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唐揚げデスマッチ危機一髪!

 私キッドこと佐野君は、高校卒業後にメキシコに渡りプロレスラー養成学校・闘龍門に入学しました。

 2005年5月のことでした。自分たち新人は練習生、と呼ばれまずは基礎体力トレーニングとマット運動などを教えていただき、さらに先輩といっしょにチャンコ番など寮の掃除、炊事洗濯などを覚えます。

 お料理に関しては家でもよくやっていたので、ちゃんこ鍋くらいは作れるだろうと思っていたら一番最初に作ったのが大失敗。めちゃくちゃ時間がかかったうえに野菜も生煮えで、申し訳ないやら勿体ないやら恥ずかしいやら。これを教訓に料理や掃除も頑張りました。


 ひと月ほど経ったら練習生同士で組んでチャンコ番をするようになりました。私と組んでいたのは新潟県から来たヒロカワさんと言う人で、年は私より5つ上の23歳。

 実家が焼肉屋さんで入門前は色んな飲食店で働いていたということで料理が得意な人でした。実際にヒロカワさんの作る食事は好評で、何を作ってもとても美味しかったです。


 よくヒロカワさんと二人でバスに乗ってメガマートまで買い出しに行って、バス停から寮まで両手にひとつずつ食料品がギッチリ入った重たいビニール袋をぶら下げてひーこら歩いて来たのを思い出します。

 メガマートのバス停には屋根もベンチもあるし、ヒロカワさんと二人でメガマートで買ったひとつ3ペソ(当時の日本円で約30円くらい)のマンサナリフト(リンゴ味の炭酸ジュース)を飲み、ぎらつく日差しと大通りのビルにかかっているルイス・ミゲルの看板をぼんやり見上げながら他愛のない話をしていました。


 寮の献立は週ごとに決められており、普通の味噌、醤油、しお味のちゃんこ鍋に加えてボルシチ風、コンソメ、ちりちゃんこ(ポン酢をつけて食べる)などがありました。またおかずも色々でタコスを作ったりハンバーグを焼いたり。

 何しろ娯楽のない寮生活の事、ご飯の時間は貴重な楽しみでもありました。


 特にみんなが好きだったのはやっぱり唐揚げ。

 メキシコは食料品に関しては物価が安くて、鶏肉も近所にあるメルカード(昔ながらの市場)のお肉屋さんに行ってキロ単位で買ってバンバン揚げていました。何しろ私のタッグパートナーは元料理人のヒロカワさん。唐揚げだろうとハンバーグだろうとロールキャベツだろうとお任せ。ヒロカワさんの日はみんな安心してご飯を待っていました。佐野君はそれ以外の、こまごました仕事をしていました。料理のお手伝いから果物を絞ってジュースを作ったり使った食器を洗ったり食堂やリビングの掃除をしたり。


 ある日、例によってその日のメニューが唐揚げに決まり食材を買いに行った佐野君とヒロカワさん。鶏肉数キロ、味付けの香辛料、自分たちの飲むジュース、その他の食材などをダンベルよろしく両手いっぱいに持って帰宅。さっそく晩ご飯の支度にとりかかります。

(あっ……!)

 ここで佐野君がとんでもないことに気が付きました。


 小麦粉が、ない。


 唐揚げを作るのに小麦粉がなくちゃあどうしようもない。寮に在庫は……と思ったら小さな袋に半分だけ。これじゃあとてもじゃないけど足りっこない。

 どうしよう……!

 唐揚げが作れない。みんなが楽しみにしているのに。お腹を空かせたプロレスラーと練習生仲間が合わせて15人も居るというのに……そこで「今日は唐揚げありません」なんて言ったらとてもじゃないが助からない。

 もうダメだ、簀巻きにされてアカプルコの海に沈められてしまう。

 思えば短い人生であった。


 いや勝手に死んでる場合じゃない、とりあえずまだバレてない、早いとこ何とかするっきゃない!

 というわけですぐ隣で中華鍋やら包丁とまな板やらを準備しているヒロカワさんに半泣きで縋り付く佐野君。

「びろがわざあん、どうじよう……小麦粉ないんでずう」

 なにーっ!? と驚いた後しばし思案したヒロカワさんはニッコリ笑ってこう言った。

「大丈夫、佐野君。コレだけあれば十分だよ、任せとけって」

 ヒロカワさん、恐怖のあまり気でも狂ったんだろうか……そう思う私を尻目に、ヒロカワさんは上機嫌でクッキング開始。


 手際よく細かく切った鶏肉をほんの僅かばかりの小麦粉につけてバンバン揚げていく。台所からふわふわ漂う香ばしい香りにつられて先輩方や同期のみんなが集まってきた。やばい、どうしよう、もう駄目だ……!

 そして先輩の一人が遂に気付いてしまった。

「ヒロカワさん、今日の唐揚げはコロモが薄いですね」

 思えば短い人生であった。

 終わった。せめて見苦しくなく死のう。さらばメヒコの青い空よ、マスクをかぶったアミーゴたちよ、天国マットで冬木弘道ボスに会ったら……


「あ、コレはですね、中華料理の素揚げといいまして。これなら小麦粉も節約できるしボク得意なんでやってみたんですよ!」


 よどみなく答えるヒロカワさん。感心する寮の皆さん。さすがヒロカワさんだ、しかも味付けは相変わらずの絶品。みんな普段とは一味違う料理に大満足。

 一命をとりとめた佐野君は何度もお礼を言って、その後必死になってヒロカワさんの分まで寮の掃除をしましたとさ。


あの素揚げ、命の味がしたなあ。色んな意味で。


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