ターニングポイント
翌朝。
ドアのインターフォンをミナトが押している。
スピーカーからユウの声が聞こえてきた。
「ミナトさん? おはようございます。」
その声はいつものユウだった。
「朝飯行くっすよ! 昨日、朝晩の食事の時間割聞いてないっしょ?」
「あ、そういえば・・・今行きます。」
ミナトがドアから一歩下がる。
しばらくするとドアが開いた。
「お待たせしました!」
ミナトはじっとユウを見る。
ユウは不思議そうな顔をする。
「え? どうかしましたか?」
「全然、なんも。 ほら、行くっすよ。」
「え? あれ? ・・・はい!」
ミナトは後頭部に腕を組み、口笛を吹きながらスタスタと歩いていく。
ユウは慌ててついていった。
――――――――――――――――
食堂では、ミナトが食事のとり方を教えてくれた。
トレーを取り、配膳口に並んだ食べ物から好きな物を選びながら、トレーの区切られた場所に好きなように取っていく。
「ユウ! なんだ、その遠慮したような取り方は!?
ほれ! ほれ! ほれ!」
ガンバヤルが、少しずつしかとっていないユウを見つけ、
次々とユウのトレーに乗せていく。
ユウは“え? え?”って顔をするが、
トレーはあっという間に山もりになった。
そして、ガンバヤルはユウの髪をワシャワシャと撫でまわした。
「大きくなるまでは、こんぐらい食え! おかわりしてもいいぞ!」
「は、はい。」
「スープもどうぞっす!」
ミナトがスープを入れたカップをトレーに乗せた。
「ははは・・・全部、食えるかなぁ・・・」
山盛りになったトレーを見て唖然としていると、後ろから声がした。
「ユウくん! こっち!」
声の聞こえた方を見ると、澪が手を挙げている。
「席、取っておいたわよ。」
澪は自分の横の席に座るように促した。
ミナトはその対面に座る。
ユウは雑談でざわついている食堂を見回す。
そこには食器の音、笑い声、報告書を読みながら食べる者――
それぞれの“朝”がそこにあった。
席に座ると、澪がユウのトレーを見て、思わず吹き出した。
「・・・ちょっと、これは取りすぎじゃない?」
「いや、オレじゃないっすよ先生!
ガンバヤルさんが勝手に・・・!」
ミナトが必死に弁明するが、澪はクスッと笑って肩をすくめた。
「まあ、食べられるならいいけど・・・無理しないでね?」
「はい・・・頑張ります・・・」
ユウは山盛りのトレーを前に、スプーンを握りしめた。
周りでは、隊員たちがそれぞれの朝を過ごしている。
誰かが笑い、誰かがタブレットで本を読み、誰かが眠そうにコーヒーをすすっている。
(・・・こんなに人がいるんだ)
ユウは少し驚きながら、スープを一口飲んだ。
「あったかい・・・」
その小さな声に、澪が優しく微笑む。
「朝はね、温かいものを食べると体が動きやすくなるのよ。」
「へぇ・・・」
ミナトがパンをちぎりながら言う。
「ユウくん、今日からこの時間帯に来るっすよ。
食事時間は1時間。 多少はオーバーしても良いっすけど、
次の班がやってくるんで、ゆっくり食えなくなるっすから。
もし、寝坊してたらオレが叩き起こしに行くんで。」
「えっ・・・それはちょっと・・・」
「大丈夫よ。 ミナトくん、起こすのは優しくね?」
「もちろんっすよ先生!
優しくドアを蹴って起こすっす!」
「蹴るのは優しくじゃないわよ!」
澪がツッコミを入れ、ミナトが笑い、ユウもつられて笑った。
その笑い声は、昨日の“異常な出来事”を少しだけ遠ざけてくれるようだった。
「そういえば、ナジさんは?」
ユウが聞いた。
「ナジさんは調査に出たっすよ。」
「調査?」
「先日、出現した死神の残骸を調べに行くって言ってたっすね。」
「オレと出会ったとこ?」
「そうっすね。
酸化マグネシウムで焼かれてるとはいえ、全部が燃え尽きるわけじゃないっすから・・・」
「・・・全部、燃え尽きない?」
ユウはスプーンを止め、ミナトの言葉を反芻するように繰り返した。
「ええ。
死神は燃やす事で修理不可能な状態になるけど、あれだけの巨体だから、
研究材料としては沢山のパーツが残るの。
無事に残ったパーツを持ち帰ってきて、ここで調べるのよ。
新しい技術が入っていないかとか、記録データとかね。」
澪が補足するように言う。
「へえ・・・」
「まあ、危険はないっすよ。
今はAIをごまかす技術があるっすから、普通にしてれば襲われることはないっす。」
「ここに来る時に着てたあれですよね?」
ユウはスプーンを置き、両手を肩口に上げ、背中に背負った蓑を表した。
「そうそう! あれっすよ。
あれがあるから調査班も安全に近づけるんす。」
「あれ、ナジさんが開発したのよ。
昔は空から監視されているなんてわからなくて、
みんな“人ではないような動き”で歩かなきゃいけないでしょ?
なかなか調査が進まなくて・・・
でも、あれを開発してくれたおかげで調査も楽になったし、物資の運搬が可能になった。」
「へえ・・・ナジさん、やるなあ~」
ミナトはトレーが空になると席を立ち、ドリンクコーナーへ行き、コーヒーを持って戻ってきた。
「実はナジさんは、スゴイ技術屋なんすよ。
解析力もすごいし、先日も自分で撮影してきた映像データに映った違和感見つけてたっすからね。
自分、全く気付かなかった映像っすよ。
ホントあの人はスゴイっす!」
そう言いながら、コーヒーを飲み切る。
「じゃあ、自分は仕事に行くんで! 御先っす。」
そう言って席を立ち、使ったトレーを返却口に戻すと、食堂から出て行った。
「仕事・・・ナジさんは調査・・・
オレ、何すればいいんだろう?・・・」
ユウは横に座っている澪を見る。
「オレ、何か手伝う事ありますか?」
澪はマグカップのコーヒーを飲みながら、目線をユウに向けると、
マグカップを持っていない方の手でユウのトレーを指さす。
そして、マグカップから口を離すと笑いながら言った。
「君の仕事は、これを全部食べる事よ。」
「え~~っ!?」
ユウのトレーは、まだ山のようになっていた。
「まだ、時間あるから頑張れ!
次の班が来るまで、ココにいるから。」
――――――――――――――――
乾いた空気が草原とゴツゴツとした大地を渡っていく。
そこに、笠と蓑を装備した3人の人影がある。
モンゴルの大地は荒れた地形で平たんではない。
蓑を羽織ると歩きづらく、足にじわじわと疲労を溜めていく。
「ナジさん! そろそろ休憩しましょう。」
一人の男がそう言った。
彼の名前はボルド。
調査班の一人だ。
ナジは腕時計を見る。
時計の針は9時19分を指している。
「研究所を出てから、まだ4時間しか経ってないぞ?
限界ラインまではまだ距離がある。」
ナジが眉をひそめてボルドを見る。
「オレじゃないですよ!」
ボルドはそう言うと、肩口から後方を親指で示す。
その示した先に目線をやると、一人が100メートルほど遅れていた。
ナジは、もう一度時計を見る。
(そろそろ、ユウも食い終わったころかな?
いや、ガンさんの事だから居残りしてるかもな・・・)
ナジは緩んだ口元で言った。
「あー・・・わかった!
ここで30分休憩だ!」
二人はその辺の岩に座り、荷物を置いた。
調査隊は蓑を羽織るので、大きな荷物を背負う事ができない。
少しは背負える程度だが、ほとんどは前に抱える感じで荷物を持つことになる。
あとは、台車を引いている。
台車と言ってもこのモンゴルの大地だ。
普通の台車ではなく、地面に着く両端に小さなタイヤがついている二輪車。
それを手で引きずって移動するような台車だった。
ナジは、その台車の太陽光パネル(研究所のパネルを小型化したような物)のカバーをめくり、
携帯食と水筒を取り出すと、水筒を口を開けて飲み、喉を潤した。
そして、携帯食の包装を破り、食べながら双眼鏡で周囲を見渡す。
「はあっ・・・はあっ・・・すっ、すいません・・・」
遅れていた一人が追い付いた。
彼女の名はサラ。
先月、人類圏から配属されてきた20歳の若者。
今回初めて調査隊に参加することになった。
「サラ、配属されて1か月だろ?
体力が必要だって言われなかったか?」
サラは汗をぬぐいながら、情けない顔で答えた。
「言われましたけど・・・こんなに歩くなんて聞いてません・・・!」
ボルドが笑いながら水筒を差し出す。
「ほら、飲めよ。
最初はみんなそんなもんだ。
俺だって初日は吐きそうになったしな。」
「ボルドさんは、今でも吐きそうな顔してますけどね・・・」
「おい、誰がだ!」
二人のやり取りに、ナジは肩を揺らして笑った。
だが、笑いながらも双眼鏡を覗いて周囲を警戒している。
双眼鏡で見える集落は破壊されていない。
(まだ、この辺までは射程は伸びてないようだな・・・)
少しホッとして、双眼鏡を胸ポケットにしまった。
「おい、サラ!
この間、ここを15歳の瘦せこけた少年が研究所まで歩いたんだぞ。」
ナジがサラに反省させるために、ユウの事を切り出した。
サラは目を丸くして足元を指さす。
「え? ここをですか?」
「ああ、文句も言わず、オレの後ろをついてきた。
もちろん蓑と笠をかぶってな。
オマエ、そんなガキに負けてんぞ。」
「ええ~、嘘ですよね。」
「嘘じゃねえよ。 研究所にいるぞ。」
ボルドが話の内容に気づいた。
「ああ、ナジさんが保護したっていう“ユウ”って少年ですね。」
「えっ!?」
ボルドの話で、本当な事だとサラは“マジなのか~”って顔をする。
ナジはサラを指さして言う。
「帰ったら、フィットで筋トレとジョギングマシーン決定だ!
オレが直々に特訓してやる。」
「うえ~っ!」
サラは帰った後の特訓を想像して、舌を出しておどけた。
「さあ、そろそろ出発するぞ。」
そう言って、ナジが立ち上がると、二人も続いて立ち上がった。
――――――――――――――――
休憩を入れた場所を出発して3時間を過ぎたころ。
ある丘を越えた時、ナジが立ち止まった。
「サラ! 来てみろ!」
遅れてはいるが、休憩後はそれほど距離は離れていない。
ナジの呼びかけに下を向いていた顔を上げる。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
辛そうに丘を登り、ナジの隣までやってくる。
「見てみろ。」
ナジはサラに双眼鏡を差し出す。
それを受け取るサラ。
ナジはサラに見る方向を指さして示す。
「あそこだ!」
サラは最初裸眼でナジの示す方向を見るが、何があるのかわからない。
そこで、双眼鏡を使ってみる。
「あっ!? あれは死神ですか!?」
「そうだ。
マグネシウムの火で焼かれているが、死神の外骨格は残っているだろ?」
「はい。」
「その死神から、地平線に合わせて左奥を見てみろ。」
ナジに言われて、双眼鏡の向きを右方向へと動かす。
「違う、そっちじゃない。」
ナジはサラの動きを止め、逆方向へ促す。
サラはゆっくりと左方向へと動き、そして止まった。
「あっ!! え? うそ!?」
サラが見たものは、横に並んだ残骸だった。
しかも2体ではなく、奥に向かって並んだ十数体の残骸だった。
残骸の後ろには死神が通ったと思われるまっすぐな道が出来ている。
ただ、その道は必ずまっすぐではなく、遠くの方は蛇行している場所が見える。
サラはその道がとても不気味で不快な感情があふれる。
(あれは・・・なんだ・・・?)
サラは双眼鏡を下して、ばっ!とナジを見る。
「もしかして・・・・あれが、死神の限界点。
いや限界ラインですか・・・?」
ナジは頷き、自分の手のひらを使って説明する。
「いいか、外周がここだったとする。」
ナジは、人差し指から小指までの第2関節を指でなぞる。
そして、中指の指先をタッチした。
「今の死神の発射点がこの辺りだったとする。
すると、着弾点の限界点がこの辺。」
中指の先をタッチしてから放物線を描くように指を移動させ、
指の付け根にタッチした。
そして、その指を放さずに手のひらの真ん中へとスライドさせる。
「そして、そこから稼働時間で移動できるのが・・・」
サラは鳥肌がたち、ブルっとした。
手のひらから視線をあげ、残骸の方を見る。
「あれが・・・」
「そうだ。
あれが今、人間が生活できる限界ラインだ。
そして、そのラインは内へ内へと伸ばしてきているんだ。」
サラは口が乾くような気がして、何度か唇を濡らす動作をした。
「あそこに残骸が集中しているのは、どうしてなんですか?」
「理由はわからない・・・が、なんとなく予測はつく。
集落で最初は一人が見つかったのかもしれない。
そして、1体の死神が撃ち込まれる。
集落に撃ち込まれると、最初の一撃で無事だった周りの人間の行動は?」
「逃げること・・・。」
「そうだ。
それは死神のセンサーにすぐに引っかかり、死神がそれを殺すために暴れる。
だが、1体では足りないと判断した死神は次の死神を呼び寄せる。」
「死神が死神を呼ぶ・・・?」
「ああ、大量の人間がいたら、それの繰り返しだ。
よく覚えておけ、死神は動く人間を追いかけまわす。
そして、すべて殺した後、死神は人類圏を目指して進撃する。
それが死神の基本ロジックだ。」
サラが不気味に思えた不快な道は、人間を追いかけた道だった。
「蛇行している道は、人間の大量の血がしみ込んだデスロードだ。」
逃げ惑う人々をゴキブリでも追いかけるように、
蛇行しながら、つぶして歩く死神の事をサラは思い浮かべると、
気持ちが悪くなり嘔吐した。
「あのまっすぐ伸びた道は、人間を追い尽くした後の軌跡だ。
獲物を失った死神は、迷いなく人類圏へ向かって歩き出す。
あれは・・・“全滅の証拠”なんだ。」
ボルドが駆け寄って水筒を用意し、
少しでもサラが落ち着くようにつぶやく。
「俺も初めて死神を見た時、恐怖したよ。
こんなヤツらを相手に生き延びることができるんだろうかって・・・。」
サラは荒い息を整えようとしたが、胸の奥がまだ震えていた。
それでも、目だけは強くナジを見据えていた。
サラは嘔吐物で汚れた口を腕で拭って、起き上がる。
「そうですよ!
私はぁー!
人間がもっと生き残れるようにする為に!
志願してここへ来たんです!!
だから、こんなことで負けない!
絶対に負けない!!
ナジさん! ボルドさん!
戻ったら、鍛えてくださいね!
これから私は変わりますから!」
そんなサラをみて、ナジとボルドが笑う。
そして、ナジが注意する。
「うるせえよ・・・
ヤツラのセンサーに引っかかるぞ。
禁忌破り1な。」
「うえっ!?」
気合入れたつもりが、ナジに言われ“がっくり”と肩を落とすサラだった。
それを見てナジはわずかに口角を上げた。
それは叱責ではなく、期待の色だった。




