第五話 戦争
前回の最後からそのまま続きます
「あなたの、お父さん......?」
「はい。マンフレート・ローゼマイヤーといいました」
アグネスは表情を曇らせたまま、話をつづけた。
「父の最期について、一番近くで目撃した人に話を聞きたかったんです。あのとき前線にいた兵士に知り合いはいませんけれど、あなたの存在は知ることができました。あなたの存在は一部の人の間で評判になっていましたから」
「じゃあ、ピックアップトラックに乗っていたあの男の人が......」
「覚えてるんですか?」
「はい。忘れることはしたくないですから。あの人は、わたしが傭兵としてはたらくきっかけでもあったんです」
「えっ......どういう意味ですか?父と会って話したんですか!?」
アグネスは目を大きく見開いた。
「はい。3年くらい前、カールさんとエスターレイヒに行ったときに、カルリーノの運転をさせてもらったんです」
「でも、あれは公になっていない実験車両ですよ。どうしてそんなことができたんですか?」
「自分でもよく分からないんです。カールさんと離れて一人で行動していたら、なんだか強い力に引き寄せられるようにして、どうやったのかは覚えていないんですけど、軍の試験場にたどり着いたんです。そこでマンフレートさんに会ったんです。そしたら、なんだか不思議な衝動が沸き上がってきて、『運転させてください』って言ったんです。そしたら、あの人は不思議なほど素直に受け入れてくれて。それがあなたのお父さんと、カルリーノとの出会いでした。......まあ、立ち入り禁止の場所でしたから、あとでエスターレイヒの人とカールさんにひどく怒られましたけど」
「......なる......ほど.......」
唐突に奇妙な話をされて、アグネスはひどく困惑していた。
「すみません。自分でも変な話だと思うんですけれど、あの時は本当にどうかしていたんです」
「......大丈夫です。それより、軍での父はどんな様子でしたか?」
「えっと、ほかの人と比べて、なにかを悟ってるというか、不自然なくらい落ち着いてました。あの人は操縦が非常にうまかったから、自身の現れなのかとも思ったんですけど、それにしてはいつも悲しそうな雰囲気があって......本当に不思議な人だったと思います。それと、『娘』についても話してました。自分がちゃんとした父親なのか、心配だって」
アグネスはしばらく黙り込んだ。その眼には涙が浮かんでいた。
「貴重なお話でした。ありがとうございます。見苦しい姿をお見せしてすみません。こんなに辛くなるとは思っていませんでした」
「いえ、そんな!謝らないでください。お父さんが亡くなったんですから、悲しくなるのは......」
仕方ない、と言おうとしたが、そこでノーラの言葉は途切れた。ノーラは親のことを知らない。そんな自分が親を失う気持ちを語るのはよくないことのような気がしたのだ。しかしアグネスはノーラの言おうとしたことを察してしまった。
「それが当たり前のはずなんですけれどね。あの人とは、あまり仲が良かったわけじゃないんです。別に嫌いだったわけじゃないと思うんですけれど、あなたの言うように超然としたようなところがあって、あまり私と関わろうとしていなかったんです。私を大事に思っていないのかな、って思ったこともあったんですけれど、そんなことはなかったんですね」
アグネスは少し安心したような口調で語ってはいるが、ノーラは、良かったですねなどとはとても言えなかった。親というものを知らなくても、父を失ってからその愛情を知るというのはむしろ悲しみを大きくしてしまうのではないかというのは想像できた。
「ありがとうございます。では、建物まで戻りましょう」
アグネスがそういうので、ノーラは彼女と一緒にもといた建物まで歩いていった。何を言ってよいのか分からず、沈黙が重くのしかかっていた。
灰色の雲が覆う空の下、アグネスを乗せた高級セダンはカールの住居へと帰っていった。
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