第2話 ティッシュ1枚で250円の魔法
嫌いな人を思い浮かべろ、と言われたら、あなたなら誰が浮かびますか?
嫌いな人、と言われて、私の頭に浮かんだ人物。
それは、会社で隣の席に座っているデブ、T橋S美だ。
毎日居眠りして、残業の元凶で、その上、私の話に割り込んできてオチを言う前に自分の話にすり替えた地雷デブ!
考えただけでストレス太りしそう、と、私は意識をデブから目の前の糸目の男に戻して、言った。
「……名前以外何も知らないんですけど。住所も、誕生日も、年齢すら。血液型はAだと思ったけど」
「名前さえ分かっていれば大丈夫ですよ。取り敢えずやってみましょう?」
言われるがままにアプリをインストールし、デブの名前を入力して登録を完了する。
「では早速テストしてみましょう。失礼」
そう言って男はゴミ箱から丸めたティッシュを拾い上げた。
ちょっと恥ずかしい。
「このティッシュはいくらで買いましたか?」
「えーと……5個入りで300円いかないぐらいだと思いましたけど」
「あ、1箱じゃないんですね。丁度良いです。ではこれを、カメラを開いて撮ってください」
よく分からないが言われた通り男の持っているティッシュをアプリ内のカメラで撮ると、ティッシュはその場から消えた。
代わりに、炬燵の上にチャリンという音と共に小銭が現れた。
「おお!」
「250円だったみたいですね」
「どういう原理か分かんないけどすごい! 凄すぎる! ねぇこれ、ティッシュはどこに行って、お金はどこから来てるの? 嫌いな人の登録をしたって事は、その人の部屋にティッシュが行って、その人のお金がこっちに来たって事?」
興奮のあまりこの男の怪しさも忘れて前のめりに畳みかけると、男は満足げに頷いて自分のタブレットを見せてくれた。
「その通りです。住所を登録していないのでアプリ内で部屋の様子を見る事は出来ませんが、ティッシュはこの通り、目立たないようにゴミ箱に。あと、お金は口座から」
次はデブ名義の口座だと思われるが、「料 金」という名目で250円が引き落とされていた。
ついでに残額を確認すると大体300万程度。
子供部屋おばさんが今の会社に入って3年で貯めたといった所か、クソ生意気な。
俄然、これを全て奪ってやろうという気持ちが燃え上がった。
「やる気になったようですね?」
「うん。……あ、でも、ティッシュの話に戻るけど。1枚に換算したら……えーと……0.3円ぐらいにならない?」
手元にあった残りのティッシュ箱の裏に書かれた枚数を見ながらそう言うと、男は頷きながら言った。
「はい。どんなに小さなひとかけらでも、買った時の全額が支払われます。なので、一度支払ったものだと……」
そう言って男はもうひとつ、ゴミ箱からティッシュを取り出した。
これも撮ってみて、という事らしい。
なのでまたカメラで撮ると、小さなビープ音が鳴った。
「無効って事?」
「そうです。なのでこういうティッシュのように、使い切るまでに時間のかかるものは、なるべく最後まで使い切ってから撮る事をお勧めしています」
何となく理解はした。
「大体わかった。で……これの具体的な使用料とか手数料とかは?」
「いえ、無料です。テスターなので。1週間に1回程度、使用感などのレポートを提出して頂けさえすれば、どれだけ儲けても手数料も一切頂きません。何せテスト版で、上手くいかない可能性もありますのでね。あ、不具合修正は即対応しますよ」
マジかよ……と、ここに来てようやく騙されてるんじゃないかという気になって来た。
そんな風に冷静になると同時に、男も気持ち真顔になって声のトーンも落として言った。
「最後に。無料で貰った物と、盗んだ物はNGです。前者はさっきのようにビープ音が鳴るだけですが、後者は一発NGなので、今まで稼いだお金を全部返してもらいますからね。気を付けて下さい」
「なるほど悪い事はするなって事ですね」
そういう事です、とまた笑顔になった男を見て、ゴミを押し付けてお金を奪う行為は悪い事じゃないのかよとこっそりツッコんだ。
そんな感じで男とLINEを交換してお帰り頂くと、早速、家の中を掃除する事にした。
いやその前にご飯か。
冷蔵庫を開け、さっき買った30%オフのシールが貼られた鶏むね肉を取り出して……私は、スマホを取りにリビングに戻った。
→つづく
次回から、恐らく日本一ショボい復讐劇の始まりです。




