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第三話 安息

この作品に登場するすべての国家、団体、人物は架空のものです

[が、元ネタはあります(後述)]

 2031年 11月11日

 ノーラたち二人は結局、10時ごろまで地下室で過ごすこととなった。

 安全が確保されたとの通信が入り、議事堂付近まで戻っていくと、皮肉なまでに美しい月明かりと赤いサイレンの光が惨劇の結果を映し出していた。議事堂そのものはほとんど無事だったが、周囲の建物に焼け跡と弾痕が残り、そのうち一つには爆破された跡があった。負傷者は救急車に担ぎ込まれ、手錠をかけられた人々が警察の輸送車に詰めれれていく。その周囲を警察と兵士たちが警備し、さらに外側をやじ馬が囲んでいた。

「ひどいです......いったい誰がこんなことを?」

「それはきっと......いや、調査の結果を待たなくてはなりません」

 アグネスは建物を見まわしつつ答えた。

「少なくとも議事堂は大した損害を受けていません。どうやら暴動は中心部まで達することはなかったようです。それほど『ひどい』わけではありません」

 その口調は自分に言い聞かせるようだった。

「とにかく......今回の騒動に巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます」

 アグネスはノーラのほうに向きなおり、深々と頭を下げた。

「そんな、お詫びだなんて......こんな仕事をするんですから、危険くらい百も承知です。それで、今私に何かできること、ないですか?」

「あなたには主にカルリーノの操縦をお任せしたいと考えています。それが求められるのは特殊な軍用車両に対処するときです。今回はまだそのような脅威はありませんから、もう少し先になりそうです」

「分かりました。あーそれと、すっかり忘れてましたけど地下から出ようとしたときに何か言ってましたよね。私にききたいことがあるって」

「......ああ、そうでした。それは状況が落ち着いたらにしましょう。今日はもう遅いですし、また明日」

「はい。今日はお世話になりました。それじゃ、おやすみなさい」

 手を振りつつ、ノーラは帰っていった。幸いリヒテンシュテインの職員たちには負傷者は出ていなかった。

 水たまりで車輪を濡らしつつ、高級セダンは検問を通され、カールの別荘へとはしっていった。



 カールはリヒテンシュテインでの行事に参加していたが、エスターレイヒでの騒動を知って、早めに切り上げて帰ってきていた。

「ノーラ!無事だったかい?」

 ノーラが家に着くや否や、カールは心底心配そうな顔で出迎えた。

「はい。私もみなさんもぶじでしたよ!」

「そうか......いやあ、本当に良かった。すまなかったね、自分も一緒に行ければよかったんだけど」

「いや、むしろ行かなくてよかったですよ。万が一公爵に何かあったら、大変なことになるんでしょう?私は大丈夫ですよ。こういうことはすでに覚悟してます。じきに私もこういうことを防ぐ役目を果たせるはずですし、きっとよくなりますよ!」

 不安を少しも含まない、むしろ喜びすら現れている元気な返事だった。

「......こんなことがあってもまだその覚悟とやらは揺らがないんだね。正直、僕はまだ不安が大きいけれど、きみにそれほどの意思があるのなら、もう止めはしない」

 カールはノーラから目をそらしつつ言った。

「ただ、やっぱり気になることがある。危険を怖がらないのは理解できるけれど、どうして進んでそこに関わろうとするんだい?君の口調はむしろ楽しみにしてるみたいに——」

「そんなことないですよ。これはあなたの恩義に報いるためです」

「それは聞いたけど、そんなに強い動機だろうか」

 ノーラは困惑していた。新しい仕事を楽しみにしているつもりなどないし、本当にほかの動機などないと、その瞬間は思っていたからだ。カールに対する自分の恩が過少に評価されているような気もしたので、少し強い口調で反論しようとした。

「でもそれだけなんだから仕方ないじゃないですか。私の気持ちは私にしか......」

 しかしそこまで言うとノーラは口を開けたまま固まってしまった。心当たりが見つかったのだ。

「どうしたんだい?」

「いや、その、ここで話すことじゃないと思いますよ。......それより、おなかすいちゃいました!」

「あ、ああ、そうだね。晩御飯食べてなかったか。ごめんね、長話してしまって。すぐ用意させる」

 そういうとカールは急ぎ足で奥に歩いて行った。カールの過保護ともいえる良心を利用してしまい、少し心が痛むノーラであった。

 ノーラの心当たりとは、仮に自分が傭兵の仕事を楽しみにしているように見えるとしたら、それはまたアグネスに会えるからだろう、という考えだった。ノーラは記憶がないが、自分の恋愛対象に同性が含まれることは本能的に知っていた。カールもそれを知っているので、二人きりの時であれば打ち明けてもよかったが、玄関では使用人たちに聞かれてしまう危険があったので、話すのはまたの機会にした。

 ノーラは大きなベッドで眠りについた。さすがに慣れはしたが、やはり豪華な屋敷での暮らしは自分の肌に合っていないと感じていた。



 ——雨が降っている。大粒の雨が自分の前進に打ち付け、衣服を濡らしていく。周りは林に囲まれ、ほとんど光のない場所だ。人や動物の気配も全く感じられない。ただザーザーと雨音が響くのみだった。そこは空っぽな場所だった。そして、自分の中にも空虚さが満ちていた。自分が誰で、どうしてここに居るのか、何もわからなかった。ここがどこなのか知りたいと思ったが、あたりを見回すことも、足を踏み出すことも、声を出すこともできない。何をすればいいか、本当に何も知らないしわからないのだ。まるでかかしのように突っ立っているしかなかった。

 しばらくすると、前方から奇妙に揺らぐ影が現れた。警戒心が生まれ、初めて足を動かし、後ずさりする。その影は「そこにいるのは誰?」と言いながら形を変え、まずは傘を差した若い女性の姿になった。とても美しく、包容力を感じさせる容姿だった。その人はアンナ・リヒテンシュテイン——今は亡きカールの妻だった。しかしその姿は揺らいでおり、数秒も立たないうちにカールの姿に変化した。

 口を開けずにいると、目の前に近づいてきたカールはまた形を変え、今度はアグネスの姿になった。アグネスの手が自分の肩に置かれると、エスターレイヒでの騒乱で聞いた様々な音と、カルリーノのエンジン音が聞こえてきた。

 アグネスは何も言わず、ただ微笑んだ。その笑顔に吸い込まれていくように、意識があいまいになり、視界が白くなっていった——



 2031年 11月12日

 ノーラは目を覚ました。どうやら夢を見ていたようだ。夢の内容は3年ほど前、自分がカールに発見され、保護されたときの状況とそっくりだった。あの時感じていた独特な虚無感は、いまだに忘れることがない奇妙なものだった。

 このような夢はよく観るし、カールの妻が出てくることもしばしばあった。アンナはノーラが保護される少し前に亡くなったので、ノーラは会ったことがない。しかし見た目は写真で見て知っていたし、カールがしょっちゅう彼女の話をするので、夢に出てくるくらい印象に残っているのだろう。

 そしてもちろん、アグネスと夢で逢うのは初めてだった。一日のうちに自分の中でアグネスの笑顔は大きな位置を占めてしまったのだと思うと、少し照れくさかった。

国家の元ネタ(ほぼ全部ドイツ語風に読んでいるだけです)

エスターレイヒ=オーストリア

ウンガルン=ハンガリー

ブリタニエン=イギリス

フランクレイヒ=フランス

リクテンシュテイン=リヒテンシュタイン

ドイツ、アメリカはそのまま


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