4. 園芸部流・防衛術
淡路が去って数分後。
俺とゆりねの間に落ちた沈黙を破るように、ドカドカという乱暴な足音が裏庭に響いた。
「おい、園芸部! ちょっと場所貸せや!」
……来たか。
現れたのは、体育会系の男子三人組だ。淡路の手駒だろう。「いない」と言いつつ、最初からここを実力行使で捜索させるつもりだったらしい。
背後の隙間で、ゆりねが息を呑む気配がした。
俺は背後の彼女に聞こえるよう、小声で短く告げる。
「絶対に出るなよ」
返事は待たずに、俺は道具小屋の前――彼女が隠れている隙間を塞ぐ位置に仁王立ちした。
「……何だお前ら。土が固まるから静かに歩け」
「うるせえ陰キャが! 淡路委員長から『裏庭の環境美化』を頼まれたんだよ。そこの道具小屋の裏とか、掃除してやるからどけ!」
分かりやすい嘘だ。
彼らの視線は、俺の背後にある死角をギラギラと探っている。
「断る。ここは俺の管理下だ。美化なら自分たちの頭の中だけにしておけ」
「ああん!? 調子乗んなよ!」
リーダー格の男が、威圧的に俺の胸ぐらを掴もうと歩み寄ってきた。
その足が、花壇の縁を越える。
「……警告だ。そこから先は『イラクサ』の群生地だぞ」
「は? 草なんて知るか!」
男は俺の警告を無視し、青々と茂った雑草のような植物の中へと踏み込んだ。
その瞬間。
「――い、ってえええええ!!?」
男が絶叫した。
足首を押さえて飛び跳ねる。
「な、なんだこれ!? 足が焼けるように痛え!!」
「言っただろ。イラクサだ」
俺は一歩も動かずに解説した。背後のゆりねを守る壁としての役割を放棄するわけにはいかないからだ。
「葉や茎に細かいトゲがあってな。刺さると毒成分が注入される。要するに、めちゃくちゃ痛くて痒くなる」
「き、聞いてねえぞ!」
「聞かなかったのはお前らだ。ちなみに、その横にあるのは『ノイバラ』だ。服に引っかかると取れないぞ」
俺が指差すと、残りの二人が慌てて足を止めたが、既に彼らのズボンには鋭いトゲが食い込んでいた。
動けば動くほど、トゲが布に絡まり、皮膚をチクチクと刺激する。
「うわあああ! なんだこの場所! 地雷原かよ!?」
「痛え! 痒え! 無理だ、撤収!!」
三人は半泣きになりながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
彼らの背中が見えなくなるまで、俺はその場を動かなかった。
「……ふん。学習能力のない害虫め」
俺は彼らが踏み荒らしたイラクサを見た。少し折れてしまったな。あとで追肥してやらないと。
完全に気配が消えたのを確認してから、俺は背後を振り返った。
「……もういいぞ」
声をかけると、恐る恐る、という感じでゆりねが隙間から顔を出した。
その目は、何か信じられないものを見るように見開かれていた。
「すごい……。魔法も使ってないのに、撃退しちゃった……」
「植物の特性を利用しただけだ。イガ栗だって、中身を守るためにトゲがあるだろ」
俺は何気なく言ったつもりだった。
だが、ゆりねは顔を少し赤くして、嬉しそうに微笑んだ。
「うん……。やっぱり栗原くんは、私を守ってくれる『イガ栗』なのね」
……また変な認定をされた。
俺は照れ隠しに顔を背け、スコップを地面に突き刺した。




