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N.M.  作者: ブラックななこ


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11/15

穏やかな日常

――時間は少し戻る。


ユウは食堂で知らない研究員達に囲まれている。

理由は、トレーのご飯が無くならないからだった。


最初に比べればトレーのご飯はずいぶん減った。

だが、悪魔のような山が目の前にあった。

ユウはテーブルへ前かがみになろうとすると、腹いっぱいでうぷっ!となる。


澪も仕事に行ってしまった。

周りは知らない人ばかり、知っているのはガンバヤルだけだが、食堂はこの時間はまだ忙しいので、話し相手にはなってくれないだろう。


そこへ、ひとりの男が横の席に来て話しかけてきた。


「少年、君はだれだ? ん? IDカード持ってるな。」


男はユウの胸元にぶら下がったIDカードをつまみ上げ、まじまじと眺めた。

ピンと張る紐に合わせて、ユウは思わず背筋を伸ばす。


「・・・“ユウ”。

所属は――ああ、ナジ班か。なるほどな。」


男は納得したように頷き、カードをぱっと離した。


「ナジさんが拾ってきたって噂の子か。

へぇ、ホントにいたんだな。」


周囲の研究員たちも、チラチラとこちらを見ている。

ユウはスプーンを持ったまま固まり、どう返事していいかわからず口をパクパクさせた。


「え、あ、はい・・・」


男はユウの山盛りのトレーを見て、ふっと笑った。


「なるほど、これじゃ食い終わらんわけだ。

ガンバヤルの仕業だろ?」


「・・・はい・・・

オレ、15なんですけど、ガンさんが“細くて小さすぎだから、食え!”って大盛にしてくれて・・・」


「そっかぁ~、そういう理由があるなら手伝えないな・・・」


男は自分の席からコーヒーを持ってきて、ユウの隣に腰を下ろした。


「で、ユウ。

ここは初めてか?」


「はい・・・昨日、来たばかりで・・・」


「だろうな。

顔に“右も左もわかりません”って書いてある。」


男は冗談めかして言うが、声は柔らかい。

ユウは少しだけ肩の力が抜けた。


「安心しろ。

ここは変なやつばっかりだが、悪い人間はいない。

・・・まあ、変なやつは多いけどな。」


周りの研究員たちが「聞こえてるぞー!」と笑いながら返す。

男は肩をすくめて続けた。


「ナジさんが何を考えてユウを自分の班に入れたかは知らんが、

アイツ等と一緒に仕事したいなら、食うしかないな。

食って体力つけろ。」


「はい・・・

一昨日、一緒に歩いたけど、ついていくのが精一杯でした・・・」


「よし。

じゃあ――」


男はユウのトレーから、山のように積まれた肉の皿をひとつ取り上げた。


「これは俺が手伝ってやる。」


「えっ!? いいんですか?」


「新人の胃袋を守るのも先輩の仕事だ。」


そう言って、男は肉を一切れつまみ、豪快に口へ放り込んだ。


「ありがとうございます・・・えっと・・・」


「ジェイク・ハドソンだ。」


「ジェイク先輩!」


「先輩いいね!

おーい、みんなも手伝ってやれ!」


ジェイクがそう言うと、みんな立ち上がり、

ユウのトレーから、スプーンやフォークで、一つまみずつ取りつつ名前を教えていく。


「俺はルーカスだ。よろしくなユウ。」

「俺はジャンだ。」

「スコットだ。」

「エリックだぞー。肉は任せろ!」

「おいエリック、任せるな、奪うな!」


ワイワイと賑やかに、次々と手が伸びてくる。

そこへ、ひょいと細い指がユウのトレーからサラダをつまんだ。


「はい、私も。

新人いじめは良くないからね。」


声の主は、栗色の髪を後ろでまとめた女性研究員だった。

白衣の袖をまくり、眼鏡の奥の瞳が柔らかく笑っている。


「私はエミリー。よろしくね、ユウくん。」


「えっ・・・あ、よろしくお願いします!」


「ユウくん、私はアナスタシア。

アナでいいわ。

あなた、昨日来た子よね? 噂になってるわよ。」


「えっ、噂・・・?」


「悪い噂じゃないわよ。

“ナジさんが保護してきた子”ってね。」


アナはにっこり笑い、ユウのトレーからパンをちぎって口に運んだ。


ユウはいつの間にか研究員に囲まれてしまっていた。

ワイワイと大きな声に気づき、ガンバヤルが厨房からのぞき込む。


ユウをみんなが取り囲み、和気あいあいな様子をみて、

ガンバヤルはニッコリとして厨房に戻った。


トレーのご飯はすっかりなくなってしまった。

ジェイクがのぞき込みながら言う。


「最後の一口はユウが食べな。

行けるだろ?」


ユウは真剣な顔をしてトレーを持ち上げると、

スプーンで残ったポテトサラダを口一杯かきこんだあと、

何度か噛みながら飲み込んだ。


「おーーーーっ!!」


みんなから歓声があがった。

ジェイクは親指を立てて、グッド!と評価してくれた。


ユウは顔がホクホクとし、なんか照れ臭くなった。


「ユウ、今日はこのあとどうするんだ?」


「あ、特に何もやることなくて・・・」


「そうか、じゃあ決まったな。

食ったら休憩した後、運動だ!」


「え?」


「今日非番のやついるかぁー?」


数名が手を挙げた。


「予定が決まってない奴で良いから、ユウに付き合ってやれ。

そうだな、2時間ほどレクレーションルームでゲームでもして、

その後はフィットで運動だな。」


「じゃあ、オレが付き合うぜ。

サムだ!」


背の高い黒人の男が手を挙げた。

白衣の袖がパンパンに張るほどの腕。

笑うと白い歯がまぶしく、食堂の空気が一気に明るくなる。


「待って待って、私達とゲームして遊びましょ。」


エミリーとアナスタシアだった。


「ユウ、ゲームなんかより筋トレだ。

非番の日は、“絶対筋トレ”のオレがそう言うんだ。

間違いない。」


「いやいやサム、あんたゲーム弱いだけでしょ。」


エミリーがすかさず突っ込む。


「違ぇよ!

オレは“ゲームより筋肉を選んだ男”なんだよ!」


サムが胸を張ると、周りがどっと笑った。


アナスタシアが勝ち誇ったように言う。


「ジェイクの指示通り!

食後の2時間はゲーム。

そのあと、フィットで運動。

サムは2時間一人で筋トレ!

頑張って!」


「いや、オレもレクレーションルームで2時間ゲームだ。」


サムの予想できないほどの方向転換は、再び笑いを起こした。


わいわいと騒ぎながら、3人は一斉に立ち上がった。

ユウはエミリーとアナスタシアに両腕を抱えられ、

レクレーションルームへと強制的に運ばれる。


(・・・なんか、すごいことになってきたな)


でも、全然嫌な気分ではなかった。


――――――――――――――――


医務室は静かだった。

外の喧騒が嘘のように、白い壁と薬品の匂いだけが澪を包んでいる。


澪はデスクに広げたカルテを一枚ずつめくり、

必要な項目にチェックを入れていく。


ペン先が紙を走る音だけが、部屋の空気をかすかに震わせた。


現状、大きな作戦もない。

そのおかげで医務室には腹痛とか微熱とか、

そう言った軽い症状の研究員を診察するだけだった。


澪はクルクルと暇そうにペンを回す。


(ユウくん、食べれたかしら・・・?

ガンさんも無茶しすぎ。

あの量は大人だって食べれないわ・・・

あの唖然とした顔・・・思い出しても笑っちゃう・・・)


食堂の事を思い出し、一人でクスクスと笑う澪。


「ドクター白崎。

ご機嫌ですね。」


声をかけられ澪は視線を上げる。

ドクターチェン(チェン・リーファー)だった。


医療スタッフは15人。

ドクターは4人で、今の時間帯は澪とチェンだけだった。


「え? そうですか?

ちょっと思い出し笑いしてたかも?」


「もしかして・・・食堂の事ですか?」


当てられて、驚く澪。


「えっ!? なんでわかるんですか?」


「中国4000年の歴史に分からない事はないですよ。」


「さ、さすがは中国ですね・・・」


チェンがふっと笑い、首を横に振った。


「冗談ですよ。

実はさっきナースの子が食堂から戻ってきましてね。

ユウくんを中心にして盛り上がっていたって話をしてたんですよ。

僕は聞いただけ。」


「そうなんですか?

どんな風に盛り上がってたんでしょう?」


「ジェイクが仕切って、仲良くみんなで騒いでたそうですよ。」


「ジェイクさんか・・・

彼なら皆巻き込みそう・・・」


澪は、その光景を想像してほほ笑む。

澪の頬がゆるむのを見て、チェンはカルテを軽く揺らしながら続けた。


「昨日、彼が倒れて、あなたは相当パニック状態になってましたからね。

今日の状況を考えたら、僕でもうれしくなりますよ。」


「ありがとうございます。」


「さて、午後は検査の予約が二件。

その前に少し休んでおくといいですよ。」


「そうですね・・・」


澪は答えながら時計を見る。

デジタルの時計は10:21を表示している。


「今のうちに、もう少し片づけておかないと・・・」


澪は再びカルテに向き合った。

医務室の静けさはいつもと変わらない。


澪はカルテをめくりながら、深く息を吸った。

さっきまで胸の奥にあった温かさを、そっと静けさの中へ沈めるように。


(・・・仕事、仕事)


気持ちを切り替えるように、ペンを握り直す。

紙の上を走る細い線が、医務室の静寂にまた戻っていく。


チェンは向かいのデスクで別の書類を整理しながら、

ときどき澪の方へ視線を向けていたが、何も言わなかった。

この静けさが、彼らにとっては日常なのだ。


時計の秒針が、淡々と時間を刻む。

食堂の賑やかさも、研究所の喧騒も、ここには届かない。

ただ、白い壁と薬品の匂いと、紙をめくる音だけが、医務室を満たしていた。


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