2. 餌付けと共犯者
翌日の昼休み。
俺の聖域(裏庭)に、当然のような顔をして「百合根」が現れた。
「……また来たのか」
「ごめんなさい。でも、教室にいると髪の毛を抜かれるの」
白川ゆりねは、昨日と同じ道具小屋の隙間に慣れた手つきで潜り込んだ。
体育座りをして、小さく息を吐く。その姿は、高嶺の花というより、雨宿りをする捨て猫に近い。
「チッ。そこ、アリの通り道だぞ」
「平気よ。人間よりマシだわ」
とんでもないことを言う。
俺は呆れつつ、手元の作業に戻った。今日はトマトの収穫だ。真っ赤に熟れた果実が、ツルの重みで垂れ下がっている。
プーク、と情けない音が鳴った。
俺の手が止まる。
音の出処は、隙間に挟まっている聖女様の腹だった。
「……」
「……」
沈黙。
彼女は顔を真っ赤にして、膝に顔を埋めた。
「ち、違うの。購買に行こうとしたら囲まれて、何も買えなくて……」
言い訳が悲痛すぎる。
俺は一つため息をつくと、手元にあった完熟トマトをもぎ取った。
服で適当に泥を拭う。完全には落ちていないが、死にはしないだろう。
「ほらよ」
俺はそれを、彼女に向けて放り投げた。
綺麗な放物線を描いて、トマトが彼女の胸元に収まる。
「え?」
「形が悪くて出荷できない規格外だ。やるよ」
「……いいの?」
「腹の虫がうるさくて、アブラムシが逃げる」
憎まれ口を叩くと、彼女はトマトを両手で大事そうに持った。
そして、ハンカチで拭くこともなく、そのままかぶりついた。
ジュワッ、と音が聞こえるほど瑞々しい。
口の端から赤い果汁が垂れるのも気にせず、彼女は夢中で咀嚼した。
「……んっ! おいしい……!」
彼女が顔を上げる。
その表情を見て、俺は少しだけ目を見開いた。
テレビや雑誌で見る「営業用スマイル」じゃない。
もっと無防備で、少し野性的で、圧倒的に「生きた」顔だった。
「スーパーのより、ずっと味が濃い……!」
「当たり前だ。朝まで土と繋がってたんだからな」
「すごい。栗原くん、魔法使いみたい」
純粋な称賛。
俺はフンと鼻を鳴らし、帽子を目深に被り直した。
「ただの園芸部員だ。……まだあるぞ。食うか?」
「うん、食べる!」
大きく頷く彼女に、俺はもう一つトマトを投げた。
どうやら俺は、面倒な野良猫……いや、腹ペコの百合根を餌付けしてしまったらしい。




