第肆幕 憑依
「ちなみに、専攻の教科は何ですか?」
高校生の雪子が尋ねると、大学生の雪子が答える。
「美術科よ。専門分野は絵画で油彩。どう?意外でしょ。」
「それは…確かに。」
「できるだけ、今まで使ってこなかった脳細胞の部分を刺激したくてね。」
「で、実際どんな感じなんですか?」
「随分いいわよ。脳がリフレッシュされる感じ。あなたも体験してみる?」
「それは…もちろんですけど…。いいんですか?」
「アナタ、見たところ精神体のようだから、私に憑依する必要があるわね?」
「…はい。」
「いいわよ。どうぞ。前から入る?それとも背中から?」
「ためらわないんですね?」
「だってアナタは私なんでしょ?もし仮ににうっかり融合してしまっても、もともとの天才が、強化されるってことじゃない?」
「そんな風に言ってもらえると気が楽になります。」
「じゃあ、どうぞ。誰も見ていない今のうちに。」
そう言うと大学生の彼女は、座ったまま背中を向けた。
高校生の雪子は、恐る恐るその背中に手を掛ける。
彼女は手から少しずつ背中に入って行って、最後はすっかり大学生の中に消えてしまった。
ほどなくして、今や「二人で一人の雪子」になったその大学生は、何食わぬ顔で図書館を出て行った。
彼女はすぐその足で、美術棟の2階の油絵実習室までやって来ると、自分の座席に向かう。
今日の午前中の授業は休講だったので、カマイユ技法で描きかけの油絵を、自主的に進めることにしていたのだった。
「何だか不思議な感覚よね。まるで❝魂の二人羽織❞って言うか。」
服を汚さないようにエプロンを着ながら、独り言を言う雪子。
(そうですね。)
心の中で答えるもう一人の雪子。
「あら、早かったのね。もう調べ物は終わったの?」
突然後ろの入り口から声を掛けられる。
雪子が振り返ると、そこに懐かしい顔があった。
それは小学校からの友人、村田京子だった。
今日もボブカットのヘアスタイルに、黄色いワンピースを着ている。
「うん。カマイユ技法について、少し確認したいことがあっただけだから。」
そう答える雪子。
(へえ、そうなんだ。)
それに対する心の中の雪子の感想。
京子は部屋に入ると、すぐに座席に着く。
彼女の座席は雪子の隣だった。
カセットウォークマンのスイッチを入れると、ヘッドフォンをつけた。
そしてエプロンを着ると、早速筆を取り作品の続きを描き始める。
二人は同じモチーフを課題にして静物画を描いていた。
小さな切り株と緑のワインボトルと古びた黒いブーツ。
その組み合わせと配置は二人で考えたものだった。
ちなみにカマイユ技法とは、古来からの油絵の手法で、簡単に言うとグリザイユ技法を茶色系の色で行うものである。
そしてグリザイユ技法とは、まず白・黒・灰色のみで絵を描き、その上から物体の固有色を乗せていくものである。
(一つ確認しておきたいことが…。)心の中から尋ねる中の雪子。
「何かな?」小声で答える外の雪子。
(この時空では、稲武のクマ事件で京子さんと協力してますか?)
「うん、うん。そんなことあったね。懐かしい。」
(じゃあ、お互いのチカラについては承知しているんですね?)
「そうよ。だから安心して。」
(了解です。作品制作の邪魔にならないように、しばらく静かにしてますね。)




