第一話 プロローグ
この作品に登場するすべての国家、団体、人物は架空のものです
[が、元ネタはあります(後述)]
陽暦 2029年
世界の大国を巻き込んだ『大戦争』は、間もなく終結しようとしていた。ドイツ帝国・エスターレイヒ=ウンガルン帝国・ブルガリエン王国・オットマーネ帝国ら『同盟国』は、フランクレイヒ共和国・ブリタニエン王国・アメリカ合衆国などからなる協商国に対し思わぬ苦戦を強いられ、長期化する戦争の負担に苦しんでいた。日に日に敗色が濃厚となっていくエスターレイヒ帝国は、途中参戦したイタリエン王国からの攻撃への対応に苦慮していた。
2月11日、その日もイタリエンの装甲車からなる軍は「未回収の」領土の奪還に燃え、荒地を超えて帝国の土地へ侵攻していた。すると、敵の戦列から異常な挙動をする車両が現れた。それらはまるで乗用車のような形状で、不釣り合いなほど大きな砲や頑丈な装甲を備えており、様々なエンジン音――いくつかはモーターの音――を発していた。
「気にするな、あれが噂の『実験車両』だ!我々をかく乱させようというのだろう。奴らはあの車両をまともに制御できない。自滅したところを狙って無力化しろ!」
イタリエンの指揮官は兵たちを鼓舞した。これら奇妙な車両群はエスターレイヒのほかの戦線でも目撃されていたのである。実際、その奇妙な車両群は横転したり、突然失速したりと、ほとんど攻撃を加えられることもなく走行不能になっていった。いくつかの車両からは正体不明の光線や砲が発射され、数台の装甲車を著しく損傷させたが、それでもほとんどはすぐに自滅していった。
しかし、二台だけ例外がいた。一台はピックアップトラック、もう一台はシューティングブレークの形をしており、二台ともドアの下から銃を出し、歩兵たちやトラックを殲滅し始めた。さらにピックアップトラックは荷台から大量のミサイルを発射し、イタリエンの装甲車を破壊していく。
「おい、何をやっている!たかが二台になぜ手こずるのだ!」
指揮官の檄が飛ぶ。しかし二台の車は頑丈な装甲を有しているようで、歩兵たちの銃では歯が立たない。すると、苦戦するイタリエン軍の後方から数台の戦車が現れ、二台を狙って砲撃を開始した。シューティングブレークは土地の窪みを利用して砲撃を巧みに回避したが、ピックアップトラックは車体が浮き上がったその瞬間に砲撃を車輪の側面にくらい、横転しつつ吹き飛ばされてしまった。
「よおーし今だ!」
イタリエンの兵士たちはすかさずひっくり返ったピックアップトラックに手りゅう弾を投げ込み、爆発させてしまった。
しかし、彼らの注意がそれた隙に、シューティングブレークは静止し、なんと車体後部の屋根を開き、大型のレーザー兵器を出現させた。シューティングブレークのように見えたそれは、じつはクーペ型のボディーに後部を付け加えたものだったのだ。
強力な光線が一瞬のうちに何台ものイタリエンの戦車を貫き、内部の乗員ごと焼き切っていった……。
2029年 4月30日
エスターレイヒ・ウンガルン帝国が戦争に負け、革命を経て、エスターレイヒ共和国となったころ。
「——正直なところ驚いたな。まさかあの車両で、あんたみたいな若い女があれだけの成果をあげるとは。あいつもお前もラッキーだよ」
白衣を着た男が、シューティングブレークの操縦者と会っていた。イタリエン軍相手に巧みな操縦で見事に勝利したのは20かそこら程度の可憐な女性であった。
「リヒテンシュテインとエスターレイヒの契約でしたから。やるべきことをしたまでです」
「そうか?......まあいい。一応は俺の作品みたいなもんだ。機会があれば可愛がってやってくれ。あの手のものを扱える人間なんて、一握りしかいないからな。じゃあな、えーと、ノーラ」
そう言うと男は大股で歩いて行った。
ノーラと呼ばれた女もまた、自分の住む場所へ帰っていった。と言っても普通の家ではなく、エスターレイヒの首都にあるリヒテンシュテイン公の別荘にだ。ノーラには自分の生まれた国がわからない。自分を産んだ者を知らない。どういうわけか生まれてから3年ほどの記憶しか、残っていないのだった。記憶喪失の状態で雨に打たれていた自分を保護したのが、リヒテンシュテイン公国の若き国家元首であるカール・リヒテンシュテイン公爵だったのだ。
公爵はノーラを暖かく迎えたが、その表情は曇っていた。
「あの......何かあったんですか?カールさん」
「いや......君には関係ない。国の財政の心配事があってな」
「何かあれば、またわたしが『傭兵』になればいいんですよ。もう車両の操縦に関してはかなりうまくなったんじゃないかと」
ノーラは笑顔でそういったが、カールの表情は余計に曇ってしまった。
「まるで以前はうまくなかったみたいに言うじゃないか。まあ、そういうことがないように最善をつくすよ。売り払うものはたくさんあるんだ。ああ、君も見るかい?この家を旅立っていく美術品の数々をさ」
カールは寂しげな目をしていた。
この時の彼もノーラも知らなかった。彼女は再びエスターレイヒに雇われ、その国家の運命と深くかかわることになるのである。
国家の元ネタ(ほぼ全部オーストリア語風に読んでいるだけです)
エスターレイヒ=オーストリア
ウンガルン=ハンガリー
ブリタニエン=イギリス
フランクレイヒ=フランス
シュヴェイツ=スイス
リヒテンシュテイン=リヒテンシュタイン
ドイツ、アメリカはそのまま
世界情勢は第一次世界大戦直後と同じ