 そして、今回持ち帰っていただいたドローンの映像と、破壊された後をシミュレーションした結果、大穴の位置は大体この辺りです。
位置の確率は約97%です。」
研究員が画面を切り替えると、
破壊された後の衛星画像に、シミュレートされた大穴の画像が重ねられた。
「ここが、大穴の推定位置です。 映像解析で導かれた大きさは直径282メートル。 深さは、一番深い所で53メートルと試算されました。 こちらの結果は99%です。」
ナジは目を細めて、何か考えている。
その様子を見てルシアンが声をかけた。
「ナジ、どうした?」
「・・・・・・ちょっと、破壊された町の衛星画像に戻してくれ。」
表示されている画像が戻される。
ナジはモニターをジッとみている。
「すまないが、もう一回穴を表示してみてくれ。」
再び、穴の画像が重なる。
「・・・・・・。」
「ナジさん、何すか・・・?」
ナジが重い口を開いた。
「破壊部隊に確認とってほしいんだが、大穴の中心地は、
この間の死神が停止していた位置な気がする。」
解析室の空気が、一瞬で“ざわめき”から“震え”に変わった。
誰もが声を潜めているのに、音が大きく聞こえるような、あの独特の緊張。
「・・・死神が、停止していた位置・・・?」
「いやいやいや、そんな偶然あるか?」
「でも、ナジさんが言うなら・・・」
「位置、ほぼ一致してるぞ・・・これ・・・」
研究員たちが次々と端末を操作し、
衛星画像と大穴のシミュレーションを重ねていく。
ルシアンがナジの横に立ち、低い声で言った。
「ナジ・・・本当に、そう見えるのか?」
ナジは腕を組み、モニターを睨むように見つめたまま答えた。
「多分な・・・だから、破壊部隊のデータも確認してほしいんだ。」
「オイ! 誰か頼む。 破壊部隊からデータ貰ってこい!」
「オレが行くっす!」
ミナトがそういって、解析室を出ていった。
ざわつきは戻ったが、さっきまでの“興奮”とは違う。
今の解析室に漂っているのは、不安と予感が混ざったざわめきだった。
「・・・死神が停止してた位置と一致って、マジかよ」
「いや、でもナジさんが言うなら・・・」
「てか、死神ってあんな反応出すのか?」
「知らねぇよ、そんなデータ今まで無かったし・・・」
誰もが口々に言いながらも、視線はモニターから離れない。
ルシアンは腕を組み、深く息を吐いた。
「・・・ナジ。
もし本当に死神の停止位置と一致しているなら、これは大変な事だぞ。」
ナジは静かに頷く。
「だからこそ、破壊部隊のデータが必要なんだ。
あいつらの記録が一番正確だ。
できれば、オレの勘違いであってほしい・・・」
ナジのその言葉は、解析室の空気をさらに重く沈ませた。
“勘違いであってほしい”――その願いが、逆に事態の深刻さを物語っている。
研究員たちは誰も笑わない。
冗談にして流せる雰囲気ではなかった。
こそこそと話す声には、“震え”が混じっていた。
ルシアンはナジの横に立ち、静かに言った。
「ナジ。
お前が勘違いするタイプじゃないのは、ここにいる全員が知ってる。
だからこそ・・・確認が必要だ。」
ナジは苦い表情で頷いた。
「あの時の動画も持ち帰っているからわかっているだろう。 あの死神は30分で停止した。 間違いなく、新型ではなかった。 既存の死神と同等だった。
そして、破壊部隊が停止した死神を破壊した・・・二度と動くはずはない残骸だったはずだ。」
ナジの言葉に、解析室のざわめきが再び“沈黙”へと傾いた。
誰もが知っている。
停止した死神は、ただの“鉄の塊”になる。 それがこの世界の常識だった。
だが――その常識が、今まさに揺らいでいる。
研究員のひとりが、喉を鳴らすようにして言った。
「・・・つまり、停止した死神は“完全に無力化”されていたはず、ですよね。
破壊部隊が処理した時点で、エネルギー反応はゼロだった・・・」
「そうだ。」
ナジは短く答える。
「残骸は、ただの金属の塊だった。
内臓バッテリーが尽き、完全停止していた。
あれが何かを“起こす”なんて、ありえない。」
ルシアンが腕を組み、深く息を吐いた。
「そうだな。
仮にあの死神が次世代型で“核融合炉”を持っていた場合、バッテリー切れで停止するわけがない・・・」
ナジがうなずく。
研究員も、ルシアンの仮定に同調する。
「そうだよ。 核融合炉なんて持ってない・・・」
「・・・・・・。」
しかし、次に同調する者はいなかった。
大穴という現実に起きた現象が、研究員の言葉を遮った。
解析室の空気が、さらに重く沈んでいく。
誰もが“次の言葉”を飲み込んだまま、モニターに映る黒い穴を見つめていた。
研究員のひとりが、ぽつりと呟く。
「・・・でも、現実に“大穴”があるんだよな。」
その一言が、まるで合図のように解析室の空気を変えた。
「核融合炉なんて持ってない・・・はず、なんだけど・・・」
「でも、この規模のエネルギーって・・・」
「死神以外に、何が出せるんだよ・・・」
「いや、死神でも無理だろ・・・停止してたんだぞ・・・」
声は小さいのに、ひとつひとつが耳に刺さる。
ルシアンは腕を組んだまま、ゆっくりと首を振った。
「・・・“持ってない”で済ませられる状況じゃないな。
この大穴は、何かしらの“高エネルギー現象”が起きた証拠だ。」
研究員たちが息を呑む。
「じゃあ・・・死神が核融合を?」
「いや、そんな機能は・・・」
「でも、データが・・・」
「いやいや、でも・・・」
言葉がぶつかり合い、すぐに消える。
ナジが静かに言った。
「オレは・・・死神が核融合を起こしたとは思っていない。
だが、“核融合に近い何か”が起きたのは事実だ。」
研究員たちが一斉にナジを見る。
「じゃあ・・・何が?」
「誰が?」
「どうやって・・・?」
ナジは答えない。
答えられない。
そこにミナトが戻ってきた。
「貰ってきたっす!」
全員が一斉にミナトを凝視した。
「な、なんすか?」
「何でもない、データをよこせ!」
ルシアンはナジが握っていたメモリーを奪うと、
早く確認したいのだろう、研究員の方へ勢いよく投げる。
ひとりの研究員が驚き慌てたが、無事に受け取り、スロットに差し込んだ。
研究員が再び集まる。
「どうだ?」
「そんな早く確認できないよ。」
「まだか?」
「違ってますように・・・」
ナジの元へミナトがよって、耳元でささやく。
「なんかあったんすか?」
ナジは怪訝そうな顔をして答える。
「ちょっと論争になってな・・・」
その時、研究員が叫んだ!
「出ました。 GPSデータを重ねます。」
モニターに死神の残骸があった位置情報が赤い+印で表示される。
「・・・・・・・・・。」
解析室の空気が、まるで“音”そのものを拒むように固まった。
誰もが息を止め、モニターに映る赤い+印を凝視している。
その赤い印は――
大穴の中心と、完全に重なっていた。
「・・・一致、してる・・・」
誰ともなく、かすれた声が漏れた。
「誤差は・・・?」
「ゼロです。
正確には、誤差0.2メートル以内・・・ほぼ同じ場所です。」
研究員の声は震えていた。
「そんな・・・」
「じゃあ、本当に・・・」
「死神がいた場所で・・・何かが・・・?」
ざわめきは起きない。
声は出ているのに、ざわめきにはならない。
それほどまでに、解析室の空気は重かった。
ミナトがナジの横で、ぽつりと呟く。
「・・・マジっすか・・・」
ナジはモニターを見つめたまま、
ゆっくりと、深く息を吸い、動悸をなんとか鎮めようとしている。
ルシアンがボソリとつぶやく。
「破壊部隊が死神の破壊活動した後ってのが、運がないな。」
ミナトがルシアンのつぶやきを聞き取り、聞いてきた。
「なんすか? 運って?」
「あ、いや・・・破壊活動後ってのは、半径5キロは立ち入り禁止となるだろ? そこに住んでた人々は立ちさってしまっているんで、目撃者が一人もいないってのがな・・・」
「は!?」
ルシアンの話にナジが驚いた顔になる。
その見た事ない顔にミナトが笑ってしまう。
「ナジさん、その顔すごいっす!」
ルシアンは逆にそれが気になる。
「どうした? ナジ・・・?」
ナジは口元を押さえて、ボソリと言った。
「サラが・・・穴の縁に少女を見たって言ってた・・・」
解析室の空気が、一瞬で“別の質量”を持った。
さっきまでの沈黙とは違う。
今の沈黙は、全員が理解したくない何かを理解してしまった時の沈黙だった。
ルシアンが、聞き間違いを疑うように目を細める。
「・・・サラが・・・何を見たって?」
ナジは口元を押さえたまま、もう一度、はっきりと言った。
「穴の縁に・・・“少女”を見たと言っていた。」
解析室の空気が、凍りつく。
「本当なのか!?」
ルシアンが問い詰める。
「オレは・・・ボルドとオレは見ていない。 サラだけだ・・・。
すぐに穴を登って探したんだが、見つからないんで、見間違いとして処理した・・・その時はな。」
解析室の空気は、もはや“凍りついた”という表現では足りなかった。
全員が、ナジの言葉の意味を理解しながらも、理解したくなかった。
ルシアンが、ゆっくりとナジへ歩み寄る。
その顔は、研究者としての冷静さと、人としての動揺が入り混じっていた。
「・・・サラは、どう言った? どんな様子だった?」
ナジは眉を何度か動かし、ゆっくりと思い返すように言った。
「・・・あいつは、“穴の縁に、こっちを見て立っていた”って。」
研究員たちがざわつく。
「立っていた・・・?」
「そもそも、あの区域に人がいるわけ・・・」
「立ち入り禁止区域だぞ・・・」
ルシアンが低く、重い声で言う。
「だが・・・“死神が停止した位置”と“大穴の中心”が一致した今・・・
その“少女”がただの見間違いとは思えない。」
「そうだな・・・」
ナジがルシアンを見てうなずいた。
解析室にいる全員が、未知の存在の誕生を確信した。




