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プロレスラー養成学校の日常~メヒコと僕とルチャリブレ  作者: 佐野和哉
#2014年の松山勘十郎

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7.真夏の二連戦×2

 大阪。2015年。夏。

 これまで僕が見た松山座は、全体の半分にも満たない。

 その中でも特に思い出深かったのが、この2015年だった。7月と8月にそれぞれ2日間連続の公演があった。

 僕が応援とお手伝いに行ったのは7月の方だったと思う。何しろ暑かった。そして大変だった。特に座長が。その2日目の遅い朝。座長は準備のため一足先に生野区民センターに入った。僕は座長を送り届けて、会場に追加の物販や資材を搬入し事務所に戻っていた。いつもなら前日の夜に準備して当日朝に仕上げ、その夜に完全撤収なので慌ただしいのだが、2日間あるので主だったものはそのまま会場に置かせて頂けたので真ん中の準備が割と楽だった記憶がある。ただ初日の撤収時に持ち帰らなくてよかったものも、二日目に出る荷物と合わさってくるので結局最後の撤収は結構なボリュームになった。ステップワゴンの隙間という隙間に小さな荷物を詰め込み、運転席と助手席以外は全部ペターンとシートを倒してぎちぎちになっている。今にして思えば何もそこまで詰め込まなくても、もう一往復したらよかったかな…とも思う。けど、不慣れな道と狭い路地、そして高揚した精神がそれを思わせなかった。


 それ以上に、暑がりの僕に輪をかけて暑がりの座長…二人してよくへばらずに駆け抜けたなと思う。ことプロレスとなると座長は並外れた神通力を発揮する。

 毎回のように公演開始直前まで気が抜けず、自分の演目以外にも気を配り、選手が試合中に怪我をしてしまうこともあったし、会場入り直前で交通事故に遭ってしまい欠場になってしまったこともあった。こういう時、本来ならガクっと来てしまうところも笑って乗り切る胆力こそが千両役者の真骨頂ではないかと思う。


 思えば座長との記憶は、ずっと暑い日だった。

 何しろ雨季とはいえ5月から7月のメキシコは朝8時には気温が30度近くになり、スコールが降るまでずっとそれが続くのだ。

 5つ11ペソのタコスの屋台やファミレス、コンビニ、メルカド、メガマート。どこへ行くにも灼熱の太陽がヤブニラミでついてくる。それが10年後の大阪まで続いているような、快晴の灼熱の昼下がり。僕は事務所で洗濯機をお借りして着替えを洗って干していた。

 書生が居候しているのだとしたらこんな感じか、と、階下の狭い路地をこの暑い中も自転車で駆けてゆく人々を見つめて思った。大阪は自転車が多い。どんな狭い路地でも千日前通でも御堂筋でも、真夜中でも明け方でも真昼でも自転車が走っている。

 とりあえずお呼びがかかるまでは待機だ。

 洗濯物は、すぐに乾くだろう。強く色の濃い陽射しに染まった小さなベランダ、四角い青空、道路の切れ端。陽炎のように2005年のナウカルパンの景色おもいでが揺れて重なる。不意に胸ポケットの電話が鳴る。

「あっ、もしもし佐野ぉ! 悪いんだけどちょっと……そこの引き出し、いちばん上の」

「この封筒ですか?」

「違う、その奥!」

「小物入れみたいな……緑色の」

「それだ! ごめんすぐ頼む!」

 わかりました! と電話を切って、そいつを引っ掴んで事務所を出る。車で行こうかとも思ったけど、事務所近くのタイムズは24時間700円(当時)なので一度出庫するのは惜しい。

 灼熱のアスファルトを、僕は走り出した。桃谷駅に続くアーケード商店街の前の交差点を左に折れて、疎開通りを勝山通めざして。

 陽炎が笑っている。


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