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不知火血風抄  作者: 高倉麻耶
九章
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九 其の肆

 白石ならともかく、自分は藍澤と縁もゆかりもない。もし藍澤が首斬りの事件に関与していたとしたら、それを調べている自分は真っ先に命を狙われるはずである。油断させておいて、後ろからバッサリやられてもおかしくはない。

 そう考えた途端、水野の存在がひどく不気味なものに思えてきた。柿村は彼の一挙一動に注意を払い、びくびくと警戒し始めた。それには、鈍感な水野も流石に気づいたようである。


「柿村殿、いかがなされました」

「んっ? いや、別に」

「何か、気になることでも」

「いや、いや、どうも腹具合が悪いようでな」


 柿村は慌てて腹をおさえ、


「痛てて、痛てて」


と大袈裟に繰り返した。騙されやすい水野は、本気で心配そうに、


「それはいけませんな。生ものに当たったのかもしれません。今日は出かけるのをやめにして、道場へ戻りましょう」


と言いながら、柿村の背中をさすろうと手を伸ばした。柿村はギョッとして、片手で腹をおさえながら、近づく水野を制して後ずさった。


「いやいやいやいや! ご心配には及ばぬ。そのあたりで野糞でも垂れてこれば治るわい」


 彼の下品な物言いに、水野は眉を顰めた。柿村は手を横に振りながら、


「ちょっと藪の中で用を足してくるが、蘇芳殿は先へ行かれよ。あとから追いかける」


と言った。無論、その隙に逃げようという魂胆である。


「そういう訳にはいきませんよ。わたしは、先生から御身をお守りするよう言い付かっております。貴殿のお命を狙っている輩がいるかもしれないのですから」

「そらきた。おれなんか殺したってつまらんぞ」

「?」


 水野には、柿村の言っていることが理解できない。柿村はじりじりと後退しながら、


「首斬りに首突っ込んで首斬られ、ってぇんじゃ、おれも浮かばれねぇや。こちとら仕事でやってんだ。もういい、おれァ奉行所に戻る! こう見えても、逃げ足だけは自信があるんだからな」

「柿村殿」


 片手を上げた水野を見て、柿村は一目散に逃げ出した。走りながらちらっと背後を見遣ると、追ってくる水野の姿が見えた。


「南無三」


 柿村は短く叫んで、藪の中に飛び込んだ。身を隠そうと思ったのである。

 水野は柿村を追って林の中に入り、柿村の名を大声で呼ばわった。


「なぜ逃げるんですか? 藍澤先生は無理強いなどしていませんから、ご依頼が嫌ならお断りされたらよろしいではありませんか! 柿村どのォ!」


 水野の声は、柿村の耳に届いていたが、彼は口を押さえて藪の中にうずくまり、じっと息を殺していた。そのとき、彼の目の前に、蛇がいきなり鎌首をもたげた。


「うわっ」


 思わず柿村は声を上げて腰を浮かし、水野が振り向いた。足早に近づいた水野は、柿村の足もとを見て、すばやく刀を抜いた。


「ぎゃーっ!」


 もう逃げられない! 観念した柿村は絶叫を上げて目をつぶり、頭を抱えた。


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