九 其の拾弐
言い終わると同時に、栗田は卓上の手紙を持ってさっと立ち上がった。そして素早く手紙を仕舞い込むと、障子を開いた。外に何者かの気配を感じたようである。
一羽の燕が地面の近くへ急降下し、屋根の庇を掠めて飛んだ。空は、俄に掻き曇ってきた様子である。
「ひと雨来そうだな」
目を細めて空を見上げながら、栗田はつぶやいた。彼が言うと、ただ「雨」というだけでも、何か意味深な響きを持っているように聞こえる。
急に不知火が立ち上がったので、桜木もつられて立った。そのまま部屋を出ようとした二人を、栗田は片手を上げて引きとめた。
「じきに来客がある。屋敷の外には出られぬよう」
「承知しました」
不知火のかわりに、桜木が答えた。そして、二人はその足で道場へ向かった。
道場では赤城が一人、目隠しをしたまま撓を構えていた。闇稽古の最中であったらしい。桜木が足を踏み入れると、
「誰だ」
と言って振り向き、正面に構えた。
「おれだよ」
桜木が声をかけると、赤城は、
「うん? もう一人いるな。ずいぶん静かな足音だ。これは、不知火かな」
と、正確に言い当てた。桜木は目を瞠った。
「おお、よくわかったな。流石だ」
「使うのか?」
赤城は、目隠しにしていた手拭をずらして顔を見せた。「使う」というのは、場所のことである。つまり、赤城は「ここで今から稽古をするのか」ということを尋ねたのだ。
「いや、話をするだけだ。端で済むから、構わずにやっていてくれ」
「話ってなんだ。おれも混ぜろ」
いつもと違う赤城の口調に、桜木は戸惑った。これまでは、桜木が不知火と二人で話す機会があれば、赤城はそれを邪魔しないよう、常に気をまわしていた。こんな風に首を突っ込んできたのは、初めてのことである。
桜木は、入り口の扉を閉めて錠をかけた。忍に対してはまったく無意味だが、屋敷にいる他の男たちについては、とりあえずの人払いになる。特に秘密にしたい話という訳ではなく、単に不知火が話しているのを見られるとまずい、と思っただけなので、風通しの小窓はそのまま開けてある。扉だけならよいが、小窓まで閉めると、道場の中はかなり暗くなってしまう。
「わたしは、別に構わんのだがな」
桜木の配慮に気づいて、不知火が言った。
「だめですよ。何をされるかわかりません」
「大丈夫だ、もう斬ったりはせん」
不知火は珍しく冗談を言って、くすくす笑いながら口元に指を当てた。滅多に見ない彼女の女らしい仕草を見て、赤城は愕然とした。




