大穴
「サラ、足元気を付けろ・・・崩れやすいからな・・・」
「はい。」
「ボルド、彼女をサポートしろ。 落ちたら終わりだぞ・・・」
「了解です。」
調査隊の3人はユウと出会った町に到着していた。
今3人は、その町にぽっかりと口を開けた深い大穴へと下っているところだった。
「マジで、何なんだ・・・。
こんな大穴、2日前はなかったぞ!?」
モンゴルの平原に吹く強い風が、大穴の縁にぶつかり、内部へと巻き込まれるように流れ込んでいく。
右から風が吹いたと思えば、次の瞬間には上から、上かと思えば今度は下から――
風向きが目まぐるしく変わっていく。
「ナジさん! この大穴! なんなんですか?」
ボルドがナジに問いかける。
だが、その問いに答えられる者は誰もいない。
「わからん!
いままで何年も調査隊をやってきたが、こんな物、遭遇した事がない!!」
「隕石でも落ちたんですかね?」
「それなら、いいな。
オレ達は“超常現象”じゃなくて、“宇宙現象”を調査している事になるからな。」
――――――――――――――――
―― 大穴発見前、時は30分ほど戻る。
風が砂を引きずり、低く鳴るような音を立てていた。
初夏のモンゴルはまだ明るい。
17時を過ぎても、太陽は地平線の上で粘り続け、長い影をゆっくりと伸ばしている。
調査隊の3人は、死神の限界点を越えてからずっと歩き続けていた。
ユウと出会った町までは、あと少し。
途中、黒く焼け焦げた金属の塊――死神の残骸が転がっている場所を通りかかった。
ナジはそこで足を止め、初参加のサラに軽い調査を任せた。
サラは外殻の表面を指でなぞり、内部の構造を覗き込み、何度も息を呑んでいた。
そして今も、息を切らせながら歩き、興奮気味に話し続けている。
「はあ・・・はあ・・・死神ってあんな巨大なんですね・・・
はあ・・・はあ・・・資料で“全長10メートル級”って読んでましたけど・・・
外骨格ですら・・・はあ・・・はあっ・・・あんな巨大なんて・・・。
あんなのが動くって想像できない!」
ボルドが苦笑する。
「死神の脅威は質量だよ。
あのサイズの死神が砲弾のように飛んでくるんだ。
着地点の破壊力はとんでもないんだぞ。」
サラは歩きながらボルドを見た。
「はあっ・・・はあっ・・・ま、まるで、見た事あるような・・・言い方です・・・ね・・・」
「見たことあるよ。
調査隊をやっていたら、いつか必ず見るよ。」
サラは立ち止まり、ボルドに確認する。
「はっ・・・はっ・・・ほ、本当に?・・・」
「ああ、絶対だ。」
全員が立ち止まった。
ナジは振り返り、ボルドはサラの方を向く。
ナジが、嫌な雰囲気をまとった声で言った。
「これから、遭遇確率は上がるだろうからな・・・サラ、すぐに見れるよ。
だから、緩衝エリアで、人のいそうな場所には絶対に近づくなよ。」
「はあ・・・? どういう意味ですか?
助けるとか保護とか人道支援は?」
ナジが、ボルドに説明しろと顎で指示する。
ボルドはヤレヤレという感じで説明を始めた。
「サラ、オレ達はプロだ。」
「はい、そうですね・・・?」
「だが、緩衝エリアで生きてるヤツラが、オレ達のように禁忌を冒さないと思うか?」
「それは・・・わからない・・・ですね・・・」
「冒す可能性がある素人に、オレ達が巻き込まれて死んでいいのか?」
「ですが・・・人を助けてこそ・・・我々だと・・・思います。」
納得しないサラ。
ナジがボルドの言葉を補足する。
「サラ、死神の重さ、知ってるか?」
「え? ヒャ、100トンぐらいですか?」
「400~500トンだ。
限界点でも説明したが、死神は砲弾として飛んでくるって言っただろ?」
「はい・・・」
「その速度は700m/s、音速より速い。
それが地表に衝突すると、直径30~40m、深さ5~10mほどのクレーターができる。
穴となった地面は衝撃によって爆ぜ、周囲に雨のように降り注ぐ。」
「・・・(ごくり)」
「想像できてるか?
ヤツラが落ちてくる場所から100メートル圏内は、ほとんど即死だ。
100~200メートルにいたら、運と遮蔽物次第で生き残ることはあるだろう・・・
だから、近づくなと言っている。」
「ツッ・・・。」
サラは、自分の考えが甘い事に気づき、言葉を失った。
3人は再び歩き始めた。
どれぐらい歩いただろうか。
地平の向こうから瓦礫の町が見えてくる。
「やっとついたか・・・」
ナジは時計を見る。17時30分。
「急ぐぞ!」
「はい!」
「はっ、はい!」
近づくにつれ、ナジは町の異変に気づいた。
(ん・・・? 何だ・・・あの盛り上がりは・・・?)
「止まれ!!」
ナジは片膝をつき、腕を横に伸ばして二人を制止した。
双眼鏡を取り出し、町を覗き込む。
「どうかしたんですか?」
「シッ!」
ボルドが問いかけるが、ナジは“待て”と手で示す。
町を端から端まで確認し――
「なんだ・・・これは・・・?
行くぞ!!」
ナジはダッシュで町へ向かった。
「はい!」
「えっ? えっ?」
ボルドはすぐに動いたが、サラは一瞬遅れる。
ボルドは振り返り、短く叫んだ。
「急げ!」
「は、はい!」
サラは慌てて走り出した。
町の入口に立つナジ。
そこへボルドがやってくる。
サラはまだ遠い。
ナジとボルドは、ただ黙って“それ”を見上げていた。
「・・・・・・。」
言葉が出ない。
声を出すという発想すら、二人の中から抜け落ちていた。
やっとサラが追いつき、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。
少し呼吸が落ち着き、顔を上げた瞬間――
その目線は止まらず、さらに上へ上へと吸い寄せられていった。
「ゼッ・・・ゼッ・・・はぁ・・・はぁ・・・何ですか? これ?」
サラの視界に“それ”が入った瞬間、動きが止まる。
町の端には、家屋の破片や家具、瓦礫が散乱している。
だが――
町の中心部に向かって、瓦礫が“吸い寄せられたように”積み上がっていた。
高さは30メートルほど。
まるで巨大な山。
ナジたちの場所から見ると、台形のように盛り上がっている。
上部は角度的に見えず、何があるのか分からない。
ナジは左右を見渡し、低く呟く。
「見える範囲で横幅は・・・大体100メートルぐらいか・・・?
とりあえず、危険はなさそうだ。行こう」
ナジは決心して足を踏み出した。
ボルドもすぐに続く。
サラは“マジですか?”という顔のまま、慌てて後を追った。
「横に広がって、周囲を警戒! ゆっくりでいい!」
ナジが先頭で瓦礫の斜面を登っていく。
足元は不安定で、踏みしめるたびに木片やコンクリ片がガラガラと転がり落ちる。
サラは息を呑み、ボルドは無言で周囲を警戒していた。
登るにつれ、ナジの眉間に深い皺が刻まれていく。
(・・・おかしい。 山じゃない・・・形が違う)
瓦礫の斜面は、上へ行くほど傾斜が緩くなり、
やがて――不自然なほど“平ら”になった。
「・・・平坦だと?」
ナジが小さく呟く。
ボルドも周囲を見回し、息を飲む。
「ナジさん・・・これ・・・」
サラも遅れて登り切り、目の前の光景に言葉を失った。
瓦礫の“山”だと思っていたものは、巨大なクレーターの“縁”だった。
そして――
中心部は、まるで地面ごと“消し飛んだ”ように、深く、暗い大穴になっていた。
風が吹き抜ける。
だが、クレーターの中心だけは、風が吸い込まれるように沈黙している。
「・・・・・・」
3人は声にならない。
喉が動くのに、音が出ない。
サラが震える声で、ようやく言葉を絞り出した。
「・・・死神の・・・落下じゃ・・・ないですよね・・・これ・・・」
ナジは答えない。
答えられない。
死神が落ちたなら“爆ぜて広がる”クレーターになるはずだ。
だが、目の前のこれは――
“中心に向かって吸い込まれた”ような形。
ナジはゆっくりと息を吸い、クレーターの中心を睨みつけた。
「・・・降りるぞ。
この穴の“原因”を調査する。」
その声は、震えてはいなかった。
だが、強くもなかった。
ただ――覚悟だけがあった。
3人は、巨大な穴へと降りていく。




